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(……え?……何?……何してるの?樹……)

 息がかかるほど近くで、樹が俺を見つめているのが分かる。俺は身動きをしないように必死だった。眠っていないことを気付かれるわけにはいかない。何故だか強くそう思った。

「…………っ、……はぁっ……、……そう、た……」

 息が漏れたようなかすかな声で、樹がたしかに俺の名を呼んだ。……何だろう。一体どうしたの?樹……。明らかに様子が変だ。
 どうしよう。…もしかして、…具合が悪いのかな。今起きたようなふりをして、声をかけるべきだろうか。俺はそのままの姿勢で悩む。どうしよう。どうするべき……?

 その時、すぐ傍でごくり…、と樹が喉を鳴らした。はぁっ、はぁっ、と少し荒い息づかいも聞こえる。

「…………う、………………ふぅ……」

 呻くような吐息が漏れ聞こえる。その声を聞いているうちに、俺の心臓がだんだんと早鐘を打ち始めた。形容しがたい焦燥感のようなものが込み上げてきて、体がムズムズする。唾を飲み込みたいけど音を立てるのが怖くて、動かないように我慢したまま喉を震わせていた。
 樹の喉も震えているようだった。小さく揺らぐような呻き声と熱い吐息は少しずつ荒くなり、はぁ、はぁと何かを我慢しているようなその息づかいは、俺をおかしくさせそうだった。自分の心臓の音が樹に聞こえてしまうんじゃないかと思うぐらいに、鼓動はもう痛いほどに大きく鳴り続けていた。
 またごくり、と大きく喉を鳴らした樹が、再び俺の名を呼んで呻く。

「ぁ…………、ぁぁ……、……そ……、…………そうた……、そう、た……」

 消え入りそうなそのかすかな声は寝たふりを続けている俺の耳にしっかり届いていた。ふと、樹が俺から離れて、そっと静かにベッドに戻っていく気配があった。ベッドに上がって横になってしまえば、おそらくもう樹からは俺の姿は見えない。俺は様子がおかしい樹を心配しつつも、少しホッとして思わず大きく息をついた。

 だけど、その直後。

「……んっ、…………はぁ……、はぁっ……、はぁっ、はぁっ……」

(………………っ?!)

「はぁっ、はぁっ、…………う、……ぁ……」

 徐々に激しくなる息づかいと、カサカサカサ……と布が擦れるような音が聞こえてくる。

(……う、……嘘……、……まさか、…………まさか……!)

 そうと気付いた瞬間、心臓が壊れそうなほどにドクンッ!と大きく振動した。唾を飲み込むことさえできなくて、喉がギュッと固まってしまったようだ。全身が完全に強張ってしまい、動けない。擦れるようなその音は規則正しい速さで聞こえ続け、そのうちにそれはくちゅくちゅくちゅ……、と湿り気を帯びた音へと変わった。

「……………………っ!」

 それが何か分からないほど、もう子どもじゃなかった。俺の存在を忘れてしまっているんじゃないかと思うほどに、樹の喘ぎが大きくなっていく。

「あ……っ、うぅ……っ、はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ……!」
「………………っ、」

 その声を聞いているうちに、俺の下腹にも熱が溜まって、そこからジンジンと痺れるようなもどかしい熱が全身に広がっていく。こらえきれず息が上がり、自分ではもうどうにもできない。たまらずごくりと喉を鳴らして唾を飲み込むが、夢中になって快楽を追っている樹は俺の気配に全く気付いていないようだった。
 俺のモノももう完全に勃ち上がり、先端からじんわりとにじみ出してきた感覚がする。樹の喘ぎ声にあっという間に爆発寸前まで追い立てられ、頭がクラクラする。出したくてたまらない。
 樹……、いつき……!

 樹はもう限界が近いようだった。自らを追い立て、激しく喘いでいる。
「はっ、はっ、はっ、はっ…………!……ぁ、う、……っ!……ぐ、…うぅっ…………!!」
「─────っ!!」

 はぁっ、はぁっ、という樹の荒い呼吸だけが聞こえる。俺は必死で息を抑えた。起きていたことが、……興奮していることがバレてしまう。
 しばらくするとベッドの上からガサゴソと音が聞こえた。深く呼吸をしながら、樹は乱れた息を整え、後始末をしているようだった。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……

 自分のすぐ傍で行われた樹の淫らな行為に興奮し、全身が脈打っているのではないかと思えるほどに激しい鼓動が鳴り続ける。樹が……、お、俺の傍であんなことをするなんて……。夢でも見ているんじゃないだろうか。だけど大好きな樹の艶めかしい声が、喘ぎが、頭から離れず、体はいまだ熱を持って俺を苦しめていた。
 ベッドの上の樹がふう、と息をつく気配がし、静かになった。もう物音ひとつしない。

 起きていたことがバレるわけにはいかなくて、自分で処理するどころか身じろぎさえできない。下腹部から広がっていく、ジンジンと火照る熱をもてあましながら、俺は必死で眠ろうとした。



「……ぃ、……おい、…おーい。起きろーねぼすけー」
「…………。…………っ、…っ?!」

 あ…、……あれっ?

 ふと気が付くと、樹が俺の頬をパチンパチンと指で弾いている。

「い、痛いよ、樹……。あれ?もう、朝……?」
「朝っつーかもう昼に近いけどな。もう一泊するつもりかと思ったわ。まぁ俺もさっき起きたばっかだけどな」

 樹が俺の顔の横にあぐらをかいて座ったまま、いたずらっ子のようにひひひと笑っている。

「……そ、そう……おはよ」

 俺は体を起こしながらぼんやりとした頭を一生懸命働かせる。え……?ちょっと待って……。あれ、夢だったの……?どこから?全部……?

「おー。おはよ。……何考えてんだよ、ボケーッとして。おかんが朝飯食えってさ」
「……あ、……う、うん」

 怪訝な顔で固まっている俺に、樹もまた不思議そうな顔をしている。

「どうしたんだよマジで。まだ目が覚めねぇのか?あんだけグーグー爆睡してたくせに」
「えっ?い、いつ?…何時頃?」
「さぁ…。何時頃だっけ。電気消してしばらくしてから俺トイレ行ったんだけどさ、その時もうお前軽くイビキかいて寝てたぞ」
「?!……ホントに?」

 え?俺ってイビキかくの?誰にも言われたことないから知らなかった…。なんか恥ずかしい…。

「あんだけ早く寝てまだ眠いか。そんなに居心地いいならもうここに住むか?下宿させてやってもいいぞ。一泊一万な」
「た、高いよバカ…」
「ひひ」

 樹は普段通りの軽口をたたき、顔を洗ってくると言って部屋を出て行った。
 樹がいなくなった部屋で、俺は頭を抱えてパニックに陥る。
 えぇ?!……えぇ?!
 もしかして、あ、あれは全部本当に夢だったの?もうよく分からない!樹はいたって普通だし…。
 …だとしたら……、…なんて淫夢だ……。樹の部屋に泊まって、樹のいやらしい姿を夢の中で見て興奮するなんて……。
 で、でも……。夢にしてはなんかすごくリアルだった気もするんだ…。

「………………うーん…」

 ……ダメだ。分からない。……もういい、今日は考えるのはよそう。だってせっかくあと一日残ってるんだ。樹と一緒に過ごせる貴重な時間をちゃんと満喫しなくちゃ。



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