千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

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ずっと欲しかったもの

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 ハレスにエスコートされ、メアリーが仔猫を抱いて屋敷を出て行ったそのすぐあと、デュクスがやってきた。
 少女を迎えに来たのだ。
「お手をどうぞ、レディ」
 差し出された彼の左腕には、漆黒の腕輪が嵌まっている。
 そのことに安堵しながらも、少女は金色の腕輪を嵌めた右手を、彼の手に重ねた。
 なるべく彼の方を見ないよう、少女はずっと左側の景色を眺めている。
 デュクスは馬車ではなく、歩いてここまで来たようだ。馬もおらず、しかし彼の屋敷までは徒歩で行くには少し遠い。
 魔力で瞬間移動でもするのかと思ったが、彼はその気配を見せず、夕焼け色に染まる街の中を歩いていく。
 その途中にある商店街に差し掛かると、昨日少女に傘を渡そうとしたあの宝石商の女性が声を掛けてきた。
「あんた! あれから大丈夫だったかい?」
 すでに帰るところなのだろう。
 大きな荷車を引いている。
「あんたはデュクス様の連れだったんだね」
 ニヤニヤと笑いながら、女性はツンッとデュクスの脇腹を肘でつついた。
「ハレスさんが大切なお嬢さんだって言ってたけど、そういうことかい。あんたもやるねぇ」
「――私たちはまだ、そういう関係じゃない」
「まだ、ね」
 女性は意味ありげに笑いながらも、少女へと視線を落とした。
「それに、あんた、欲しかったもの貰ったんだね」
「え……?」
 女性の視線は、少女の腕にあった。
 そこに光っているのは、金色の腕輪だ。
「あんた、七色に輝く宝石を探していたんだろう? それ、あんたが言っていたものじゃないか」
 言われて、金色の腕輪の中央で光る青い宝石に少女は視線を落とした。
「しっかし、揃いの腕輪をしているのに、それでも恋人じゃないっていうのか。あんたたち、一体どういう関係なんだい?」
「…………?」
 隷属の腕輪を嵌めているのだから、主人と奴隷という関係だ。
 そんなもの、この腕輪を見ればわかるではないか、と少女は首を傾げる。
 そのとき、視界の端で金色の髪が揺れた。
 どうしたのかと顔を上げると、デュクスは顔に手を当てて、低く唸っていた。
「それ以上は言わないでくれ。彼女は他国の民なんだ。この国のそういう事情には明るくない」
「知らないお嬢さんにそれを贈ったのかい!?」
「私も焦っていたんだ」
「そうだったとしても、お嬢さんはこれの意味を知らないんだろ!? 良いのかい!?」
「これから堕としていくからいいんだ」
「おやまぁ……」
 女性は呆れ顔をし、少女の両肩をガシッと掴んだ。
 ぐいっと顔を近づけて来られ、少女は僅かにたじろぐ。
「あんた、気のない男からモノをもらっちゃいけないよ。特に身に着けるアクセサリーならなおさらだ」
「だから余計なことを言わないでくれ!」
 デュクスは女性から少女を引き剥がし、腕の中に匿ってしまう。
 不意に抱き寄せられ、少女はその腕の中で暴れようとした。けれど簡単に動きを封じられ、少女は顔を真っ赤にしてせめてもの反抗にその逞しい腕を叩く。
「おや……」
 ふたりのその姿を見て何を思ったのか、女性はそう言ったきり黙り込んでしまう。デュクスの胸に顔を埋める形になっている少女には、女性の表情は伺えない。
「余計なおせっかいだったみたいだね」
 そう言って、女性は「またね」と去っていくのが音でわかる。
 それからしばらくして、デュクスはやっと少女を離した。
「あなた! いきなり何をするのよ!」
「ミレーと知り合いだったのか?」
 どうやらあの女性はミレーというらしい。
 王宮にも稀に商売にやってくるようで、デュクスとハレスもよく知った人物なのだという。
「だが、虹色の宝石、か」
「――なによ」
「少し、腕を失礼する」
 言いながら、デュクスは少女の右手を取り、金色の腕輪に嵌め込まれた青い宝石を指先で半回転させた。
 するとそれはカチッと音を鳴らし、デュクスの手に納まる。
「――てくれたんだな」
 小さな声で呟いた彼の言葉が聞き取れず、少女は、何? と聞き返す。
「いや、なんでもない。まさかコレがほしかったとはな」
 デュクスは青い宝石を少女に手の上に乗せた。
「もう太陽が沈みかけているが、まだ光るはずだ」
 言われて、少女は促されるようにしてその宝石を山間に沈みかけている太陽へと翳してみる。
 するとその宝石の中で、七色の光りが乱反射してキラキラと輝く。
「――きれい……」
 不意に記憶の中の青年が付けていたブローチを思い出し、少女は顔を顰めた。
(この宝石のことを見せてくれたときも、もしかしたら……)
 憎まれていたのかな、と思うと、それならばなぜこの宝石の話をしてくれたのだろう、という疑問が浮かび上がってくる。
『いつかあなたにも見せてあげたい』
 あの時の青年の表情からは、憎悪の念は感じられなかった。
 ならば、最初から疎まれていたわけではないということか。
 なら、いつ――。
 眩い光りを放つ宝石を見つめながらも、少女の心はどんよりと曇っていく。
「どうした?」
 浮かない表情の少女の顔を、彼が覗き込んできた。
「気に入らなかったか?」
「…………」
 少女は宝石を手のひらにギュッと握りしめてから、元あった腕輪の窪みへと戻した。
「――とても、綺麗だったわ」
 これが記憶の中の青年が持っていた宝石と同じものなのか、少女にはわからない。
 わからないけれど、綺麗だと思ったのは本当だ。
 だがもう、少女がこの光りを自ら見ることは、もうないだろうが。
 それからの道のりのことは覚えていない。
 心の中がどんよりと薄暗くなって、冷たくて、痛くて、苦しくて。
 デュクスの話も聞いていなかった。
 だから、少女は今、自分がどこにいるのか、それすら気づいていなかった。
「着いた」
 軽く取られた手を揺すられ、俯いていた少女は暗い色が灯る瞳を前に向けた。
「え……?」
 そこは、どこを見ても一面に広がった花畑だった。小さな可愛らしい花をつけたそれを、少女は見たことがある。
「この花……」
「スズランという」
「え……?」
 少女は首を傾げた。
 自分が知っている花の名前とは違う名前だったからだ。
 この花は、一度だけ記憶の中の青年が持ってきてくれたものだった。
 彼はこの花を、別の名前で呼んでいた。
 千年の時が過ぎているから、その間に名前が変わってしまったのだろうか。それともただ似ているだけで、別の花なのか。
「今が満開だと聞いて、あなたに見せたいと思っていたんだ」
「…………なぜ?」
「とても似合うと思ったから」
 鈴のような花を咲かせるその花を、デュクスが一本だけ手折る。彼はその花を、少女の耳に挿した。
「やっぱり、良く似合う」
 少女の顔の横で、スズランの花がゆらゆらと揺れた。
 かすかに、懐かしい香りがする。
「……手折ることないじゃない」
 似合う、と言われて、胸の中がむずむずする。だからつい、そんな可愛くないことを口にしてしまった。
「せっかく咲き誇っていたのに、手折ってしまったらすぐ色褪せてしまうわ」
「そうだな。可哀そうなことをした。その花は帰ったらローザに押し花にしてもらおう」
「……押し花?」
 少女は押し花を知らなかった。
 デュクスは小さく微笑むと、押し花について教えてくれる。
「生花はすぐに枯れてしまうが、そうすれば長く美しさを保っていられる」
「そんなことをするのね」
「ああ。もうすぐ祭りがある。そのときにも、色々な場所で見かけるだろう」
「祭り……?」
「この国の建国祭がもうすぐあるんだ。この国の国花はスズランだから、スズランの花を贈り合う」
 その祭りでは、女性は髪に、男性は胸にスズランの花を挿すのだという。
 そうして皇族も貴族も平民も、国民ではない旅人も、みな平等に建国を祝うのだと、デュクスが言った。
「とても綺麗だから、あなたも参加すると良い」
「――私が?」
「興味があれば」
 ずっと地下牢にいた少女は、もちろん祭りになど行ったことがない。
 行ってみたい気もするが、少女は曖昧に返事をするに留めた。
 もちろん興味はある。
 だがそれに参加したところで、きっと何の感動もないだろう。
 どんなに綺麗なものを見ても、この心は動かない。
 むしろ――。
「そろそろ戻らないと、ロドリゲスたちが心配する」
 デュクスは、そう言って少女の手を引いた。
 その瞬間、パッと場所が変わる。
 そこはデュクスの屋敷の、少女のために整えられた部屋の前だった。
「もし祭りに興味があるなら、一緒に行こう」
「…………」
「嫌ならそれでもいい。でも、考えてみてほしい」
 触れ合っていた手が、そっと遠ざかっていく。
 少女に背を向けて、彼は去っていった。
 その後ろ姿を見つめながら、少女は耳に挿してもらったスズランの花を指先で撫でた。
 この時少女は小さく微笑んでいたが、だがしかし彼女自身、そんな自分の変化に気づいていなかった。

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