14 / 47
第十四話 乱入者
しおりを挟む
「許可も得ずに庭園に分け入り、あまつさえ王太子殿下の前でその所業。何とも浅ましい」
そう言って侍従たちが即座にエリスを取り押さえようとするが、王太子がやんわりと止めた。
「いいよ。ちょうどこちらも聞いておきたいことがあったから」
侍従たちに取り囲まれたエリスが嬉しそうに王太子を見た。
「初めまして王太子殿下。カーラ・マルボーロ男爵令嬢ですわ。『神託の花嫁』の」
カーテシーどころか礼儀作法も何もないかのような挨拶だった。
一応エリスにも男爵令嬢らしく礼儀作法の授業はあったはずなのだが。
そう言えばほとんどサボっていたわね、この娘。
作法は落第点だが、蠱惑するような笑みは満点だろう。
エリスが微笑むと場に華やかさが加わったようだった。
カーラが、ちら、と侍従たちの様子を窺うと、つい先ほどまでエリスに対して憤慨していたのに、見惚れているように惚けている者もいるように見えた。
ああ、やっぱり。
カーラが諦観したときだった。
「神託の花嫁、ね」
抑揚のない声で王太子が返した。
え、と見るとその青い瞳に温度がないように見える。
「君は誰かな?」
その言葉こそ丁寧だがまるで刃のような鋭さを聞く者に感じさせた。
「神託の花嫁を偽ることは重罪だが。まさかそんなことすらも知らないのではないよね?」
穏やかな口調で微笑みすら浮かべているのに、聞いていると悪寒を覚えるのは気のせいではないだろう。
カーラを含め、その場にいた者皆が固唾を飲んで様子を窺ったが、ひとりだけ例外がいた。
「まあ、偽るだなんて。私はカーラですわ。王太子殿下」
王太子殿下の言葉にさも心外です、とでもいうように目を丸くして答えるエリスの表情は純粋そのものに見え、下手をするとこちらが悪人に見えるほどだった。
「誰が王太子殿下にそのような嘘を吹き込んだのか知りませんが、私は『神託の花嫁』のカーラ・マルボーロ男爵令嬢ですわ」
自信をもって言い切るエリスに逆に感心させられそうになる。
どうしたらそこまでできるのだろう。
肯定されたことなどほとんどないカーラはついそんな思いがよぎってしまった。
「それでエリス、どうしてあなたがこんなところにいるの? 修道院はどうしたの?」
王太子から見えない位置でカーラを睨み付けるエリスの顔は先ほどの天使の笑みとは真逆のものに思えた。
これで声音だけは優しく聞こえるのだから、ある種の才能と言える。
「修道院?」
王太子の疑問にエリスが明るく笑って振り返った。
「ええ。エリスは先日婚約破棄されてしまって、その後の話も決まらなかったから修道院へ行くことが決まっていたんです」
にこにことしているがその内容はどう聞いてもカーラのことを貶めているとか思えない。
「なのでエリスがここにいるのは間違っているんです。さあ、エリス、さっさとそこからどきなさいな」
身構える暇もない、あっという間の出来事だった。
気付いた時にはカーラは椅子から転げ落ちていた。
「あなたにはそこがお似合いね」
カーラを見下ろしてどこか得意げに言うエリスは背後の冷たい視線に気付かないのだろうか。
「さて、これで――「衛兵」」
エリスの言葉を王太子が遮った。
素早く王太子の傍へ寄った衛兵に王太子の命令が飛ぶ。
「この者を捕らえよ。神託の花嫁への暴行、それに許可なく庭園へ分け入り、発言を繰り返した罪状もある」
「「「はっ!!」」」
たちまちのうちに捕らえられたエリスが口を開き掛けたが、そこで王太子が追加の命令を下した。
「ああ。それから猿ぐつわも忘れずにな。どうやらこの者にはわずかだが魅了の心得があるらしい」
え?
