18 / 18
第18話 ダルロside
しおりを挟む
『殿下にはご機嫌麗しく。初にお目に掛けます。ロクサーヌ・クライスト公爵令嬢にございます。幾久しくお願い申し上げます』
は、と思った。
(何だこの挨拶は?)
五歳の俺は第三王子ということもあってか、伸びやかに育てられていた頃だった。
『殿下にはまだお早いでしょう』
と言われてごく簡単な礼儀作法しか教わっていなかった。
そして婚約者となる令嬢との顔合わせ、ということだったが侍従にはこう言われていた。
『クライスト公爵令嬢は殿下と同じくまだ五歳になりますから、あまり畏まった儀礼はされない方がよろしいでしょう』
――それなのにこれは。
『ダルロ・エリオット・シーズクリーストだ』
そう言うのが精一杯だった。
後になって侍従が、
『流石はクライスト公爵家のご令嬢ですな。何とご立派なご挨拶で』
とか言っていたが、教えてくれれば俺だってそれ位出来たんだ。
その侍従は解雇した。
だが、その後の教育がまた最低で。
『まだでしょうか? ご婚約者のクライスト公爵令嬢はその課程はもう終えていらっしゃるそうですよ』
(それは俺のせいじゃない)
『兄上の第二王子様でさえ、殿下のお歳にはこの位出来ておりましたよ』
(俺は兄上じゃないっ!!)
『お父上で在られる国王陛下が殿下のお歳の頃には――』
(だから俺は父上とは違うっ!!)
あの頃の教師は俺に何か恨みでもあるのか、という位俺と周囲を比べていた。
勿論、全部論破してやったが。
『俺の教育はこの間始まったばかりだろう?』
『俺は兄上や父上とは違う』
『昔の話はいい。今の話をしろ』
こう言ってやると皆黙ったが、不機嫌そうなのは何故だ。
いい加減面倒くさくなって俺は自習の時間が増えた。
(あんな奴らに関わるよりずっといい)
それでも婚約者との授業はまた別で。
『クライスト公爵令嬢、素晴らしいですなっ!! 我が王国史をもう覚えられたのですか!?』
俺はまだ半分もいってない。
そんな俺の前であいつが答えた。
『恐縮です。ですがまだまだ覚えるべきことは沢山ありますので』
まさに淑女のらしくこたえるその姿に俺はムカつくのを感じた。
『ご謙遜を。――殿下もクライスト公爵令嬢を少しは見習ってごらんになれば如何でしょう?』
(それは嫌味か)
俺だってやれば出来るんだ。
それを『第三王子だからまだ早い』とか言って何もさせなかったあいつ等が悪い。
そんな義憤に捕らわれている俺にあいつが声を掛けてきた。
――は? 俺に勉強を教えるだと?
馬鹿にしてるのか、と思った。
俺とお前は机を並べてはいるが、生徒同士だぞ。
おまけにたかが公爵令嬢の分際で王族の俺に教える、だと?
ふざけているのか、と思った。
勿論、断った。
これでもか、という位の剣幕で言ってやったから二度と来ないと思うが。
王族というのも大変だな。
(……兄上や父上は一体どうやっているんだ)
いいや、と俺は頭を振った。
俺には俺の道がある。
他の奴らに馬鹿にされてたまるか。
そんな時だった。
うっかり誘拐された俺の傍にいた女性。
ロッテという名の少女は平民だった。
だが何となく気になり、それを周囲が悟ったのかいつの間にか彼女は『ロッテ・ブラウン男爵令嬢』として俺と同じ学園へ編入してきた。
『ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。家庭の都合でひと月だけの編入となります。よろしくお願いします』
ふんわりした桃色の髪にぱっちりとした水色の瞳は突然の環境の変化に戸惑っているように弱々しく見え、ひどく庇護欲を刺激した。
(彼女だ)
事前に聞かされていたことだが、それでも実物を目にすると違った。
『やあ』
出来るだけ刺激しないようにしたつもりだが、彼女がびくり、とするのが分かった。
(平民出身には荷が重かったか)
自重しようとは思ったが無理だった。
『また会えるとは思っていなかったな』
口止めはされていたのだが、ついそんな言葉が滑り出ていた。
夢ではない。
本当に出会えた。
そんな感慨に浸っていると、
『殿下には初めまして。ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。よろしくお願いします』
思ったより彼女はしっかりしているようだった。
それだけではない。
自分と一緒に居る際は他の目もあるように配慮が必要だと訴え、更には下位貴族より上位貴族との伝手があった方がいい、とまで助言してくれた。
以前似たようなことを言われた気がしたが、何故か彼女が言うとすんなりと受け入れられた。
(彼女が本気で言ってくれているからか)
周囲や婚約者のようなおべっかではなく、真剣に俺のことを心配しているような声はとても心地よかった。
(これなら俺だって)
そんなことを考えていた時だった。
「――『庶民ですが王太子に溺愛されていますっ!!』……何だこれは?」
小説はにしてはやたら薄い本だな、と思ってノワールに聞くとここ最近出たばかりの小説で世間で噂になっているという。
「本来であれば殿下の読まれるような分野のものではございませんが、是非にもご一読を、と思いまして」
そう言われて渡された本に最初は興味がなかった。
だが、
(あいつが持ってくるにはしては珍しい本だな)
その薄さも気になり、中を開くと――文字が少ない。
(これならすぐに読み終わりそうだな)
ざっと目を通した俺はその内容に目を見開くことになる。
それは婦女子が読むという恋愛小説で、王太子に見初められた男爵令嬢が婚約者を押しのけてめでたしめでたしで終わると言うものだった。
(この作者は俺達のことを知っているのか?)
そう思う位王太子と男爵令嬢の姿かたちが俺とロッテに似ていたのだ。
そして男爵令嬢を虐げる婚約者の公爵令嬢はあいつにそっくりで。
読み終わった俺の脳裏にとある計画が浮かんでも仕方のないことだった。
(これは使えるな)
は、と思った。
(何だこの挨拶は?)
五歳の俺は第三王子ということもあってか、伸びやかに育てられていた頃だった。
『殿下にはまだお早いでしょう』
と言われてごく簡単な礼儀作法しか教わっていなかった。
そして婚約者となる令嬢との顔合わせ、ということだったが侍従にはこう言われていた。
『クライスト公爵令嬢は殿下と同じくまだ五歳になりますから、あまり畏まった儀礼はされない方がよろしいでしょう』
――それなのにこれは。
『ダルロ・エリオット・シーズクリーストだ』
そう言うのが精一杯だった。
後になって侍従が、
『流石はクライスト公爵家のご令嬢ですな。何とご立派なご挨拶で』
とか言っていたが、教えてくれれば俺だってそれ位出来たんだ。
その侍従は解雇した。
だが、その後の教育がまた最低で。
『まだでしょうか? ご婚約者のクライスト公爵令嬢はその課程はもう終えていらっしゃるそうですよ』
(それは俺のせいじゃない)
『兄上の第二王子様でさえ、殿下のお歳にはこの位出来ておりましたよ』
(俺は兄上じゃないっ!!)
『お父上で在られる国王陛下が殿下のお歳の頃には――』
(だから俺は父上とは違うっ!!)
あの頃の教師は俺に何か恨みでもあるのか、という位俺と周囲を比べていた。
勿論、全部論破してやったが。
『俺の教育はこの間始まったばかりだろう?』
『俺は兄上や父上とは違う』
『昔の話はいい。今の話をしろ』
こう言ってやると皆黙ったが、不機嫌そうなのは何故だ。
いい加減面倒くさくなって俺は自習の時間が増えた。
(あんな奴らに関わるよりずっといい)
それでも婚約者との授業はまた別で。
『クライスト公爵令嬢、素晴らしいですなっ!! 我が王国史をもう覚えられたのですか!?』
俺はまだ半分もいってない。
そんな俺の前であいつが答えた。
『恐縮です。ですがまだまだ覚えるべきことは沢山ありますので』
まさに淑女のらしくこたえるその姿に俺はムカつくのを感じた。
『ご謙遜を。――殿下もクライスト公爵令嬢を少しは見習ってごらんになれば如何でしょう?』
(それは嫌味か)
俺だってやれば出来るんだ。
それを『第三王子だからまだ早い』とか言って何もさせなかったあいつ等が悪い。
そんな義憤に捕らわれている俺にあいつが声を掛けてきた。
――は? 俺に勉強を教えるだと?
馬鹿にしてるのか、と思った。
俺とお前は机を並べてはいるが、生徒同士だぞ。
おまけにたかが公爵令嬢の分際で王族の俺に教える、だと?
ふざけているのか、と思った。
勿論、断った。
これでもか、という位の剣幕で言ってやったから二度と来ないと思うが。
王族というのも大変だな。
(……兄上や父上は一体どうやっているんだ)
いいや、と俺は頭を振った。
俺には俺の道がある。
他の奴らに馬鹿にされてたまるか。
そんな時だった。
うっかり誘拐された俺の傍にいた女性。
ロッテという名の少女は平民だった。
だが何となく気になり、それを周囲が悟ったのかいつの間にか彼女は『ロッテ・ブラウン男爵令嬢』として俺と同じ学園へ編入してきた。
『ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。家庭の都合でひと月だけの編入となります。よろしくお願いします』
ふんわりした桃色の髪にぱっちりとした水色の瞳は突然の環境の変化に戸惑っているように弱々しく見え、ひどく庇護欲を刺激した。
(彼女だ)
事前に聞かされていたことだが、それでも実物を目にすると違った。
『やあ』
出来るだけ刺激しないようにしたつもりだが、彼女がびくり、とするのが分かった。
(平民出身には荷が重かったか)
自重しようとは思ったが無理だった。
『また会えるとは思っていなかったな』
口止めはされていたのだが、ついそんな言葉が滑り出ていた。
夢ではない。
本当に出会えた。
そんな感慨に浸っていると、
『殿下には初めまして。ロッテ・ブラウン男爵令嬢です。よろしくお願いします』
思ったより彼女はしっかりしているようだった。
それだけではない。
自分と一緒に居る際は他の目もあるように配慮が必要だと訴え、更には下位貴族より上位貴族との伝手があった方がいい、とまで助言してくれた。
以前似たようなことを言われた気がしたが、何故か彼女が言うとすんなりと受け入れられた。
(彼女が本気で言ってくれているからか)
周囲や婚約者のようなおべっかではなく、真剣に俺のことを心配しているような声はとても心地よかった。
(これなら俺だって)
そんなことを考えていた時だった。
「――『庶民ですが王太子に溺愛されていますっ!!』……何だこれは?」
小説はにしてはやたら薄い本だな、と思ってノワールに聞くとここ最近出たばかりの小説で世間で噂になっているという。
「本来であれば殿下の読まれるような分野のものではございませんが、是非にもご一読を、と思いまして」
そう言われて渡された本に最初は興味がなかった。
だが、
(あいつが持ってくるにはしては珍しい本だな)
その薄さも気になり、中を開くと――文字が少ない。
(これならすぐに読み終わりそうだな)
ざっと目を通した俺はその内容に目を見開くことになる。
それは婦女子が読むという恋愛小説で、王太子に見初められた男爵令嬢が婚約者を押しのけてめでたしめでたしで終わると言うものだった。
(この作者は俺達のことを知っているのか?)
そう思う位王太子と男爵令嬢の姿かたちが俺とロッテに似ていたのだ。
そして男爵令嬢を虐げる婚約者の公爵令嬢はあいつにそっくりで。
読み終わった俺の脳裏にとある計画が浮かんでも仕方のないことだった。
(これは使えるな)
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
この作品は感想を受け付けておりません。
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる