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初めての野宿
馬に乗せられて森の中へと入ったマルゲリーターは、恐怖で身体が氷の様に冷たくなっていた。
暫くすると待機させていたのか、平民がよく使う馬車が見えてくる。
すると、馬の速度が落ちて、馬車の前で止まったのだった。
一人の女性が、馬車から下りてきた。
「待っていたよ、マルゲリーター。あたしはイザベラ、ベラって呼ばれている。驚いたでしょう、もう少しだから辛抱してね」
イザベラと名乗った女性は、明るい笑顔で話しかけてきた。
馬から丁寧に下ろされたマルゲリーターは、戸惑いを隠せずに怯えている。
「詳しい事は、馬車の中で話すから、取り敢えずその綺麗な髪の毛をひと房貰うね。大丈夫、目立たないところを切るだけだから、動かないでね」
そういうと、怯えて口も開けないマルゲリーターの髪を持ち上げ、目立たない部分だけを切り落としたのだった。
「ついでに、このリボンも貰うよ」
マルゲリーターは、訳が分からず頷く事しか出来ない。
成されるがまま、イザベラが切った髪の毛の束をリボンで結んでいるのを、黙って見ている事しか出来ずにいた。
すると、一緒に付いて来ていた盗賊の一人が、髪の毛の束と交換する様にマルゲリーターのカバンをイザベラに手渡している。
「ありがとう、エストニアン。マルゲリーター、こっちにおいで」
イザベラは、マルゲリーターの腕を強引に掴むと、そのまま馬車の中に乗り込むのだった。
「着替えは、持ってきているのでしょう。どれでもいいから、今着ているワンピースを脱いで、着替えるわよ。急いで、時間がないの」
マルゲリーターは、恐ろしさのあまり身体の震えが止まらず、脱げと言われても自力で脱ぐ事が出来なかった。
それを感じ取ったのか、イザベラは仕方がないとばかりにマルゲリーターのワンピースを脱がせると、馬車の外に放り投げたのだった。
馬車の傍にいた数人の盗賊は、ワンピースとマルゲリーターの髪の毛の束を受け取ると、何処かへと走って行った。
「もういいよ、馬車を出して」
御者席に座っていたエストニアンは、イザベラの声を聞くと直ぐに馬の尻を叩いた。
いななきと共に前脚を大きく持ち上げた馬が走り出すと、馬車は慌ただしく動くのだった。
マルゲリーターは、これから自分は何処に連れていかれ、何をされるのだろうかと不安で胸が押し潰されそうになっている。
イザベラは、激しく動く馬車の中でも器用にカバンから新しいワンピースを取り出すと、マルゲリーターに着せたのだった。
「怖かったでしょう。驚かせてごめんね、ちゃんと説明をするね」
公爵令嬢専用の馬車と違って、急かせているのもあってか、揺れが激しく乗り心地は最悪だった。
「舌を噛むから、あんたは喋らなくてもいいよ。理解出来たら、頷いてくれるだけでいいからね。私は、帝国から来たの。マルゲリーターも、今から私たちと一緒に、帝国へ行くんだよ。死にたくなかったら、大人しく付いて来てね。いや、マルゲリーターに拒否権はないんだ。ルーカス様に頼まれたから、必ず助けなきゃいけないんだよ」
盗賊だと思っていた彼らは、ルーカスの母である皇弟妃付きの近衛騎士たちで、マルゲリーターを助ける為に一芝居打ったのだといっている。
オルターナ公爵家から付き添っていた護衛騎士たちもその事実を知っており、馬車が盗賊に襲われたと、王都の門番へ連絡を入れている頃だと言っていた。
ワンピースを脱がせたのは、ボロボロに引き裂いて、獣の血で汚してから森の中に捨てる為だと教えてくれた。
盗賊に襲われ、森に捨てられたマルゲリーターは、獣に襲われ命を落とした事にする算段だという。
