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終幕
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「いやいや、素晴らしい推理だね、後藤康介くん」という声が背後で聞こえたのと、「コースケ、あぶねぇ!!」とタイスケが叫んで僕を横に突き飛ばしたのは同時だった。
床に転びながら、わずかながらに視界に入った。タイスケの左腕が、かろうじて金属バットを受け止めているのが。
鈍い音がして、タイスケが今まで一番大きく、悲痛な叫び声を上げた。
「上に聞こえちゃうじゃないか。全く」
声の主は、そう言って、扉を閉めた。そしてそのまま、僕の方を向く。
「扉の外で、聞かせてもらったよ。君がこのガキを痛め付ける音や声と、名推理をね」
「……は、萩野さん。良かった、来てくれたんですね」
「ああ」
「コースケ!そいつから離れろ、近づくな!」
萩野さんの足元で、タイスケが喚いている。僕は無視した。
「萩野さん、僕、やっと見つけました。その床に転がってる奴が犯人です。逮捕してください。僕がいくら聞いても白状しないから、萩野さんがそいつを連れていってください」
訴えかけるように、僕は言った。だが、萩野さんは動かない。
「この状況下で逮捕されるのは、むしろ君の方だと思うよ、後藤康介くん。血のついたメディシンボール、大怪我した中学生。傷害の現行犯だよ」
「コースケ、目を覚ませよ!!こいつは萩野じゃねえ!!」
真剣な眼差しを、タイスケは向けてくる。萩野さんは舌打ちをして、タイスケを蹴り飛ばした。
「言うんじゃねえよ、糞ガキ。康介くんの中では、俺は萩野だったのによ。正体がばれちまったじゃねえか」
「オマエ、誰だよ、コースケをはめやがって……許さねえぞ」
タイスケの呟きに、萩野さん(?)は高らかに笑い出した。そして僕を見る。背筋がぞくりとした。
「びっくりしたかい、後藤康介くん。こいつの言う通り、俺は警察官の萩野ではない。俺が本物の、磯泰輔だよ」
「え……?」
目の前の男の人は、一体何を言っているんだろう。僕の頭が混乱しているのをよそに、男の人はしゃべり続けた。
「俺が磯泰輔だよ、後藤康介くん。君の親友を殺したのは、俺さ」
「コースケ、こいつは……萩野じゃねえ。オレを信じてくれ。萩野はもっと強いから、金属バットなんてだっせー道具は使わねえよ。あいつなら、素手でもオレを倒せるけど、この野郎は、コースケにボコボコにされてるオレでさえ、殺せやしねえ」
タイスケがよろよろと立ち上がる。まだ立てるのかと驚いていたら、彼は僕の前で背を向けて立ち上がった。
「あ……じゃ、じゃあ、僕は……」
何て事をしてしまったのだ。何の罪も無い少年に、僕はえげつない事を……。
「ヘヘッ、コースケはやっぱつえーや。さすがにあれ以上やられたら、死んでたかもな」
「タイスケ……ごめんなさい……僕、てっきり君が犯人だと思って……」
泣きそうになる。もしも僕が警察だったとしたら、大問題に発展するような事をしてしまったのだ。
「いーよいーよ。気にすんなって。立てないような怪我じゃねえし、左腕イッちまったけど、これはコースケのせいじゃねーし」
タイスケの左腕は、腫れ上がって、だらんと下に垂れていた。大丈夫なはずがない。だって血が出てるし、肩で息をしている。僕は、なんてことをしてしまったんだ。
「後藤康介くん。君の推理は、完璧だったよ。でも、言う相手が違ったね。きちんと調査をせずに、他人の言うことを鵜呑みにするからそうなるのさ。俺の勝ちだ」
「ふざけんじゃねーぞ、てめえ。コースケを騙して、何がしたいんだ。遼一さんを殺して、コースケを悲しませて……てめえにそんなことをする資格が、どこにあるんだよ!!」
「人を殴るだけしか出来ない単細胞生物の君には、何を言っても無駄だな。後藤康介くんの親友が弟を介抱してくれていたら、弟が死ぬことはなかった。いわば彼は、弟を見殺しにしたんだよ。俺は俺で、迷宮入りしてしまった弟の事件を調査していた矢先、このビルで彼の告白を聞いた。こいつが、弟を殺したも同然だ。そう思って彼の後を追い、そのまま殺してあげたんだよ。弟は彼に見殺しにされた。それだけで、磯賢治の兄である俺は、充分に彼を裁く権利はあると思わないかい?単細胞生物のタイスケくん」
「オマエ、いい加減にしろよ。たとえオマエにそんな権利があったとしてもな、人殺しはダメなんだよ!幼稚園児でも分かるぞ、そんなこと」
タイスケは一瞬だけ僕を見てギョッとした後、磯泰輔に向かって舌打ちをした。
「オマエのせいでコースケが泣いちゃったじゃん。どーしてくれんだよ!」
タイスケに言われて初めて、自分が涙を流していることに気付いた。
どうして涙を流しているのだろう。遼一の無念を思って。自分がしでかした過ちに後悔して。磯泰輔の気持ちに同情して。
涙のわけが、分からない。
「思わぬ収穫だったよ。もしやと思って忍び込んだこの組織で、弟を見殺しにした奴と出会うなんてな」
「オマエの屁理屈が通るなら、親友を殺されたコースケがオマエを殺してもいいって事になるぞ。単細胞生物のオレでも分かるんだから、オマエの屁理屈はいろいろと間違ってることに、ホントは気付いているんだろ?」
「もう俺は人を殺したんだ。何人殺しても、人殺しは人殺しだ。目障りなお前達も殺す。後藤康介、まずはお前だ」
磯泰輔は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。奴は、金属バットを持っている。僕達は圧倒的に不利だ。
「コースケ、オレが絶対守ってやるからな、怖がらなくていーぞ」
タイスケが僕と磯泰輔の間に立ちはだかる。僕に背を向けて、磯泰輔と対峙する。
「どうして……どうして僕を?」
僕は君に酷い事をしたんだ。それなのにどうして僕のためにそこまで出来るんだよ。
また、涙が零れる。いくら謝っても、自分の過ちは消せない。それなのにタイスケは、何事もなかったかのように振る舞ってくれる。
「バカ、泣くなよ。約束しただろ。オレがコースケを守ってやるって。オレは、友達との約束は絶対破らねーからな」
タイスケ、かっこよすぎるよ。でも、タイスケは怪我をしている。何としてでもここから逃げなきゃいけない。
ポケットに手を入れる。そっと携帯電話を取り出す。大丈夫だ、タイスケがうまく目隠しになってくれていて、磯泰輔はまだ気付いていない。
1、1、0。
手探りで番号を押して、通話ボタンを押した。
「磯泰輔さん、なぜこの紅蓮ビルに、僕達がいることが分かったんですか?」
磯泰輔の動きが止まる。僕と目が合うと、そっと口を開いた。
「君の後をつけてきたからだよ。君の友達は演技が上手いね。さっきの友達から君への電話、あれは俺がやらせたんだよ」
颯太の事かと、気付いた。
「颯太は無事なんですか!?」
「俺の隙をついて、君に助けを求めかけたから、少しだけ罰を与えたけど、ちゃんと生きてるよ。この事を口外したら、康介くんが死ぬと脅しておいて、解放してあげたからね」
ほっとする。嘘じゃないなと、何となく分かった。
「磯賢治の兄弟には泰輔という奴がいるとヒントを君に与えれば、おのずと君はここにきて、何の罪もないそこのタイスケくんをせめるだろうと予想は出来ていた。身に覚えのない罪を被せられ、痛い目に合った彼には申し訳ないけれど、後藤康介くん、君を嵌めるには、充分だったよ」
「でも、貴方が、部屋に入って来なければ、僕の中で貴方はずっと萩野さんという警察官のままだった。見た目が若くて、黒い軽自動車に乗っている警察官だって、前にタイスケから聞いた萩野さんの特徴と、貴方の特徴は一致していたから、僕はすっかり信じていたのに、どうしてわざわざ自分が磯泰輔だって、僕に言ったんですか?」
「俺は優しいからね。どうせ死ぬなら、真実が知りたいだろ?わざわざ教えてやったのさ」
「オマエが部屋に入って来たとき、オレがまだ生きてて、オマエ一瞬ビビってただろ。顔に出てたぞ」
