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第53話 カントローサ国へ (ベリルside)
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カントローサ国は人族が多いとされる。
隣国であるシュガルト国から獣人たちの移民もあったが、代々の国王が人族であり、人族優位の王政を布いていたため、国民の内に宿る獣人たちへの感情はあまりよくないものが多い。
こんなカントローサ国内に獣人が姿を現せばどうなるのかというと。
「獣人だー!!」
「何で獣人なんかが馬に乗ってんだ!?」
「お仲間同士で仲がいいこった!!」
予想していたとはいえ、子供から大人まで怒号が止まないというのは如何なものだろうか。
馬車の中でベリルがぽつりと呟く。
「全く。ここの連中は昔から変わらないな」
とたん、端によって座っていたリヨンが上体を逸らした。
「陛下、殺気を飛ばすのはお止めください」
「そんなつもりはないが」
「いやいやいや!! それってどう見ても殺気ですよね!! それにシュガルトを立ってからというもの、ずっと機嫌悪いじゃないですか!! いくら番様と引き離されたといってもですね「リヨン」――はい!!」
馬車の中の温度が一気に下がったようだった。
もともとベリルはやっと番を見付け、その態度が軟化してくれたところにこの事態である。
本来なら蜜月期間をすごしているところであるのに、獣人嫌いのカントローサ国が余計なことをしてくれたばかりにこうして出向くことになったという経緯がある。
番と離れるため、鎮静剤を常用しているが、それでも零れる殺気は抑えられないらしい。
「それ以上は言うな」
「はい!!」
リヨンが勢いよく返答をしたとき、馬車の窓が軽く叩かれ、小窓を開けると騎馬で随行しているバニッシュの濃い青の瞳がいぶかしげにリヨンを見下ろす。
「何かあったのか?」
「いえ。何でもありません。すべては手はず通りにお願いします」
現在ベリル達はシュガルト国からの使者という形でカントローサ国へ入国していた。
ローズが倒れてからは怒濤の展開だった。
即座に仮面舞踏会はお開きとなり、それぞれの種族の長、王族、上位貴族を招集した会議はあっという間にカントローサ国へ攻め込む、という結論に至った。
本来であれば宣戦布告の使者を立てるのだが、その手間すらおしい、と国王であるベリル自らカントローサ国へ宣戦布告を伝え、その場で開戦の火蓋を切って落とそうという算段だった。
これを聞いたとき、リヨンは思い切り頭を抱えたが、玉璽まで押された議決書を前にしてはもはやどうしようもなかった。
「これが諸外国に知れ渡ったら一体どうなることか……」
そんなリヨンに対してベリルはあっさりと応じた。
「なに、やられたことをやり返すだけだ。――むしろ遅すぎたくらいだな」
前国王夫妻の事実を知ったベリルの瞳に迷いはなかった。
それを言われるとリヨンも反論し辛い。
「そうですよね……じゃなくてですね!! わざわざ陛下がカントローサ国まで赴く必要はなかったのでは――いえ、何でもありません!!」
リヨンの台詞を遮るかのようにベリルから鋭い視線が向けられ、リヨンは即座に沈黙を返した。
気まずい沈黙が流れたとき、微かに馬の嘶きが響いてくる。
早馬と思われるそれに車内に張りつめた空気が流れた。
馬車にはシュガルト国王家の紋章があり、見る者が見ればこの馬車には手を出してはならない、と分かるようになっているが、この国のお国事情からしてそんな慣習が通じるだろうか。
逆に難癖をつけて王城へ入るのを邪魔しかねない。
目的がこちらではないといいのだが、と懸念しているうちに馬の蹄の音が近付き、やがて止まった。
バニッシュと何やら言い合っているような声が聞こえてくるが、ほどなくしてバニッシュが窓を叩いた。
「申し訳ありません。カントローサ国からの使いだという者が面会を求めておりますが、いかがいたしましょうか」
今になって慌てているのだろうか。
こちらからは早馬を飛ばした覚えはないが、カントローサ国にも独自の情報網というのは存在するのだろう。
鷹揚にベリルが頷くとリヨンがすぐに御者に声をかけ、馬車を停めさせた。
「失礼ながらシュガルト国の方と推察させていだきます」
丁重な口調で頭を下げたのは、カントローサ国の王宮からの使者というジョナサン・マングローブだった。
話の内容を付き合わせるとシュガルトでの仮面舞踏会の一件をカントローサ国も把握しており、シュガルト国からの使者を待っていたという。
「そのわりには大した歓待ぶりだったな」
これまでの道中を揶揄したベリルの言葉にマングローブは恐縮した様子をみせた。
「大変申し訳ございません!! この数代の国王からの悪習がなかなか抜けきらず!! ですが、ご安心ください。新王はそのようなバカげたことはなさいませんし、この悪習を変えようと奮闘なされておいでです」
使者の言葉にその場にいたシュガルト側の皆は、は? となった。
「それはどういうことでしょうか?」
リヨンが話の先を促すとマングローブは胸を張って見せた。
「例の仮面舞踏会での一件は皆、先王が企てたこと。新王となられた元王太子殿下が全て解決され、シュガルト国との正常な国交を望まれておられます」
ぺらぺらと内情を話す使者にベリルは小さくうなずいて見せた。
「なるほどな」
そう答えるとベリルは馬車の窓を閉じるよう命じた。
「どうなさいます?」
「ずいぶんとぺらぺらしゃべってくれたようだったが。民のようすではまだこの辺りまでは新王の考えは伝わってないようだ。こちらに心の準備をする時間を与えてくれるとは」
情報とはいついかなる時でも宝である。
先に新王の件をこちらへ伝え、時間まで与えてどうするつもりなのか。
そんなベリル達の懸念は次の街で覆されることになる。
「もし騎馬が可能でしたら、こちらをどうぞ」
次の街に入ったところで示されたのは早馬にも使われるしっかりと鍛えられた駿馬だった。
「いかがでしょうか?」
確かにこれなら日数は短縮できる。
だが、カントローサ国側は勘違いをしてるようだった。
今回馬車を使用したのは、獣人に対する差別や偏見を恐れただけではなく、国王であるベリルがいたためである。
その辺りの事情を明かさずに穏便に騎馬での移動を回避できるか、と思案しているリヨンの前でベリルが布を頭に巻き付け、手早く騎乗した。
「ちょ、なになさってるんですか!?」
「なにもヘチマもないないだろう。早く着くにこしたことはないんだ。行くぞ」
元来気が短い性格のベリルである。
加えて今回の件で血の気が立っているため、早く宣戦布告を済ませたかった。
だが、側近(主にリヨン)の説得で不承不承馬車でも移動に合意したため、若干ストレスが溜まっていた。
渡りに船、とばかりに馬を走らせたベリルを止められる者などいない。
リヨンが胃痛を覚えたかのように腹部へ手を当てたがそれを見る者はいなかった。
馬を走らせ着いた王都はシュガルト国と比べても遜色ない規模を誇っているように見えた。
布を頭に巻いているせいもあるが、ベリル達に野次を飛ばす民はいなかった。
「ふむ」
王都に入ったことで馬の速度を落としていたベリルの呟きにリヨンが応じた。
「どうされたのですか?」
「いや。民の表情に余裕があるように見えてな。つい先日、俺達に罵声を浴びせたのと同じ国の民とは思えないな」
そう言われると王都の民達の表情が明かるように見える。
「新王の影響かもしれないな」
そんなことを話しながら着いた王城で、通された客室で身支度を整える。
謁見の間ではなく、調度品の質のよさからこちらを下に見ているのではない、と匂わせる室内で出迎えた新王は二十代半ばと思われる青年だった。王族の例に漏れず、金の髪に澄んだ青い瞳をしている。やや痩せぎすに見え、陽の当らない生活をしていた者特有の肌白さはあるが、王族としての気概は持っているようで、ベリル達と対峙しても鷹揚に構えているように見える。
「シュガルト国の方には初にお目にかける。カントローサ国第二十八代国王アーロン・レイ・カントローサだ。先だっての件では先王が非常に申し訳ないことをした。国としても謝意を示したいのだが、なにか要求があるというのなら話を聞きたい」
こういった場合につきものの社交辞令も作法もすっ飛ばして放たれた言葉は逆に真摯に響いた。
「意外だな。もう少しあがくと思ったが」
ベリルの言葉にリヨンが慌てたように口を挟んだ。
「何をおっしゃってるんです!? 荒事が回避できるのですからそれに越したことはないでしょう!!」
リヨンの嘆きをよそよに次々とベリルが心情を吐露し始めた。
「しかし困ったな。そちらがそれでは宣戦布告などしたらこちらが悪玉になる」
「へ――ベリル様!!」
しれっと吐かれた言葉にカントローサ国王の側近達が身構えるが、王は軽く笑みを見せた。
「それはそれは。先王を廃しておいて正解でした。――シュガルト国国王」
今度はリヨンが気色ばむがそれが向けられたのは自国の王へだった。
「だから言わんこっちゃない!! あなたに隠密は無理なんですからこちらにお任せください、とあれほど」
「バレたのはどう見てもお前のせいのような気がするがな」
ぐ、と押し黙るリヨンのようすに周りの空気が和らいだ。
「それでは先だっての件は武力行使ではなく、こちら側の責による賠償、という形でよろしいですね?」
するりと重要事項を話題に入れて来るあたり、シュガルト国の新王は侮れないところがある。
多少強引ともとれたが、国の最高責任者が責を認めているのだ。
ここで反駁するのも大人げないため、シュガルト国側は提案を受けるしかなかった。
「ああ。まあそれでいいが。……あいつらを宥めるのが大変だな」
「納得させるしかないでしょう。元凶の先王は処罰されたようですし」
「となると首級でももっていかないと納得しないんじゃないか。ひとまずそれは置くとして。まずは経緯の説明を願いたいな。改めて俺はシュガルト国国王ベリル・シュガルトだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。シュガルト国王」
そこからは先王が起こしたシュガルト国王夫妻暗殺や現王であるベリルの暗殺未遂について説明と謝罪が始められた。
人族だけが栄えればいい、との思想のもとに先王が続けて来た獣人族への差別法の撤廃等、新王が改め始めているものもあるが、まだそうすぐには意識改革は進まないこと。
そして先日の仮面舞踏会の際のベリル暗殺未遂の件でシュガルト国に仕えていた筆頭魔術師が亡くなり、魔術師達が務める塔が崩壊したこと。
後日、聴取した他の魔術師達から先王の暴挙が明らかになったこと。
獣人族への差別意識を持つ貴族達はいたが、ここまで公になると先王の肩を持つのにはリスクが高かったようで、貴族議会は全会一致で王の退位と第二王子の廃籍を決めたこと。
それにより、ほぼ離宮で軟禁状態だった王太子の即位が決まり、即位したものの、正式な戴冠式までは先王は療養中とし、王城内の人事の掌握に勤めている最中だということ。
ここまで話が進んだところでベリル達の疑念に気付いたように新王アーロンが付け加えた。
「私は獣人族への差別に反対していましたからね。彼らからしたらまさに目の上のたん瘤だったようで、あからさまなものはなかったですが、ちょっとした嫌がらせくらいはありましたし」
正当な王位継承者が離宮に軟禁されるなど屈辱以外の何物でもないだろうが、すでに終わったこととして平静に語るようすから精神の強靭さが窺われる。
「なるほどな。それで先の王は第二――いや、元か。元第二王子を次の王へと画策でもしていたか」
疑問形のつかない言い方だったが、アーロン王は否定も肯定もしなかった。
「そのような状況ですので大した持て成しもできなくてもうしわけありません」
「いやそれはいいが。その先の王は――」
ベリルがアーロン王へ問いかけたとき、扉の向こうで何か騒ぎのようなものが起こった。
廊下に控えていた兵士が誰何する声と緊急を告げる声が交錯する。
少しばかりの問答の後、扉越しに恐る恐る問い掛ける兵士の声にアーロン王が許可を出した。
「よい。通せ」
「はっ」
通されたのは魔術師と思われる青年だった。
「ご歓談中のところ誠に申し訳ありません。私は現在暫定的に筆頭魔術師の位を受けたサイモン・ガーゴイルと申します。陛下に火急の案件が生じまして」
礼を取ったサイモンを前にアーロン王がベリルに断りを入れた。
「申し訳ありません。ちょっと席を外します」
「ああ」
これが正式なものであったなら外交問題待ったなしの案件だったが、非公式のものであり、またベリルもそれほど形式にこだわる性質ではなかったため、軽くうなずく。
アーロン王達が辞去すると室内にはなんとも言えない空気が流れた。
「何と言いますか。拍子抜けですね」
こちらは仮面舞踏会の一件から宣戦布告をするべくシュガルト国へ乗り込んできたのだ。
だが実際に蓋を開けてみると元凶の王はすでに処罰された後で、新王は陳謝の意を表した。
カントローサ国側からしたら気が抜けた、の一言に限る。
「ですが新王が話が分かる方が助かりました。ここは平和的に新しく条約を締結して――何されてるんですか!?」
振り返ったリヨンが驚いたような声を上げた。
すでに堅苦しい上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げているベリルが軽く眉を上げた。
「何って。ちょっと散策をだな」
「お止めください!! ここはご自分の王宮ではないんですよ!!」
必死に止めるリヨンに構わずベリルが窓の方へ向かった。
「だからちょっと探索を――」
「探索って言っちゃいましたよ、やっぱり探る気満々じゃないですか!!」
砕けた格好になったベリルをリヨンが止めて押し問答になっていると、軽い問い掛けの後再び扉が開いた。
「よろしいだろうか。……お待たせして申し訳ない。これは取り込み中だったかな?」
獣人族の中には同性で番う者もいる。
リヨンの番は同性だが、もちろんベリルではない。
そのことを示唆する言葉にリヨンが真っ先に反応した。
「いえっ、これはその、あの、少し暑かったようでですねっ」
ですよね、陛下、とどこか必死になっているリヨンに対し、面白げにベリルが口を開いた。
「別に本当のことを言ってもいいんだぞ」
「陛下!!」
「なんだか楽しそうですね。ですがそれは後にして貰わなくてはならなくなりました」
アーロン王の深刻そうな雰囲気にベリルが先を促す。
「どういういことだ?」
「先ほど筆頭魔術師から報告がありました。地下に眠っているはずの魔道具が作動したようです」
アーロン王の話によると、その魔道具は正確には作動した、というよりは対となる魔道具が作動したことを知らせてきたらしい。
「それがどうしたんだ? 作動したのを知らせたのなら、その対になっている魔道具を取りに行けばいいだけではないのか?」
ベリルの問いにアーロン王が言い辛そうに答えた。
「その対となる魔道具は……現在は貴国――シュガルト国にあるようなのです」
隣国であるシュガルト国から獣人たちの移民もあったが、代々の国王が人族であり、人族優位の王政を布いていたため、国民の内に宿る獣人たちへの感情はあまりよくないものが多い。
こんなカントローサ国内に獣人が姿を現せばどうなるのかというと。
「獣人だー!!」
「何で獣人なんかが馬に乗ってんだ!?」
「お仲間同士で仲がいいこった!!」
予想していたとはいえ、子供から大人まで怒号が止まないというのは如何なものだろうか。
馬車の中でベリルがぽつりと呟く。
「全く。ここの連中は昔から変わらないな」
とたん、端によって座っていたリヨンが上体を逸らした。
「陛下、殺気を飛ばすのはお止めください」
「そんなつもりはないが」
「いやいやいや!! それってどう見ても殺気ですよね!! それにシュガルトを立ってからというもの、ずっと機嫌悪いじゃないですか!! いくら番様と引き離されたといってもですね「リヨン」――はい!!」
馬車の中の温度が一気に下がったようだった。
もともとベリルはやっと番を見付け、その態度が軟化してくれたところにこの事態である。
本来なら蜜月期間をすごしているところであるのに、獣人嫌いのカントローサ国が余計なことをしてくれたばかりにこうして出向くことになったという経緯がある。
番と離れるため、鎮静剤を常用しているが、それでも零れる殺気は抑えられないらしい。
「それ以上は言うな」
「はい!!」
リヨンが勢いよく返答をしたとき、馬車の窓が軽く叩かれ、小窓を開けると騎馬で随行しているバニッシュの濃い青の瞳がいぶかしげにリヨンを見下ろす。
「何かあったのか?」
「いえ。何でもありません。すべては手はず通りにお願いします」
現在ベリル達はシュガルト国からの使者という形でカントローサ国へ入国していた。
ローズが倒れてからは怒濤の展開だった。
即座に仮面舞踏会はお開きとなり、それぞれの種族の長、王族、上位貴族を招集した会議はあっという間にカントローサ国へ攻め込む、という結論に至った。
本来であれば宣戦布告の使者を立てるのだが、その手間すらおしい、と国王であるベリル自らカントローサ国へ宣戦布告を伝え、その場で開戦の火蓋を切って落とそうという算段だった。
これを聞いたとき、リヨンは思い切り頭を抱えたが、玉璽まで押された議決書を前にしてはもはやどうしようもなかった。
「これが諸外国に知れ渡ったら一体どうなることか……」
そんなリヨンに対してベリルはあっさりと応じた。
「なに、やられたことをやり返すだけだ。――むしろ遅すぎたくらいだな」
前国王夫妻の事実を知ったベリルの瞳に迷いはなかった。
それを言われるとリヨンも反論し辛い。
「そうですよね……じゃなくてですね!! わざわざ陛下がカントローサ国まで赴く必要はなかったのでは――いえ、何でもありません!!」
リヨンの台詞を遮るかのようにベリルから鋭い視線が向けられ、リヨンは即座に沈黙を返した。
気まずい沈黙が流れたとき、微かに馬の嘶きが響いてくる。
早馬と思われるそれに車内に張りつめた空気が流れた。
馬車にはシュガルト国王家の紋章があり、見る者が見ればこの馬車には手を出してはならない、と分かるようになっているが、この国のお国事情からしてそんな慣習が通じるだろうか。
逆に難癖をつけて王城へ入るのを邪魔しかねない。
目的がこちらではないといいのだが、と懸念しているうちに馬の蹄の音が近付き、やがて止まった。
バニッシュと何やら言い合っているような声が聞こえてくるが、ほどなくしてバニッシュが窓を叩いた。
「申し訳ありません。カントローサ国からの使いだという者が面会を求めておりますが、いかがいたしましょうか」
今になって慌てているのだろうか。
こちらからは早馬を飛ばした覚えはないが、カントローサ国にも独自の情報網というのは存在するのだろう。
鷹揚にベリルが頷くとリヨンがすぐに御者に声をかけ、馬車を停めさせた。
「失礼ながらシュガルト国の方と推察させていだきます」
丁重な口調で頭を下げたのは、カントローサ国の王宮からの使者というジョナサン・マングローブだった。
話の内容を付き合わせるとシュガルトでの仮面舞踏会の一件をカントローサ国も把握しており、シュガルト国からの使者を待っていたという。
「そのわりには大した歓待ぶりだったな」
これまでの道中を揶揄したベリルの言葉にマングローブは恐縮した様子をみせた。
「大変申し訳ございません!! この数代の国王からの悪習がなかなか抜けきらず!! ですが、ご安心ください。新王はそのようなバカげたことはなさいませんし、この悪習を変えようと奮闘なされておいでです」
使者の言葉にその場にいたシュガルト側の皆は、は? となった。
「それはどういうことでしょうか?」
リヨンが話の先を促すとマングローブは胸を張って見せた。
「例の仮面舞踏会での一件は皆、先王が企てたこと。新王となられた元王太子殿下が全て解決され、シュガルト国との正常な国交を望まれておられます」
ぺらぺらと内情を話す使者にベリルは小さくうなずいて見せた。
「なるほどな」
そう答えるとベリルは馬車の窓を閉じるよう命じた。
「どうなさいます?」
「ずいぶんとぺらぺらしゃべってくれたようだったが。民のようすではまだこの辺りまでは新王の考えは伝わってないようだ。こちらに心の準備をする時間を与えてくれるとは」
情報とはいついかなる時でも宝である。
先に新王の件をこちらへ伝え、時間まで与えてどうするつもりなのか。
そんなベリル達の懸念は次の街で覆されることになる。
「もし騎馬が可能でしたら、こちらをどうぞ」
次の街に入ったところで示されたのは早馬にも使われるしっかりと鍛えられた駿馬だった。
「いかがでしょうか?」
確かにこれなら日数は短縮できる。
だが、カントローサ国側は勘違いをしてるようだった。
今回馬車を使用したのは、獣人に対する差別や偏見を恐れただけではなく、国王であるベリルがいたためである。
その辺りの事情を明かさずに穏便に騎馬での移動を回避できるか、と思案しているリヨンの前でベリルが布を頭に巻き付け、手早く騎乗した。
「ちょ、なになさってるんですか!?」
「なにもヘチマもないないだろう。早く着くにこしたことはないんだ。行くぞ」
元来気が短い性格のベリルである。
加えて今回の件で血の気が立っているため、早く宣戦布告を済ませたかった。
だが、側近(主にリヨン)の説得で不承不承馬車でも移動に合意したため、若干ストレスが溜まっていた。
渡りに船、とばかりに馬を走らせたベリルを止められる者などいない。
リヨンが胃痛を覚えたかのように腹部へ手を当てたがそれを見る者はいなかった。
馬を走らせ着いた王都はシュガルト国と比べても遜色ない規模を誇っているように見えた。
布を頭に巻いているせいもあるが、ベリル達に野次を飛ばす民はいなかった。
「ふむ」
王都に入ったことで馬の速度を落としていたベリルの呟きにリヨンが応じた。
「どうされたのですか?」
「いや。民の表情に余裕があるように見えてな。つい先日、俺達に罵声を浴びせたのと同じ国の民とは思えないな」