帝国へ入ってしまえば、国王の騎士たちは追いかけて来れないから、国境を超えるまでの辛抱だとイザベラは話していた。
マルゲリーターは、ルーカスが助けようとして、帝国へ逃がす計画を立てたのだと理解した。
何も教えてくれなかったのは、この計画が何処で漏れるかわからない為だったとイザベラは話しており、マルゲリーターもそれで納得したのだ。
物凄い勢いで駆け抜けてきた馬車は、日がとっぷりとくれる頃に、やっと止まったのである。
「今夜は、ここで野宿をするよ。マルゲリーターは、死んだ事になっているから、可哀想だけれど宿に泊まる事は出来ないの。ごめんね」
野宿なんてしたこともないマルゲリーターは嫌な気分になったが、命を助けてくれようとしているこの人たちに、そんな素振りを見せる事はしなかった。
「ところでさ、もうマルゲリーターはいないから、名前を新しく決めたいんだけど?何か希望はあるのかな」
マルゲリーターは、暫く考えると少し照れ臭そうに「マリー」と、呟いた。
それは、ルーカスが付けてくれた愛称だった。
「マリーか、いい名前じゃない。今からあんたの名前は、マリーに決まり。ところでさ、マリーは、野宿なんてした事はないんでしょう?」
「うん、初めて」
「そっか、可哀想に。これからはね、平民として生きていく事になるよ。でも、安心して。マリーは、キャサリン様の使用人として、雇ってもらえる事になっているんだよ。キャサリン様は、凄く優しいお方だから、皆大好きなんだ」
「そうなの?キャサリン様って…誰?」
「あんた、公爵令嬢だったんでしょう?帝国の、皇弟妃の名前も知らないのかい?」
「私、勉強嫌いだから、何も分からないんだ。でも、皇弟妃って言われたら分かるよ。お兄様の、お母様でしょう」
「………悪いけれど、これからはルーカス様の事を、お兄様って言うのは禁止ね。さっきも言ったけれど、あんたはこれからマリーって名前の、一人の平民として生きて行く事になるの。もう、オルターナ公爵家の人たちとは、他人になったんだよ。絶対に、生きてる事は、隠し通さなきゃいけないの。じゃないと、ルーカス様にも、キャサリン様にも迷惑をかける事になるんだからね」
「そうなんだ。……分かった」
マリーは、急に寂しい気持ちで、胸が押し潰されそうになった。
この日の夜ご飯は、近衛騎士たちが用意してくれた、いろいろな食材がごちゃ混ぜに入った具だくさんのスープと非常食用の固いパンを渡された。
マリーは、受け取ったパンが固すぎて、戸惑いを隠せずにいる。
「マリー。そのパンは、スープに付けて食べるんだよ」
イザベラは、パンを丸ごとスープの中に入れて、よく染み込ませてから口の中へと放り込んでいた。
流石のマリーでも、それはやった事のない食べ方で、汚らしい感じがして思わず眉間に皺が寄る。
「お嬢様には無理か~。でもね、平民にとっては、当たり前の食べ方なんだよ。柔らかい白いパンなんて、そう簡単には手に入らないんだから」
マリーは、何時も困った様に眉を八の字にして、テーブルマナーを教えてくれていたアルフレッドを思い出していた。
『そうか…アル様も、こんな気持ちだったんだね。ちゃんとマナー良く食べられない私を見て、汚らしいと感じていたんだわ』
今更だが、アルフレッドの優しさに触れたマリーは、瞳からボロボロと大粒の涙が零れてきた。
「ちょっ、ごめんて。泣かせるつもりで言った訳じゃないんだけど、強くいい過ぎたわ。無理しないで、少しずつでいいから、慣れていこうね」
マリーは、首をこくりと頷き、無言でスープを口に運んだ。
今まで食べた事もない、質素な味付けに、余計に公爵邸が懐かしく思えるのだった。
『私って、本当にどうしようもない、馬鹿な事ばっかりしていたんだ。もう、謝る事も出来ないんだね』
風呂に入る事も身体を拭く事も出来ず、気持ち悪いと思いながらも、イザベラと一緒に狭い馬車の中で丸くなって一夜を過ごすのだった。
暫くすると待機させていたのか、平民がよく使う馬車が見えてくる。
すると、馬の速度が落ちて、馬車の前で止まったのだった。
一人の女性が、馬車から下りてきた。
「待っていたよ、マルゲリーター。あたしはイザベラ、ベラって呼ばれている。驚いたでしょう、もう少しだから辛抱してね」
イザベラと名乗った女性は、明るい笑顔で話しかけてきた。
馬から丁寧に下ろされたマルゲリーターは、戸惑いを隠せずに怯えている。
「詳しい事は、馬車の中で話すから、取り敢えずその綺麗な髪の毛をひと房貰うね。大丈夫、目立たないところを切るだけだから、動かないでね」
そういうと、怯えて口も開けないマルゲリーターの髪を持ち上げ、目立たない部分だけを切り落としたのだった。
「ついでに、このリボンも貰うよ」
マルゲリーターは、訳が分からず頷く事しか出来ない。
成されるがまま、イザベラが切った髪の毛の束をリボンで結んでいるのを、黙って見ている事しか出来ずにいた。
すると、一緒に付いて来ていた盗賊の一人が、髪の毛の束と交換する様にマルゲリーターのカバンをイザベラに手渡している。
「ありがとう、エストニアン。マルゲリーター、こっちにおいで」
イザベラは、マルゲリーターの腕を強引に掴むと、そのまま馬車の中に乗り込むのだった。
「着替えは、持ってきているのでしょう。どれでもいいから、今着ているワンピースを脱いで、着替えるわよ。急いで、時間がないの」
マルゲリーターは、恐ろしさのあまり身体の震えが止まらず、脱げと言われても自力で脱ぐ事が出来なかった。
それを感じ取ったのか、イザベラは仕方がないとばかりにマルゲリーターのワンピースを脱がせると、馬車の外に放り投げたのだった。
馬車の傍にいた数人の盗賊は、ワンピースとマルゲリーターの髪の毛の束を受け取ると、何処かへと走って行った。
「もういいよ、馬車を出して」
御者席に座っていたエストニアンは、イザベラの声を聞くと直ぐに馬の尻を叩いた。
いななきと共に前脚を大きく持ち上げた馬が走り出すと、馬車は慌ただしく動くのだった。
マルゲリーターは、これから自分は何処に連れていかれ、何をされるのだろうかと不安で胸が押し潰されそうになっている。
イザベラは、激しく動く馬車の中でも器用にカバンから新しいワンピースを取り出すと、マルゲリーターに着せたのだった。
「怖かったでしょう。驚かせてごめんね、ちゃんと説明をするね」
公爵令嬢専用の馬車と違って、急かせているのもあってか、揺れが激しく乗り心地は最悪だった。
「舌を噛むから、あんたは喋らなくてもいいよ。理解出来たら、頷いてくれるだけでいいからね。私は、帝国から来たの。マルゲリーターも、今から私たちと一緒に、帝国へ行くんだよ。死にたくなかったら、大人しく付いて来てね。いや、マルゲリーターに拒否権はないんだ。ルーカス様に頼まれたから、必ず助けなきゃいけないんだよ」
盗賊だと思っていた彼らは、ルーカスの母である皇弟妃付きの近衛騎士たちで、マルゲリーターを助ける為に一芝居打ったのだといっている。
オルターナ公爵家から付き添っていた護衛騎士たちもその事実を知っており、馬車が盗賊に襲われたと、王都の門番へ連絡を入れている頃だと言っていた。
ワンピースを脱がせたのは、ボロボロに引き裂いて、獣の血で汚してから森の中に捨てる為だと教えてくれた。
盗賊に襲われ、森に捨てられたマルゲリーターは、獣に襲われ命を落とした事にする算段だという。
帝国へ入ってしまえば、国王の騎士たちは追いかけて来れないから、国境を超えるまでの辛抱だとイザベラは話していた。
