千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

文字の大きさ
15 / 44

夜会

しおりを挟む

「お綺麗ですよ。お嬢様」
 煌びやかな夜空を思わせるドレスを身に纏う少女は、そのローザの言葉に居心地の悪さを感じた。
 膝まである髪はところどころ結われ、キラキラと輝く綺麗な金色のリボンが編みこまれ、落ち着きのある深く青い色のドレスは金の刺繍と光の加減によって色を変える宝石が散りばめられている。
 少女の顔には黒曜石を砕いて糸にしたレースの目隠しがされ、その上から更にドレス同様の色と宝石が散りばめられたベールを被せられている。
「夜の女神様のようですわ。それに――」
 ローザの視線が、迎えに来ていたハレスへと向けられる。
 部屋の壁の前に立っていたハレスは、漆黒の騎士服を身に纏っていた。普段着ているものとは違い、正装姿だ。
「あなたも災難ね。魔女の従者役だなんて」
 コツコツ、とヒールの音を響かせながら、少女はハレスの元へと歩み寄った。
「よくお似合いです」
 淡々とした口調で賛辞されたところで、嬉しくもなんともない。ローザに綺麗だと言われた以上に、気分が悪くなってくる。
 クリストフェルが開くという夜会に、少女は元から乗り気ではない。一方的にこのドレス一式を贈られ、指定された日時に城に来るようにと言われたが、まだ納得できていなかった。
(こんなもの……)
 正直動きにくい。
 特に必要ないだろう魔道具の目隠しと顔を隠すようにして被っているベールが邪魔だ。
『最初は顔を隠しておいた方が良いよ。今回来る奴らの中には魔力持ちもいるから、そのベールはそう言う奴ら対策なんだ。それに、神秘的な女性というのは魅力的だよ』
 クリストフェルが何を企んでいるかはまだわからないが、少女はただ城の大広間へ行き、ハレスを隣に従えて立っているだけでいいという。
 ただひとつ気になるのは、そのハレスの腕から手を離すな、と念押しされたことだ。
『姉様が触れるのが嫌っていうなら、そういう風に見えるようにしてくれれば良いんだけど、それは姉様に任せるよ』
 ニコニコと笑っていたクリストフェルが憎たらしい。
「レディ。それでは参りましょう」
 ハレスがスッ、と腕を差し出してくる。少女はその腕に触れないよう、手を伸ばした。
「レディ?」
 触れるか触れないか、というギリギリのラインをキープしていた少女に、ハレスが首を傾げた。
「私に触れられるのは嫌でしょうから」
「いえ、そのようなことは決して」
「正直におっしゃい」
「このような大役を務めさせていただけることは光栄なことです」
「あくまでも従順なふりをするというのね」
 少女はハレスが自分のことを厄介者と思っているだろう確信があった。
 出会ってからこれまで、ハレスは少女に気に入られた、と認識されてしまったばかりに目付け役のようなことをさせられている。
 本職は騎士なのだから、それは彼としても不本意だろう。
 それでも文句ひとつないのは皇帝に忠誠を誓った騎士らしい振る舞いだが、少女は気の毒でならないのだ。
「なるべくあなたには触れないようにするから」
「レディは私に触れることが不快でしょうか?」
 ハレスは何を思ったのか、自分の身形を気にし始めた。大男がそんな行動に出るものだから、少女は思わず笑ってしまう。
「いいえ。素敵な騎士様を隣にはべらせる、というのは思っていた以上に気分がいいわ」
 ハレスは大男で厳つい顔つきをしているが、決して顔の造作は悪い方ではない。
 少女も魔女、と呼ばれているが、普通の女の子でもある。美しいものが嫌いなはずがない。
「勿体ないお言葉です。そうおっしゃっていただけるのであれば、私に手をお預けください。不安定な姿勢では歩きにくいでしょう」
「優しいのね」
 少女は高い位置にあるハレスの顔を見上げながら、そっとその腕に触れてみた。
 本人が良いと言っていても、嫌悪感というものは言葉より身体の方が素直に反応するものだ。
「……本当に、優しい子ね」
 ハレスの逞しい腕は、少女を拒絶しなかった。
 魔力持ちであるデュクスやクリストフェルは気やすく触れてくるが、魔力を持たないハレスは少女の中にある闇の魔力に本能的に恐れても仕方がないはずだ。それだけの禍々しさを、少女はその身に宿している。
 だが、ハレスはまるで気にしていないようだった。
(優しいだけか、ただ鈍いのか……)
 今まで多くの者たちが少女を拒絶してきた。
 その多くは魔力のない人間たちだ。
 父もその一人だった。
 記憶の中のあの青年もそうだ。
 少女のことを一度だけ抱きしめた青年は、すぐに少女の身体を離し、地下牢を出て行ってしまった。
 次に姿を見せたとき、彼は一定の距離を置いていたから、不快に思われたのだろう、と少女の淡い恋心とまだ残っていた乙女心に、小さな痛みを覚えたものだ。
 少女はハレスの腕に手を置いたまま、屋敷の外へと歩き出す。
 ハレスと共に、屋敷の前には少女のための馬車も用意されている。その外装は闇に隠れるような黒で、だが夜空の星々を思わせるような銀色の模様が描かれている。
「こんなもの、用意しなくていいのに」
 デュクスの屋敷から城まではそれなりに距離がある。それを一々馬車で移動しなければならないのは、少々面倒くさかった。
(まあ……、気持ちを落ち着かせるのに時間をかければいいか……)
 パパッと終わらせたい思い以上に、行きたくない気持ちの方が強い。
 クリストフェルがまさかそれを予期して馬車を用意したわけではないだろうが、少女の身分を晒すような装飾を施した馬車を寄越してきたことへの気も知れない。
 見送りに出てきたロドリゲスやローザたち使用人に気づかれないよう溜息を吐きながら、少女はその馬車に大人しく乗り込み、城までの長い道のりのなか、ひとりまた溜息を吐くのだった。



