ずっと二人で。ー俺と大好きな幼なじみとの20年間の恋の物語ー

紗々

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「お疲れさまでしたー」
「さよなら、気を付けて帰ってね」

 次々に帰って行く部員たちを部長が優しく送り出している。

 もうすぐ9月も終わろうとしている。ようやくほんの少し涼しくなってきた気がする。最近本当に夏が長い……。
 俺もそろそろ教室に戻らなくちゃ。今日は樹が待ってくれているはずだ。油絵の具をテキパキと片付けながら樹のことを考えていると、ふいに部長から声をかけられた。

「滝宮くん。……少し、いいかな」
「えっ、あ、はい」

 気が付くともう美術室には俺と部長しか残っていない。皆帰ったようだ。

「ごめんね、ちょっとだけ気になって、ここ……」

 俺の作品を見ながら部長が指を差してアドバイスをくれる。立ち上がって道具を片付けていた俺は部長の言葉に聞き入って椅子に座り直す。部長は隣の席の椅子をズズッとこっちに引きずってきて俺の隣に座った。

「この奥の森の部分ね、もう少し色を足した方が鬱蒼とした奥行きが出ると思うんだ…。この辺り」
「あ、なるほど……。はい」

 確かに…。ちょっと淡い感じになりすぎだよなぁ。もっとこの辺りに深みが欲しい…。
 部長の的確なアドバイスを夢中になって聞いているうちに時間がかなり経ってしまった。ふと我に返り、慌てて部長に言う。

「すっ、すみません部長。俺のために遅くなってしまっ……て……」
「…………。」

 ……え?
 部長の顔を見ると、やけに真剣な表情で俺をじっと見ていた。ど、どうしたんだろう。部長の顔が少し赤い。気がする。

「……あ、の」
「……滝宮くん……。俺、……」

(…………?)

 本当にどうしたんだろう。なんか、様子が変だ。さっきまで俺の絵に一生懸命アドバイスをくれていたのに、いつの間にか俺の顔を見つめたまま、動かない。

「部長……?」

 大丈夫ですか?と言おうとした時、

「……好きだ。……君のことが……、…好きなんだ」
「………………。……え」

 え?何?
 頭が真っ白になって、何を言われたのか理解が追いつかない。今、絵の話をしていて……。え?
 あまりにも唐突で、……本当に、唐突すぎて。
 体と頭がフリーズしたままの俺の唇に、気が付くと部長の唇が重なっていた。

(─────え?)

 ……何?これ…。頭が働かない。
 あ、ダメ、……離れなきゃ。
 そう思って体を動かそうとした、その瞬間。

 ガラッ!…バーンッ!!

「っ?!」

 ものすごく大きな音がして、心臓が口から飛び出しそうになる。
 俺は反射的にドアの方を見た。

「────っ!!い、…………」

 ……樹…………!!

 嘘……。嘘だ。

 見たこともないような鬼の形相をした樹が、俺と部長を睨みつけていた。俺の頭は再び真っ白になり、声さえ出ない。自分の意志とは無関係に手足がガクガクと震え始めた。血の気が引いて、気を失いそうだった。

「…………今……、何してやがった、てめぇ……」

 唸るようにそう言うやいなや、樹はこっちをめがけてズカズカと歩いてくる。違う。違う!!どうしよう、誤解された。どうしよう……!!
 パニック状態で頭が働かない。俺は身動きひとつできず声さえ出せないまま、迫ってくる樹の憎しみに燃える顔を見ていた。
 樹はその辺のキャンバスをなぎ倒して進み部長の前に立つと、その胸ぐらを掴んで思いっきり部長を殴り飛ばした。

「…………っ!!」

 ガシャーン!!と激しい音を立てながらキャンバスや椅子がいくつも倒れる。俺は思わず立ち上がった。その瞬間、グラリとめまいがして視界が揺れる。樹は顔から血を流して倒れている部長に向かっていき、また胸ぐらを掴んだ。

「────やめてぇっ!!」

 俺は反射的に叫んで走り出し、樹に後ろから抱きつく。これ以上はダメだ。大変なことになる。咄嗟にそう思った。

「ふざけんなてめぇ!!…離しやがれ!!」
「ち、ちが…………、い、……いつき」
「この野郎……!殺してやる!!」

 相変わらず混乱した頭のまま、半ば無意識に樹にしがみつく。樹は狂ったように怒鳴りながら部長をもう一度殴った。

「や、やめて……いつき……。は、話を……きいて……っ」

 震える声で必死に懇願すると、樹は燗に障ったのか乱暴に俺の腕を振りほどき、俺を強く睨みつけた。
 樹からそんな目で見られたことは一度もなくて、ショックのあまり俺はすくみあがってしまう。

「……何でだよ、颯太……!お前が、俺を、裏切るのかよ……!!」
「……っ!!」

 違う、違う……!!言葉が出ずに俺は必死で首を振る。

「……俺が……悪いのか…………。…こういうことかよ……!」

 ……え?なに?……何を言ってるの?
 憎悪のこもった目で俺を睨みつけていたはずの樹の目から涙がとめどなく溢れ、今はもう苦しみに満ちた表情で俺を悲しげに見つめていた。
 違うんだ、樹。お願い……、そんな顔しないで……。

「…………い、…」

 どうにか声を絞り出そうとするのに、動揺しきった俺の喉が言うことをきかない。ただ震えるばかりで、言葉が出ない。俺は必死で首を振り続けた。

「こ、こんなに……、好きで、……好きで、……大事に、してたのに……!俺は……、俺には、いつも、……お前だけだったんだよ……!!」

 喉の奥から振り絞るように叫ぶと、樹はヨロヨロと教室を出て行ってしまった。

「……………………ぁ、……」

 …………え?
 樹…………。嘘……。嘘でしょう?待って。待ってよ。違うんだ。


 ─────嫌われてしまった。


 ぐらりと視界が揺れて、気付けば床にへたり込んでいた。追いかけなければ。誤解だって、ちゃんと伝えないと。俺だってそうだよ、樹。俺にだって、ずっと樹だけだよ。どうして。どうしてこんなことに……。
 
「う……」

 苦しげな呻き声が聞こえてぼんやりとそちらを振り向くと、血まみれの部長がヨロリと起き上がるところだった。……そうだった。部長は殴られたんだ。助けなきゃ……。

「……だいじょうぶですか、部長…」

 放心したまま事務的に声をかける。部長は血だらけの手で顔を押さえたまま俺の顔を見て言った。

「…………君の方こそ……。そんなに泣いて……」

(…………えっ)

 そう言われて自分の顔を触ると、びしょびしょに濡れていた。

「………………ふ…」

 自覚した途端に全身の力が抜けて、その場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。樹に嫌われた。どうして。つい昨日まで、さっきまで、ずっと幸せだったのに。こんな些細な食い違いで、あっさりと終わってしまった。胸が張り裂けそうだ。

 樹…、いつき……。



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