マルゲリーターは、ルーカスが助けようとして、帝国へ逃がす計画を立てたのだと理解した。
何も教えてくれなかったのは、この計画が何処で漏れるかわからない為だったとイザベラは話しており、マルゲリーターもそれで納得したのだ。
物凄い勢いで駆け抜けてきた馬車は、日がとっぷりとくれる頃に、やっと止まったのである。
「今夜は、ここで野宿をするよ。マルゲリーターは、死んだ事になっているから、可哀想だけれど宿に泊まる事は出来ないの。ごめんね」
野宿なんてしたこともないマルゲリーターは嫌な気分になったが、命を助けてくれようとしているこの人たちに、そんな素振りを見せる事はしなかった。
「ところでさ、もうマルゲリーターはいないから、名前を新しく決めたいんだけど?何か希望はあるのかな」
マルゲリーターは、暫く考えると少し照れ臭そうに「マリー」と、呟いた。
それは、ルーカスが付けてくれた愛称だった。
「マリーか、いい名前じゃない。今からあんたの名前は、マリーに決まり。ところでさ、マリーは、野宿なんてした事はないんでしょう?」
「うん、初めて」
「そっか、可哀想に。これからはね、平民として生きていく事になるよ。でも、安心して。マリーは、キャサリン様の使用人として、雇ってもらえる事になっているんだよ。キャサリン様は、凄く優しいお方だから、皆大好きなんだ」
「そうなの?キャサリン様って…誰?」
「あんた、公爵令嬢だったんでしょう?帝国の、皇弟妃の名前も知らないのかい?」
「私、勉強嫌いだから、何も分からないんだ。でも、皇弟妃って言われたら分かるよ。お兄様の、お母様でしょう」
「………悪いけれど、これからはルーカス様の事を、お兄様って言うのは禁止ね。さっきも言ったけれど、あんたはこれからマリーって名前の、一人の平民として生きて行く事になるの。もう、オルターナ公爵家の人たちとは、他人になったんだよ。絶対に、生きてる事は、隠し通さなきゃいけないの。じゃないと、ルーカス様にも、キャサリン様にも迷惑をかける事になるんだからね」
「そうなんだ。……分かった」
マリーは、急に寂しい気持ちで、胸が押し潰されそうになった。
この日の夜ご飯は、近衛騎士たちが用意してくれた、いろいろな食材がごちゃ混ぜに入った具だくさんのスープと非常食用の固いパンを渡された。
マリーは、受け取ったパンが固すぎて、戸惑いを隠せずにいる。
「マリー。そのパンは、スープに付けて食べるんだよ」
イザベラは、パンを丸ごとスープの中に入れて、よく染み込ませてから口の中へと放り込んでいた。
流石のマリーでも、それはやった事のない食べ方で、汚らしい感じがして思わず眉間に皺が寄る。
「お嬢様には無理か~。でもね、平民にとっては、当たり前の食べ方なんだよ。柔らかい白いパンなんて、そう簡単には手に入らないんだから」
マリーは、何時も困った様に眉を八の字にして、テーブルマナーを教えてくれていたアルフレッドを思い出していた。
『そうか…アル様も、こんな気持ちだったんだね。ちゃんとマナー良く食べられない私を見て、汚らしいと感じていたんだわ』
今更だが、アルフレッドの優しさに触れたマリーは、瞳からボロボロと大粒の涙が零れてきた。
「ちょっ、ごめんて。泣かせるつもりで言った訳じゃないんだけど、強くいい過ぎたわ。無理しないで、少しずつでいいから、慣れていこうね」
マリーは、首をこくりと頷き、無言でスープを口に運んだ。
今まで食べた事もない、質素な味付けに、余計に公爵邸が懐かしく思えるのだった。
『私って、本当にどうしようもない、馬鹿な事ばっかりしていたんだ。もう、謝る事も出来ないんだね』
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