そう言われると王都の民達の表情が明かるように見える。
「新王の影響かもしれないな」
そんなことを話しながら着いた王城で、通された客室で身支度を整える。
謁見の間ではなく、調度品の質のよさからこちらを下に見ているのではない、と匂わせる室内で出迎えた新王は二十代半ばと思われる青年だった。王族の例に漏れず、金の髪に澄んだ青い瞳をしている。やや痩せぎすに見え、陽の当らない生活をしていた者特有の肌白さはあるが、王族としての気概は持っているようで、ベリル達と対峙しても鷹揚に構えているように見える。
「シュガルト国の方には初にお目にかける。カントローサ国第二十八代国王アーロン・レイ・カントローサだ。先だっての件では先王が非常に申し訳ないことをした。国としても謝意を示したいのだが、なにか要求があるというのなら話を聞きたい」
こういった場合につきものの社交辞令も作法もすっ飛ばして放たれた言葉は逆に真摯に響いた。
「意外だな。もう少しあがくと思ったが」
ベリルの言葉にリヨンが慌てたように口を挟んだ。
「何をおっしゃってるんです!? 荒事が回避できるのですからそれに越したことはないでしょう!!」
リヨンの嘆きをよそよに次々とベリルが心情を吐露し始めた。
「しかし困ったな。そちらがそれでは宣戦布告などしたらこちらが悪玉になる」
「へ――ベリル様!!」
しれっと吐かれた言葉にカントローサ国王の側近達が身構えるが、王は軽く笑みを見せた。
「それはそれは。先王を廃しておいて正解でした。――シュガルト国国王」
今度はリヨンが気色ばむがそれが向けられたのは自国の王へだった。
「だから言わんこっちゃない!! あなたに隠密は無理なんですからこちらにお任せください、とあれほど」
「バレたのはどう見てもお前のせいのような気がするがな」
ぐ、と押し黙るリヨンのようすに周りの空気が和らいだ。
「それでは先だっての件は武力行使ではなく、こちら側の責による賠償、という形でよろしいですね?」
するりと重要事項を話題に入れて来るあたり、シュガルト国の新王は侮れないところがある。
多少強引ともとれたが、国の最高責任者が責を認めているのだ。
ここで反駁するのも大人げないため、シュガルト国側は提案を受けるしかなかった。
「ああ。まあそれでいいが。……あいつらを宥めるのが大変だな」
「納得させるしかないでしょう。元凶の先王は処罰されたようですし」
「となると首級でももっていかないと納得しないんじゃないか。ひとまずそれは置くとして。まずは経緯の説明を願いたいな。改めて俺はシュガルト国国王ベリル・シュガルトだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。シュガルト国王」
そこからは先王が起こしたシュガルト国王夫妻暗殺や現王であるベリルの暗殺未遂について説明と謝罪が始められた。
人族だけが栄えればいい、との思想のもとに先王が続けて来た獣人族への差別法の撤廃等、新王が改め始めているものもあるが、まだそうすぐには意識改革は進まないこと。
そして先日の仮面舞踏会の際のベリル暗殺未遂の件でシュガルト国に仕えていた筆頭魔術師が亡くなり、魔術師達が務める塔が崩壊したこと。
後日、聴取した他の魔術師達から先王の暴挙が明らかになったこと。
獣人族への差別意識を持つ貴族達はいたが、ここまで公になると先王の肩を持つのにはリスクが高かったようで、貴族議会は全会一致で王の退位と第二王子の廃籍を決めたこと。
それにより、ほぼ離宮で軟禁状態だった王太子の即位が決まり、即位したものの、正式な戴冠式までは先王は療養中とし、王城内の人事の掌握に勤めている最中だということ。
ここまで話が進んだところでベリル達の疑念に気付いたように新王アーロンが付け加えた。
「私は獣人族への差別に反対していましたからね。彼らからしたらまさに目の上のたん瘤だったようで、あからさまなものはなかったですが、ちょっとした嫌がらせくらいはありましたし」
正当な王位継承者が離宮に軟禁されるなど屈辱以外の何物でもないだろうが、すでに終わったこととして平静に語るようすから精神の強靭さが窺われる。
「なるほどな。それで先の王は第二――いや、元か。元第二王子を次の王へと画策でもしていたか」
疑問形のつかない言い方だったが、アーロン王は否定も肯定もしなかった。
「そのような状況ですので大した持て成しもできなくてもうしわけありません」
「いやそれはいいが。その先の王は――」
ベリルがアーロン王へ問いかけたとき、扉の向こうで何か騒ぎのようなものが起こった。
廊下に控えていた兵士が誰何する声と緊急を告げる声が交錯する。
少しばかりの問答の後、扉越しに恐る恐る問い掛ける兵士の声にアーロン王が許可を出した。
「よい。通せ」
「はっ」
通されたのは魔術師と思われる青年だった。
「ご歓談中のところ誠に申し訳ありません。私は現在暫定的に筆頭魔術師の位を受けたサイモン・ガーゴイルと申します。陛下に火急の案件が生じまして」
礼を取ったサイモンを前にアーロン王がベリルに断りを入れた。
「申し訳ありません。ちょっと席を外します」
「ああ」
これが正式なものであったなら外交問題待ったなしの案件だったが、非公式のものであり、またベリルもそれほど形式にこだわる性質ではなかったため、軽くうなずく。
アーロン王達が辞去すると室内にはなんとも言えない空気が流れた。
「何と言いますか。拍子抜けですね」
こちらは仮面舞踏会の一件から宣戦布告をするべくシュガルト国へ乗り込んできたのだ。
だが実際に蓋を開けてみると元凶の王はすでに処罰された後で、新王は陳謝の意を表した。
カントローサ国側からしたら気が抜けた、の一言に限る。
「ですが新王が話が分かる方が助かりました。ここは平和的に新しく条約を締結して――何されてるんですか!?」
振り返ったリヨンが驚いたような声を上げた。
すでに堅苦しい上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げているベリルが軽く眉を上げた。
「何って。ちょっと散策をだな」
「お止めください!! ここはご自分の王宮ではないんですよ!!」
必死に止めるリヨンに構わずベリルが窓の方へ向かった。
「だからちょっと探索を――」
「探索って言っちゃいましたよ、やっぱり探る気満々じゃないですか!!」
砕けた格好になったベリルをリヨンが止めて押し問答になっていると、軽い問い掛けの後再び扉が開いた。
「よろしいだろうか。……お待たせして申し訳ない。これは取り込み中だったかな?」
獣人族の中には同性で番う者もいる。
リヨンの番は同性だが、もちろんベリルではない。
そのことを示唆する言葉にリヨンが真っ先に反応した。
「いえっ、これはその、あの、少し暑かったようでですねっ」
ですよね、陛下、とどこか必死になっているリヨンに対し、面白げにベリルが口を開いた。
「別に本当のことを言ってもいいんだぞ」
「陛下!!」
「なんだか楽しそうですね。ですがそれは後にして貰わなくてはならなくなりました」
アーロン王の深刻そうな雰囲気にベリルが先を促す。
「どういういことだ?」
「先ほど筆頭魔術師から報告がありました。地下に眠っているはずの魔道具が作動したようです」
アーロン王の話によると、その魔道具は正確には作動した、というよりは対となる魔道具が作動したことを知らせてきたらしい。
「それがどうしたんだ? 作動したのを知らせたのなら、その対になっている魔道具を取りに行けばいいだけではないのか?」
ベリルの問いにアーロン王が言い辛そうに答えた。
「その対となる魔道具は……現在は貴国――シュガルト国にあるようなのです」
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嘘を見抜ける力 “真実の瞳”という能力に目覚めたことで、
リリーベルを取り巻く環境は一変する。
リリーベルの目覚めた真実の瞳の能力は、巷で言われている能力と違っていて少々特殊だった。
そのことから更に気味が悪いと親に見放されたリリーベル。
唯一、味方となってくれたのは八歳年上の兄、トラヴィスだけだった。
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そんな“真実の瞳”で視てしまった彼の心の中は───
※『可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~』
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めちゃくちゃチートを発揮しています……
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