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ふたつの夜
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「あの二人、絶対に両想いだと思っているんだけど、それは私の気のせいなのかしら?」
リリィベルの背後から彼女に覆いかぶさるようにして、同じように彼等へと目を向けているデュクスへ問いかける。
「いや、間違いないだろうな。だが、相手はあのハレスだ。あいつは厄介だぞ」
「堅物だものね」
メアリーはハレスがリリィベルを想っていると思い込んでいるし、ハレスはメアリーがデュクスを想っていると思い込んでいる。
確かに今までの彼等への接し方を思えばそう勘違いされてもおかしくはないのだが、デュクスはメアリーのことを妹のようにしか思っていないし、リリィベルはハレスをただの護衛騎士としか思っていない。
今日の祭りをふたりは失恋した者同士、傷の舐め合いはしないまでも、そっと相手を見守ろうと思い足を運んできたに違いない。
「だが、意外だな。キミが他人の恋路を心配しているなど」
「失礼ね」
ムッとして背後を振り向くと、デュクスの綺麗な青い双眸に捉えられた。
「メアリーから催しのことは聞いたんだろう」
「聞こえていたの?」
「キミたちの雰囲気でわかった」
そして彼はニッと意地悪そうに笑う顔をリリィベルへと近づけた。
「キミは催しに参加しないのか?」
「私が?」
「私に愛の告白をしてはくれないのか?」
「…………」
この時初めて、リリィベルは自分たちの想いを繋ぐ確かな言葉を交わし合っていないことに気が付いた。
デュクスからは何度も愛の言葉をもらっているし、身体も繋げている。
初めて身体を繋げたとき、デュクスから「自分のモノだ」と言われはしたものの、リリィベルははっきりと返事をしていないのだ。
「そんなの……、言わなくてもわかるでしょう」
何度も、身体を重ねた。その度に彼を求め、体温を分かち合ったのだ。
つい先刻も身体を繋げたばかりだ。
あんなこと、デュクス以外としたいと思えるはずがない。つまりそれが答えだと、リリィベルは頬を赤くしてそっぽを向く。
「キミが好きなのは、千年前の私か? それとも、今の私か?」
頬に手を添えられたかと思えば、その手に顎を取られた。
グイッ、と顔の向きを固定され、デュクスを見上げる形で動きが取れなくなる。
「どちらも……あなたじゃない……」
「いいや、これでも二十五年、この身体でデュクス・エレオノールとして生きてきた。前世の記憶はあるが、あれは私じゃない」
「…………」
「何の因果か、顔の造作までそっくりだからな。だが私は、千年前のあの男とは別人だ」
物心つく頃から、デュクスには前世の記憶があった。だがそれはデュクスにとってしてみれば複雑な記憶だ。
見覚えのないかつて『闇の魔女』と呼ばれていた少女に恋をしたその記憶は、どこか絵本の創作物のようであり、過去の記憶として認識はしたものの、生まれ変わった今のデュクスの心はその記憶についていけなかった。
一度は、赤子の時にでも『リリィベル』の御伽噺を聞いて、我がことのように記憶して勘違いしているのでは、とも疑ったくらいだ。
だが幼少期、クリストフェルと出会い、親しくなる頃にそれが真実であることを知らされた。
その後、グランド王国からの進軍を受け、デュクスは国王騎士軍を率いて制圧に成功し、『闇の魔女』と再会を果たしたのだ。
王宮内に不自然に建てられた霊廟を不審に思い、残党がいないかそこを探っていた時、デュクスは『闇の魔女』の像を見つけた。
『闇の魔女』を救うためには、彼女を『闇の魔女』として崇める者たちを滅さなければならない。こんな偶像があっては、千年前の想いは成し遂げられないと思って剣で叩き壊したとき、彼女が現れたのだ。
