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本編
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嫁入りして次の日は、王妃様との歓談が一番の大仕事でした。
失礼があってはならない方ですし、これでわたくしがどの程度なのか、格付けが王妃様にされるのでしょう。
別段、へりくだるわけではないのですが、わたくしはわたくしのいつもの姿をお見せした。
そもそも、いつもから何も失礼のないようにしているわたくしにとって、自然体なのですが。
「……よろしい。お作法などは問題ないようですね」
「ありがとうございます」
「この国の歴史などの詳しいことについてはおいおい、学んでいかれるとよろしいわ」
「はい」
「……変な娘が来なくて良かったとわたくしは思っているのだけど、あなたをかわいがるつもりはありません」
ぴしゃりと言い切られる。
豪奢な金髪をきっちりを結い上げられ、きつい視線をわたくしに向けてくるのは王妃様だ。
わたくしと王太子との結婚は急なものでした。ディートリヒ様が強引に進めたのです。わたくし、閉じ込められておりましたし。
それ故にこうして時間を取り、ちゃんとお会いするのは初めてでした。
値踏みされている視線、それはきっと普通のご令嬢なら嫌な物でしょうがわたくしは別段、何も感じません。
むしろ、好意的に感じるほどです。
突然連れ帰ってきた女なのですから、当たり前のことでしょう。
この視線を受けて騒ぐ女がいたのならばそれは馬鹿だとしか言いようがありません。
「これから、ディートリヒに側室の話がいくつもくるでしょうが、どうなっても心折れぬようになさい」
「はい、問題ありません」
「そう。本当に息子は良い嫁を見つけてきたものね」
お褒めいただきありがとうございます、とわたくしは笑みを浮かべる。
ふふ、と王妃様は笑い零し、本当によくわかっていると紡ぐ。
「わがままでどうしようもない、世間知らずな娘を連れてきたらどうしようと思っていたのだけど、そんな心配は必要なさそうですね。いいわ、あなたとはお茶をしてもまともに話ができそうで」
「恐れ入ります」
わたくしも王妃様とはまともにお話ができそうだと思いますわ。言葉にはしませんけれど。
だって、ドレスの流行やら、メイクだとか。くだらない下の話もしなくてよさそうですもの。
わたくしはそういった事に興味があまりないのだから、いつもにこにこと微笑んで聞いてあげるだけでした。
しかし政治の話をされて、それに意見ができるかどうかというと、それはまた別の話なのですが。
王妃様はちりんとガラスのベルを鳴らす。するとそそとメイドが出てきて冷めた紅茶を取り換えてゆく。わたくしのもついでのように。
ほわりと香るのはキャラメルと、そしてチョコレート。こちらはミルクティーで戴くのが良さそうな、そんな気がします。
ミルクを、とお願いすると傍に寄せてくださり、わたくしがそれを注ぐと王妃様は満足そうに微笑まれた。
あら、これもわたくしを試していらっしゃったのね。
「そう、この紅茶はミルクティーにするのが正解。そのままでも良いのだけれど。我が国は紅茶を多く作っていますからね」
「存じております。アンブルシア地方の、ローズティーを故国ではよく取り寄せておりました」
「そう、よくおわかりね」
多く、というのは種類のことでしょう。作る場所が違えば味も変わる。
そしてフレーバーティーとして、色々な香りづけなども行われているのもわたくしは知っている。
紅茶だけはどこまでも贅沢をしましょうと、昔から決めていました。そうすると、菓子も上等な物となってしまったのだけれども。
それから王妃さまとあたりさわりのない話を続けていると、足音が聞こえてきた。
カツカツと靴の音。メイド達が一斉に頭を下げる、その統制のとれた姿はさすがと思いました。
「母上、アーデルハイト」
真っ白な軍服に真っ黒なマントを片方の肩から纏う。颯爽と歩きマントは風になびいていた。
ディートリヒ様、何をしにいらっしゃったのと思いながら微笑む。
彼はまず、王妃様のもとに膝をつき、その手に口付けた。
「私の連れてきた者はどうでしょうか」
「大変よろしいと思います」
「そうでしょう。アーデルハイトであれば大国の王妃も勤まるでしょう」
ディートリヒ様は楽しげに笑う。これはわたくしへの嫌がらせですわね?
「あのままでは宰相の娘をねじ込まれそうでしたからね……」
「そうね。わたくしとしてもあの小娘だけは、なんとしても阻止したいものでした。けれど、まだ側室を狙っていてよ?」
「側室となっても私は手を出しませんけどね」
そもそも彼女は好みではないのですとディートリヒ様は仰る。
あら、それは昨晩の夜会でものすごい目でわたくしを睨んできたお嬢さんよね?
