嘘やん……

神崎 ルナ

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「こんなの、無効」


伊能さんが悲しそうな表情になったみたいだった。


「そう。あれ嘘だったのか。ちゃんと責任取ろうとしてるんだけどな」


その表情よりも台詞の方に不穏な気配を感じた。


「責任?」


「そ。だってあれ、最後の方してなかったよね」


意味深な台詞にあたしの頭から血の気が引いた。


(そう言えばしてなかったような)


あたしは慌ててスマートフォンを取り出した。


(えっと)


とあるアプリを呼び出しカレンダーをチェックする。


(うん。大丈夫)


そう伝えると伊能さんが軽く眉を寄せた。


「本当に? こういったものは百パーセントの信用はないんだよ」


そこを突かれると弱い。


大体これで本当に妊娠や避妊の管理ができるのなら、世の中子供が欲しい人達があれほど苦労することはないんだし。



その逆もしかり。



(今日は安全日だから、っていうのどこまで安全なんだろうね)


遠い目になっていると、


「分かってくれたかな? それじゃここにサインを……」



(いやいやいやいやっ!!)


条件反射でペンを取りかけて慌てて放り出す。



「あと少しだったのに」


(そこで舌打ちするの止めて貰えます? って舌打ちする姿も決まってる、ってどんだけなのよっ!!)



視界から逸らしたとき、ふいにそれが目に入る。



『雪広』





(ん? 雪……)





遠い記憶が呼び覚まされる。



『雪の日に生まれたから雪花って単純っ!!』



子供のころからかわれて悔しくて母に告げたら、教えられた事実。


確かに雪は降っていたけれど、それだけじゃないよ、って。


その日は粉雪が朝から降り続いていたそうだ。



皆がこれじゃあ積もって困る、と言っていたのをあたしが産まれた後聞いていた母は、昔読んだ物語を思い出したそうだ。



それは十代向けの小説で、最初は中世ヨーロッパが舞台のファンタジーのようで、日常に飽いた少年が世界の果てを目指すところから始まる。



苦難の末、少年は世界の果てに辿り着き、世界のからくりを知る。



この世界の外には違う世界がある、と。


その時、少年の体に変化が起きる。


少しずつ、巨大化していく体に戸惑う少年に、後からついてきた幼馴染の少女が告げる。


私達は新たな世界へ飛び立つのだ、と。



そして飛び立ち、ずっとずっと上空から見下ろした世界は、雪の結晶の形をしていた。



彼らの世界が降りしきる雪の中へ紛れていった後、新しい大地へ少年は足を下ろした。




『だからね、見方を変えればひとひらの雪の中でさえ、ひとつの世界を見付けることができるの。そんなふうに可能性はどこにでもある。たくさんの可能性を見付けて花開いて欲しい。そう思ったから、『雪花』にしたの』



頬が熱い。


あたしは一体何をしていたんだろう。


あんな思いを込めて名を付けてくれたのに。


そこまで思いを巡らせたところで脳裏に声が蘇った。




『あなたもそうなんだ。何か凄いね。運命みたいだ』




(え……)





 
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