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「あっという間に夕方だね」
「だな。やっぱ映画観たら早ぇよな時間過ぎるのが」
「面白かったね」
「うん。ありゃなかなかいい映画だった」

 話しながら繁華街のバス停に辿り着く。颯太が乗るバスが来るまでここで一緒に待とう。また数週間は会えないと思うと、なんとなく離れがたい。黙ってこっち側についてきたけど、颯太も特に何も言わない。このバス停から大通りを挟んで向こう側に俺が使うバス停が見えている。ここから以前、蘭とのキスを颯太に見られたんだよな…。思い出すといまだに少し気まずいけど、颯太は全く気にしていないように見える。

「合宿頑張ってね」
「おぉ。お前もあるんだよな。写真送れたらくれよ」
「うん。樹もね」
「あぁ」

 バスが来て、颯太が乗り込む。……さすがにもう泣かねーぞ。大丈夫大丈夫。どうせまたすぐ会える。っていうか、中学校生活も、もうあと残り半分だろ。ほら、あっという間じゃねぇか。あと1年半後ぐらいには高校生になって、また毎日のように会える生活が……、
 ……あれ?そういえば、…あいつ高校どこ受けるんだろ。考えたことなかったな。…まぁいいや、そのうち聞けば。
 座席に座った颯太が窓越しに俺を見てにっこり笑って手を振る。…はぁ、可愛いなマジで、あの笑顔。俺も軽く手を振り返した。
 バスが見えなくなるまで見送って、俺は通りを渡るため横断歩道に向かって歩く。あぁ、寂しいなぁやっぱ。

「……………………。」

 歩きながら、俺は大きく深く息を吐いた。

 ……なんとか、……なんとか、乗り切った。乗り切った、はずだ。
 上手くごまかせていたはずだ。多分。俺は平常心を貫いた。あえて昨夜のことを一切思い出さないようにして、何もなかったことにして、今日一日を過ごした。
 途中で昨夜の自分の失態を思い出してしまったら……、絶対に挙動不審になって、颯太にバレてしまうと思ったから。

 あれが、……夢ではないということが。

「…はぁぁぁぁぁー…っ……」

 やっちまった……、やっちまった……!!
 大勢の人にまぎれて横断歩道をフラフラと渡りながら、俺は今日一日封印していた昨夜の記憶を一気にぶわーっと思い出していた。途端に汗が噴き出す。よく……、よくごまかしたもんだ、我ながら。バレたらもう完全に終了だった。絶対に颯太に愛想を尽かされていたはずだ。颯太の、目の前で、……よ、よりにもよって、颯太をおかずに……、一人でしてしまった……。同じ部屋にいるのに、……あいつがいるのに!!本能のままに動く動物のごときこの性欲を抑えきれずに、我慢できずに抜いてしまった。バレたらどうするつもりだったんだ、マジで。本当にどうかしてた。

 そんなつもりはなかったんだ、本当に。颯太との関係を一生大事にしたいし、気持ち悪いヤツだなんて絶対に思われたくない。同じ部屋で一晩過ごすことになったって、俺の気持ちの片鱗さえチラつかせるつもりはなかった。なのに。
 おかんが出かけたのがまずいけないんだ。おかんが鍵をかけて出て行って二人きりになった瞬間に、もうなんか、ゾクッとしてしまった。ゾクッというか、ムラッというか……。
 あ、やべ、と瞬間的に思った。よし、もう何も考えずに寝よう、と。ただでさえ布団の上に並んで座っているだけだずっとそわそわしていたんだ。意識を逸らそう逸らそうと思っても、もうなんかエロいことばっかり考えてしまって……。ゲームしながら頭の中では、このまま颯太を押し倒してキスしたら、こいつどうするかな…、とか、最初は怖がったり嫌がったりしたとしても、舌を絡めてどんどん気持ちよくしちまえば案外体が反応して、そのまま流されてくれるんじゃねーか、とか。ありえない妄想が頭の中で一人歩きを始めていた。
 そこを無理矢理寝ようとしたんだ。眠れなくて当然だ。むしろ電気を消して部屋が真っ暗になってからが苦行の始まりだった。夜、暗い部屋、家の中には俺と颯太だけ、二人きり……。悶々としてきてどうにもならなかった。颯太がそこにいる。布団の中に…。一緒に入りたい。触りたい。…考えたらダメだとどんなに強く思っても、毎日エロいことばっかり考えているこのどスケベな俺が、その状況に耐えきれるわけがなかった。

「…………っ、」

 いつまでもモゾモゾと動いていたら颯太に変に思われるんじゃないかと思って、石になったつもりで目を瞑っていた。でも動悸がすごい。ドン、ドン、と体中を打ちつけてくるような激しい鼓動と、下腹から湧き上がって全身に渦巻くような熱が俺を苦しめていた。乱れた呼吸を必死でこらえて、静かに静かに、息を吐き出していた。

 それからどのくらい我慢していただろうか。眠気は全く来ない。俺の意識はずっと颯太の方に向けられていたが、その颯太が動く気配は全くない。…もう、眠ったんだろうか。俺は音を立てないように気を付けながら、少しだけ上体を起こし、おそるおそる颯太の様子をうかがった。 

「……。」

 …やっぱ静かだ。身動きひとつしない。…眠ってるんだろうな。俺はトイレに行ってこの欲を処理してこようと思った。このままじゃもう朝まで眠れない。
 颯太を起こさないように、そっとベッドを降りる。部屋を出る前に少しだけのつもりで、顔を覗いてみた。

「……っ」

 向こう側を向いて眠っている颯太の横顔はすごく綺麗で、見ているだけで胸が締めつけられるほどの想いが溢れてくる。あぁ、俺……、こんなにこいつのことが好きだったんだな…。いつからなんだろう、俺のこの想いは。小さなガキの頃から、俺はこいつのことがめちゃくちゃ大好きだったけど…。それって、もう恋だったのかな…。いつからだっけ。こんなに颯太のことを、欲しくて欲しくてたまらなくなってきたのは……。

「…………っ、……ふ……」

 思わずごくりと喉が鳴る。この布団の中に今入りたい。後ろから抱きしめて、首筋にキスをして、下を擦りつけて……。颯太のに触りたい。俺がこのガチガチに固くなったモノを擦りつけながら颯太のを優しく扱いたら、こいつはどんな声を出すんだろう。息を荒げながら、甘く喘いでくれるんだろうか。無意識に、俺は颯太に顔を近づける。
 
「…………っ、……は……、…はぁ」

 ダメだ。離れないと。気付かれたら終わりだ。だけど頭に靄がかかったようにぼうっとしてきて、体が言うことをきかない。

「…………っ、……はぁっ……、……そう、た……」

 熱い息がこらえきれず、声になって漏れる。妄想が止まらない。

「…………う、………………ふぅ……」

 俺が迫ったら、何て言うだろう。ダメだよ、樹、こんなことしちゃ……。とか、可愛い声で拒絶するんだろうか。大丈夫だから、颯太。痛いことは何もしねぇよ、ただ、少しだけ触らせて…。
 同じ男なんだから、どう触れば気持ちいいかはよく分かってる。ダメだと言っても、颯太だってきっと性欲には逆らえない。耳を、首筋を、優しく甘噛みして舐めながら前を扱いたら、きっと固くなるし、出したくなるはずだ。そしたら俺がちゃんと最後まで……

「ぁ…………、ぁぁ……、……そ……、…………そうた……、そう、た……」

 自分のいやらしい妄想に興奮しすぎて頭の中がグラングランに揺れている。涎が零れそうになって慌ててごくりと飲み込み、颯太の顔を見ながらたまらず自分の前を少し触る。

「…………っ!!」

 敏感になりすぎたそこは、パジャマの上からほんの少し触れただけで電流が走ったような快感を拾った。溢れたものでパジャマの前がぐしょぐしょに濡れている。
 ダ…、ダメだ、もう…我慢できない……。
 トイレまで行く余裕もなく、俺はそのままベッドの上に上がり、颯太から死角になると急いでパジャマのズボンの中に手を突っ込んだ。

「……んっ、…………はぁ……、はぁっ……、はぁっ、はぁっ……」

 颯太がいる部屋で、こんなこと……っ。マズいと分かっているはずなのに、手が止まらない。無我夢中で扱きまくった。
 ちゃんと声を押し殺しているのか、音を立てていないか、気遣う余裕はもうなかった。やがてどんどん溢れ出てくる先走りでくちゅくちゅと音を立て始めたそこは、摩擦をなくしヌルヌルになってたまらない快感を生み、俺は完全に理性をなくした。

「はっ、はっ、はっ、はっ…………!……ぁ、う、……っ!……ぐ、…うぅっ…………!!」

 颯太……っ、そうた……っ!!

 ビクビクッと背筋を逸らしながら、俺は激しく射精した。


「………………あぁぁぁ……」

 ずっと昨夜の記憶を辿っていた俺は、バスの中で頭を抱えた。イった直後の焦りはもう、思い出したくもない。我に返った途端、一気にザァーッと音を立てるように血の気が引いて、気絶しそうだった。やってしまった。颯太は?颯太は気付いていないか?吐き気がするほどに焦り、俺は嫌な汗を流しながら朝までずっと息を潜めていたのだ。つまり一睡もしていない。映画の途中で寝ないようにずっと気を張っていて、内容はほとんど頭に入ってこなかった。寝たら昨夜の動揺がバレてしまうと思った。寝不足であることが、バレてしまうと。
 射精した後、颯太の気配を探り続けた。なんとなく……、起きていたような気がする。……なんとなく。定かではないが、固唾を呑むような気配を感じた気がするのだ。
 でも朝起きた時の颯太はボーッとしていて、昨夜の記憶を探っている様子だった。だから俺は強引に押し切った。お前はイビキをかいてぐっすり眠っていたと。早くに寝て、夜中も全く起きていないぞ、と。

 どうか信じてくれていますように……!颯太、俺が悪かった。お前をおかずに横で変なことして本当にごめん。お願いだから、何も思い出さないでくれ……!

 マンションに着くまで、俺は後悔に苛まれながら何度も深い溜息をついた。



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