もがきながら衛兵に連行されて行くエリスを呆然と見送っていると、王太子が手を差し伸べてくれた。
「うーん、この役割は本当は違うんだけどね。ひとまず怪我はなかったかな。侍医を呼ぶからちょっと待っててね」
何故か先ほどより気さく気に言われてカーラの中に戸惑いが生まれるが、取りえず頷いておく。
「どこか痛いところは? まったく。どうしてアレがここまで来られたのか、一度警備体制の見直しが必要だな」
カーラが椅子に腰を下ろしたところで王太子がおもむろに告げた。
「さて、君が『神託の花嫁』のカーラ・マルボーロ男爵令嬢だというのなら、君にも虚偽罪が適用されるんだけど」
そう言って侍従たちが即座にエリスを取り押さえようとするが、王太子がやんわりと止めた。
「いいよ。ちょうどこちらも聞いておきたいことがあったから」
侍従たちに取り囲まれたエリスが嬉しそうに王太子を見た。
「初めまして王太子殿下。カーラ・マルボーロ男爵令嬢ですわ。『神託の花嫁』の」
カーテシーどころか礼儀作法も何もないかのような挨拶だった。
一応エリスにも男爵令嬢らしく礼儀作法の授業はあったはずなのだが。
そう言えばほとんどサボっていたわね、この娘。
作法は落第点だが、蠱惑するような笑みは満点だろう。
エリスが微笑むと場に華やかさが加わったようだった。
カーラが、ちら、と侍従たちの様子を窺うと、つい先ほどまでエリスに対して憤慨していたのに、見惚れているように惚けている者もいるように見えた。
ああ、やっぱり。
カーラが諦観したときだった。
「神託の花嫁、ね」
抑揚のない声で王太子が返した。
え、と見るとその青い瞳に温度がないように見える。
「君は誰かな?」
その言葉こそ丁寧だがまるで刃のような鋭さを聞く者に感じさせた。
「神託の花嫁を偽ることは重罪だが。まさかそんなことすらも知らないのではないよね?」
穏やかな口調で微笑みすら浮かべているのに、聞いていると悪寒を覚えるのは気のせいではないだろう。
カーラを含め、その場にいた者皆が固唾を飲んで様子を窺ったが、ひとりだけ例外がいた。
「まあ、偽るだなんて。私はカーラですわ。王太子殿下」
王太子殿下の言葉にさも心外です、とでもいうように目を丸くして答えるエリスの表情は純粋そのものに見え、下手をするとこちらが悪人に見えるほどだった。
「誰が王太子殿下にそのような嘘を吹き込んだのか知りませんが、私は『神託の花嫁』のカーラ・マルボーロ男爵令嬢ですわ」
自信をもって言い切るエリスに逆に感心させられそうになる。
どうしたらそこまでできるのだろう。
肯定されたことなどほとんどないカーラはついそんな思いがよぎってしまった。
「それでエリス、どうしてあなたがこんなところにいるの? 修道院はどうしたの?」
王太子から見えない位置でカーラを睨み付けるエリスの顔は先ほどの天使の笑みとは真逆のものに思えた。
これで声音だけは優しく聞こえるのだから、ある種の才能と言える。
「修道院?」
王太子の疑問にエリスが明るく笑って振り返った。
「ええ。エリスは先日婚約破棄されてしまって、その後の話も決まらなかったから修道院へ行くことが決まっていたんです」
にこにことしているがその内容はどう聞いてもカーラのことを貶めているとか思えない。
「なのでエリスがここにいるのは間違っているんです。さあ、エリス、さっさとそこからどきなさいな」
身構える暇もない、あっという間の出来事だった。
気付いた時にはカーラは椅子から転げ落ちていた。
「あなたにはそこがお似合いね」
カーラを見下ろしてどこか得意げに言うエリスは背後の冷たい視線に気付かないのだろうか。
「さて、これで――「衛兵」」
エリスの言葉を王太子が遮った。
素早く王太子の傍へ寄った衛兵に王太子の命令が飛ぶ。
「この者を捕らえよ。神託の花嫁への暴行、それに許可なく庭園へ分け入り、発言を繰り返した罪状もある」
「「「はっ!!」」」
たちまちのうちに捕らえられたエリスが口を開き掛けたが、そこで王太子が追加の命令を下した。
「ああ。それから猿ぐつわも忘れずにな。どうやらこの者にはわずかだが魅了の心得があるらしい」
え?
もがきながら衛兵に連行されて行くエリスを呆然と見送っていると、王太子が手を差し伸べてくれた。
「うーん、この役割は本当は違うんだけどね。ひとまず怪我はなかったかな。侍医を呼ぶからちょっと待っててね」
何故か先ほどより気さく気に言われてカーラの中に戸惑いが生まれるが、取りえず頷いておく。
「どこか痛いところは? まったく。どうしてアレがここまで来られたのか、一度警備体制の見直しが必要だな」
カーラが椅子に腰を下ろしたところで王太子がおもむろに告げた。
「さて、君が『神託の花嫁』のカーラ・マルボーロ男爵令嬢だというのなら、君にも虚偽罪が適用されるんだけど」
1,434
あなたにおすすめの小説
婚約者に突き飛ばされて前世を思い出しました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢のミレナは、双子の妹キサラより劣っていると思われていた。
婚約者のルドノスも同じ考えのようで、ミレナよりキサラと婚約したくなったらしい。
排除しようとルドノスが突き飛ばした時に、ミレナは前世の記憶を思い出し危機を回避した。
今までミレナが支えていたから、妹の方が優秀と思われている。
前世の記憶を思い出したミレナは、キサラのために何かすることはなかった。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
私をいじめていた女と一緒に異世界召喚されたけど、無能扱いされた私は実は“本物の聖女”でした。
さら
恋愛
私――ミリアは、クラスで地味で取り柄もない“都合のいい子”だった。
そんな私が、いじめの張本人だった美少女・沙羅と一緒に異世界へ召喚された。
王城で“聖女”として迎えられたのは彼女だけ。
私は「魔力が測定不能の無能」と言われ、冷たく追い出された。
――でも、それは間違いだった。
辺境の村で出会った青年リオネルに助けられ、私は初めて自分の力を信じようと決意する。
やがて傷ついた人々を癒やすうちに、私の“無”と呼ばれた力が、誰にも真似できない“神の光”だと判明して――。
王都での再召喚、偽りの聖女との再会、かつての嘲笑が驚嘆に変わる瞬間。
無能と呼ばれた少女が、“本物の聖女”として世界を救う――優しさと再生のざまぁストーリー。
裏切りから始まる癒しの恋。
厳しくも温かい騎士リオネルとの出会いが、ミリアの運命を優しく変えていく。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです
天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。
その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。
元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。
代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる