いとしのわが君

ナギ

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令嬢と幻獣

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 学園について一日目は自分の使う部屋の片づけ。
 そして二日目は学園長への挨拶、手続き。
 それらを終えた三日目、ブランシュは初登校となった。
 転入生がくるというのはすでに話が出回っていたのだろう。ちらちらとぶしつけな視線が投げつけられる。
 こういう視線はブランシュにとって煩わしいものだ。
 視線が怖い、ということではなく様子をうかがわれることに対して不快感を感じるからだ。
 それは自分が部屋に引きこもって好きなことをしていたから慣れていないせいだ、と親には言われるのだが、そう言う話ではないと常々思っている。
 話しかけてくるのは好奇心丸出し。もしくは腹の内を探る様な、そんな人達ばかりだ。
 嫌気がさす、と登校一日目にしてブランシュは授業をさぼった。
 さぼったことは悪いとは思うが、成績は試験により決まる。それに少し受けた限り、教本をみた限りでは一般教養と言ったことは特に学ぶ必要はなさそうだと思ったのだ。
 魔術の授業に関しては、出ないといけないだろうがそれは今日はない。
 授業中は静かだ。校内を探検しようと少し心躍る。
 しかし常日頃、家の敷地内からまったくでなかったブランシュは方向音痴だった。
 広い学園の中をうろうろ歩いて、やがて見つけたのは古いレンガの建物。
 木々に隠れるようにあるそれにブランシュは惹かれた。
 そっと入り口に立ってみるが、押しても引いても扉は開かない。鍵がかかっているのだろう。
 仕方なくくるりとその建物の周囲を回ってみた。窓もしっかり閉まっており、中の様子はわからない。
 しかしなんとなくだがここには人が寄り付かないような、そんな気がした。
「また来よう。もう今日は寮に帰って本読んだり好きなことしよう」
 そして寝よう。さっくり早く、寝てしまおう。
 そう決めたブランシュの行動は早かった。早かったのだが、方向音痴。
 迷って、気づけば林の中だ。これはもしかして、寮の逆方向ではと後ろを振り返るが木々があるのみ。
 ぐぐ、と言葉にならぬ声を飲み込んでいると笑い堪えるような声が聞こえた。
 それは幻獣の声だと知っている。だからブランシュは反応しない。
 反応すると喜ぶし、そうするのが癪なのだ。もしかしたら、帰り道を示すために、こうして存在をアピールしているのだとしても、だ。
『強情だなぁ、我が姫は! 俺に一言お願いと言うだけですぐに部屋まで送ってやるのに!』
 楽しそうな声だ。
 あったことも無い、姿も見たこともない。ただ声だけ知っている幻獣。
 その声の響きは嫌いではないのだが、おちょくられているようで話す気にはならない。
『我が姫、そちらではない。帰りたいなら左のほうだ。迷いたいならそのまますすめ』
 そして幻獣は知っている。ブランシュが素直なことも。
 こうして声をかけ、助けられることもきっと悔しいのだろうがそれでも、聞かずにはいられない。
 一層機嫌が悪くなる様に幻獣は満足している。
 彼女の心を乱すのが自分である事。今、その心を満たしているのが自分であるからだ。
『我が姫も素直になって、俺を好きと言ってくれ。それだけで俺は満たされる』
 声だけしか知らぬ相手を好きと――言えないこともないのだろうが。それでもブランシュは口にはしない。
 嫌いではない。だが好きとは言えない。そんな気持ちだからだ。
 この幻獣が自分を見つけなければ、屋敷でもっと自由に過ごせたのにそうできなくなった。
 その事実もあり、言ってやる気にはなれない。
 反応が無くても幻獣は話しかける。この幻獣は、いつも見ているが話しかけるのはブランシュが一人の時だけだ。
 それは彼女が唯一、声をかけて頼んだことだから。
 黙れ、というのはきっと聞かない。ならせめて一人でいるときにだけにしてほしいとブランシュが願ったのだ。
 だからこそ幻獣はその願いを守っている。
 初めて願った事だからだ。
 やがて視界の緑があけてくる。ブランシュは見覚えのある寮をみつけほっと安心した。
 そしてどこかバツが悪いような表情浮かべ、ためらいがちに口を開いた。
「……ありがと」
 それは幻獣に向けた言葉だ。
 どんなに小さな声でもそれを拾えるのを知っている。
 幻獣はその礼を受け取って、自らの世界で嬉しそうに微笑んだ。
 ああ、本当に我が姫はかわいらしい。
 そしてやはり、行かねばなるまいよと思うのだ。彼女のいる人の住まう世界へ。
 手が届かぬのはもどかしい。何かあってもここからでは守りきることができないかもしれない。
 あの家にいるのであれば、ここからでも守り切れた。しかしあの学園という箱庭にいるのであれば難しいかもしれない。
 うっすらと感じる気配がいくつもある。その中には自分と同じ場所に立つものの気配もあるのだ。
 あの子の魔力は薄いにも関わらず、とてもおいしい。
 まずそう思って、手を付けたのだがしかし。しかし今は魔力ではなくて彼女自身に幻獣は惹かれていた。
 そして決めれば行動は早い。
 幻獣は彼女の世界に行くために自分ができる事を始めた。
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