挨拶に来た宰相の娘。それは覚えていますわ。
なんて心地よい視線を送ってくださるのかしらとどきどきしましたもの。
赤茶色の髪、瞳の色は榛色。きっと気の強そうな瞳で、大きな胸を強調する胸元の大きく開いた真っ赤なドレスを着ておられました。あら、下品なとちょっと思ったのですよね。
「アーデルハイトさん、あの小娘だけにはやられてはいけませんよ」
王妃様から念押しされる。
私がはいと頷いて微笑むのをディートリヒ様は楽しそうに眺めていました。
失礼があってはならない方ですし、これでわたくしがどの程度なのか、格付けが王妃様にされるのでしょう。
別段、へりくだるわけではないのですが、わたくしはわたくしのいつもの姿をお見せした。
そもそも、いつもから何も失礼のないようにしているわたくしにとって、自然体なのですが。
「……よろしい。お作法などは問題ないようですね」
「ありがとうございます」
「この国の歴史などの詳しいことについてはおいおい、学んでいかれるとよろしいわ」
「はい」
「……変な娘が来なくて良かったとわたくしは思っているのだけど、あなたをかわいがるつもりはありません」
ぴしゃりと言い切られる。
豪奢な金髪をきっちりを結い上げられ、きつい視線をわたくしに向けてくるのは王妃様だ。
わたくしと王太子との結婚は急なものでした。ディートリヒ様が強引に進めたのです。わたくし、閉じ込められておりましたし。
それ故にこうして時間を取り、ちゃんとお会いするのは初めてでした。
値踏みされている視線、それはきっと普通のご令嬢なら嫌な物でしょうがわたくしは別段、何も感じません。
むしろ、好意的に感じるほどです。
突然連れ帰ってきた女なのですから、当たり前のことでしょう。
この視線を受けて騒ぐ女がいたのならばそれは馬鹿だとしか言いようがありません。
「これから、ディートリヒに側室の話がいくつもくるでしょうが、どうなっても心折れぬようになさい」
「はい、問題ありません」
「そう。本当に息子は良い嫁を見つけてきたものね」
お褒めいただきありがとうございます、とわたくしは笑みを浮かべる。
ふふ、と王妃様は笑い零し、本当によくわかっていると紡ぐ。
「わがままでどうしようもない、世間知らずな娘を連れてきたらどうしようと思っていたのだけど、そんな心配は必要なさそうですね。いいわ、あなたとはお茶をしてもまともに話ができそうで」
「恐れ入ります」
わたくしも王妃様とはまともにお話ができそうだと思いますわ。言葉にはしませんけれど。
だって、ドレスの流行やら、メイクだとか。くだらない下の話もしなくてよさそうですもの。
わたくしはそういった事に興味があまりないのだから、いつもにこにこと微笑んで聞いてあげるだけでした。
しかし政治の話をされて、それに意見ができるかどうかというと、それはまた別の話なのですが。
王妃様はちりんとガラスのベルを鳴らす。するとそそとメイドが出てきて冷めた紅茶を取り換えてゆく。わたくしのもついでのように。
ほわりと香るのはキャラメルと、そしてチョコレート。こちらはミルクティーで戴くのが良さそうな、そんな気がします。
ミルクを、とお願いすると傍に寄せてくださり、わたくしがそれを注ぐと王妃様は満足そうに微笑まれた。
あら、これもわたくしを試していらっしゃったのね。
「そう、この紅茶はミルクティーにするのが正解。そのままでも良いのだけれど。我が国は紅茶を多く作っていますからね」
「存じております。アンブルシア地方の、ローズティーを故国ではよく取り寄せておりました」
「そう、よくおわかりね」
多く、というのは種類のことでしょう。作る場所が違えば味も変わる。
そしてフレーバーティーとして、色々な香りづけなども行われているのもわたくしは知っている。
紅茶だけはどこまでも贅沢をしましょうと、昔から決めていました。そうすると、菓子も上等な物となってしまったのだけれども。
それから王妃さまとあたりさわりのない話を続けていると、足音が聞こえてきた。
カツカツと靴の音。メイド達が一斉に頭を下げる、その統制のとれた姿はさすがと思いました。
「母上、アーデルハイト」
真っ白な軍服に真っ黒なマントを片方の肩から纏う。颯爽と歩きマントは風になびいていた。
ディートリヒ様、何をしにいらっしゃったのと思いながら微笑む。
彼はまず、王妃様のもとに膝をつき、その手に口付けた。
「私の連れてきた者はどうでしょうか」
「大変よろしいと思います」
「そうでしょう。アーデルハイトであれば大国の王妃も勤まるでしょう」
ディートリヒ様は楽しげに笑う。これはわたくしへの嫌がらせですわね?
「あのままでは宰相の娘をねじ込まれそうでしたからね……」
「そうね。わたくしとしてもあの小娘だけは、なんとしても阻止したいものでした。けれど、まだ側室を狙っていてよ?」
「側室となっても私は手を出しませんけどね」
そもそも彼女は好みではないのですとディートリヒ様は仰る。
あら、それは昨晩の夜会でものすごい目でわたくしを睨んできたお嬢さんよね?
挨拶に来た宰相の娘。それは覚えていますわ。
なんて心地よい視線を送ってくださるのかしらとどきどきしましたもの。
赤茶色の髪、瞳の色は榛色。きっと気の強そうな瞳で、大きな胸を強調する胸元の大きく開いた真っ赤なドレスを着ておられました。あら、下品なとちょっと思ったのですよね。
「アーデルハイトさん、あの小娘だけにはやられてはいけませんよ」
王妃様から念押しされる。
私がはいと頷いて微笑むのをディートリヒ様は楽しそうに眺めていました。
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