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女子会

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「お姉さま!」
「…………また来たの?」
 あの日から、メアリーは良く少女の元へやってくるようになった。
 以前までは屋敷の前で、デュクスと馬車の中で過ごしていた彼女が、何故今、少女の部屋でティーカップを持って微笑んでいるのだろう。
「つれないですわ。お姉さま。今日はお土産を持ってきたんですよ」
 言いながら、メアリーと共にやって来たメイドのひとりが手に持っていた箱を、ふたりを隔てるテーブルの上に置く。
 優雅な動作でそれを開けると、別のメイドが皿を出し、中のモノを取り分けていく。
 今、この部屋には少女とメアリーの他、五人のメイドがいる。
 アーヴァイン家のメアリー付きのメイドたちらしく、彼女たちはテキパキとティータイムの支度を整えていた。
「いま、城下で人気のスイーツです。お姉さまのお好みがわからなかったので、色々持ってきましたの」
 少女の前には見慣れない形状のものがずらりと並べられている。
 綺麗に彩られたそれらは、メアリー曰く「スイーツ」なるものらしい。
 だがそれが何なのか、少女にはわからなかった。
 食事を必要としない少女は、スイーツなど見たことがないのだ。
 この屋敷も、デュクスがあまりそういった嗜好品が好きではないのか、年老いた使用人たちの好みなのか、目の前にあるようなモノを出されたことがない。
「さあお姉さま。どれでも好きなものをお召になって!」
「……食べ物?」
「もちろんですわ! もしかして、食べたことがないとか……?」
「私、人としての食事は必要ないのよ」
「まあ! では、召し上がってはいただけないのですか……?」
 愛らしいメアリーのくりくりとした瞳が、寂しそうに潤んでいる。
 なぜだろう。
 そんな顔をされたら、食べないのは可哀そうな気がしてしまう。
「お姉さまのために、用意しましたのに……」
 この言い方は狡い。
 少女は小さく息を吐くと、とりあえず一番自分に近いところに置かれた皿を手に取った。
 それは三角形で、色とりどりの果物が彩りよく飾り付けられている。
 その土台となる生地は硬く、茶色い。
「これは?」
「フルーツタルトです! 今回ご用意したものの中では一番のおすすめですわっ!」
 少女がケーキを手に取ったことで、メアリーはとても嬉しそうだ。
 キラキラと輝く瞳に見つめられながら、フォークでそれをつつく。
 どう食べれば良いのだろうか。
 少女はしばらく迷った後、尖った先端部分を果物と一緒にフォークで切り、パクッ、と口に入れてみた。
「…………」
 口の中にバターの香りと、イチゴの甘味が広がる。
 硬い生地の中にはふわふわしたクリームが入っていたが、それほど甘くはない。
 フルーツの甘味を計算したその丁度いい甘さに、少女は初めて「美味しい」という言葉を口にしていた。
「他にも色々試してみてくださいませ! お姉さま、チョコレートはお好き? カスタードを使ったケーキやゼリーもありますわ!」
 そのどれもを少女は食べたことがなくて、宝石のように輝くそれらを一通り食べてみることになった。
「お姉さまもやっぱり女の子ですわね! 女の子ならみんなスイーツが大好きですもの」
 そういうものなのか? と疑問に思いながらも、少女はメアリーが持ってきてくれたどのスイーツも「美味しい」と思ったし、中には完食したものもあった。
 そのひとつが、最初に食べたタルトだ。
 メアリーは食事のマナーについて煩くはなく、食べこぼしてしまう少女に文句のひとつも言わず見守っていてくれた。
 それも少女が気兼ねなくスイーツを楽しめた理由なのかもしれない。
「デュクス様はこういったものはご用意してくださいませんの?」
「――最初に言ったでしょう。私、食事は……」
「だから気が利かないというのです。あの人は! 特にお姉さまのようにこういったものを食したことがないというのであれば、尚更一番最初にスイーツをお出しするべきですのに!」
 メアリーはデュクスに対する不満を口にしながらも、どこか楽しそうだ。
「あの方がご用意しないというのであれば、またわたくしが持ってきますね! 色々試してみましょう」
「別にそんなの……」
「スイーツの美味しさを知らないなんて、人生の半分は損していますわ!」
 少女はここ数日で、メアリーのことを多く学んでいた。
 彼女はこうなると何を言っても聞く耳を持たなくなる。
 だから少女は、小さくため息を吐きながらも、完全に拒否はしなかった。
 彼女が満足するまで、好きにさせれば良いのだ。
 それがこの数日で学んだ、メアリーとの適切かつ手っ取り早い接し方だった。
「そういえばお姉さまは建国祭には行きますの?」
 デュクスへの不満を言い終わったメアリーが、不意にそう尋ねてくる。
「どうかしら」
「もしよろしければ、わたくしと行きませんか? お祭りのときは色んなアクセサリーも売店に並ぶんです。スズランを模したものが多いのですが、お姉さまもスズランがお好きなようですし」
 メアリーの視線が部屋の壁に飾られた額縁へと注がれた。
 そこにはローザに押し花にしてもらったスズランの花が飾られている。
「……好きとか、そう言った理由じゃないわ」
 デュクスが手折ってしまって、あのまま枯らせてしまうのは可哀想だから、ローザに押し花にしてもらっただけだ。
 額縁に入れたのはローザで、少女ではない。
「お姉さまがご一緒してくだされば、きっとハレス様も護衛に来ていただけると思うのです。ですから……」
「…………そんな回りくどいことをしなくても、ふたりで行けばいいじゃない」
「あの方は皇族の方の護衛しかなさいませんの。わたくしは、避けられていますから」
 しゅん、とメアリーは寂しそうに肩を落とす。
「それでも、まだ好きなのね」
 そんなメアリーに、少女は思わずつぶやいていた。
 するとメアリーは小さく微笑む。
 彼女から、仔猫を元居た場所に返した日のことは既に聞いていた。
 ハレスはメアリーと仔猫を返しに行く道すがら、彼女が何を言っても素っ気ない返事しかしなかったのだという。
 そして仔猫を無理矢理その場に置いて行くと、彼はメアリーに別れを告げると屋敷まで送ることなく帰ってしまったと。
 騎士としてはあるまじき行為のように思えるが、それがこの国の皇族に仕える騎士の在り方なのだと、メアリーは寂しそうに笑っていた。
「恋に、堕ちてしまったからでしょうね。どんなに嫌われてしまったとしても、わたくしはハレス様に好きな女性が出来て、いつか結婚されるそのときまで、ずっと好きで居続けるのだと、思います……」
 その気持ちは、少女にも理解できる。
 記憶の中の青年に恋い焦がれていた少女もまた、今のメアリーと似たようなことを思っていたはずだ。
「叶わない恋は、辛いわよね……」
「お姉さまにもそんなご経験が?」
「――昔の話よ」
「どんな、恋だったのですか……?」
 尋ねられ、少女はかいつまんでメアリーに彼のことを話していた。
 ずっと、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
 自分でも信じられないくらい、するすると言葉が出てくる。
「……切ない、ですわね……」
「そうね、すごく、切なかったわ」
「今も、その方のことを?」
「そうね……」
 今でも昨日のことのように思い出すことができる。
 彼と過ごした日々の数々は、まだ少女の胸の中に残っている。
 思い出すと辛いけれど、それでも良い思い出だ。
 メアリーに話してみて初めて、この初恋を過去のモノにできるような気がした。
「お姉さま! 男なんて星の数ほどいます! もうその方はお亡くなりになっているのですし、次の恋をした方が良いですわ!」
「――その言葉の半分はあなたに返すわ」
「…………」
 ふたりはしばらくの間、黙りこんだ。
 話を聞いていた五人のメイドたちも今はそれを静かに見守っている。
 どれくらいそうしていたのか、メアリーが何か言いかけたそのとき、騒動は起きた。
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