【完結】私だって、幸せになりたい

鈴蘭

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国境付近の街 

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 マリーは、乗り慣れていない粗末な馬車での長旅に、最初は戸惑いや不満も抱えていた。
 しかしイザベラと共に過ごす時間が長くなるにつれて、堅苦しさを感じず付き合える事に気付き、居心地の良さを感じる様になってきたのである。

 美味しくないと思っていた近衛騎士が作るスープには、まだ慣れる事が出来ずにいたが、パンを浸して食べる事への抵抗はなくなっていた。
 「マリー、もう直ぐ国境が見えて来るよ。ここまで来たら大丈夫だとは思うけれど、帝国に入るまでは安心出来ないからね」
 「うん、分かった。なんだか緊張してきちゃうね。キャサリン様に、嫌われない様にしないといけないし、もう一回復習してもいいかな?」
 「勿論。何回でも付き合うよ、マリー」

 マリーは馬車の中で、帝国語と帝国のマナーについて、イザベラからいろいろと教わっていた。
 興味のない事を覚えるのが大嫌いで、読み書き程度しか出来なかったマリーが、これから暮らす国に馴染む為の努力を意欲的にしているのは驚きでしかない。

 まだまだ拙い喋り方ではあるが、挨拶や簡単な日常会話なら理解出来るようになっている。
 帝国民の殆どは読み書き計算が出来るので、マリーも特訓しなくてはならなかったのだ。
 あれ程毛嫌いをしていた勉強だが、いざやってみると、意外と面白かったのである。
 覚える事が増えるたびに、嬉しさも増えていったのだ。

 イザベラは、マリーが何かを覚えると、大袈裟な程褒めてくれた。
 そして、とても嬉しそうな笑顔を見せてくれるのである。
 そんな姿を見ていると、読み書きを教えてくれたアルフレッドを、思い出してしまうのだった。

 勉強嫌いだったマリーが、唯一熱心に読み書きを覚えられたのは、家庭教師が優秀だったからではない。
 アルフレッドがマリーを上手く誘導し、遊びの延長の様にして教えてくれたのだ。

 『マルゲリーター嬢。次は、この絵に隠されている文字が何なのか、当ててみてごらん』
 『全部見つけたら、ご褒美には、何をくれるの?』
 『僕に出来る事をしてあげるから、何がいいか考えてね』
 『じゃあ、あ~んってしながら、ケーキを食べさせて欲しいわ』
 『分かったよ。それでは、頑張って見つけてね』
 マルゲリーターは、思いきり甘やかして貰える、お茶の時間が大好きであった。
 アルフレッドからケーキを食べさせて貰いたい一心で、難しい文字も必死に覚えたのである。

 『凄いよ、マルゲリーター嬢。全部見つけられて、とても偉いね。約束通り、お茶にしようか。今日は、どの様なケーキが食べたいのかな?』
 マルゲリーターの頭を撫でながら、大袈裟に褒めてくれたアルフレッドは、とても嬉しそうな笑顔で見つめていたのだった。

 「アル様…」
 幸せだった幼い頃を思い出し、大きな瞳からまた涙が零れ落ちてしまったマリーを見たイザベラは、母親の様に優しく抱きしめてくれた。
 無言のまま背中を擦ってくれるだけで、心地の良い安心感が出てくる。

 大好きなアルフレッドの事を忘れるのはそう簡単ではないけれど、イザベラはマリーにとって初めて出来た、心を許せる姉の様な友人の様な存在になっていた。
 イザベラは、小さな領地を持つ男爵家の令嬢である。
 しかし家督を継ぐわけではないので、学園を卒業した後、キャサリンの元で使用人として働いている。

 マリーと歳が近く素性もしっかりしている事から、今回の任務の一員として、マリーの世話役に抜擢されたのだ。
 その為、マリーの境遇は、事細かくキャサリンから聞かされていたのである。
 かなり苛烈な性格であったとも聞かされていたので、刺激をしない様に、様子を見ながら接していたのだった。

 アルフレッドとの婚約破棄の後からは、随分と大人しくなったとは知らされていたが、ここまで人間の性格が変るものなのかと不思議にも感じていた。
 マリー自身も一人になった事で、ゆっくりと考える時間が出来たのか、心境の変化に戸惑っている。

 「マリー。そろそろ、帝国との国境の街に着くよ。そこまで行ったら、迎えの馬車が来ているからね。あと少しだけれど、気を抜かない様に、頑張ろう。捕まってしまったら、毒杯では済まなくなっちゃうからね」
 「うん、頑張るよ」

 マリーは、カツラを付けて、少年の様な服装をしていた。
 王都では、マリーが盗賊に襲われ行方不明になり、捜索隊が出されたとの知らせが来ていた。
 騎士団と、オルターナ公爵家の護衛騎士も混ざって、血眼になって探していると噂になっていたのである。
 ここで見つかってしまったら、逃走の罪を被せられてしまう。
 助けてくれた人たちの為にも、何としてでも逃げ延びたいと、マリーは考える様になっていた。
 
 国境付近の街に着くと、王都並みの賑わいを見せていた。
 盗賊を捕まえる為に、ここでも厳しく検問が行われている。
 しかしイザベラたちは、既に平民の商人に身なりを変えていたのだ。
 いくつか質問をされ荷物も検査されたのだが、不審な物は何もなかったので、無事に検問を通過する事が出来た。

 「良かった~ここの検問が、今までで一番緊張したよ」
 「こんなところまで、私の事が知らされていたんだね。凄く驚いたわ」
 「遺体が無かったからね、逃げたのかもしれないと、疑われているんだと思うよ」
 「そうなんだね…」
 「この街が最後だからね、野宿はしないで、真っ直ぐ国境を抜ける予定だよ。もうひと踏ん張りだ」

 盗賊に扮した近衛騎士たちは、マリーを攫う事に成功した後で、散り散りになって解散していた。
 既に帝国へ戻った者は、状況を順次キャサリンへ報告しているのである。

 マリーを攫った時、馬車の傍で護衛の為一緒に付いて来ていた者たちも、王都を離れるたび少しずつ数を減らしていった。
 今はマリーとイザベラの他に、年老いた老人に扮した近衛騎士と、その息子役の騎士の二人だけになっていたのである。
 人数が多いと、逆に怪しまれてしまうから、動き難くくならない為の配慮であった。
 イザベラとマリーは、姉弟という設定で動いている。

 早朝に検問を通過したにも関わらず、帝国との国境付近に来た時は、既に日が傾きかけていた。
 「マリー。私たちは、迎えの馬車に乗り換えるよ。そろそろ見えて来る頃だから、準備しておいて」
 「はい」
 たいした荷物はない。
 小さなボストンバックを手に、イザベラとマリーは馬車を下りて、待ち合わせ場所まで歩く事にした。
 ここで二人の近衛騎士とも、一旦お別れである。
 万が一の事を考えて、離れた場所から見守られている事に、マリーだけが気付いていなかった。

 姉弟に扮して、街道を寄り道しながら、平静を装い歩いていく。
 もう直ぐそこに、迎えの馬車が見えて来て、安堵の表情を浮かべた時だった。
 一人の憲兵隊員が、マリーたちに声をかけてきたのである
 緊張感が、一気に頂点に達した。

「君たち、見かけない顔だね。名前は?どこから来たの?どこへ行くの?王都付近で盗賊が出てね、公爵令嬢が行方不明になったんだ。知っているかい」
 背中から、氷水をかけられた様に、冷たくなった。
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