タイスケが口を挟む。そういえばタイスケが「やめてくれよ」と言った後、この部屋は静かになった。
その時、この人は僕がタイスケを殺したと思ったのだろう。きっと、自分は後藤康介という人間を始末するだけでいいと思って、部屋に入ってきたのだ。
「だが、君は所詮くたばりぞこないだ。さっき派手にやられたダメージが体にたっぷりたまっているだろう。立ってるのがやっとなんじゃないか?それに、こちらにはもう一人仲間がいる。君たちを始末することなど造作もない」
磯泰輔の背後から部屋に入ってくる人を見たとき、僕よりもタイスケのほうが驚いていた。
「俺は、磯賢治の兄の鷹之だ」と、その人は言った。どうみてもその人は柏原さんだった。
「柏原さん?嘘……だろ……」
タイスケの声が震える。
するとこいつらは、僕がタイスケを疑うようにと、颯太に嘘を言わせたわけだ。「磯賢治には、二十代の兄と中学生の弟がいる」と。
そうか、脅せばなんとでも言わせられるよな。本当は「磯賢治には二人の兄がいる」というのが正しかったのだ。
「俺が一年前、柏原と名乗り、紅蓮のリーダーになったのは、弟を殺した犯人を見つけるための計画だった。弟は紅蓮のメンバーとよく衝突していたから、きっとそれで殺されたのだろうというのが俺たちの推測だった。どうやらこの組織には、リーダーを倒せば、倒した奴がリーダーになれるというルールがあるらしく、元々ボクシングをかじっていた俺は易々とその座につくことが出来た。弟を殺したかもしれない奴らがいる組織の中でリーダーを務める。これはなかなか精神的に辛いものがあった。だが、俺は耐えた。そのおかげで賢治の死に関わった奴が見つかった。それが遼一だ。あいつが俺の正体を知らずにその懺悔をしてきたとき、平静を装うのに必死だったよ」
「そこから兄さんと俺は、復讐に走った。あいつが逃げ出さずに賢治を助けていれば、少なくとも死ぬことはなかったかもしれない。ならば、あいつが賢治を殺したも同然だ。俺は兄さんに頼まれ、このビルを出た遼一を追って、殺す機会を伺っていた。だが、あの公園の近くであいつは俺に気づいた。俺はどうにでもなれと、公園の茂みにあいつを押し倒して、殴りかかった。でも、俺の力が弱かったのか、あいつはするりと俺の脇をすり抜けて、逃げようとしたんだ。その時だよ、あそこで偶然トラックが通りかかったのは。俺は衝動的に遼一の背中を押した。あいつは派手に飛んだ。自分に何が起こったかも分からなかっただろう。その時、俺は賢治の仇を打ったという達成感でいっぱいになった。気分が高揚していた」
磯泰輔はそこで言葉を切り、柏原さん、もとい、磯鷹之を見て、それから僕が持っているクマのキーホルダーに目を落とした。
「その時に、俺は賢治からもらったそのキーホルダーを落としていったみたいだ。後日、それに気づいた俺は慌てて現場に行った。証拠を消すために。キーホルダーさえなければ、警察は俺達にはたどり着かないと考えたんだ。そうすると、そこに康介君、君がいた。あとは君の知ってる通りさ」
磯泰輔がそう言った時だった。
僕は、ポケットからさっと携帯電話を取り出し、耳に当てた。電話がつながっているのを確認して、一気にまくしたてる。
「聞こえましたか今までの会話が聞こえたならいますぐ来てくださいH県K市N町の紅蓮という不良集団がたまっているビルの中です早めに来てくださいたすけてください」
言い終えて、すぐに電話を切る。息を思い切り吸い込む。
磯泰輔が「お前、いつの間に!」と叫んだ時、彼に隙が出来たようだ。
タイスケが素早く彼に近付いて、右の拳で腹を殴った。
金属バットが床に落ちる。派手な音が鳴り響く。
息もつかせぬまま、タイスケの拳が磯泰輔の顔面にめり込んだ。ぐしゃっという音がして、鼻から血が吹き出す。
「コースケ!誰か呼んできてくれ!コイツらはオレがぶっ倒すから!」
返事もしないまま、僕は部屋を飛び出した。タイスケなら、勝てるだろう。
