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第十五話 真相
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カーラが思わず身構えたとき、軽い笑い声が王太子から漏れた。
「なんてね。冗談だよ。神託の花嫁は王族の花嫁なんだから。その身分は王族と対等のものとされる」
だから何の心配もない、と続けられる。
「それにしても君の妹はすごいね。自分の身分をまったく理解していない。なにをどうしたらあんなふうになるのかな」
そこまで言われてようやくカーラは気付いた。
王太子はエリスに魅了されていない。
両親でさえエリスの言いなりになっていたというのに。
現に侍従たちの一部の者はエリスに見惚れていなかっただろうか。
そんなカーラの思いが表情に出ていたのだろう。
「自己肯定が低い、とは聞いていたけれど、ここまでとはね」
苦笑したような王太子の笑みが誰かと重なった。
……似ている? まさか。
脳裏に浮かんだ有り得ない名をカーラが否定していると、王太子が話を進めた。
「それで『神託の花嫁』についてなんだけれど――」
話された内容は信じられないものだった。
今目の前にいる王太子は廃嫡されるため、神託の花嫁であるカーラの伴侶は違う相手になること。
神託の花嫁の本当の意味。
そしてカーラの伴侶となる人物はカーラと以前会ったことがあり、カーラが相手ではないと王位を継がないと宣言までしたこと。
唖然とするカーラの前で王太子が平然とした様子で続ける。
「同情はいらないよ。ここまで私の体がもったのが奇跡だと医師に言われているくらいだからね。それにあの子が伴侶を得て喜ぶ顔を見られるならこちらも嬉しいよ」
それは達観しているように見えた。
恐らくカーラとこうして会うずっと以前に人生の先を見通していたのだろう。
「いえ。今の私に言えることはありません」
カーラがそう言うと王太子は少し目を見開いた。
「思ったより聡明そうでよかったよ。ああ、褒め言葉だからね」
目の前の相手が婚姻相手ではないと知り驚いたが、話された内容から受けた衝撃からはそうそう立ち直れるものではなかった。
これまで関係のなかったカーラでさえそうなのに目の前の王太子はとても落ち着いて見えた。
「何かな?」
「いえ。とても落ち着いて見えたので」
カーラがそう言うと王太子は乾いた笑みを浮かべた。
「最初に聞いた時はここまで落ち着いていられなかったよ。だけど、私の代わりに泣いて怒ってくれた存在があったからね」
後半になるにつれ、その笑みに穏やかなものが現れる。
「多少感情的になるきらいがあるけど、性根はいい子だから見捨てないであげてくれると嬉しいな」
王太子がその人物に愛情を注いでいるのが見て分かる。
だけど、と思う。
その相手とは一体どんな人物なのか。
王太子によると第二王子らしいが、カーラはその第二王子に会ったことはなかった。
だが王太子によると、第二王子とカーラは既に会っているという。
どういうことかしら。
カーラの疑問を感じ取ったのか、王太子が先を続けた。
「その様子じゃまだ分かってないみたいだね。まったく何をしてるんだか」
王太子がそう言った時だった。
「ずいぶんな言い方ですね。兄上」
カーラが良く知る声が後ろからし、思わず振り返るとジェイドの姿があった。
ただし、髪の色は茶色から銀髪になっており、加えて王太子ほどではないが、上等な仕立ての服を身に纏ったその姿は前に会った時とは印象がだいぶ違う。
そうまるで王族のような――
「カーラ嬢には初めまして、かな。――第二王子ジェラルド、王太子の命により罷り越しましてございます」
軽く礼をする所作には品があり、それは一朝一夕には身に付けられないものに見えた。
嘘でしょう。
ジェイド――ジェラルドの言を聞いた王太子がどこか咎めるように言う。
「ここで敬語は要らないだろう。ジェラルド。この様子だとカーラ嬢は何も知らされていないようだが」
一体何をしていたんだ?
問われたジェラルドは軽く肩を竦めて見せた。
「仕方がないじゃないですか。カーラ嬢はどうやら覚えていないようですし。おまけに余計な邪魔まで入って」
「ああ、あれね。生まれつきの魅了持ちは珍しいけれど、それだけでああなるのかな?」
純粋に疑問、という体で首を傾げる王太子にジェイド――ジェラルドが答える。
「どうやら男爵夫妻が甘やかしたようですね。それにしても魅了持ちというのは厄介ですね」
どこか固い口調で報告するジェラルドに王太子が口を開く。
「ほどほどにな。お前がそう言うから任せるが、あまり力を入れすぎないように」
「分かっていますよ、兄上」
ジェラルドがそう答えたとき、侍従が王太子に近付き耳打ちをする。
「ああ、そうか。分かった」
さらりと応じるとゆっくりと席を立った。
「悪いが所用が入ったのでね。先に失礼させてもらうよ。それとカーラ嬢」
「はい」
見送ろうと立ち上がりかけたカーラを王太子が止める。
「弟を頼むよ。それとあの妹は幼少の頃からああなのかな?」
「兄上」
「ではな」
王太子が去ると新しく席が作られ、そこにジェラルドが腰かけた。
怒濤の展開に頭の中がついて行かない。
これから何を言われるのか、とカーラは身構えた。
「なんてね。冗談だよ。神託の花嫁は王族の花嫁なんだから。その身分は王族と対等のものとされる」
だから何の心配もない、と続けられる。
「それにしても君の妹はすごいね。自分の身分をまったく理解していない。なにをどうしたらあんなふうになるのかな」
そこまで言われてようやくカーラは気付いた。
王太子はエリスに魅了されていない。
両親でさえエリスの言いなりになっていたというのに。
現に侍従たちの一部の者はエリスに見惚れていなかっただろうか。
そんなカーラの思いが表情に出ていたのだろう。
「自己肯定が低い、とは聞いていたけれど、ここまでとはね」
苦笑したような王太子の笑みが誰かと重なった。
……似ている? まさか。
脳裏に浮かんだ有り得ない名をカーラが否定していると、王太子が話を進めた。
「それで『神託の花嫁』についてなんだけれど――」
話された内容は信じられないものだった。
今目の前にいる王太子は廃嫡されるため、神託の花嫁であるカーラの伴侶は違う相手になること。
神託の花嫁の本当の意味。
そしてカーラの伴侶となる人物はカーラと以前会ったことがあり、カーラが相手ではないと王位を継がないと宣言までしたこと。
唖然とするカーラの前で王太子が平然とした様子で続ける。
「同情はいらないよ。ここまで私の体がもったのが奇跡だと医師に言われているくらいだからね。それにあの子が伴侶を得て喜ぶ顔を見られるならこちらも嬉しいよ」
それは達観しているように見えた。
恐らくカーラとこうして会うずっと以前に人生の先を見通していたのだろう。
「いえ。今の私に言えることはありません」
カーラがそう言うと王太子は少し目を見開いた。
「思ったより聡明そうでよかったよ。ああ、褒め言葉だからね」
目の前の相手が婚姻相手ではないと知り驚いたが、話された内容から受けた衝撃からはそうそう立ち直れるものではなかった。
これまで関係のなかったカーラでさえそうなのに目の前の王太子はとても落ち着いて見えた。
「何かな?」
「いえ。とても落ち着いて見えたので」
カーラがそう言うと王太子は乾いた笑みを浮かべた。
「最初に聞いた時はここまで落ち着いていられなかったよ。だけど、私の代わりに泣いて怒ってくれた存在があったからね」
後半になるにつれ、その笑みに穏やかなものが現れる。
「多少感情的になるきらいがあるけど、性根はいい子だから見捨てないであげてくれると嬉しいな」
王太子がその人物に愛情を注いでいるのが見て分かる。
だけど、と思う。
その相手とは一体どんな人物なのか。
王太子によると第二王子らしいが、カーラはその第二王子に会ったことはなかった。
だが王太子によると、第二王子とカーラは既に会っているという。
どういうことかしら。
カーラの疑問を感じ取ったのか、王太子が先を続けた。
「その様子じゃまだ分かってないみたいだね。まったく何をしてるんだか」
王太子がそう言った時だった。
「ずいぶんな言い方ですね。兄上」
カーラが良く知る声が後ろからし、思わず振り返るとジェイドの姿があった。
ただし、髪の色は茶色から銀髪になっており、加えて王太子ほどではないが、上等な仕立ての服を身に纏ったその姿は前に会った時とは印象がだいぶ違う。
そうまるで王族のような――
「カーラ嬢には初めまして、かな。――第二王子ジェラルド、王太子の命により罷り越しましてございます」
軽く礼をする所作には品があり、それは一朝一夕には身に付けられないものに見えた。
嘘でしょう。
ジェイド――ジェラルドの言を聞いた王太子がどこか咎めるように言う。
「ここで敬語は要らないだろう。ジェラルド。この様子だとカーラ嬢は何も知らされていないようだが」
一体何をしていたんだ?
問われたジェラルドは軽く肩を竦めて見せた。
「仕方がないじゃないですか。カーラ嬢はどうやら覚えていないようですし。おまけに余計な邪魔まで入って」
「ああ、あれね。生まれつきの魅了持ちは珍しいけれど、それだけでああなるのかな?」
純粋に疑問、という体で首を傾げる王太子にジェイド――ジェラルドが答える。
「どうやら男爵夫妻が甘やかしたようですね。それにしても魅了持ちというのは厄介ですね」
どこか固い口調で報告するジェラルドに王太子が口を開く。
「ほどほどにな。お前がそう言うから任せるが、あまり力を入れすぎないように」
「分かっていますよ、兄上」
ジェラルドがそう答えたとき、侍従が王太子に近付き耳打ちをする。
「ああ、そうか。分かった」
さらりと応じるとゆっくりと席を立った。
「悪いが所用が入ったのでね。先に失礼させてもらうよ。それとカーラ嬢」
「はい」
見送ろうと立ち上がりかけたカーラを王太子が止める。
「弟を頼むよ。それとあの妹は幼少の頃からああなのかな?」
「兄上」
「ではな」
王太子が去ると新しく席が作られ、そこにジェラルドが腰かけた。
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