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第17話 噂の恋愛小説――『庶民ですが王太子に溺愛されていますっ!!』 

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 あれから2週間後。

 ロッテことロクサーヌが教室へ入ると一人の女子生徒がやや興奮気味に話し掛けてきた。

「おはようございます。ブラウン男爵令嬢っ、先日発売されたあの本、読みました?」

(――フラウ・マルケシュ男爵令嬢ね)

 あの本、と言われても咄嗟には分からないかもしれないが、フラウ嬢の腕にはしっかりとその小説が抱かれているのですぐに察しがついた。

「ええ。『庶民ですが王太子に溺愛されていますっ!!』でしょう? 勿論読みましたわ」

 にこやかに答えるとフラウ嬢が勢い込んで質問してくる。

「どうでした?」

「ええ。とても面白かったです」

 無難な答えを返したがそれでは不満だったらしい。

「あの、それだけ?」

 何を言わせたいのか見当がついたが、ロッテはにっこりと笑って答えた。

「ええ」

「そうですか」

 フラウ嬢が去ってから、ロッテはほっと息をついた。

(それにしても凄い影響だわ)

『庶民ですが王太子に溺愛されていますっ!!』はつい先日発売された恋愛小説である。

 ちなみにこの話は、先日まで自分が庶民だと思っていた主人公ロザンナが男爵家へ養女へ入り、王太子に見初められて婚約者となる、というもので貴族の生活を少しでも知っている者ならば疑問疑念のオンパレードなのだが、ある意味王道で分かり易い筋が平民や下位の貴族令嬢を中心に受けているいようだった。

 そしてこの小説がこれだけ注目を集めるには理由があった。

 主人公のロザンナと王太子のダークの容姿が、ロッテとダルロにそっくりだったのである。

 それだけではなく、ダーク王太子の長年の婚約者ロレッタの容姿も、ロクサーヌとそっくりに描写されていたのだ。

 物語は男爵家に養女に入ったロザンナが王立学園に編入するところから始まる。

 貴族の礼儀作法に疎いロザンナはいろいろと間違えてしまうが、敢えてそんなところが魅力的だと王太子の目に止まる。

 だがそれは波乱の幕開けであった。

 気さくに同級生に話しかけるロザンナだったが、下位の貴族から話し掛けるなどご法度である。

 そこを忠告するのが、王太子の婚約者ロレッタだった。

 だが、ロザンナはその忠告が叱責としか取れなかった。

 つい、その話を王太子に話してしまい、王太子は婚約者を詰ってしまう。

 ここから大きく話が動く。

 王太子の心が男爵令嬢に移った、と思ったロレッタは学園内で数々の嫌がらせをロザンナへする。

 校舎裏への呼び出し、教科書等の紛失や破損、階段から突き落とすに至って、王太子の忍耐が切れ、卒業パーティーにて婚約破棄されるロレッタ。

 ロレッタは反論するが、証人や証拠が揃っており、国王陛下がロレッタの国外追放を宣言する。

 そしてロザンナは王太子と婚約し、その後王太子妃となり、その国は永遠に安寧の地となった。

『ね? 素敵なお話でしょう?』 

 にっこりと笑ったセリーヌの顔が思い出される。

 これはセリーヌの策だった。

 ダルロの思考を誘導するのもだが、この際だから周りを巻き込むのが一番だと言っていたセリーヌの言葉がここまで的を射ることになろうとはロッテには予想も付かないことだった。

 ちなみにこの小説は急ピッチで刷られた限定版で、周囲に影響力のある豪商や、貴族令嬢を優先に販売している。

 わずか二週間ではそれ以上部数を伸ばすことは難しかったのだ。

 それでもほぼ一晩で草稿をかき上げたセリーヌと、複写魔術を駆使して本を仕上げてくれたハミルトン侯爵令息、知り合いの貴族令嬢への根回しをしてくれたケイト、そしてさり気なくダルロへこの小説の話を振ったノワールには感謝してもしきれない想いだった。

(それにしてもここまで策が嵌るなんて)

 教室のほぼ半分の生徒がこの恋愛小説の話題で持ち切りのようだった。

「見ました?」

「勿論っ!!」

「男爵令嬢が王太子妃だなんていいですわねっ!!」

 女子生徒達が黄色い声を上げているの対して、男子生徒の方はやや冷静だった。

「これさあ、」

「……男爵令嬢が王族に嫁入り、って――」

「まあ作り話だしな」

 やはり令息の方が俯瞰した見方が多かった。

「そうか?」

 疑問を呈するように入って来たのはダルロだった。

「常々思っていたんだがこの貴族と言う階級社会では成せないこともある。見方を変えるためにも全く違うところから妃を貰うのはいい変化を与えると思うんだが」

「そうですね」

「はい。そういうのもアリだと思いますっ!!」

「斬新なご意見だと思いますっ!!」

 湧き上がる男子生徒達の方を見ながらロッテは、ほっと息を付いた。

(どうやら上手く行っているようね)



『どうせならこの先の筋書きを書いてしまえばよろしいのよ』

 どうやってダルロに気付かれないようにするか皆で意見を出し合っていたところのセリーヌの言にその場が固まった。

『それはどういう意味でしょうか?』

『何かで聞いたことがあるのよ。幸運が欲しければ既に受け取ってそれを十分に楽しんでいるフリをすること。とね。だから――』

 ――ロッテ・ブラウン男爵令嬢の存在を確固たるものにする物語を書けばいいのよ。

 そう言われてもピンとこなかったっものだが。

 既にセリーヌは考えていたようでスラスラと案を出して来た。

『今巷で流行っている、令嬢を主体とした恋愛小説。アレを使いましょう。内容は勿論、とある男爵令嬢が王子様の目に止まって様々な障害を乗り越えてめでたしめでたし。というのでどうかしら?』

 その筋書きを頭の中で反芻したが疑問が残った。

 普通、王族に男爵令嬢のような下位貴族の令嬢が嫁入りすることは有り得ない。

 一見すると身分を越えた恋に見えるが、周囲に多大な迷惑を掛けてしまうのではないだろうか。

 平民や下位貴族には受けが良いかもしれないが、上位貴族にはあまり受け入れらない内容なのでは?

 そう疑問をぶつけるとセリーヌは唇の端を上げた。

『ええ。普通に貴族として教育を受けて来たならそうでしょうけれど。……狙いは違うところにありましてよ』

 含んだ笑みと共に説明された内容に、彼女だけは本当に敵に回したくはない、とロッテは思った。


 ――恋愛小説の主人公達にダルロ自身を投影させ、あわよくばその筋書き通りの行動を取らせることによって『ロッテ・ブラウン男爵令嬢』の存在を確定させる。

 
 このダルロの反応から、セリーヌの思惑通りに事が運ぼうとしているようだった。
 


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