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とある令嬢の憤り
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ブランシュはイライラしていた。
今まで快適なひきこもり生活を送っていたと言うのに、転入という形でとある学園にぶちこまれたからだ。
それもこれも全部、あいつのせい。
あの幻獣のせいだとブランシュはふつふつとこみ上げる想いを制するようにぎゅっと本を読む手を強めた。
学園に通うことにならなければ、今も家に引きこもって大好きな読書、裁縫、菓子作りに明け暮れていただろう。
一般的な教養、勉学というものはすでに十分修めている。自画自賛のようになるがどこに出ても恥ずかしくないとブランシュは思っていた。
実際に、その通りで。
ブランシュの評判は貴族社会の中でも良いご令嬢と言われており、いくつか婚約の申し込みも来ていたほどだ。
それはブランシュの家よりも格のある家からもあった。しかしブランシュの父親は、娘の意思を大事にしたい、まだ急ぐことも無い事ですのでと上手に話をのばしのばしにしている。それは周囲からみれば、娘想いの父親だとか、娘を手放したくないだけなのだろうと言われているらしい。
しかし実際のところは、ブランシュが嫁に出せるような性格ではないことを父親が良く知っているからだ。
貴族社会の中では澄まして評判の良い娘だがそれは体面上。その性格は苛烈なもので一度怒らせると手が付けられないのだ。
それゆえに、幻獣に気に入られたブランシュの扱いに困って父親は仕える王に相談したのだとか。
それは幻獣に気に入られる者は王族からよく出るからだ。だからこそ付き合いをよくわかっている。
ブランシュを幻獣が気に入ったという話を聞いた王は、それなら学園に通えば良いと言った。
そこにはほかにも幻獣に気に入られた者がおり、相談できるものもいるだろうと。
王はこの時、きっと娘についたのはそんなに強くはない、そこそこ目にする幻獣だろうとそう思っていた。
実際、王を気に入った幻獣もいる。その幻獣は、幻獣の世界でいえば一般的な強さ。弱くもなく、けれど群を抜いて強いわけではなく。体も小さかったのであちらとこちらの世界を行き来できるものだった。その幻獣に見て貰えば、どの程度の存在がついたのかわかるのだ。
幻獣どうしは姿が見えなくても、そこになくても。存在として気配を落とし込む。
一度連れてきなさいと言った王の言葉に従って、ブランシュは父親に連れられ目通りしたのだ。
そして王の幻獣は慄くことになる。
一体どんな幻獣に気に入られたのか、それはブランシュにもわからなかったのだ。
ある日、ある時、突然に。
お前のことが気に入ったと聞こえ、偉そうな声が時々聞こえる。幻獣が付くということは稀なことではないが、自分にはないと思っていたブランシュは少し驚いたのだ。
そして自らのことを何も教えてくれない幻獣はちょっと気に入らなかった。ブランシュ自身もあまりよくは尋ねなかったせいもあるかもしれないが。
しかし、その幻獣が何者かわかるかもしれないと聞いて、ブランシュはしぶしぶながらついてきた。
そして、ついてくるのではなかったと。知らぬままの方が良かったと思ったのだ。
何者かわからないのは得体が知れなくて気持ち悪いから知りたい。そう思った少し前の自分にちくちく嫌味を言いたい。言いたくて仕方なかった。
ブランシュについたのは、幻獣の中でその存在を知らぬものはいないようなそんな大物だったのだ。
それを聞いた王は、強い幻獣の加護を持つものをこの国にとどめ置きたいと思い始める。
それだけで他国への牽制になるのだから。
そしてそのまま、王は我が子である王子の誰かとブランシュの縁談を持ちかける。
貴族にある父にとってそれは喜ばしいことだ。自分の地位がより一層、強固なものになるのだから。
しかしブランシュとしては、ふざけるな、なのである。
控えめに、わたしではつりあいませんというがその意志は届かない。
最終的にブランシュはぷつっといって、相手は一国の王だったが思いのたけをぶちまけた。
勝手に決めるな、わたしはいやだ。無理矢理するなら死んでやる。わたしを追い込んだお前たちを幻獣は許すと思うのか、と。
それを公式の場でしたならば、どんな罰を受けてもおかしくないとあとでさーっと青くなったのだが非公式の場。
王もその剣幕に押されて申し訳ない急いたと自分の非を詫びた。
けれどそこで引き下がって終わるわけではなく、ブランシュには学園に入るように命が下ったのだ。学園に通えば良いと案を提示していたのを命に。
王は賢かった。
このまま強引に婚約云々を進めるとこのブランシュの機嫌を損ねることを悟ったのだ。それならば、王子たちのいる学園に放り込んでまず関係を持たせようと思ったのだ。
王子たちは優秀だ。それぞれ秀でたものを持ち、顔も良い。それについている幻獣も強いのだから、どこかで必ず出会うに違いないという思惑があった。
その思惑まではさすがに見抜けなかったブランシュ。嫌だとごねるのもどうかと思い頷いたのだ。
頷いたのだが――しかし。
「失敗だったわね……」
ぱたりと読んでいた本をブランシュは閉じた。
気鬱で仕方ないのは、明日から学園に通わねばならぬと言う事。
そして今、自分がいるのはその女子寮だ。
季節外れの転入生は、学園の生徒にとっては興味深い存在だ。
そもそも学園に入るには、ある一定の魔力がないと受け入れが認められない。ブランシュはその一定に達していないからこそ、通っていなかった場所なのだ。
何者なのかとすでに噂されているのもわかる。寮に入った途端、ちらちらと視線を向けられもしたからだ。
「……あんたのせいよ。わたしはあんたに振り回されてばっかり」
ブランシュが吐き出すのは文句だ。その言葉を向ける相手は目の前にはいないが、届いてはいるはず。
時折身勝手に、突然言葉を向けてくるだけの、姿も見た事のない幻獣。
実は名前も、知らない。けれど、あいつはいつも自分をみていることをブランシュは知っていた。
今まで快適なひきこもり生活を送っていたと言うのに、転入という形でとある学園にぶちこまれたからだ。
それもこれも全部、あいつのせい。
あの幻獣のせいだとブランシュはふつふつとこみ上げる想いを制するようにぎゅっと本を読む手を強めた。
学園に通うことにならなければ、今も家に引きこもって大好きな読書、裁縫、菓子作りに明け暮れていただろう。
一般的な教養、勉学というものはすでに十分修めている。自画自賛のようになるがどこに出ても恥ずかしくないとブランシュは思っていた。
実際に、その通りで。
ブランシュの評判は貴族社会の中でも良いご令嬢と言われており、いくつか婚約の申し込みも来ていたほどだ。
それはブランシュの家よりも格のある家からもあった。しかしブランシュの父親は、娘の意思を大事にしたい、まだ急ぐことも無い事ですのでと上手に話をのばしのばしにしている。それは周囲からみれば、娘想いの父親だとか、娘を手放したくないだけなのだろうと言われているらしい。
しかし実際のところは、ブランシュが嫁に出せるような性格ではないことを父親が良く知っているからだ。
貴族社会の中では澄まして評判の良い娘だがそれは体面上。その性格は苛烈なもので一度怒らせると手が付けられないのだ。
それゆえに、幻獣に気に入られたブランシュの扱いに困って父親は仕える王に相談したのだとか。
それは幻獣に気に入られる者は王族からよく出るからだ。だからこそ付き合いをよくわかっている。
ブランシュを幻獣が気に入ったという話を聞いた王は、それなら学園に通えば良いと言った。
そこにはほかにも幻獣に気に入られた者がおり、相談できるものもいるだろうと。
王はこの時、きっと娘についたのはそんなに強くはない、そこそこ目にする幻獣だろうとそう思っていた。
実際、王を気に入った幻獣もいる。その幻獣は、幻獣の世界でいえば一般的な強さ。弱くもなく、けれど群を抜いて強いわけではなく。体も小さかったのであちらとこちらの世界を行き来できるものだった。その幻獣に見て貰えば、どの程度の存在がついたのかわかるのだ。
幻獣どうしは姿が見えなくても、そこになくても。存在として気配を落とし込む。
一度連れてきなさいと言った王の言葉に従って、ブランシュは父親に連れられ目通りしたのだ。
そして王の幻獣は慄くことになる。
一体どんな幻獣に気に入られたのか、それはブランシュにもわからなかったのだ。
ある日、ある時、突然に。
お前のことが気に入ったと聞こえ、偉そうな声が時々聞こえる。幻獣が付くということは稀なことではないが、自分にはないと思っていたブランシュは少し驚いたのだ。
そして自らのことを何も教えてくれない幻獣はちょっと気に入らなかった。ブランシュ自身もあまりよくは尋ねなかったせいもあるかもしれないが。
しかし、その幻獣が何者かわかるかもしれないと聞いて、ブランシュはしぶしぶながらついてきた。
そして、ついてくるのではなかったと。知らぬままの方が良かったと思ったのだ。
何者かわからないのは得体が知れなくて気持ち悪いから知りたい。そう思った少し前の自分にちくちく嫌味を言いたい。言いたくて仕方なかった。
ブランシュについたのは、幻獣の中でその存在を知らぬものはいないようなそんな大物だったのだ。
それを聞いた王は、強い幻獣の加護を持つものをこの国にとどめ置きたいと思い始める。
それだけで他国への牽制になるのだから。
そしてそのまま、王は我が子である王子の誰かとブランシュの縁談を持ちかける。
貴族にある父にとってそれは喜ばしいことだ。自分の地位がより一層、強固なものになるのだから。
しかしブランシュとしては、ふざけるな、なのである。
控えめに、わたしではつりあいませんというがその意志は届かない。
最終的にブランシュはぷつっといって、相手は一国の王だったが思いのたけをぶちまけた。
勝手に決めるな、わたしはいやだ。無理矢理するなら死んでやる。わたしを追い込んだお前たちを幻獣は許すと思うのか、と。
それを公式の場でしたならば、どんな罰を受けてもおかしくないとあとでさーっと青くなったのだが非公式の場。
王もその剣幕に押されて申し訳ない急いたと自分の非を詫びた。
けれどそこで引き下がって終わるわけではなく、ブランシュには学園に入るように命が下ったのだ。学園に通えば良いと案を提示していたのを命に。
王は賢かった。
このまま強引に婚約云々を進めるとこのブランシュの機嫌を損ねることを悟ったのだ。それならば、王子たちのいる学園に放り込んでまず関係を持たせようと思ったのだ。
王子たちは優秀だ。それぞれ秀でたものを持ち、顔も良い。それについている幻獣も強いのだから、どこかで必ず出会うに違いないという思惑があった。
その思惑まではさすがに見抜けなかったブランシュ。嫌だとごねるのもどうかと思い頷いたのだ。
頷いたのだが――しかし。
「失敗だったわね……」
ぱたりと読んでいた本をブランシュは閉じた。
気鬱で仕方ないのは、明日から学園に通わねばならぬと言う事。
そして今、自分がいるのはその女子寮だ。
季節外れの転入生は、学園の生徒にとっては興味深い存在だ。
そもそも学園に入るには、ある一定の魔力がないと受け入れが認められない。ブランシュはその一定に達していないからこそ、通っていなかった場所なのだ。
何者なのかとすでに噂されているのもわかる。寮に入った途端、ちらちらと視線を向けられもしたからだ。
「……あんたのせいよ。わたしはあんたに振り回されてばっかり」
ブランシュが吐き出すのは文句だ。その言葉を向ける相手は目の前にはいないが、届いてはいるはず。
時折身勝手に、突然言葉を向けてくるだけの、姿も見た事のない幻獣。
実は名前も、知らない。けれど、あいつはいつも自分をみていることをブランシュは知っていた。
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