いとしのわが君

ナギ

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幻獣のあれこれ

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 今日あったことを話し終わると、ムゥはすまないと謝る。
 謝ることは別にないのだが、大変だったのだろうとしゅんとした様子だ。
「気にすることはないわ。面白がっておちょくっているのだと思うし」
「何を! ブランシュは自分の魅力をわかっていないな! やっぱり! 傍らから見ているときもそう思っていたのだ!」
「なによそれ……」
「まずだな、ブランシュは自分の容姿を普通だと思っているだろう? 違うからな! お前はかわいい!! ほんとうにかわいい!!」
「なっ……」
 たすたすと前足てテーブルを叩きながらムゥは力説する。
 ふわふわ柔らかそうな薄い金色の髪、ちょっとおっとりしたような眠たげな蒼い瞳。小さめの鼻にぷっくりした小さな唇。
 そして見た目に反して苛烈なところもあったりとその中身もすべてまるっとまとめてかわいいとムゥは力説するのだ。
「わたしみたいなお嬢さんはたくさんいるわ」
「いいや、いない。ブランシュが一番かわいい」
 面と向かって何の下心もなくムゥは言う。
 居心地が悪いわとブランシュは黙り込んだ。
「俺は前にも同じことを言っているが、あの時は聞き流していたからな」
「……まったく、覚えていないわ」
「ああ、そうだろうな」
 ブランシュは俺のことを気にかけてくれなかった、とムゥは言う。そして慌てて、別にそれを非難しているとかではないのだと言葉足した。
「幻獣が気に入るのはこちらの勝手だ。迷惑と思うものがいる可能性というのは俺も理解していた。そもそも、幻獣に好かれるものは血の流れ、魔力の質によるところも大きいからな」
 そういう、幻獣と縁がありそうな者の傍には、すでに幻獣と縁がある者がいる事の方が多い。親から子へと幻獣とのつきあいのノウハウも教えられるだろうとムゥは言う。
 しかし、そういったものが無ければ突然の話になるだろうし、出会いというものはもっと幼い、子供の頃に終えているものだ。
 ブランシュはそれがなかった、だから接し方もわからんだろうさと。
「わたしに素養がないのをわかってるのに、わたしについたの?」
「そもそも、俺は……どう、言うのだろうな」
 ムゥはどう伝えればいいのかと少し困っている。ブランシュは早く、とは急かさず続きを待った。
「……俺はほかの幻獣とは感覚が少し違う」
 今まで傍らの、人間の世界を面白いと思って時折眺めていたが、それよりもあちらの友人たちと遊ぶほうが楽しかったと。
 しかし、たまたまこちらを眺めていたあの日、あの時。
「ブランシュを見つけてしまったのだ。幸い、ブランシュはどの幻獣ともつながりがなかった。だから俺は、それを欲した」
 突然のことで驚かせたのは悪いとは思うとムゥは言う。
 それでも、お前とつながりが欲しかったのだと。
「これからはずっと傍にいるからな」
 ふりふり、尻尾が揺れる。
 そう、撫でまくり放題ねとブランシュは思ったのだ。思ったのだが、しかし。
「……ずっと?」
「そうだ、そのためにこの身をもらったのだから」
「え、ここに居座る気なの?」
「そうだが」
「…………本気で言ってるの?」
「ああ。大丈夫だ、風呂や着替えを覗いたりなどはしない。約束する、ブランシュが許すまでは」
 何をいってるのかしらと思いつつ、そこではたとまた思考が止まった。
 そう、今まで深くは考えていなかったが。
 この幻獣は傍らの世界から自分を見ていたのだ。それを止めることは自分にはできない。
「……ねぇ、ムゥはいつもわたしを見ていたの?」
「ああ、見ていたぞ」
「それはお風呂も着替えも?」
「…………」
 何故黙する、とブランシュは睨む。それは完全に、是ということなのだろう。
 ブランシュは手を伸ばし、むぎゅっと頬を掴んだ。そしてぐにぐにと頬を伸ばしたりひっぱったりと好きに扱う。
 前足がじたばたとあばれているが、気が済むまでブランシュはむにむにとそほ頬を弄んだ。
「……これで許してあげるわ。同じことを次にしたらもう口聞いてあげない」
 ふん、とブランシュが息を吐くとわかったとムゥは頷いた。
 怒らせてはいけない。ブランシュを決して、怒らせてはいけないのだと。
 はぁと一息ついて、ブランシュはそういえばお茶を準備する途中だったと思い出す。
 湯はとっくに冷めてしまったのでもう一度最初からだ。
 その様子をテーブルの上でムゥは楽しそうに眺めている。
「そういうのは侍女にさせるものではなかったか?」
「わたしは自分でするのが好きなのよ」
「なぁ、俺にも少しそれをわけてほしい」
 何故、と問えば人間の食べるものに興味があるのだと答えた。
「幻獣は食べない。そういう風に作られている。しかし、だ」
「しかし?」
「俺は腹が減るというのをこちらにきて学んだ。ブランシュが美味いと言うのならそれを俺も味わってみたい」
「というよりそれは、これからずっとムゥのご飯をわたしが用意するということ?」
「……そうしてもらいたい」
 その声にブランシュはため息交じりにわかったわ、と返した。
 そしてすぐに茶の準備を終わらせる。
 どうぞ、とブランシュは部屋に用意しておいたものを差し出した。
 しかしそのままでは大きい。ブランシュはスコーンをひとつ手に取って、割って傍に置いた。
「ブランシュが好んで食べていた菓子はこんな味だったのか……」
 そのままだとあまり味気ないわよとブランシュは言ったのだがまずはそのままで、とかじりついた。
 確かに、と言った後で器用にスプーンを咥え、ジャムとクリームをとってのせている。
 よいしょ、よいしょとでも聞こえてきそうな必死さ。やってあげようかしらとも思ったのだが、その一生懸命さがかわいらしくてブランシュは眺めていることにした。
 こういう姿はかわいい。
 じつと眺めていたのだがそうだとブランシュは立ち上がり、小物入れを開いた。
 そこには自分のアクセサリーが入っているのだがそのうちのひとつ、幅広のリボンを取り出した。
 色は、ムゥの毛並みより濃い赤だ。赤紫といったところ。
「それともこっちかしら」
 それともう一本、薄いピンクのリボンも取り出す。そちらはさらにレースがついている。
「ブランシュ?」
「ねぇ、どっちがいい?」
 そのふたつをブランシュはムゥに見せる。
 ムゥはなぜ己に見せるのだろうかと首を傾げた。
「ムゥの首に結ぶの」
「んっ?」
「ムゥの首に」
 結ぶのよ、と楽しそうな笑みを向ける。
 赤紫か、ピンクか。
 ピンクなんて無理だとムゥは思い、赤紫と弱々しく紡いだ。
「そう。じゃあピンクにしましょ」
 嫌がることはわかっている。わかった上でブランシュは選び、ムゥに笑み向けるのだ。
 逆らえないことをわかっているから。
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