百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々

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30.

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「………………。」
「…………なんでそんな疑わしげな目で見てんだよお前は。……何もしねぇって」
「………………ほ…………本当、ですか…………?」
「しつこいなお前!そんなビビり倒してるヤツを無理矢理ヤるかよ!いいから早く上がれ!」
「…………ぉ、…………おじゃまします……」

 マンションの部屋の玄関先でずっと立ち止まっていた美晴は俺をまだ疑わしげな目でじとーっと見ながらもようやく靴を脱いだ。

 クソ。何でだよ!晴れて想い合っていると分かったからもうオッケーなんだと思い込んですぐさま部屋に誘っちまったじゃねーか。まさか、……こ、ここまで嫌がられるとは…………。

 嫌がっているというか、怯えている。このビビりっぷりはまるで想いが通じる前の俺のようだ。美晴は久しぶりに上がった俺の部屋のリビングの隅にコソコソと移動する。さながら警戒心剥き出しの小動物だ。

「……そんなとこいねーでソファー座れよ」
「っ!!………………は、はぁ……、……はい……」

(何だよ、はぁ…って)

 キッチンで熱いココアを入れてやりながらひそかに溜息をつく。俺はココアなんて飲まねーが、いつこいつが来てもいいように買っておいたんだ。健気だろ俺。可愛いもんだろ。カプチーノも入れられるようにエスプレッソマシンまで買ったんだぞ、実は。こんな健気な優しい男が、嫌がる子を無理矢理襲うかよ。

(……まぁ、正直言うと下心満々だったけどな)

 キスだけじゃ全然足りなくて、この腹の底から湧き上がってくる、こいつが欲しくてたまらないという欲望を少しも抑えることができなくて、すぐさま部屋に誘ってしまった。
 でも美晴にしてみれば、そりゃすぐにはそんな関係になれるはずないよな。だってこいつはこないだまでキスも未経験だったんだ。…………キスも未経験だぞ。可愛すぎるだろ。23になったんだぞ、こいつ。23のこんな可愛い顔した男が、経験は俺とのキス、だけ。

「…………。」

 ……いかん。考えれば考えるほど顔がニヤけそうになる。大丈夫だ、俺は今度こそ間違わない。落ち着け。当分は美晴を抱くことはできないと心に刻め。暴走は禁止だ。
 この美晴が、好きで好きでたまらなかった美晴が、この俺のことを好きだと言ってくれたんだぞ。もうそれだけで充分だろ。しばらくはその事実に満足して、あとはもう……自分で自分を慰め続ける日々だ。

「ほら、美晴」
「っ!!…………ぁ、…ありがとうございます……」

 俺がココアを持ってそばに行くと、また頬を染めている。少し震える手でローテーブルの上のココアを持ち、フーフーしながらちびちびと飲みはじめた。

 フーフー…………コク。

「…………。」

 フーフー…………コク。

「……。…早く飲めよ」
「…な、…何で急かすんですか」
「早くいちゃいちゃしてーんだよ」
「ぐふっ!」

 飛び上がった美晴がココアを少し零してしまった。

「あ、バカ!お前……。大丈夫か?手、熱くないか?」
「だっ!……だいじょうぶ、です、けどっ……!」

 俺は急いで美晴の手を取りティッシュで拭いてやる。火傷するほどではなさそうだ。……せっかく手を握ったことだし、しばらく堪能することにした。

「…………。」
「…………。」
「…………い、……いつまで握ってるんですか…………響さん」
「……せっかくだから…。白くて綺麗だなぁ、お前の手。指が細ぇ」
「…………ち、…………ちょっと……」
「何だよ」
「……そっ、その、撫で方…………何ですか」
「何がだよ。好きなヤツの手を優しく触ってるだけだろーが。悪いのかよ。手ぐらい触らせろ、せめて」
「だっ、…だって、…………なんか……っ」

 美晴は真っ赤になって困っている。何も感じなくはないわけだな。さっきから俺は美晴のか細い手を、指の腹で丹念に優しく撫でている。手の甲から、手のひら、指先まで、そして自分の指を絡めて、ゆっくりと動かす。できるだけ扇情的に。
 手を愛撫されるだけでもその気になるヤツは結構いる。美晴がちょっとはムラッとしてくれたらいいんだけどなぁ。

「…………ひびきさん……もう、やめて…………おねがい…………」

 切なげな顔で俯いた美晴は首筋までピンク色に上気させていて色っぽくてたまらない。こっちの方がムラムラしてきた。手を触りながらそばに寄り、その色づいた首筋にちゅ、と軽く唇を押し当てる。

「ひぁぁぁっ!」

 美晴は高い声で叫ぶと俺から腕を引っこ抜き、猛烈な勢いでシュババババッと離れていく。

「何でだよ!!お前俺のこと変質者か何かだと思ってんのか!こっち来いよ!触らせろ!」
「おっ!落ち着いてください響さん……っ!!」
「だから落ち着いてるっつの!何もしねぇよ!マジで俺を何だと思ってんだお前!!」
「だっ!だってぇ……っ!だって…………」

 …………はぁ。
 美晴は広いリビングのラグの端っこまで行ってしまった。手のひらを俺に向けてストップ!みたいにしながら目に涙を溜めプルプルと震えている。

 「…………ふーーーー……」

 俺はガックリと肩を落とし、頭を掻きむしりながら深い溜息をついた。



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