階段を二段とばしで駆け上がり、いつもの部屋に入る。「誰でもいいから来てください」と言いながら、僕が初めてここに来た時にもいた赤い髪の少年の腕を引っ張った。
少年はちょっと驚いた様子だったが、何も言わずついて来てくれた。
部屋に戻ると、床にのびた磯泰輔と、片腕で、必死に磯鷹之に立ち向かっているタイスケがいた。
「あれが遼一を殺した犯人です。タイスケが、相手にしている人は柏原なんていう名前じゃない。もうすぐここに警察が来ます。それまでの間、タイスケがやられないように助けてください」
僕はそれだけを赤髪の少年に言うと、僕は部屋に入り、メディシンボールを持ち上げた。タイスケの顔や体は、痣だらけで、痛々しい。あれは、僕がやったんだ。
「ごめんなさい、タイスケ」
僕は呟くように言った。
「ヘッ、コースケにそんなこと言われても、ちっとも嬉しくねーよ」
僕と会話をする余裕があるのかと思ったが、よく見ると、タイスケの右手の甲がスパッと切れていた。
磯泰輔のそばに、一本のカッターナイフが落ちている。彼が隠し持っていたのだろう。
「レンジ!助けろ!」
タイスケが赤髪の少年に呼びかける。僕の頭の中に電子レンジが浮かぶ。
レンジは、いまいち状況が分からないような表情だったが、タイスケに言われるや否や、恐れることなく磯鷹之に蹴りを放った。
鮮やかに弧を描くそれを見て、レンジは空手でもやっているのかなと思う。磯鷹之はその蹴りを受け流し、レンジにストレートを打ち込む。だが、レンジは軽い足取りで避け、磯鷹之の懐に飛び込み、正拳突きを放った。
一瞬、磯鷹之がぐらつく。タイスケはその一瞬を見逃さなかった。いとも鮮やかなアッパーカットを磯鷹之の顎に見舞い、崩れ落ちる彼を見下ろすタイスケの表情は、とても悲しげだった。
今まで慕ってきていた人は、実は犯罪者だった。そればかりか濡れ衣を着せられ、僕に痛めつけられ、大けがをした。
その事実を目の当たりにして、タイスケは何を思っているのだろう。
「コースケ、勝ったぞ」
弱々しく、タイスケが笑う。どう反応すればいいのか分からなくて、僕は曖昧に頷いた。
「オレ、二度とコースケをキレさせないようにしようって、マジで思った」
「ごめん、タイスケ」
「こんなことってあるもんなんだな。オレ、誰を信用したらいいのか分からなくなったぞ。それにしてもコースケはすごいよな、こいつらの正体に気づいてたんだろ」
いや、気付いていなかったから、僕はタイスケを……。そう言おうとしたときレンジが横から口を出してきた。
「タイスケ、お前、それだけベラベラしゃべってんなら、大丈夫そうだな」
「しゃべってないと、痛みで意識がぶっとびそうだから……」
タイスケが口ごもる。その時、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
床に転びながら、わずかながらに視界に入った。タイスケの左腕が、かろうじて金属バットを受け止めているのが。
鈍い音がして、タイスケが今まで一番大きく、悲痛な叫び声を上げた。
「上に聞こえちゃうじゃないか。全く」
声の主は、そう言って、扉を閉めた。そしてそのまま、僕の方を向く。
「扉の外で、聞かせてもらったよ。君がこのガキを痛め付ける音や声と、名推理をね」
「……は、萩野さん。良かった、来てくれたんですね」
「ああ」
「コースケ!そいつから離れろ、近づくな!」
萩野さんの足元で、タイスケが喚いている。僕は無視した。
「萩野さん、僕、やっと見つけました。その床に転がってる奴が犯人です。逮捕してください。僕がいくら聞いても白状しないから、萩野さんがそいつを連れていってください」
訴えかけるように、僕は言った。だが、萩野さんは動かない。
「この状況下で逮捕されるのは、むしろ君の方だと思うよ、後藤康介くん。血のついたメディシンボール、大怪我した中学生。傷害の現行犯だよ」
「コースケ、目を覚ませよ!!こいつは萩野じゃねえ!!」
真剣な眼差しを、タイスケは向けてくる。萩野さんは舌打ちをして、タイスケを蹴り飛ばした。
「言うんじゃねえよ、糞ガキ。康介くんの中では、俺は萩野だったのによ。正体がばれちまったじゃねえか」
「オマエ、誰だよ、コースケをはめやがって……許さねえぞ」
タイスケの呟きに、萩野さん(?)は高らかに笑い出した。そして僕を見る。背筋がぞくりとした。
「びっくりしたかい、後藤康介くん。こいつの言う通り、俺は警察官の萩野ではない。俺が本物の、磯泰輔だよ」
「え……?」
目の前の男の人は、一体何を言っているんだろう。僕の頭が混乱しているのをよそに、男の人はしゃべり続けた。
「俺が磯泰輔だよ、後藤康介くん。君の親友を殺したのは、俺さ」
「コースケ、こいつは……萩野じゃねえ。オレを信じてくれ。萩野はもっと強いから、金属バットなんてだっせー道具は使わねえよ。あいつなら、素手でもオレを倒せるけど、この野郎は、コースケにボコボコにされてるオレでさえ、殺せやしねえ」
タイスケがよろよろと立ち上がる。まだ立てるのかと驚いていたら、彼は僕の前で背を向けて立ち上がった。
「あ……じゃ、じゃあ、僕は……」
何て事をしてしまったのだ。何の罪も無い少年に、僕はえげつない事を……。
「ヘヘッ、コースケはやっぱつえーや。さすがにあれ以上やられたら、死んでたかもな」
「タイスケ……ごめんなさい……僕、てっきり君が犯人だと思って……」
泣きそうになる。もしも僕が警察だったとしたら、大問題に発展するような事をしてしまったのだ。
「いーよいーよ。気にすんなって。立てないような怪我じゃねえし、左腕イッちまったけど、これはコースケのせいじゃねーし」
タイスケの左腕は、腫れ上がって、だらんと下に垂れていた。大丈夫なはずがない。だって血が出てるし、肩で息をしている。僕は、なんてことをしてしまったんだ。
「後藤康介くん。君の推理は、完璧だったよ。でも、言う相手が違ったね。きちんと調査をせずに、他人の言うことを鵜呑みにするからそうなるのさ。俺の勝ちだ」
「ふざけんじゃねーぞ、てめえ。コースケを騙して、何がしたいんだ。遼一さんを殺して、コースケを悲しませて……てめえにそんなことをする資格が、どこにあるんだよ!!」
「人を殴るだけしか出来ない単細胞生物の君には、何を言っても無駄だな。後藤康介くんの親友が弟を介抱してくれていたら、弟が死ぬことはなかった。いわば彼は、弟を見殺しにしたんだよ。俺は俺で、迷宮入りしてしまった弟の事件を調査していた矢先、このビルで彼の告白を聞いた。こいつが、弟を殺したも同然だ。そう思って彼の後を追い、そのまま殺してあげたんだよ。弟は彼に見殺しにされた。それだけで、磯賢治の兄である俺は、充分に彼を裁く権利はあると思わないかい?単細胞生物のタイスケくん」
「オマエ、いい加減にしろよ。たとえオマエにそんな権利があったとしてもな、人殺しはダメなんだよ!幼稚園児でも分かるぞ、そんなこと」
タイスケは一瞬だけ僕を見てギョッとした後、磯泰輔に向かって舌打ちをした。
「オマエのせいでコースケが泣いちゃったじゃん。どーしてくれんだよ!」
タイスケに言われて初めて、自分が涙を流していることに気付いた。
どうして涙を流しているのだろう。遼一の無念を思って。自分がしでかした過ちに後悔して。磯泰輔の気持ちに同情して。
涙のわけが、分からない。
「思わぬ収穫だったよ。もしやと思って忍び込んだこの組織で、弟を見殺しにした奴と出会うなんてな」
「オマエの屁理屈が通るなら、親友を殺されたコースケがオマエを殺してもいいって事になるぞ。単細胞生物のオレでも分かるんだから、オマエの屁理屈はいろいろと間違ってることに、ホントは気付いているんだろ?」
「もう俺は人を殺したんだ。何人殺しても、人殺しは人殺しだ。目障りなお前達も殺す。後藤康介、まずはお前だ」
磯泰輔は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。奴は、金属バットを持っている。僕達は圧倒的に不利だ。
「コースケ、オレが絶対守ってやるからな、怖がらなくていーぞ」
タイスケが僕と磯泰輔の間に立ちはだかる。僕に背を向けて、磯泰輔と対峙する。
「どうして……どうして僕を?」
僕は君に酷い事をしたんだ。それなのにどうして僕のためにそこまで出来るんだよ。
また、涙が零れる。いくら謝っても、自分の過ちは消せない。それなのにタイスケは、何事もなかったかのように振る舞ってくれる。
「バカ、泣くなよ。約束しただろ。オレがコースケを守ってやるって。オレは、友達との約束は絶対破らねーからな」
タイスケ、かっこよすぎるよ。でも、タイスケは怪我をしている。何としてでもここから逃げなきゃいけない。
ポケットに手を入れる。そっと携帯電話を取り出す。大丈夫だ、タイスケがうまく目隠しになってくれていて、磯泰輔はまだ気付いていない。
1、1、0。
手探りで番号を押して、通話ボタンを押した。
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「君の後をつけてきたからだよ。君の友達は演技が上手いね。さっきの友達から君への電話、あれは俺がやらせたんだよ」
颯太の事かと、気付いた。
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タイスケが口を挟む。そういえばタイスケが「やめてくれよ」と言った後、この部屋は静かになった。
その時、この人は僕がタイスケを殺したと思ったのだろう。きっと、自分は後藤康介という人間を始末するだけでいいと思って、部屋に入ってきたのだ。
「だが、君は所詮くたばりぞこないだ。さっき派手にやられたダメージが体にたっぷりたまっているだろう。立ってるのがやっとなんじゃないか?それに、こちらにはもう一人仲間がいる。君たちを始末することなど造作もない」
磯泰輔の背後から部屋に入ってくる人を見たとき、僕よりもタイスケのほうが驚いていた。
「俺は、磯賢治の兄の鷹之だ」と、その人は言った。どうみてもその人は柏原さんだった。
「柏原さん?嘘……だろ……」
タイスケの声が震える。
するとこいつらは、僕がタイスケを疑うようにと、颯太に嘘を言わせたわけだ。「磯賢治には、二十代の兄と中学生の弟がいる」と。
そうか、脅せばなんとでも言わせられるよな。本当は「磯賢治には二人の兄がいる」というのが正しかったのだ。
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「そこから兄さんと俺は、復讐に走った。あいつが逃げ出さずに賢治を助けていれば、少なくとも死ぬことはなかったかもしれない。ならば、あいつが賢治を殺したも同然だ。俺は兄さんに頼まれ、このビルを出た遼一を追って、殺す機会を伺っていた。だが、あの公園の近くであいつは俺に気づいた。俺はどうにでもなれと、公園の茂みにあいつを押し倒して、殴りかかった。でも、俺の力が弱かったのか、あいつはするりと俺の脇をすり抜けて、逃げようとしたんだ。その時だよ、あそこで偶然トラックが通りかかったのは。俺は衝動的に遼一の背中を押した。あいつは派手に飛んだ。自分に何が起こったかも分からなかっただろう。その時、俺は賢治の仇を打ったという達成感でいっぱいになった。気分が高揚していた」
磯泰輔はそこで言葉を切り、柏原さん、もとい、磯鷹之を見て、それから僕が持っているクマのキーホルダーに目を落とした。
「その時に、俺は賢治からもらったそのキーホルダーを落としていったみたいだ。後日、それに気づいた俺は慌てて現場に行った。証拠を消すために。キーホルダーさえなければ、警察は俺達にはたどり着かないと考えたんだ。そうすると、そこに康介君、君がいた。あとは君の知ってる通りさ」
磯泰輔がそう言った時だった。
僕は、ポケットからさっと携帯電話を取り出し、耳に当てた。電話がつながっているのを確認して、一気にまくしたてる。
「聞こえましたか今までの会話が聞こえたならいますぐ来てくださいH県K市N町の紅蓮という不良集団がたまっているビルの中です早めに来てくださいたすけてください」
言い終えて、すぐに電話を切る。息を思い切り吸い込む。
磯泰輔が「お前、いつの間に!」と叫んだ時、彼に隙が出来たようだ。
タイスケが素早く彼に近付いて、右の拳で腹を殴った。
金属バットが床に落ちる。派手な音が鳴り響く。
息もつかせぬまま、タイスケの拳が磯泰輔の顔面にめり込んだ。ぐしゃっという音がして、鼻から血が吹き出す。
「コースケ!誰か呼んできてくれ!コイツらはオレがぶっ倒すから!」
返事もしないまま、僕は部屋を飛び出した。タイスケなら、勝てるだろう。
階段を二段とばしで駆け上がり、いつもの部屋に入る。「誰でもいいから来てください」と言いながら、僕が初めてここに来た時にもいた赤い髪の少年の腕を引っ張った。
少年はちょっと驚いた様子だったが、何も言わずついて来てくれた。
部屋に戻ると、床にのびた磯泰輔と、片腕で、必死に磯鷹之に立ち向かっているタイスケがいた。
「あれが遼一を殺した犯人です。タイスケが、相手にしている人は柏原なんていう名前じゃない。もうすぐここに警察が来ます。それまでの間、タイスケがやられないように助けてください」
僕はそれだけを赤髪の少年に言うと、僕は部屋に入り、メディシンボールを持ち上げた。タイスケの顔や体は、痣だらけで、痛々しい。あれは、僕がやったんだ。
「ごめんなさい、タイスケ」
僕は呟くように言った。
「ヘッ、コースケにそんなこと言われても、ちっとも嬉しくねーよ」
僕と会話をする余裕があるのかと思ったが、よく見ると、タイスケの右手の甲がスパッと切れていた。
磯泰輔のそばに、一本のカッターナイフが落ちている。彼が隠し持っていたのだろう。
「レンジ!助けろ!」
タイスケが赤髪の少年に呼びかける。僕の頭の中に電子レンジが浮かぶ。
レンジは、いまいち状況が分からないような表情だったが、タイスケに言われるや否や、恐れることなく磯鷹之に蹴りを放った。
鮮やかに弧を描くそれを見て、レンジは空手でもやっているのかなと思う。磯鷹之はその蹴りを受け流し、レンジにストレートを打ち込む。だが、レンジは軽い足取りで避け、磯鷹之の懐に飛び込み、正拳突きを放った。
一瞬、磯鷹之がぐらつく。タイスケはその一瞬を見逃さなかった。いとも鮮やかなアッパーカットを磯鷹之の顎に見舞い、崩れ落ちる彼を見下ろすタイスケの表情は、とても悲しげだった。
今まで慕ってきていた人は、実は犯罪者だった。そればかりか濡れ衣を着せられ、僕に痛めつけられ、大けがをした。
その事実を目の当たりにして、タイスケは何を思っているのだろう。
「コースケ、勝ったぞ」
弱々しく、タイスケが笑う。どう反応すればいいのか分からなくて、僕は曖昧に頷いた。
「オレ、二度とコースケをキレさせないようにしようって、マジで思った」
「ごめん、タイスケ」
「こんなことってあるもんなんだな。オレ、誰を信用したらいいのか分からなくなったぞ。それにしてもコースケはすごいよな、こいつらの正体に気づいてたんだろ」
いや、気付いていなかったから、僕はタイスケを……。そう言おうとしたときレンジが横から口を出してきた。
「タイスケ、お前、それだけベラベラしゃべってんなら、大丈夫そうだな」
「しゃべってないと、痛みで意識がぶっとびそうだから……」
タイスケが口ごもる。その時、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
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※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
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