かつて番に婚約者を奪われた公爵令嬢は『運命の番』なんてお断りです。なのに獣人国の王が『お前が運命の番だ』と求婚して来ます

神崎 ルナ

文字の大きさ
3 / 65

第3話 岐路

しおりを挟む
 御者達が老婆を立ち上がらせようとしているが、なかなか起き上がれないようだ。

 そうローズが思った時、はきとした声が響いた。

「そんなに強く引っ張るもんじゃないよ。これ位一人で起き上がれるよ」

 思ったより力の籠った声だった。

(……?)

 何かがローズの中に引っ掛かり、もう少しと近付いたところで老婆がこちらを見た。

「これはお貴族のお嬢様。こんな風に邪魔してしまってごめんなさいよ」

 その口調にはどこか気を遣ったもの――こちら側を知っている者のような声音が感じ取れた。

(昔、お屋敷で働いたことがあったのかもしれないわね)

 ローズがアンヌを通して事情を聞いたところ、老婆はウルクの街まで歩いて向かうところだったらしい。

「知り合いにちょっと会いに行くところだったんだけど、少しだけ足がぐらついてね」

 老婆はそう言って馬車の邪魔にならないよう街道の端へ寄った。

「お騒がせして済まなかったね。それではよい旅路を」

 その所作にはどこか貴族のものが感じられた。

(やっぱり)

 ローズは老婆を馬車に乗せることにした。

 当初老婆はかなり遠慮していたが、徒歩ではまだまだかかる、と説得して何とか同乗させることが出来た。

「いや済まないね。あたし何かのためにこんな立派な馬車に乗せて頂いちまって」

 公爵令嬢のローズの目からすればそれ程大したものではないのだが、言葉通りに受け止めておいた。

「いいえ」

「そう言えばどうしてお嬢様はこんなところを馬車で行くんだい? この先にはあたしが行くウルクの街もあるけれど、お貴族の令嬢がわざわざ出向くようなところじゃないと思ったけれどね」

 老婆の言葉にアンヌが先に牽制した。

「止めなさい」

「いいのよ」

 どうせ修道院へ入ってしまえば世間のことなんて何も聞こえなくなるのだから。

 ローズは全てを話すことにした。

 ――長年の婚約者との婚約が解消されたこと。

 ――相手は『運命の番』だと主張していること。

 ――新しい縁談が決まらず修道院に入ることになったこと。

 話して行く内に悔しさが込み上げて来たが、ぐっと抑えていると老婆が深く頷いた。

「それでお嬢様はこんなところまで来たのかい。それはまた難儀なことだね」
 
 穏やかな口調にローズがほっと息を付きかけた時だった。

「それでお嬢様はどうしたいんだい?」

「……え?」

 思いもよらない言葉だった。

 まさか自分の意思を聞かれるとは思っていなかったため、返答が遅れてしまう。

 その間に老婆が言葉を紡ぐ。

「その婚約者に復讐したいのかい? それとも番だから婚約解消しろと言って来た浮気相手をぼこぼこにしてやりたいかい? それとも……」

 物騒な台詞を聞いてアンヌが割り込んだ。

「過激な台詞をお嬢様に吹き込むのは止めて下さい」

「それは済まなかったね。だけど、この話お嬢様の意思は少しも出て来ないじゃないかい」

 それはそうだ。

 貴族の夫人や令嬢が公の場で自分の意思を話すことはない。

 邸内のことならともかく、表向きのことは全て男性が決定権を握っているのだ。

 世間の一般常識をこの老婆が知らないとは思えなかったがローズがそう答えると、老婆はやれやれと肩を竦めた。

「この話を聞くとあまりにも理不尽に聞こえるんけどね。大体お嬢様がこのまま修道院なんかに行く理由がどこにあるんだい?」

「それは良い縁談相手がいなくて」

「それだよ」

「はい?」

「どうして縁談相手が見付からなかったから修道院へ行かないといけないんだい? 他にもあるんじゃないのかい?」

 老婆の言葉にローズは目を瞬かせた。

(他に何てあるのかしら?)

 その時初めてローズはそれを考えた。

 そして、このことがローズの行く末を変える切っ掛けとなる。




 半年後、ローズはオークフリートの邸で書類を捌いていた。

 オークフリートはファラント公爵領の中でも外れの方にあり、まだあまり開拓が進んでいない領地だった。

(畑の境界線の揉め事に開墾願い。どの種を蒔くかにまで領主の許可が必要、ってちょっと細かすぎない?)

 心の中で文句を言いながらもローズの手は止まらない。

 あの後ローズが修道院へ行くことはなかった。
 
 老婆を街へ送り届けた後、ローズは馬車を戻させ、ファラント公爵邸へ帰宅すると、公爵との話し合いに臨んだのだ。

 このまま何もしないまま修道院へ入りたくはない、と主張するローズの姿に目を見開いていたファラント公爵はその決断も早かった。

『それでお前は何をしたいんだ?』
 
『今は具体的には思い付きません。ですが、これまでの経験を生かした仕事をしたいんです』

 公爵邸へ戻る馬車の中でも考えていたのだが、なかなか具体的な案が見付からなかったため、ローズがそう正直に告げると、

『では少し時間をやろう』
 
 そして二週間後ローズは領地経営へ携わりたいと父であるファラント公爵へ報告することとなる。

『……領地経営か』

 恐らくファラント公爵はローズが家庭教師等の無難な職を選ぶと思っていたのだろう。

『なぜそう思ったか聞いてもよいか?』

『はい。私はこれまでずっと婚約者のために、と様々な教育を受けて来ました。その中でも領地経営が自分には向いているように思えました』
 
 例は少ないが女性の領主が全くいないという訳ではなかった。

 だがそれは未亡人で後継者が幼く中継ぎの意味合いが多い。

 それでもローズの意思は固く、幾つかの条件付きでなら、と公爵はローズの希望を叶えることにした。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

間違えられた番様は、消えました。

夕立悠理
恋愛
※小説家になろう様でも投稿を始めました!お好きなサイトでお読みください※ 竜王の治める国ソフームには、運命の番という存在がある。 運命の番――前世で深く愛しあい、来世も恋人になろうと誓い合った相手のことをさす。特に竜王にとっての「運命の番」は特別で、国に繁栄を与える存在でもある。 「ロイゼ、君は私の運命の番じゃない。だから、選べない」 ずっと慕っていた竜王にそう告げられた、ロイゼ・イーデン。しかし、ロイゼは、知っていた。 ロイゼこそが、竜王の『運命の番』だと。 「エルマ、私の愛しい番」 けれどそれを知らない竜王は、今日もロイゼの親友に愛を囁く。 いつの間にか、ロイゼの呼び名は、ロイゼから番の親友、そして最後は嘘つきに変わっていた。 名前を失くしたロイゼは、消えることにした。

【完結】気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
───私に嘘は通じない。 だから私は知っている。あなたは私のことなんて本当は愛していないのだと── 公爵家の令嬢という身分と魔力の強さによって、 幼い頃に自国の王子、イライアスの婚約者に選ばれていた公爵令嬢リリーベル。 二人は幼馴染としても仲良く過ごしていた。 しかし、リリーベル十歳の誕生日。 嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、 リリーベルを取り巻く環境は一変する。 リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。 そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。 唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。 そして、婚約者のイライアスとも段々と距離が出来てしまう…… そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は─── ※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』 こちらの作品のヒーローの妹が主人公となる話です。 めちゃくちゃチートを発揮しています……

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

処理中です...