黒くて丸い球が何もなかった宙から姿を現し、その中で彼女は千年前と変わらぬ姿で眠っていた。
『誰、私の眠りを妨げるのは』
この時彼女は、千年の眠りから覚めたのだ。
顔の造作や色が千年前の姿と瓜二つのため、彼女はこの顔を見ればすぐにデュクスが何者かわかるはずだ。だがそう思う一方、彼女が今、どんな思いでこの国に留まっているかわからなかったデュクスは、敢えて初対面を装い、進軍してきた敵国の騎士団長としてあるべき言葉をかけた。
そして初めて彼女をその目で見た瞬間、恋に堕ちたのだ。
この出会い方が、悪かったのかもしれない。
漆黒の少女はデュクスにいつも誰かを重ねているようだった。
それが誰なのか、デュクスが一番よく知っている。だから焦った。
彼女が過去の自分に未だ恋心を抱いているのであれば、デュクスが傍にいればいるほど、その想いが強くなってしまうのではと。
今の自分を、見てもらえなくなるのでは、と。
「きっかけは過去の――前世の私から始まったことだが、今の私はデュクス・エレオノールだ。それ以外の何者でもない」
「そんなの、わかってるわよ」
記憶の中にいた青年とデュクスは同じ魂であることは変わりないのだろうが、やはり別人だ。
地下牢にランタン一つを持ち、ただ話し相手になってくれたあの青年と、今、目の前でリリィベルに愛の囁きを強請るデュクスは、同じ人のようで違う。
デュクスの中にあの青年を重ねていたとき、その違いに気づいている。
「キミは今、誰を愛している?」
「…………」
甘いコロンの香りが近づいてくる。
もう慣れてしまったその香りを、リリィベルは胸いっぱいに吸い込んだ。
薄く開いた唇に、彼の吐息が掛かる。
「言ってくれ、リリィベル。キミの気持ちが聞きたい」
「わ、たし……は……」
言葉を紡ごうとしたとき、デュクスがパチンッと指を鳴らす。
その一瞬で、ふたりはデュクスの屋敷の、彼の寝室へと転移していた。
「キャッ!」
バフンッ、と背中から柔らかい毛布に包み込まれ、その上から覆いかぶさったデュクスとの二人分の体重を受け止めた寝台が、ギシギシと鳴く。
顔の左右に手を突いたデュクスは、窓から注ぐ月明かりに照らされたリリィベルをジッと見下ろしている。
「ちょっと……!」
「大丈夫だ。祭りが終わる前に戻る」
建国祭とリリィベルの生誕祭を掛け合わせたこの祭りは早朝まで続く。
それを知った上で言っているのであれば、また身体を開かされるのだろうことは明らかだった。
「ま、待って! さっきも散々……!」
「メアリーから聞いていないか? 両想いになれたふたりは一晩だけ恋人同士になれると」
「…………ッ!」
「気づいたか? つまり、そういうことをしてもいい、ということだ」
多くを語らない貴族らしい言い回しだ。
一晩だけ恋人になれる、ということは、一晩時間をやるからやることをやってしまえ、ということである。
「あぁでも、キミが私ではなく、前世の私が好きだというのであれば、私は来世に期待しないといけないな」
意地悪なことを言うデュクスのその顔を引っぱたいてやりたい。
だがその意に反して、リリィベルは彼の騎士服の下に隠れる、逞しい胸板へと手を這わせていた。
「――あなたが好きよ」
「……『あなた』とは、誰だ?」
ちゃんと名前を口にするまで許してくれないのだろう。
闇の魔力を持っていたせいで、リリィベルはデュクスの名をずっと呼ぶことができなかった。
今も、その名残であまり彼の名を、それ以外の者たちの名も、口にすることを躊躇っている。
闇の魔女が誰かの名を呼ぶとき、それはその者の死を意味するか、闇の魔女の隷属に下る呪いをかけたということを意味している。
リリィベルにそのつもりがなかったとしても、そう思っている者たちがいる以上、特定の誰かの名を口にすることができなかった。
「だから! ……私は、デュクスが……好き……よ」
改めて口にすると、やはり恥ずかしい。
頬が紅潮して熱くなるのがわかる。
「本当に?」
恥ずかしい思いをしながらも口にしたのに、デュクスは疑ってくる。
リリィベルは枕に顔を埋めるようにして視線を外しつつも、安心できないであろうデュクスのために言葉を重ねた。
「あの人は……、過去のあなたのことは、もう私の中でも過去の存在よ」
「――それはそれで、寂しいな」
なら何て言えばいいのだ! とリリィベルは見下ろしてくる双眸を横目で睨みつける。
「怒らないでくれ。――嬉しいよ。私もだ。私も、リリィベル。キミを愛している」
フッと唇の端を吊り上げ、デュクスは告白の返事をしてくれた。
その優しい双眸に見つめられると、体の芯から熱くなっていく。
祭りに行く前にも身体を重ねたのに、また欲しくなってしまう。
「デュクス……」
顔の横にあるデュクスの腕に、リリィベルは仔猫のように頬を擦りつけた。
それに応えるようにして、リリィベルの身体の上にデュクスの身体が重なり、その体重を受け止めて寝台がギシッと小さく鳴いた。
それからはお互い無言で、互いの服を脱がせ合った。
魔力を使えば一瞬で服など取り払えるのに、そのことも忘れて一枚一枚、互いの肌を露わにしていく。
まるで神聖な儀式のようにことさらゆっくりと、ふたりは互いの体温を分かち合った。
唇を重ね、肌に唇を寄せ合い赤い花を散らせていく。
デュクスはリリィベルの胸元に、そしてリリィベルはデュクスの首筋に、交互に所有印を押すように相手の肌を吸う。
いつしか二人の身体には、お互いが付けた赤い花びらで彩られ、月明かりの中で妖艶に照らされた。
「リリィ……、リリィベル……」
切なげな声で愛しい娘の名を呼びながら、デュクスは猛った熱い牡を、彼女の濡れた場所へと押し当てる。
ひくひくと震えたリリィベルの蜜壺ははしたなく甘い蜜を滴らせながらそれを受け止めた。
「んっ! あぁ……!」
歓喜に震える嬌声と共に、蜜壺も彼をギュッと締め付ける。身体の奥まで侵入したデュクスのそれも、その度に更に質量を増した。
「あ、ぁあ……! 中、で……大きく……!」
ギチッ、と内壁を押し広げられ、リリィベルは僅かに背を浮かせる。
「――結婚しよう。リリィベル」
「え……? あぁあああ!?」
不意にデュクスが囁いた言葉に、何、と尋ね返そうとしたが、それよりも早く彼は腰を激しく動かし、リリィベルの奥を何度も貫く。
「ひぁ! だめぇ……! それ……ッ、それ、だめぇええ!」
デュクスを待ち望み降りてきた子宮口の入り口を突かれ、痺れるような激しい快楽にリリィベルは悲鳴にも似た嬌声を上げる。
「愛してる……。もう、逃がさない。結婚してくれ、リリィベル……」
激しい抽挿の中、デュクスが懇願する。
パンパンッと肌が打ち付けられ、結合部から次から次へとその抽挿で泡立った蜜が溢れ出てくる。
「やぁ! 激し……ッ! 奥、だめぇ!」
身体を深く折り曲げられ、両足をデュクスの肩に担がれる。より深く、子宮口をこじ開けようとするかのように、彼の亀頭が激しくそこを抉ってくる。
そこを開かされる快楽は、リリィベルから思考を奪った。
どうしようもなく気持ちが良くて、その濁流のような快楽の波に呑み込まれないよう彼の腕に縋りつく。
「やめっ……! だめ、それ……! 奥、開いちゃ……あぁぁ!!」
「返事は? リリィ」
「な、に? あぁっ! やぁ……!」
「私と、結婚しよう」
「んぁ! ぁああ!」
自分から聞いておきながら、デュクスはその返事をさせてくれない。それどころか、もうリリィベルは彼に何を言われているのか、理解もしていなかった。
ぐぷっ、と身体の奥の子どもを育てるための子袋の入り口に彼の牡が押し入ってくる。
内臓を押し潰されるその圧迫感と快楽に、リリィベルは生理的な涙を流し、急激に絶頂へと押し上げられていく感覚に弓なりに背をのけ反らせた。
「あぁあ! やぁ!!」
「結婚するか? するなら、終わらせてやる」
意地悪な声音が耳元で囁かれ、リリィベルは分けもわからず激しく首を縦に振った。
「する……、する……、からぁ!」
早く解放して、とデュクスの腕を掴む手に力を込める。
リリィベルの返事に満足したのか、彼はさらに激しく腰を振り、内壁を激しく擦った。
そして最後に強く腰を押し当て、リリィベルの子宮口をこじ開け、その中に限界まで張り詰めた精をぶちまける。
「あぁああああああ!!!!」
熱い迸りが大量に注がれ、腹の内側の袋が膨らみ受け止めきれなかった白濁の液が結合部から勢いよく吹き出す。
絶頂の余韻に浸り、リリィベルはぼんやりと宙を見つめていた。その間に、デュクスは肩に担いでいたしなやかな足を降ろし、肩で息をする痩躯を隣に横たわって背後から抱きしめる。
「リリィ……」
「ぁ……んっ……」
ふたりはまだつながったままだ。
ひくひくと震えるリリィベルに、デュクスは腰を押し付け続けている。
しばらくそのまま、呼吸が整うまで密着したままでいると、後ろから腹の前で交差されていた彼の大きな手が、胸に伸びた。
「んぅ!」
赤く熟れた果実のように膨らんだそれを、デュクスが指で弄ぶ。親指と人差し指でコリコリと押し潰され、捻りあげられる。敏感な場所を乱暴に扱われれば痛いはずなのに、激しい情欲に呑み込まれた身体はもはや何をされても快楽しか拾わない。
「ぁ……、んっ……」
小さく喘ぐと、身体の中でまたデュクスの楔が大きくなる。
「まだ夜は長い。『あちら』も今頃楽しんでいる頃だ。こちらはこちらで、朝まで楽しもう」
朦朧とする意識の中、デュクスの囁きが聞こえたが、リリィベルはそれどころではなかった。
ゆっくりと腰を揺すられ、先ほどとは別の向きで内壁を抉られる。まだ達したばかりなのに、そこからまた熱が生まれ、胸を弄られて身体がくねる。
いつまでも治まらない熱を早く解放したくて、リリィベルはすべてをデュクスに委ね、彼の言った通り朝まで何度も身体を貪られたのだった。
リリィベルの背後から彼女に覆いかぶさるようにして、同じように彼等へと目を向けているデュクスへ問いかける。
「いや、間違いないだろうな。だが、相手はあのハレスだ。あいつは厄介だぞ」
「堅物だものね」
メアリーはハレスがリリィベルを想っていると思い込んでいるし、ハレスはメアリーがデュクスを想っていると思い込んでいる。
確かに今までの彼等への接し方を思えばそう勘違いされてもおかしくはないのだが、デュクスはメアリーのことを妹のようにしか思っていないし、リリィベルはハレスをただの護衛騎士としか思っていない。
今日の祭りをふたりは失恋した者同士、傷の舐め合いはしないまでも、そっと相手を見守ろうと思い足を運んできたに違いない。
「だが、意外だな。キミが他人の恋路を心配しているなど」
「失礼ね」
ムッとして背後を振り向くと、デュクスの綺麗な青い双眸に捉えられた。
「メアリーから催しのことは聞いたんだろう」
「聞こえていたの?」
「キミたちの雰囲気でわかった」
そして彼はニッと意地悪そうに笑う顔をリリィベルへと近づけた。
「キミは催しに参加しないのか?」
「私が?」
「私に愛の告白をしてはくれないのか?」
「…………」
この時初めて、リリィベルは自分たちの想いを繋ぐ確かな言葉を交わし合っていないことに気が付いた。
デュクスからは何度も愛の言葉をもらっているし、身体も繋げている。
初めて身体を繋げたとき、デュクスから「自分のモノだ」と言われはしたものの、リリィベルははっきりと返事をしていないのだ。
「そんなの……、言わなくてもわかるでしょう」
何度も、身体を重ねた。その度に彼を求め、体温を分かち合ったのだ。
つい先刻も身体を繋げたばかりだ。
あんなこと、デュクス以外としたいと思えるはずがない。つまりそれが答えだと、リリィベルは頬を赤くしてそっぽを向く。
「キミが好きなのは、千年前の私か? それとも、今の私か?」
頬に手を添えられたかと思えば、その手に顎を取られた。
グイッ、と顔の向きを固定され、デュクスを見上げる形で動きが取れなくなる。
「どちらも……あなたじゃない……」
「いいや、これでも二十五年、この身体でデュクス・エレオノールとして生きてきた。前世の記憶はあるが、あれは私じゃない」
「…………」
「何の因果か、顔の造作までそっくりだからな。だが私は、千年前のあの男とは別人だ」
物心つく頃から、デュクスには前世の記憶があった。だがそれはデュクスにとってしてみれば複雑な記憶だ。
見覚えのないかつて『闇の魔女』と呼ばれていた少女に恋をしたその記憶は、どこか絵本の創作物のようであり、過去の記憶として認識はしたものの、生まれ変わった今のデュクスの心はその記憶についていけなかった。
一度は、赤子の時にでも『リリィベル』の御伽噺を聞いて、我がことのように記憶して勘違いしているのでは、とも疑ったくらいだ。
だが幼少期、クリストフェルと出会い、親しくなる頃にそれが真実であることを知らされた。
その後、グランド王国からの進軍を受け、デュクスは国王騎士軍を率いて制圧に成功し、『闇の魔女』と再会を果たしたのだ。
王宮内に不自然に建てられた霊廟を不審に思い、残党がいないかそこを探っていた時、デュクスは『闇の魔女』の像を見つけた。
『闇の魔女』を救うためには、彼女を『闇の魔女』として崇める者たちを滅さなければならない。こんな偶像があっては、千年前の想いは成し遂げられないと思って剣で叩き壊したとき、彼女が現れたのだ。
黒くて丸い球が何もなかった宙から姿を現し、その中で彼女は千年前と変わらぬ姿で眠っていた。
『誰、私の眠りを妨げるのは』
この時彼女は、千年の眠りから覚めたのだ。
顔の造作や色が千年前の姿と瓜二つのため、彼女はこの顔を見ればすぐにデュクスが何者かわかるはずだ。だがそう思う一方、彼女が今、どんな思いでこの国に留まっているかわからなかったデュクスは、敢えて初対面を装い、進軍してきた敵国の騎士団長としてあるべき言葉をかけた。
そして初めて彼女をその目で見た瞬間、恋に堕ちたのだ。
この出会い方が、悪かったのかもしれない。
漆黒の少女はデュクスにいつも誰かを重ねているようだった。
それが誰なのか、デュクスが一番よく知っている。だから焦った。
彼女が過去の自分に未だ恋心を抱いているのであれば、デュクスが傍にいればいるほど、その想いが強くなってしまうのではと。
今の自分を、見てもらえなくなるのでは、と。
「きっかけは過去の――前世の私から始まったことだが、今の私はデュクス・エレオノールだ。それ以外の何者でもない」
「そんなの、わかってるわよ」
記憶の中にいた青年とデュクスは同じ魂であることは変わりないのだろうが、やはり別人だ。
地下牢にランタン一つを持ち、ただ話し相手になってくれたあの青年と、今、目の前でリリィベルに愛の囁きを強請るデュクスは、同じ人のようで違う。
デュクスの中にあの青年を重ねていたとき、その違いに気づいている。
「キミは今、誰を愛している?」
「…………」
甘いコロンの香りが近づいてくる。
もう慣れてしまったその香りを、リリィベルは胸いっぱいに吸い込んだ。
薄く開いた唇に、彼の吐息が掛かる。
「言ってくれ、リリィベル。キミの気持ちが聞きたい」
「わ、たし……は……」
言葉を紡ごうとしたとき、デュクスがパチンッと指を鳴らす。
その一瞬で、ふたりはデュクスの屋敷の、彼の寝室へと転移していた。
「キャッ!」
バフンッ、と背中から柔らかい毛布に包み込まれ、その上から覆いかぶさったデュクスとの二人分の体重を受け止めた寝台が、ギシギシと鳴く。
顔の左右に手を突いたデュクスは、窓から注ぐ月明かりに照らされたリリィベルをジッと見下ろしている。
「ちょっと……!」
「大丈夫だ。祭りが終わる前に戻る」
建国祭とリリィベルの生誕祭を掛け合わせたこの祭りは早朝まで続く。
それを知った上で言っているのであれば、また身体を開かされるのだろうことは明らかだった。
「ま、待って! さっきも散々……!」
「メアリーから聞いていないか? 両想いになれたふたりは一晩だけ恋人同士になれると」
「…………ッ!」
「気づいたか? つまり、そういうことをしてもいい、ということだ」
多くを語らない貴族らしい言い回しだ。
一晩だけ恋人になれる、ということは、一晩時間をやるからやることをやってしまえ、ということである。
「あぁでも、キミが私ではなく、前世の私が好きだというのであれば、私は来世に期待しないといけないな」
意地悪なことを言うデュクスのその顔を引っぱたいてやりたい。
だがその意に反して、リリィベルは彼の騎士服の下に隠れる、逞しい胸板へと手を這わせていた。
「――あなたが好きよ」
「……『あなた』とは、誰だ?」
ちゃんと名前を口にするまで許してくれないのだろう。
闇の魔力を持っていたせいで、リリィベルはデュクスの名をずっと呼ぶことができなかった。
今も、その名残であまり彼の名を、それ以外の者たちの名も、口にすることを躊躇っている。
闇の魔女が誰かの名を呼ぶとき、それはその者の死を意味するか、闇の魔女の隷属に下る呪いをかけたということを意味している。
リリィベルにそのつもりがなかったとしても、そう思っている者たちがいる以上、特定の誰かの名を口にすることができなかった。
「だから! ……私は、デュクスが……好き……よ」
改めて口にすると、やはり恥ずかしい。
頬が紅潮して熱くなるのがわかる。
「本当に?」
恥ずかしい思いをしながらも口にしたのに、デュクスは疑ってくる。
リリィベルは枕に顔を埋めるようにして視線を外しつつも、安心できないであろうデュクスのために言葉を重ねた。
「あの人は……、過去のあなたのことは、もう私の中でも過去の存在よ」
「――それはそれで、寂しいな」
なら何て言えばいいのだ! とリリィベルは見下ろしてくる双眸を横目で睨みつける。
「怒らないでくれ。――嬉しいよ。私もだ。私も、リリィベル。キミを愛している」
フッと唇の端を吊り上げ、デュクスは告白の返事をしてくれた。
その優しい双眸に見つめられると、体の芯から熱くなっていく。
祭りに行く前にも身体を重ねたのに、また欲しくなってしまう。
「デュクス……」
顔の横にあるデュクスの腕に、リリィベルは仔猫のように頬を擦りつけた。
それに応えるようにして、リリィベルの身体の上にデュクスの身体が重なり、その体重を受け止めて寝台がギシッと小さく鳴いた。
それからはお互い無言で、互いの服を脱がせ合った。
魔力を使えば一瞬で服など取り払えるのに、そのことも忘れて一枚一枚、互いの肌を露わにしていく。
まるで神聖な儀式のようにことさらゆっくりと、ふたりは互いの体温を分かち合った。
唇を重ね、肌に唇を寄せ合い赤い花を散らせていく。
デュクスはリリィベルの胸元に、そしてリリィベルはデュクスの首筋に、交互に所有印を押すように相手の肌を吸う。
いつしか二人の身体には、お互いが付けた赤い花びらで彩られ、月明かりの中で妖艶に照らされた。
「リリィ……、リリィベル……」
切なげな声で愛しい娘の名を呼びながら、デュクスは猛った熱い牡を、彼女の濡れた場所へと押し当てる。
ひくひくと震えたリリィベルの蜜壺ははしたなく甘い蜜を滴らせながらそれを受け止めた。
「んっ! あぁ……!」
歓喜に震える嬌声と共に、蜜壺も彼をギュッと締め付ける。身体の奥まで侵入したデュクスのそれも、その度に更に質量を増した。
「あ、ぁあ……! 中、で……大きく……!」
ギチッ、と内壁を押し広げられ、リリィベルは僅かに背を浮かせる。
「――結婚しよう。リリィベル」
「え……? あぁあああ!?」
不意にデュクスが囁いた言葉に、何、と尋ね返そうとしたが、それよりも早く彼は腰を激しく動かし、リリィベルの奥を何度も貫く。
「ひぁ! だめぇ……! それ……ッ、それ、だめぇええ!」
デュクスを待ち望み降りてきた子宮口の入り口を突かれ、痺れるような激しい快楽にリリィベルは悲鳴にも似た嬌声を上げる。
「愛してる……。もう、逃がさない。結婚してくれ、リリィベル……」
激しい抽挿の中、デュクスが懇願する。
パンパンッと肌が打ち付けられ、結合部から次から次へとその抽挿で泡立った蜜が溢れ出てくる。
「やぁ! 激し……ッ! 奥、だめぇ!」
身体を深く折り曲げられ、両足をデュクスの肩に担がれる。より深く、子宮口をこじ開けようとするかのように、彼の亀頭が激しくそこを抉ってくる。
そこを開かされる快楽は、リリィベルから思考を奪った。
どうしようもなく気持ちが良くて、その濁流のような快楽の波に呑み込まれないよう彼の腕に縋りつく。
「やめっ……! だめ、それ……! 奥、開いちゃ……あぁぁ!!」
「返事は? リリィ」
「な、に? あぁっ! やぁ……!」
「私と、結婚しよう」
「んぁ! ぁああ!」
自分から聞いておきながら、デュクスはその返事をさせてくれない。それどころか、もうリリィベルは彼に何を言われているのか、理解もしていなかった。
ぐぷっ、と身体の奥の子どもを育てるための子袋の入り口に彼の牡が押し入ってくる。
内臓を押し潰されるその圧迫感と快楽に、リリィベルは生理的な涙を流し、急激に絶頂へと押し上げられていく感覚に弓なりに背をのけ反らせた。
「あぁあ! やぁ!!」
「結婚するか? するなら、終わらせてやる」
意地悪な声音が耳元で囁かれ、リリィベルは分けもわからず激しく首を縦に振った。
「する……、する……、からぁ!」
早く解放して、とデュクスの腕を掴む手に力を込める。
リリィベルの返事に満足したのか、彼はさらに激しく腰を振り、内壁を激しく擦った。
そして最後に強く腰を押し当て、リリィベルの子宮口をこじ開け、その中に限界まで張り詰めた精をぶちまける。
「あぁああああああ!!!!」
熱い迸りが大量に注がれ、腹の内側の袋が膨らみ受け止めきれなかった白濁の液が結合部から勢いよく吹き出す。
絶頂の余韻に浸り、リリィベルはぼんやりと宙を見つめていた。その間に、デュクスは肩に担いでいたしなやかな足を降ろし、肩で息をする痩躯を隣に横たわって背後から抱きしめる。
「リリィ……」
「ぁ……んっ……」
ふたりはまだつながったままだ。
ひくひくと震えるリリィベルに、デュクスは腰を押し付け続けている。
しばらくそのまま、呼吸が整うまで密着したままでいると、後ろから腹の前で交差されていた彼の大きな手が、胸に伸びた。
「んぅ!」
赤く熟れた果実のように膨らんだそれを、デュクスが指で弄ぶ。親指と人差し指でコリコリと押し潰され、捻りあげられる。敏感な場所を乱暴に扱われれば痛いはずなのに、激しい情欲に呑み込まれた身体はもはや何をされても快楽しか拾わない。
「ぁ……、んっ……」
小さく喘ぐと、身体の中でまたデュクスの楔が大きくなる。
「まだ夜は長い。『あちら』も今頃楽しんでいる頃だ。こちらはこちらで、朝まで楽しもう」
朦朧とする意識の中、デュクスの囁きが聞こえたが、リリィベルはそれどころではなかった。
ゆっくりと腰を揺すられ、先ほどとは別の向きで内壁を抉られる。まだ達したばかりなのに、そこからまた熱が生まれ、胸を弄られて身体がくねる。
いつまでも治まらない熱を早く解放したくて、リリィベルはすべてをデュクスに委ね、彼の言った通り朝まで何度も身体を貪られたのだった。
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