 城の大広間には、思っていた以上の人間がいた。
 その誰しもが少女を盗み見ながら何かをコソコソ話している。
 その視線の中、少女は居心地悪そうにベールで隠れた表情を歪ませていた。
 この夜会に集まっている人数は五十名ほどだろうか。男性が多く、女性の姿は少ない。
「姉様!」
 辺りを見回していたとき、クリストフェルが駆け寄ってきた。彼は白の正装を身に纏い、その容姿のせいでもあるが王子様然としていた。
「やっぱりよく似合ってるね」
 ニコニコと笑いながら、クリストフェルはその隣のハレスを見上げる。
「お前も、姉様の美しさを引き立ててて上出来だ」
 満足げなクリストフェルに、ハレスは小さく会釈をする。
「姉様はダンス踊れる?」
「私がそう言ったことができると本気で思ってるの?」
 淑女としての嗜みどころか、人としての嗜みも不完全な少女に対して問う内容ではない。
 ダンスなど、踊れるわけがないではないか、と少女はぷいっ、とそっぽを向いた。
「そっか! ならハレスに踊りを教えてもらいなよ」
「今、ここで?」
 馬鹿を言え、と少女は、はっ、と息で笑う。
「私を笑い者にでもしたいの?」
「何も難しいステップを踏め、って言ってわけじゃないよ。チークダンスなら姉様でもすぐ覚えられるだろうし」
「チーク……?」
 なんだそれは、と少女は胡乱気にクリストフェルへと横目を流す。
「ほら、あれだよ」
 言いながらクリストフェルが大広間の真ん中で音楽に乗せて頬を寄せ合い踊る男女を指さした。
 彼等は踊りながらもこちらを気にしている。
 その中のひとりと、少女は目が合った――気がした。
 ベールで顔は隠れているはずなのに、と少女は反射的に顔を覆うレースの生地を顎の下まで引っ張る。
「不器用なデュクスですら踊れてるんだ。大丈夫だよ」
 クリストフェルの笑顔が、意地の悪いものに変わった。
 一方の少女は、久しぶりに見たデュクスの姿に、胸がキュッ、と締め付けられ、思わず胸元を抑えた。
「…………」
 彼は、あのメアリーという令嬢と密着して音に合わせて身体を揺らしている。
 その姿が、あの夜、彼が身体に触れてきた日のことと重なり、胸の奥がズキリと痛んだ。
(――何故?)
 他の女性とも似たようなことをしていて、それがショックだった、とでもいうのか。
 元々デュクスは顔に似合わずスキンシップが激しい方だし、他の女性に似たようなことをしていても不思議はない。
 むしろ、少女に対しても同じことをしている事の方が不思議なのだ。
(……そういえば)
 ふと、少女は初めてこの国にやってきた日、自分から「私をどう扱おうが私は何もしない」と言ったことを思い出す。
(あぁ……だからか……)
 あの時、あの場所にはデュクスもいた。
(私が危害を加えないとわかった上で――)
 無暗に魔力は使わない、そう自ら言ったのだから、彼等が少女を恐れないのは道理にかなっている。
(言霊のこと、忘れてた……)
 魔力は言葉にもこもる。
 力が強ければ強いほど、その影響力は強い。
 少女に闇の魔女以外の名がないのも、そのせいでもある。
 名はこの世に個を主張するものだ。少女がその名を呼んだ者が滅ぶ、とされているのは、その個を特定し滅びの祝福を与えるからであり、逆はありえない。
 滅びを齎す闇の魔女は、それだけの存在でありこの世に個を主張する必要がないからだ。
 もし闇の魔女がこの世に個として認識されれば、闇の魔女ではなくなってしまう。
 だから、少女は名を持たない。
 それを許されない。
 それが、少女に与えられた役目であり、決して覆してはいけない理だった。
(人と話すのが久しぶりで、迂闊だったわね)
 魔力を持つクリストフェルはそれを知っている。
 魔力を持つ者であれば誰でも、その理のことを知っていて当然だ。
 不意に、デュクスの前でハレスのことを「気に入った」と言ったこともあったことも思い出してしまい、少女はひとり頭を抱えた。
「姉様? どうかしたの?」
「――――いえ、自分の迂闊さに嘆いているだけだから、放っておいて」
「え? 何? どうしたの?」
「歳は取るもんじゃない、って話」
 見た目は少女だがその魂は長い時を生き過ぎ老婆以上に歳を取っている。
 数多の時を生き過ぎていて、色々なことを忘れてしまっているのだろう。
(あの人のことだけ覚えていればいいと思っていたけど……)
 あの青年と別れ、もう二度と会えないことが辛くて、闇の世界に閉じこもった。
 永い永い、永遠の眠りにつくはずだった。
 それを起こしたのが、デュクスだったからいけないのだ。
 あの青年に似ていて、知らず一緒に行きたいと、その手を取ってしまった。
「ああ……もう……」
 愚かだ、と少女は自らを叱咤する。
 こんな後悔をするのも、少女が隔離されて育ち、そうした人生経験を積まなかったせいだろう。
 ここで少女が取る行動は、あの闇の世界に戻り、再び眠りにつくことだ。
 それなのに、その選択を選べない。
「――私、いらないことを知り過ぎたわ」
 ここにいたい、と。
 ひとりぼっちにはもうなりたくないと、誰かの声を聞いて、その気配を感じていたいと――デュクスが生きる時代を生きてみたいと願っている。
 ただ見ているだけでいいのだ。
 デュクスのことをあの青年と重ねずに済むようになったら、きっと彼の一生を温かい気持ちで見守ることができる。
「ダメだよ」
 ぐいっ、とクリストフェルが少女の腕を掴み、引き寄せてくる。
 耳元で、クリストフェルが囁いた。
「『彼』のことだけを想い続けても、姉様は苦しいだけだ。新しいモノにも、目を向けなくちゃ」
「ちょっと……!」
「姉様は少し頭が硬いよ。自分の想いに一途なのは立派だけど、姉様は『人』なんだ。もう充分縛られてきたんだから、そろそろ『人』として生きても良いんじゃない?」
「は……?」
 少女はクリストフェルの腕を振りほどき、彼の胸を押して距離を取った。
 キッ、と目隠し越しに少年を睨みつけ、近くに居たハレスの腕を抱き込んだ。
「言っている意味がわからないわ」
 これ以上話したくない、と少女はグイグイとハレスの腕を引っ張る。
「さすが、姉様のお気に入りの言葉を頂いただけあるな、ハレス。姉様はお前に傍に居てほしいらしい」
 クスッ、とクリストフェルが唇の端を吊り上げて意味ありげに笑う。
 ハレスは少女を気遣いながらも、皇帝である少年の言葉に何かを察し、身体を強張らせた。
「お前は頑丈だから、大丈夫だろう? アレの怒りを買うかもしれないけど、姉様が他でもないお前を望んだことはアレも知ってる。まあ、上手くやりなね」
「…………」
 黙り込んだハレスに意地悪く笑ったかと思えば、クリストフェルは愛らしい笑みを顔に張り付けた。
「夜会を楽しんでね。あとでみんなを紹介するから」
 コロッと態度を変えて微笑むクリストフェルは、優雅にクルリと踵を返すと人の輪の中へと入っていく。それを見送ってから、少女はハレスの腕を思いの外強く掴んでいたことに気づいた。
「あ……」
「お気遣いなく、レディ」
 ハレスが、あまり動かない表情に笑みを作る。
 爪が食い込んで痛かっただろうに、彼はそれを表情に出していない。
 その優しさは、果たして騎士だから、で片づけられるものなのか。
 今の少女には、まだよくわからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

処理中です...