4 / 33
令嬢と幻獣
しおりを挟む
学園について一日目は自分の使う部屋の片づけ。
そして二日目は学園長への挨拶、手続き。
それらを終えた三日目、ブランシュは初登校となった。
転入生がくるというのはすでに話が出回っていたのだろう。ちらちらとぶしつけな視線が投げつけられる。
こういう視線はブランシュにとって煩わしいものだ。
視線が怖い、ということではなく様子をうかがわれることに対して不快感を感じるからだ。
それは自分が部屋に引きこもって好きなことをしていたから慣れていないせいだ、と親には言われるのだが、そう言う話ではないと常々思っている。
話しかけてくるのは好奇心丸出し。もしくは腹の内を探る様な、そんな人達ばかりだ。
嫌気がさす、と登校一日目にしてブランシュは授業をさぼった。
さぼったことは悪いとは思うが、成績は試験により決まる。それに少し受けた限り、教本をみた限りでは一般教養と言ったことは特に学ぶ必要はなさそうだと思ったのだ。
魔術の授業に関しては、出ないといけないだろうがそれは今日はない。
授業中は静かだ。校内を探検しようと少し心躍る。
しかし常日頃、家の敷地内からまったくでなかったブランシュは方向音痴だった。
広い学園の中をうろうろ歩いて、やがて見つけたのは古いレンガの建物。
木々に隠れるようにあるそれにブランシュは惹かれた。
そっと入り口に立ってみるが、押しても引いても扉は開かない。鍵がかかっているのだろう。
仕方なくくるりとその建物の周囲を回ってみた。窓もしっかり閉まっており、中の様子はわからない。
しかしなんとなくだがここには人が寄り付かないような、そんな気がした。
「また来よう。もう今日は寮に帰って本読んだり好きなことしよう」
そして寝よう。さっくり早く、寝てしまおう。
そう決めたブランシュの行動は早かった。早かったのだが、方向音痴。
迷って、気づけば林の中だ。これはもしかして、寮の逆方向ではと後ろを振り返るが木々があるのみ。
ぐぐ、と言葉にならぬ声を飲み込んでいると笑い堪えるような声が聞こえた。
それは幻獣の声だと知っている。だからブランシュは反応しない。
反応すると喜ぶし、そうするのが癪なのだ。もしかしたら、帰り道を示すために、こうして存在をアピールしているのだとしても、だ。
『強情だなぁ、我が姫は! 俺に一言お願いと言うだけですぐに部屋まで送ってやるのに!』
楽しそうな声だ。
あったことも無い、姿も見たこともない。ただ声だけ知っている幻獣。
その声の響きは嫌いではないのだが、おちょくられているようで話す気にはならない。
『我が姫、そちらではない。帰りたいなら左のほうだ。迷いたいならそのまますすめ』
そして幻獣は知っている。ブランシュが素直なことも。
こうして声をかけ、助けられることもきっと悔しいのだろうがそれでも、聞かずにはいられない。
一層機嫌が悪くなる様に幻獣は満足している。
彼女の心を乱すのが自分である事。今、その心を満たしているのが自分であるからだ。
『我が姫も素直になって、俺を好きと言ってくれ。それだけで俺は満たされる』
声だけしか知らぬ相手を好きと――言えないこともないのだろうが。それでもブランシュは口にはしない。
嫌いではない。だが好きとは言えない。そんな気持ちだからだ。
この幻獣が自分を見つけなければ、屋敷でもっと自由に過ごせたのにそうできなくなった。
その事実もあり、言ってやる気にはなれない。
反応が無くても幻獣は話しかける。この幻獣は、いつも見ているが話しかけるのはブランシュが一人の時だけだ。
それは彼女が唯一、声をかけて頼んだことだから。
黙れ、というのはきっと聞かない。ならせめて一人でいるときにだけにしてほしいとブランシュが願ったのだ。
だからこそ幻獣はその願いを守っている。
初めて願った事だからだ。
やがて視界の緑があけてくる。ブランシュは見覚えのある寮をみつけほっと安心した。
そしてどこかバツが悪いような表情浮かべ、ためらいがちに口を開いた。
「……ありがと」
それは幻獣に向けた言葉だ。
どんなに小さな声でもそれを拾えるのを知っている。
幻獣はその礼を受け取って、自らの世界で嬉しそうに微笑んだ。
ああ、本当に我が姫はかわいらしい。
そしてやはり、行かねばなるまいよと思うのだ。彼女のいる人の住まう世界へ。
手が届かぬのはもどかしい。何かあってもここからでは守りきることができないかもしれない。
あの家にいるのであれば、ここからでも守り切れた。しかしあの学園という箱庭にいるのであれば難しいかもしれない。
うっすらと感じる気配がいくつもある。その中には自分と同じ場所に立つものの気配もあるのだ。
あの子の魔力は薄いにも関わらず、とてもおいしい。
まずそう思って、手を付けたのだがしかし。しかし今は魔力ではなくて彼女自身に幻獣は惹かれていた。
そして決めれば行動は早い。
幻獣は彼女の世界に行くために自分ができる事を始めた。
そして二日目は学園長への挨拶、手続き。
それらを終えた三日目、ブランシュは初登校となった。
転入生がくるというのはすでに話が出回っていたのだろう。ちらちらとぶしつけな視線が投げつけられる。
こういう視線はブランシュにとって煩わしいものだ。
視線が怖い、ということではなく様子をうかがわれることに対して不快感を感じるからだ。
それは自分が部屋に引きこもって好きなことをしていたから慣れていないせいだ、と親には言われるのだが、そう言う話ではないと常々思っている。
話しかけてくるのは好奇心丸出し。もしくは腹の内を探る様な、そんな人達ばかりだ。
嫌気がさす、と登校一日目にしてブランシュは授業をさぼった。
さぼったことは悪いとは思うが、成績は試験により決まる。それに少し受けた限り、教本をみた限りでは一般教養と言ったことは特に学ぶ必要はなさそうだと思ったのだ。
魔術の授業に関しては、出ないといけないだろうがそれは今日はない。
授業中は静かだ。校内を探検しようと少し心躍る。
しかし常日頃、家の敷地内からまったくでなかったブランシュは方向音痴だった。
広い学園の中をうろうろ歩いて、やがて見つけたのは古いレンガの建物。
木々に隠れるようにあるそれにブランシュは惹かれた。
そっと入り口に立ってみるが、押しても引いても扉は開かない。鍵がかかっているのだろう。
仕方なくくるりとその建物の周囲を回ってみた。窓もしっかり閉まっており、中の様子はわからない。
しかしなんとなくだがここには人が寄り付かないような、そんな気がした。
「また来よう。もう今日は寮に帰って本読んだり好きなことしよう」
そして寝よう。さっくり早く、寝てしまおう。
そう決めたブランシュの行動は早かった。早かったのだが、方向音痴。
迷って、気づけば林の中だ。これはもしかして、寮の逆方向ではと後ろを振り返るが木々があるのみ。
ぐぐ、と言葉にならぬ声を飲み込んでいると笑い堪えるような声が聞こえた。
それは幻獣の声だと知っている。だからブランシュは反応しない。
反応すると喜ぶし、そうするのが癪なのだ。もしかしたら、帰り道を示すために、こうして存在をアピールしているのだとしても、だ。
『強情だなぁ、我が姫は! 俺に一言お願いと言うだけですぐに部屋まで送ってやるのに!』
楽しそうな声だ。
あったことも無い、姿も見たこともない。ただ声だけ知っている幻獣。
その声の響きは嫌いではないのだが、おちょくられているようで話す気にはならない。
『我が姫、そちらではない。帰りたいなら左のほうだ。迷いたいならそのまますすめ』
そして幻獣は知っている。ブランシュが素直なことも。
こうして声をかけ、助けられることもきっと悔しいのだろうがそれでも、聞かずにはいられない。
一層機嫌が悪くなる様に幻獣は満足している。
彼女の心を乱すのが自分である事。今、その心を満たしているのが自分であるからだ。
『我が姫も素直になって、俺を好きと言ってくれ。それだけで俺は満たされる』
声だけしか知らぬ相手を好きと――言えないこともないのだろうが。それでもブランシュは口にはしない。
嫌いではない。だが好きとは言えない。そんな気持ちだからだ。
この幻獣が自分を見つけなければ、屋敷でもっと自由に過ごせたのにそうできなくなった。
その事実もあり、言ってやる気にはなれない。
反応が無くても幻獣は話しかける。この幻獣は、いつも見ているが話しかけるのはブランシュが一人の時だけだ。
それは彼女が唯一、声をかけて頼んだことだから。
黙れ、というのはきっと聞かない。ならせめて一人でいるときにだけにしてほしいとブランシュが願ったのだ。
だからこそ幻獣はその願いを守っている。
初めて願った事だからだ。
やがて視界の緑があけてくる。ブランシュは見覚えのある寮をみつけほっと安心した。
そしてどこかバツが悪いような表情浮かべ、ためらいがちに口を開いた。
「……ありがと」
それは幻獣に向けた言葉だ。
どんなに小さな声でもそれを拾えるのを知っている。
幻獣はその礼を受け取って、自らの世界で嬉しそうに微笑んだ。
ああ、本当に我が姫はかわいらしい。
そしてやはり、行かねばなるまいよと思うのだ。彼女のいる人の住まう世界へ。
手が届かぬのはもどかしい。何かあってもここからでは守りきることができないかもしれない。
あの家にいるのであれば、ここからでも守り切れた。しかしあの学園という箱庭にいるのであれば難しいかもしれない。
うっすらと感じる気配がいくつもある。その中には自分と同じ場所に立つものの気配もあるのだ。
あの子の魔力は薄いにも関わらず、とてもおいしい。
まずそう思って、手を付けたのだがしかし。しかし今は魔力ではなくて彼女自身に幻獣は惹かれていた。
そして決めれば行動は早い。
幻獣は彼女の世界に行くために自分ができる事を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる