千年前失恋して引き籠りの魔女になったので、今度は殺してくれませんか?

潮 雨花

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孤独な皇帝の過去

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「――姉様……」
 クリストフェルはひとり、家族として招き入れた少女へと思いを馳せていた。
「……こんなときどうすればいいのですか? 『姉上』……」
 ギュッ、と彼は魔力で作られた一冊の本を握りしめる。
 クリストフェルには、ひとりの姉がいた。
 彼女が亡くなって、もう七百年になる。
 姉には魔力がなかった。
 けれど、人を惹きつける不思議な力があった。
 そして姉は、魔力を持たなくてもいつも希望に満ちていた。
 笑顔の絶えない、とても美しい皇女だった。
 周囲にはいつも人がいて、彼女に接すると皆が笑顔になる。
 そんな姉を、赤子の姿のままなかなか成長しないクリストフェルは、いつも冷ややかな眼差しで見つめていた。
 もう何百年、何千年も、この皇国には強い魔力を持った者は生まれなかった。エリヴァ皇国は元々強い魔力持ちたちが集まった小さな国から始まる、古の時代からある皇国だ。
 魔力を用い、近隣諸国を滅ぼし、そして長い歳月を経て大きくなった。
 けれど歳月が経つにつれ、人々の中から魔力を持つ者が生まれなくなり、それは皇族も同様だった。
 よってクリストフェルの誕生は、まるで神が降臨したとまで言われるほど、多くの者たちから祝福された。
 けれど、民たちの喜びは長くは続かなかった。
 いつまでも赤子の姿のまま、その身には強い魔力を秘めた皇子は、人の過去を見る力を持っていたからだ。
 赤子でありながらすぐに人語を理解したクリストフェルは、父や母に気に入られようと、その力を思う存分発揮して人々の過去を惜しげもなく暴き出した。
 今、国を動かす宰相が捕虜となった娘を孕ませ残虐に殺していたこと、国を守る騎士が他の国と繋がり国を裏切ろうとしていること、貴族たちが裏で連携して父たちの失脚を企てていること。
 最初は、喜ばれた。
 だがしかし、何でも見通せる力をもつ皇子は、次第に敬遠されていった。
 父や母も、自らの子を遠ざけ、姉にばかり愛情を注ぐ。
 次期皇帝は強い魔力を持つクリストフェルだというのに、一度は歓喜に喜ばれたその未来さえ、人々は恐れた。
 クリストフェルは、生まれて十年もしない内に、孤独になった。
 そうして幼い彼は、『諦めること』を学んだ。
 どれだけ愛されようと尽くしても、それが必ずしも同じだけの愛情を返されるわけではないのだと、知ったのだ。
 クリストフェルはすべてを『諦め』た。
 誰かに愛されることも、誰かに必要とされることも、誰かに信じてもらうことも、どんなにクリストフェルが態度で、言葉で示しても、人々は離れていくだけだった。
 そんな中、自分と同じ境遇の『少女』がいることを偶然知った。
 彼女は生まれ故郷を父諸共滅ぼした後、魔力で護られた城の地下牢に幽閉されている、と。
 そしてその少女が、まだ生きていることを知った。
 彼女のことが知りたくて、彼女と話がしてみたくて、幼かったクリストフェルは『闇の魔女』と蔑まれた少女に会いに行くことにした。
 魔力を自在に操れるクリストフェルにとって、それは簡単なはずだった。
『――行けない……?』
 彼女のことを思い、転移しようとしたけれど、何度繰り返しても弾き返されてしまう。
 そんなはずはない、とクリストフェルは躍起になり、何日もそればかり繰り返した。
 だが、ダメだった。
国で一番の魔力を持ち、何だってできると思っていた少年の、初めての挫折だった。
『彼女は、僕よりも魔力が強いのか……』
 世界を滅ぼす闇の魔女。
 迷信のように語り継がれるその存在に、クリストフェルは近づくことができない。
 むしろ力を使う度、クリストフェルの魔力は暗い闇の中へと吸い込まれていくような恐怖すら覚えた。
 自慢の過去を見通す本も、暗い闇ばかりを映し出す。その闇はとても深く濃い。
 絶望、というものを色で表すのであれば、きっとこんな色なのだろう。
 そう思えるほど、その暗い闇は深い悲しみに包まれ、計り知れないほどの無を漂させていた。
 それでもクリストフェルは、時を遡ってみた。
 彼女にも希望に溢れていた時代があるはずだと。
 そうだと、信じたかった。
 クリストフェルは何かに憑りつかれたように、毎日本を通して時を遡った。
 自分より強い魔力を持つ者の過去を見るのは、そう簡単ではなかった。
 一ページを捲るだけでも、かなりの魔力を消費してしまうのだ。力の差を思い知らされながらも、クリストフェルは諦めなかった。
一枚一枚、捲っていく。
 捲る度、闇色に染まったそのページに、その数の多さに、クリストフェルは悲しくなった。
『結局――魔力なんかあっても、未来は明るくはないのか……』
 クリストフェルよりも長い時を生きている少女は、ずっとこの闇の中にいるのかもしれない。
 闇の魔女、という言葉通り、彼女は闇の中で生きているのだろう。
 そう結論付けようとしたとき、姉がやってきたのだ。
『フィー? 何をしているの?』
 多くの人々がクリストフェルを恐れる遠ざける中、姉はたまにこうして顔を見せに来る。
 母譲りのふわふわと靡く長いブロンドの髪に、晴れ渡った青空のような青い瞳の皇女は、クリストフェルより十近く歳が離れている。
 既に淑女と呼べるべき年齢に成長した身体をもつ姉を、クリストフェルは無視をした。
 『まあまあ、ご機嫌ななめね』
 姉姫は、ニコニコと笑いながら、ベビーベッドで大人しく本を読んでいる風にしか見えない弟の傍まで歩いてくる。
 そしてベビーベッドの柵に両腕を乗せると、本を覗き込んできた。
『真っ黒ね? これ、なあに?』
『…………』
『なんだか、とても悲しそうな色……。こんなものを見ていて、楽しい?』
 そんなはずあるか、とクリストフェルはキッと姉を睨みつけた。
『それを見ているくらいなら、こっちを御覧なさいよ』
 言いながら、本の上に一冊の絵本を乗せられた。
 小さな手で払い除けてもよかったが、その題名に、惹かれた。
『これは少し悲しいお話なんだけど、たぶん、あなたの役に立つと思うの』
 そう言いながら、姉姫はベビーベッドから幼い弟を抱き上げ、暖炉の傍に膝を折り、その上に小さな体を座らせた。
 目の前に、絵本が広げられる。
 読み聞かせをしてくれる姉に、その声が綴る物語に、クリストフェルは惹きつけられた。
 暗い昏い、気の遠くなるような時を生きている一人の少女が、長い時を経てひとりの青年と出会う物語だ。
 それは強い魔力を持った者と、持たずに生まれた者の、出会いと別れの話だった。
 けれど最後は――。
『フィー? どうしたの?』
 クリストフェルは、ポロポロと涙を零していた。
 あぁよかった、と心から思った。
 感動、という感情を、初めて知った瞬間だった。
『――……フィーにも、こんな人が現れると良いわね』
『…………』
『私はずっとフィーと一緒には居てあげられないけど、あなたの幸せを心から願っているから』
 姉姫は、小さな弟の身体を優しく抱きしめた。躊躇うことも、躊躇することもなく、姉は心からの慈しみを持って弟に接してる。それを触れ合った肌のあたたかさで知った。
『愛してるわ。フィー。私の大切な弟』
 優しい姉の声に、クリストフェルは初めて、姉の胸の中で泣いた。
 わんわんと声を上げ、寂しい、辛い、苦しいと、蓋をしていた心の内を曝け出し、姉に縋った。
 そして姉に話した。
 『闇の魔女』について知りたいと。
 すると姉は弟の小さな手に、その絵本を握らせた。
『これが、あなたの言う方のお話よ』
 でも名前が違うと訴えると、姉は小さく微笑んだ。
『もうね、その方はそうとは呼ばないの。だからあなたも、あまり口にしてはダメよ』
 わかるでしょう? と姉が言う。
『フィーなら、尚更この意味を知っているはずよ。言葉にも魔力は籠るのだから』
 それが自分よりこの物語の少女がクリストフェルよりも強い力を持つ所以だ。
『もしフィーが、その方のために何かしたいと思っているなら、この物語の最後を祝福の色に染めたいと望むなら、口にしてはいけないわ。あなたのためにも』
 約束、と姉姫はクリストフェルの小さな小指に自分のソレを絡めた。
――約束。
 それは物語の中で、少女が希望を抱き、絶望した言葉だった。
 そしてそれは、クリストフェルの中にも、希望の光りを生み出した。
 だからクリストフェルはこの物語について調べ、手記の存在とその筆者について長い時間をかけて辿り着くことに成功した。
 そのとき、クリストフェルが生まれてから八十年の歳月が流れていた。
 やっと五歳くらいの身体まで成長していたクリストフェルは、寝台に横たわる姉の元へと向かい、そして調べ上げたことを話して聞かせた。
 勝手に妬んでいた姉はいつしか、クリストフェルに助言をしてくれる良き相談相手になっていた。
『――それが本当なのであれば、これから一人残してしまうあなたにも、希望が見えるわね』
 皺まみれの顔になっても美しい姉は、嬉しそうに微笑んだ。
『探してみなさい。あなたならそれができる。――ああ、でも悔しいものね。私、あなたが心から笑う顔が見たかったけど、もう、難しいみたい』
 姉が最期の時を迎えようとしている。
 弱々しい骨と皮だけになった姉の手の上に、クリストフェルは小さな手の平を重ね合わせる。
『――姉上』
『なあに? フィー』
『――……愛しています』
『…………』
『僕にとって、あなたの存在は救いでした。僕にとっての、光りでした。あなたがいてくれたから、僕は長い時を生きる希望を見つけられました。感謝しています』
 多くの人間の成長と最期を、クリストフェルは見てきた。
 父が死に、母が死に、周囲の者たちも入れ替わり消えていく。
 周りの者たちは確実に老いていくのに、クリストフェルはいつまでも老いない。
 普通の人とは違う時間に生きているから、それは仕方のないことだ。
 けれど絶望はしなかった。
 周りから取り残され、ひとり生きていかなければならない時が訪れたとしても、姉と過ごした八十年という歳月が糧となる。
 だから姉との別れは、悲しくはなかった。
 クリストフェルに希望という光りをくれた彼女には、また、会える気がしたから。
『私も――愛しているわ。フィー』
 くすんでしまった青い瞳から、涙が零れ落ちた。
 スッ、と彼女は目を閉じる。
 クリストフェルはずっと、重ねた手を離さなかった。
 大好きだった体温が、熱が、次第になくなり冷たくなっても、小さな手を置いたまま、姉の最期の笑顔を、見つめ続けていた。
 そして決意した。
 自分に与えられた時間のすべてを尽くして、この世界から、魔力という存在を失くそうと。
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