いとしのわが君

ナギ

文字の大きさ
2 / 33

とある令嬢の憤り

しおりを挟む
 ブランシュはイライラしていた。
 今まで快適なひきこもり生活を送っていたと言うのに、転入という形でとある学園にぶちこまれたからだ。
 それもこれも全部、のせい。
 あの幻獣のせいだとブランシュはふつふつとこみ上げる想いを制するようにぎゅっと本を読む手を強めた。
 学園に通うことにならなければ、今も家に引きこもって大好きな読書、裁縫、菓子作りに明け暮れていただろう。
 一般的な教養、勉学というものはすでに十分修めている。自画自賛のようになるがどこに出ても恥ずかしくないとブランシュは思っていた。
 実際に、その通りで。
 ブランシュの評判は貴族社会の中でも良いご令嬢と言われており、いくつか婚約の申し込みも来ていたほどだ。
 それはブランシュの家よりも格のある家からもあった。しかしブランシュの父親は、娘の意思を大事にしたい、まだ急ぐことも無い事ですのでと上手に話をのばしのばしにしている。それは周囲からみれば、娘想いの父親だとか、娘を手放したくないだけなのだろうと言われているらしい。
 しかし実際のところは、ブランシュが嫁に出せるような性格ではないことを父親が良く知っているからだ。
 貴族社会の中では澄まして評判の良い娘だがそれは体面上。その性格は苛烈なもので一度怒らせると手が付けられないのだ。
 それゆえに、幻獣に気に入られたブランシュの扱いに困って父親は仕える王に相談したのだとか。
 それは幻獣に気に入られる者は王族からよく出るからだ。だからこそ付き合いをよくわかっている。
 ブランシュを幻獣が気に入ったという話を聞いた王は、それなら学園に通えば良いと言った。
 そこにはほかにも幻獣に気に入られた者がおり、相談できるものもいるだろうと。
 王はこの時、きっと娘についたのはそんなに強くはない、そこそこ目にする幻獣だろうとそう思っていた。
 実際、王を気に入った幻獣もいる。その幻獣は、幻獣の世界でいえば一般的な強さ。弱くもなく、けれど群を抜いて強いわけではなく。体も小さかったのであちらとこちらの世界を行き来できるものだった。その幻獣に見て貰えば、どの程度の存在がついたのかわかるのだ。
 幻獣どうしは姿が見えなくても、そこになくても。存在として気配を落とし込む。
 一度連れてきなさいと言った王の言葉に従って、ブランシュは父親に連れられ目通りしたのだ。
 そして王の幻獣は慄くことになる。
 一体どんな幻獣に気に入られたのか、それはブランシュにもわからなかったのだ。
 ある日、ある時、突然に。
 お前のことが気に入ったと聞こえ、偉そうな声が時々聞こえる。幻獣が付くということは稀なことではないが、自分にはないと思っていたブランシュは少し驚いたのだ。
 そして自らのことを何も教えてくれない幻獣はちょっと気に入らなかった。ブランシュ自身もあまりよくは尋ねなかったせいもあるかもしれないが。
 しかし、その幻獣が何者かわかるかもしれないと聞いて、ブランシュはしぶしぶながらついてきた。
 そして、ついてくるのではなかったと。知らぬままの方が良かったと思ったのだ。
 何者かわからないのは得体が知れなくて気持ち悪いから知りたい。そう思った少し前の自分にちくちく嫌味を言いたい。言いたくて仕方なかった。
 ブランシュについたのは、幻獣の中でその存在を知らぬものはいないようなそんな大物だったのだ。
 それを聞いた王は、強い幻獣の加護を持つものをこの国にとどめ置きたいと思い始める。
 それだけで他国への牽制になるのだから。
 そしてそのまま、王は我が子である王子の誰かとブランシュの縁談を持ちかける。
 貴族にある父にとってそれは喜ばしいことだ。自分の地位がより一層、強固なものになるのだから。
 しかしブランシュとしては、ふざけるな、なのである。
 控えめに、わたしではつりあいませんというがその意志は届かない。
 最終的にブランシュはぷつっといって、相手は一国の王だったが思いのたけをぶちまけた。
 勝手に決めるな、わたしはいやだ。無理矢理するなら死んでやる。わたしを追い込んだお前たちを幻獣は許すと思うのか、と。
 それを公式の場でしたならば、どんな罰を受けてもおかしくないとあとでさーっと青くなったのだが非公式の場。
 王もその剣幕に押されて申し訳ない急いたと自分の非を詫びた。
 けれどそこで引き下がって終わるわけではなく、ブランシュには学園に入るように命が下ったのだ。学園に通えば良いと案を提示していたのを命に。
 王は賢かった。
 このまま強引に婚約云々を進めるとこのブランシュの機嫌を損ねることを悟ったのだ。それならば、王子たちのいる学園に放り込んでまず関係を持たせようと思ったのだ。
 王子たちは優秀だ。それぞれ秀でたものを持ち、顔も良い。それについている幻獣も強いのだから、どこかで必ず出会うに違いないという思惑があった。
 その思惑まではさすがに見抜けなかったブランシュ。嫌だとごねるのもどうかと思い頷いたのだ。
 頷いたのだが――しかし。
「失敗だったわね……」
 ぱたりと読んでいた本をブランシュは閉じた。
 気鬱で仕方ないのは、明日から学園に通わねばならぬと言う事。
 そして今、自分がいるのはその女子寮だ。
 季節外れの転入生は、学園の生徒にとっては興味深い存在だ。
 そもそも学園に入るには、ある一定の魔力がないと受け入れが認められない。ブランシュはその一定に達していないからこそ、通っていなかった場所なのだ。
 何者なのかとすでに噂されているのもわかる。寮に入った途端、ちらちらと視線を向けられもしたからだ。
「……あんたのせいよ。わたしはあんたに振り回されてばっかり」
 ブランシュが吐き出すのは文句だ。その言葉を向ける相手は目の前にはいないが、届いてはいるはず。
 時折身勝手に、突然言葉を向けてくるだけの、姿も見た事のない幻獣。
 実は名前も、知らない。けれど、あいつはいつも自分をみていることをブランシュは知っていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

処理中です...