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第14話 同じ言葉なのに――

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 それは何気ない言葉からだった。

「あんまり言いたくないんだが、俺は教師達に嫌われているらしい」

 皆の注目を集めながらの(次回があればもっと目立たないところにしようとロッテは深く誓った)昼食が終わりかけた頃、ふいにダルロがそう言った。

 ロッテはこの学園へ来たばかりである。

 なので目線で促すと、ダルロは嘆息した。

「公務もしているし、それほど勉学も酷い訳じゃないんだが、どうにも教師達の辺りが強くてな」

 やはりそれはダルロが王族であることに起因していると思われる。

 民や貴族達の模範となるべきなのが王族である。

 国民としては容姿は勿論、能力も完璧で何でも出来る王族、というのが一番見たい姿だろう。

「課題をこなしているのに、まだ出来るはずだ、とか、兄上や父上達がいかに頭脳明晰であったか、その弟、または息子である俺がこんなところで躓く訳がない、とか奴らは俺に敵意しか持っていないんだ」

「そんなことはないと思います」

「は?」

「先生達がそう言うのは殿下に期待されているからです。自国の王族にはこんなに凄いんだ、と誇りに思いたいからだと思います。ですから」

 この先の言葉を告げたロッテは後悔することになる。

「これから追い付けば大丈夫だと思いますよ。ダルロ様はできる方だと思います」

(あ、そう言えばこの言葉は――)

 以前、ロクサーヌとして掛けた言葉によく似ていた。

 失敗した、と思っているとダルロが顔を上げた。

「そう、か。そうだな。これから追い付けばいいんだなっ!!」

 勢いのある言葉にやや押されそうになりながらもロッテが頷くと、

「よし、これから――とはいっても卒業まで後少ししかないが、とにかく頑張るぞっ!!」

 血色の良くなったダルロを前にロッテは気分が落ち込むのを感じた。

(同じ言葉なのに――)




「いい気にならないでよねっ!! たかが男爵令嬢の分際でっ!!」

 放課後、人気のない校舎裏に呼び出されたロッテは困惑していた。

 ロッテを呼び出したのは伯爵令嬢が主導しているようで、侯爵以上の令嬢の姿は見当たらない。

 それだけでもこの呼び出しがいかに詰まらないものか分かってしまう。

「あの、どういうことでしょうか?」

「惚ける気? たかが下位貴族のクセにダルロ様へ近付こうだなんてっ!!」

 金髪に青い瞳の令嬢――確か、マリアン・ブリ―スト伯爵令嬢だったかしら――がそう怒鳴ると隣にいた焦げ茶色の髪に水色の令嬢――この方はリンディ・クリスト伯爵令嬢ね――が追従した。

「いいこと? 貴族には貴族なりの規則があるの。王族であるダルロ様へ近付けるのは侯爵令嬢以上の方々で、男爵令嬢である貴女が近付いたらいい迷惑なのよっ!!」

 内容的には正しいことばかりである。

 ロッテとしても大いに同意したいところだったが、ロッテが口を開くより先に、ブリ―スト伯爵令嬢の反対側にいた小柄な令嬢――クリスティーヌ・ビスケ伯爵令嬢が勢いよく怒鳴った。

「それに、ダルロ様には婚約者で有らせられるロクサーヌ・クライスト公爵令嬢がいるんですからっ!! クライスト公爵令嬢の迷惑になるようなことはおよしになった方が身のためですわよっ!!」

 ビスケ伯爵令嬢の言葉に、そうそう、と彼女達を取り囲んでいた令嬢が何度も頷く。

 ロッテはロクサーヌの時とのあまりの態度の違いに少々困惑していた。

 ブリ―スト伯爵令嬢と以前、舞踏会で顔を会わせた時は、

『このお菓子大変おいしゅうございま、クライスト公爵令嬢様っ!! 申し訳ございませんっ!!』

 階級が下の貴族から話し掛けるなどもっての外。

 その時ブリ―スト伯爵令嬢はロクサーヌのドレスの色が友人の物と似ていたらしく、少し勘違いをしていたらしく、大仰に謝罪されてしまった。

『本当に申し訳ございませんっ!! そうですわ!! 今度うちの領地のこけもものジャムをお送りしますっ!! とても美味しいんですのよつ!!』

 あの時と比べると別人である。

 現在、ロッテは男爵令嬢なのだから仕方がないにしてもここまでとは。

 ロクサーヌは魔道具カチューシャの効果に感心しながらも少し虚しさを感じていた。

(貴族間で階級って本当に大事なのね)

 この場に侯爵令嬢以上の貴族令嬢が居ないのが気になったが、手段はともかくその内容は真っ当なものである。

 ここは穏便に済ませた方が無難だろう。

 ちなみに万が一、ダルロが『ロッテイコールロクサーヌ』と気付かなかった場合は卒業パーティーで種明かしをすることになっているので、今の段階で波風を立てるのは彼女達のためにも良くない。

(後で沢山謝罪されそうね)

 内心ため息をつきながらロッテとして謝罪しようとした時、

「そんなところで何をしている?」

 一番聞きたくない――この場には居て欲しくない人物の声が聞こえた。

 声はロッテの背後からしたが、目の前にいるブリ―スト伯爵令嬢の顔色がどんどん悪くなっていることから、あまり機嫌が良くないのだと分かる。

「……ダルロ様。これは」

「言い訳は聞きたくない。何をしていた。答えろ」

 抑揚のない声音のダルロが場の主導権を握っていた。

「それは、その……恐れながら申し上げますっ!! 幾らダルロ様がお気に入りでもたかが男爵令嬢と食事を同席されたりするのは如何なものか、と」

 ブリ―スト伯爵令嬢が何とか答えると、クリスト伯爵令嬢も口を開いた。

「それに下位貴族から上位貴族に話しかけるのはご法度ですのに、ダルロ様に失礼な態度をとっていますわ」

「ほお?」

 ダルロの低い声に場が静まる。

「それに関しては俺が許可している。だが、ロッテは名で呼んでもいい、と俺が言っても『殿下』としか呼んでくれないのだがな」

 そこまではまだいい。

 問題はここからだ。

 彼女達がロッテに絡んで来たのは下位貴族であるロッテが王族であるダルロの傍らにいたからであり、それに対する処置は必要なことだった。

(やっぱり、暫くは会わないようにしよう、とか言われるのかしら)

 ロッテがそんなことを考えているとダルロが続けた。

「確かにロッテは下位貴族だが、俺にとっては大事な友人だ。この学園では生徒は皆平等だと謳っている。俺はこのままロッテとの友人関係を続けるつもりだ」

(……は?)

 この場合、少しでも周りがみえているのなら上位の貴族令嬢達への何らかの言葉がなければならない。

 これからは貴族の領分に則った態度をしよう、とか。

 学生でもお互いの立場はあるのだから気を付けよう、とか。

 王族であるダルロが卒業後、付き合っていかなければならないのは上位貴族である。

 その彼らの機嫌を損ねるようなことをしてどうしようというのか。

(まさか、王族であることを自ら放棄される訳ではないわよね?)
 
 王宮で様々な授業を受けて来た身としては、ダルロの状況判断能力を危ぶんでしまう。

 そんなロッテの胸中など知らないだろうダルロがこちらを向いた。

「俺は王族だが、下々の民のことを忘れた訳ではない。だからロッテのことも男爵令嬢だからと軽んじるつもりはない」

 にこり、と微笑んだダルロに諦めたのか誰も何も言わなかった。







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