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第6話 求婚
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「ローズ・ファラントです。こちらの領主代行を務めております」
簡潔に答え、渡された書簡を確認すると、確かにこの領地に住まう誰かが国王の番かもしれないので、番を探すために滞在することと、後日国王陛下がお忍びで番を確認するために尋ねるので幾らか融通をつけてほしい、と書かれていた。
――誰かが番かもしれない?
では今ローズのことを番だと言ったのはどういうことだろうか。
「その書簡は情報が古いな。まあ俺の番がお前だということが分かったのはつい先ほどだしな」
「はい?」
思わぬ台詞にローズが固まっているとリヨンがほっとしたようにベリルに向け呟いた。
「それはよく番様におそ……突進されませんでしたね」
「ここへ近付くにつれ、番の気配が濃厚になってきたからな。念の為ギルが作った鎮静剤を飲んで来た」
短い会話だが不穏な単語が幾つもあり、ついローズが困惑の表情を浮かべる。
(鎮静剤、ってそこまで必要なのかしら?)
前の婚約者の時の狐の獣人の様子はそこまで切羽詰まったものは感じられなかったが。
「それは重畳ですね。一応こちらの王城へも知らせを送ってありますが、番様を担ぎ上げて帰還、などというぶっそうなことにならなくて本当に良かったと思います」
「失礼だな。俺だってそれ位の分別はつく」
不穏な言葉しか聞こえないのだが、自分がこの王の番で必ず獣人国へ一緒に赴く、という考えは止めて欲しい。
そう思ったローズは思わず口を挟んでいた。
「申し訳ありませんが私は貴方様の番になるとは一言も申し上げておりません」
ローズがそう言った途端、場に一瞬の静寂が訪れた。
その後、すぐにリヨンがベリルの方をやや咎めるように見た。
「えーと、どうなってるんですか? 番様は陛下の魅力に少しも気付いていらっしゃらないようですけど」
「それは俺にも分からんが、やはり番の感覚は獣人にしかないようでな」
「いやいや、だからって陛下がもてない訳ないでしょう。もしや陛下が頓服された鎮静剤の副作用か何かで」
「鎮静剤ぐらいでこの俺の魅力が半減すると言いたいのか」
「いやそうではないと思いますけど」
「まあ仕方がないだろう。人が我ら獣人の番になることなど滅多に起きないことなのだからな」
聞いていたローズは、ん? と思った。
滅多にない、ということはやはりエドモンドの例は珍しいことなのだろう。
(だけどこの言い方って)
ローズのことがあるまでかなり長い間、人と獣人との番は現れなかったように聞こえる。
そのことを聞いてみようとした時、ベリルがこちらを向いた。
「まあどうあろうとお前と番になることは変わらないがな」
その自信は一体どこから来るのだろう。
「私はまだ何ともお返事をしておりませんが」
そう言いながらもローズは時間の問題だと思っていた。
以前エドモンドが言っていたように獣人からの番認定は断るのが非常に難しいと聞く。
(周りに実例がないだけで、もう少しいたと思っていたのだけど、違うのかしら?)
確かに向こうがそういうのなら自分が番だと思うのだが、いまいちそう言った実感がない。
(何とか断れないかしら)
漸く領主代行としての仕事が軌道に乗りかかっているこの時期に結婚、となるとここを離れるのは必須だろう。
(折角、少しは手応えを感じ始めていたのに)
「ところで領主代行様のお父上はどちらに?」
このままでは埒が明かないと思ったのだろう。
リヨンが少し聞き辛そうにローズに聞いて来た。
普通、女性が領主代行をしていると聞けばその父親が不在か、病気療養中であることがほとんどだ。
ローズは殊更おかしいことではないという体を装って答えた。
「父でしたらタグスワースにて執務を取っておりますわ」
(さて、何と答えるのかしら?)
「それではお父上はご健在で」
「ええ。ついでに言いますと私がここでこのようなことをしているのは、私がそう望んだからですわ」
――女がこんなことを。
――家の中を纏めるのが仕事だろうが。
――女は子供を産んで育てていればそれでいいんだ。
これまで何度もそう言った視線を受け、また中にはそう言葉をぶつけてくる者もいた。
だが、ローズはその全てを跳ねのけた。
生きて行くのに仕事が要るのは男性も女性も同じ。
女性の方が男性よりもずっと仕事の選択肢が少ないのはおかしい。
子供を育てるのが女性というのなら、伴侶である男性が居なくなった時のために女性が表で出来る仕事を与え、子供と自分を養えるだけの稼ぎを出来るようにすべきだ。
理想論かもしれないが、ローズは曲げる気はなかった。
(場所がなければ作ればいいんだわ)
まだ手を付けたばかりだが、孤児院の整備も始め、そこで読み書きや奉公する際の礼儀作法を学ぶことも検討している。
(ここでこの街を離れる訳にはいかない)
内心の葛藤と戦っているとベリルがこちらを向いた。
「我が番は何か悩みがあるようだな。どれ、話なら聞くぞ」
尊大な言い方に聞こえたがそこでリヨンが驚いたようにベリルを見た。
「まだ鎮静剤が効いているようですね。良かった」
「随分な言い草だな。それよりもその憂い顔は気になる。何が不味いんだ? 俺が獣人だからか? それとも他に想う相手は……居なさそうだが? 聞かせてくれないか?」
その言葉にローズは驚いた。
何よりもその態度に女性が領主の仕事をしているということに対する嫌悪が少しも感じ取れなかったのである。
(この人は違う?)
「分かりました。お話します」
ローズは思い切って話すことにした。
簡潔に答え、渡された書簡を確認すると、確かにこの領地に住まう誰かが国王の番かもしれないので、番を探すために滞在することと、後日国王陛下がお忍びで番を確認するために尋ねるので幾らか融通をつけてほしい、と書かれていた。
――誰かが番かもしれない?
では今ローズのことを番だと言ったのはどういうことだろうか。
「その書簡は情報が古いな。まあ俺の番がお前だということが分かったのはつい先ほどだしな」
「はい?」
思わぬ台詞にローズが固まっているとリヨンがほっとしたようにベリルに向け呟いた。
「それはよく番様におそ……突進されませんでしたね」
「ここへ近付くにつれ、番の気配が濃厚になってきたからな。念の為ギルが作った鎮静剤を飲んで来た」
短い会話だが不穏な単語が幾つもあり、ついローズが困惑の表情を浮かべる。
(鎮静剤、ってそこまで必要なのかしら?)
前の婚約者の時の狐の獣人の様子はそこまで切羽詰まったものは感じられなかったが。
「それは重畳ですね。一応こちらの王城へも知らせを送ってありますが、番様を担ぎ上げて帰還、などというぶっそうなことにならなくて本当に良かったと思います」
「失礼だな。俺だってそれ位の分別はつく」
不穏な言葉しか聞こえないのだが、自分がこの王の番で必ず獣人国へ一緒に赴く、という考えは止めて欲しい。
そう思ったローズは思わず口を挟んでいた。
「申し訳ありませんが私は貴方様の番になるとは一言も申し上げておりません」
ローズがそう言った途端、場に一瞬の静寂が訪れた。
その後、すぐにリヨンがベリルの方をやや咎めるように見た。
「えーと、どうなってるんですか? 番様は陛下の魅力に少しも気付いていらっしゃらないようですけど」
「それは俺にも分からんが、やはり番の感覚は獣人にしかないようでな」
「いやいや、だからって陛下がもてない訳ないでしょう。もしや陛下が頓服された鎮静剤の副作用か何かで」
「鎮静剤ぐらいでこの俺の魅力が半減すると言いたいのか」
「いやそうではないと思いますけど」
「まあ仕方がないだろう。人が我ら獣人の番になることなど滅多に起きないことなのだからな」
聞いていたローズは、ん? と思った。
滅多にない、ということはやはりエドモンドの例は珍しいことなのだろう。
(だけどこの言い方って)
ローズのことがあるまでかなり長い間、人と獣人との番は現れなかったように聞こえる。
そのことを聞いてみようとした時、ベリルがこちらを向いた。
「まあどうあろうとお前と番になることは変わらないがな」
その自信は一体どこから来るのだろう。
「私はまだ何ともお返事をしておりませんが」
そう言いながらもローズは時間の問題だと思っていた。
以前エドモンドが言っていたように獣人からの番認定は断るのが非常に難しいと聞く。
(周りに実例がないだけで、もう少しいたと思っていたのだけど、違うのかしら?)
確かに向こうがそういうのなら自分が番だと思うのだが、いまいちそう言った実感がない。
(何とか断れないかしら)
漸く領主代行としての仕事が軌道に乗りかかっているこの時期に結婚、となるとここを離れるのは必須だろう。
(折角、少しは手応えを感じ始めていたのに)
「ところで領主代行様のお父上はどちらに?」
このままでは埒が明かないと思ったのだろう。
リヨンが少し聞き辛そうにローズに聞いて来た。
普通、女性が領主代行をしていると聞けばその父親が不在か、病気療養中であることがほとんどだ。
ローズは殊更おかしいことではないという体を装って答えた。
「父でしたらタグスワースにて執務を取っておりますわ」
(さて、何と答えるのかしら?)
「それではお父上はご健在で」
「ええ。ついでに言いますと私がここでこのようなことをしているのは、私がそう望んだからですわ」
――女がこんなことを。
――家の中を纏めるのが仕事だろうが。
――女は子供を産んで育てていればそれでいいんだ。
これまで何度もそう言った視線を受け、また中にはそう言葉をぶつけてくる者もいた。
だが、ローズはその全てを跳ねのけた。
生きて行くのに仕事が要るのは男性も女性も同じ。
女性の方が男性よりもずっと仕事の選択肢が少ないのはおかしい。
子供を育てるのが女性というのなら、伴侶である男性が居なくなった時のために女性が表で出来る仕事を与え、子供と自分を養えるだけの稼ぎを出来るようにすべきだ。
理想論かもしれないが、ローズは曲げる気はなかった。
(場所がなければ作ればいいんだわ)
まだ手を付けたばかりだが、孤児院の整備も始め、そこで読み書きや奉公する際の礼儀作法を学ぶことも検討している。
(ここでこの街を離れる訳にはいかない)
内心の葛藤と戦っているとベリルがこちらを向いた。
「我が番は何か悩みがあるようだな。どれ、話なら聞くぞ」
尊大な言い方に聞こえたがそこでリヨンが驚いたようにベリルを見た。
「まだ鎮静剤が効いているようですね。良かった」
「随分な言い草だな。それよりもその憂い顔は気になる。何が不味いんだ? 俺が獣人だからか? それとも他に想う相手は……居なさそうだが? 聞かせてくれないか?」
その言葉にローズは驚いた。
何よりもその態度に女性が領主の仕事をしているということに対する嫌悪が少しも感じ取れなかったのである。
(この人は違う?)
「分かりました。お話します」
ローズは思い切って話すことにした。
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