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本編
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ミヒャエルの笑みには覇気がありません。
わたくしの知る彼の笑みというのは強者のもの。
自分に自信があり、誰にも負けないと思っており、人の上に立つ傲慢な笑み。
けれどわたくしに向けられたのは疲れたような、力のない笑みでした。
わたくしはミヒャエルを連れてテラスへ。
夜風が心地よく、他の方にはお話を聞かれないようにとの配慮です。
ミヒャエルも故国の王子ですし、ディートリヒ様が招いたのです。わたくしがお相手をしていても何も不思議はないのですから。
「ミヒャエルは無事に卒業しましたのね」
ああとミヒャエルは頷き、お前もどうにかしていたと教えてくれました。
わたくしは箱庭から、あの学園から一時帰省の届けを出した折に、ディートリヒ様に拐かされましたから。
お別れもできなかったし、手紙も出せませんでしたもの。
お父様はご存じでしたが、お伝えしたのかしら。
「突然姿を、あの3人と消して。俺はとうとう、飽きて貴族位を捨て旅にでも出たのかと思った」
「ふふ、卒業したらそうしようかと少し考えていましたわ。けれど、ディートリヒ様の求愛に負けてしまいましたので、今は王太子妃をしてます」
「その知らせが来た時は驚いた。この為に姿を消したのかと。いつの間にそんなことにと思ったな」
わたくしは微笑んで、誰にも言わなかったのよとそれ以上、何か問われることから逃げます。
「ええ。わたくしが去ってから箱庭は変わらなくて?」
そう問うと、ミヒャエルは黙ってしまった。
わたくしは何か、いけないことを聞いてしまったかしら?
「どうしましたの?」
「いや……お前がいなくなってから学園は荒れた」
「荒れた?」
そうだとミヒャエルは頷く。
「お前の言う通りだった。あれは悪い女だった」
「そう。彼女はどうしましたの?」
彼女。
それはわたくしに相談をした令嬢のこと。
強かで、自分の手は汚さない。裏で糸を引いて欲しいものを手に入れていた。
お名前はハルモニア・タルバード。タルバード侯爵家の娘。彼女はわたくしが、正式に婚約する気も無く、ただお互いに便利だからとミヒャエルと利用しあっていたことを知っていました。
直接、わたくしに尋ねましたもの。
「お前がいなくなった学園の女王はあれだった。許してもいないのに俺の名を語り好き放題だ。お前という楔がいなくなったからな」
被害にあったものは嘆くしかなく、何もできない。
気付いた時には惨憺たる状況。俺はそれをどうにか立て直したと自嘲するようにミヒャエルは零した。
まぁ、苦労したのねとわたくしはそれ以上の言葉が出てきませんでした。
「ではそれに気付くまでの間、あなたは何を?」
「俺は……」
なんとなく、予想はついているのです。
しかし、わたくしはミヒャエル自身から聞きたいと思いましたの。
あなた、何をしていましたの?
「俺は……セレンを探して、いた……」
ええ、そうでしょう。
あなたはあの優しい温もりに癒されたのですから、失ってまた欲しないわけがないのだとわたくしは知っていました。
しかし、見つけてはいないのでしょう。
「アーデルハイトは知らないか? セレンの居場所を。お前と連れ立って消えた可能性もあると思っていた」
「わたくしは会っておりませんわ。最後に会ったのは、彼女が泣き崩れたあの日ですもの」
それはつまり、ミヒャエルが、ハルモニアさんを信じ、セレンファーレさんを絶望させた日の事。
ミヒャエルは黙ってしまいました。
それにしても、ディートリヒ様はすべてご存知のはず。どうしてミヒャエルをお呼びになったのか。
あの方がわたくしを閉じ込め、そしてうっかり紡いだセレンファーレさんへの愛……と、言うと笑ってしまいますが。
笑わずにはいられないのですが、ともかく。
常軌を逸した愛の形、やだ笑ってしまいそうですわ、本当に。ミヒャエルの前ですのに。
ふふ、ディートリヒ様の、セレンファーレさんへの愛。
それにわたくしは酷く醜悪で美しいものを感じたのです。
それが醜いだけなら、わたくしに向けられた感情、言葉を甘んじて受け入れてあげたりなどしませんでしたわ。
それにお付き合いして差し上げるのも楽しくは、ありましたが。
ディートリヒ様の、いとこであるセレンファーレさんへの愛は深かったのです。
そしてあの一年の間に、この方は彼女にその想いを告げ振られたのだと察しました。
それに気付いた時は、珍しく声を上げて笑い続けて。
何に笑っていたのか気付かれて忘れろと酷い目にあったりもしたのですが。
わたくしの経験値を上げる体験としてはとても面白いものでしたわ。
完全無欠の王太子の失恋、という字面がもう。部屋に戻って笑い転げたいですわ。
わたくしの知る、一番面白いディートリヒ様は恋狂いのディートリヒ様。
恋敵に優しくなんてできるはずないのに、何故呼んだのかしら。国同士のお付き合いがあっても最低限の接触でよろしいじゃない?
わたくしに当り散らさなければ良いのだけど。
そこでわたくしは思ったのです。
ミヒャエルは、セレンファーレさんの出自を知っていないのでは、と。知っていたならディートリヒ様に尋ねていたでしょう。
でもその感じは全くありません。
けれど本人の口から聞くまではわかりませんわ。
「ミヒャエル、何故、探しているの?」
「それは、謝罪したいからだ。そして俺の何を以っても償いたい」
ああ、とわたくしは思わず零してしまいました。
わたくしの問いに答えるミヒャエルの瞳に、嘗てのような光があったのですから。
懐かしい、揺るがない暴君の強い意志。
諦めていないのでしょう。
しかし彼女を隠しているのはディートリヒ様です。
ディートリヒ様に、ミヒャエルは踊らせれているのでしょう。
あの方の方が何枚も上手なのですから。
ああ、そういえば。
セレンファーレさんは、許すと仰ったのでした。きっとそれが、ディートリヒ様がミヒャエルを呼んだことに繋がるのでしょう。
わたくしの知る彼の笑みというのは強者のもの。
自分に自信があり、誰にも負けないと思っており、人の上に立つ傲慢な笑み。
けれどわたくしに向けられたのは疲れたような、力のない笑みでした。
わたくしはミヒャエルを連れてテラスへ。
夜風が心地よく、他の方にはお話を聞かれないようにとの配慮です。
ミヒャエルも故国の王子ですし、ディートリヒ様が招いたのです。わたくしがお相手をしていても何も不思議はないのですから。
「ミヒャエルは無事に卒業しましたのね」
ああとミヒャエルは頷き、お前もどうにかしていたと教えてくれました。
わたくしは箱庭から、あの学園から一時帰省の届けを出した折に、ディートリヒ様に拐かされましたから。
お別れもできなかったし、手紙も出せませんでしたもの。
お父様はご存じでしたが、お伝えしたのかしら。
「突然姿を、あの3人と消して。俺はとうとう、飽きて貴族位を捨て旅にでも出たのかと思った」
「ふふ、卒業したらそうしようかと少し考えていましたわ。けれど、ディートリヒ様の求愛に負けてしまいましたので、今は王太子妃をしてます」
「その知らせが来た時は驚いた。この為に姿を消したのかと。いつの間にそんなことにと思ったな」
わたくしは微笑んで、誰にも言わなかったのよとそれ以上、何か問われることから逃げます。
「ええ。わたくしが去ってから箱庭は変わらなくて?」
そう問うと、ミヒャエルは黙ってしまった。
わたくしは何か、いけないことを聞いてしまったかしら?
「どうしましたの?」
「いや……お前がいなくなってから学園は荒れた」
「荒れた?」
そうだとミヒャエルは頷く。
「お前の言う通りだった。あれは悪い女だった」
「そう。彼女はどうしましたの?」
彼女。
それはわたくしに相談をした令嬢のこと。
強かで、自分の手は汚さない。裏で糸を引いて欲しいものを手に入れていた。
お名前はハルモニア・タルバード。タルバード侯爵家の娘。彼女はわたくしが、正式に婚約する気も無く、ただお互いに便利だからとミヒャエルと利用しあっていたことを知っていました。
直接、わたくしに尋ねましたもの。
「お前がいなくなった学園の女王はあれだった。許してもいないのに俺の名を語り好き放題だ。お前という楔がいなくなったからな」
被害にあったものは嘆くしかなく、何もできない。
気付いた時には惨憺たる状況。俺はそれをどうにか立て直したと自嘲するようにミヒャエルは零した。
まぁ、苦労したのねとわたくしはそれ以上の言葉が出てきませんでした。
「ではそれに気付くまでの間、あなたは何を?」
「俺は……」
なんとなく、予想はついているのです。
しかし、わたくしはミヒャエル自身から聞きたいと思いましたの。
あなた、何をしていましたの?
「俺は……セレンを探して、いた……」
ええ、そうでしょう。
あなたはあの優しい温もりに癒されたのですから、失ってまた欲しないわけがないのだとわたくしは知っていました。
しかし、見つけてはいないのでしょう。
「アーデルハイトは知らないか? セレンの居場所を。お前と連れ立って消えた可能性もあると思っていた」
「わたくしは会っておりませんわ。最後に会ったのは、彼女が泣き崩れたあの日ですもの」
それはつまり、ミヒャエルが、ハルモニアさんを信じ、セレンファーレさんを絶望させた日の事。
ミヒャエルは黙ってしまいました。
それにしても、ディートリヒ様はすべてご存知のはず。どうしてミヒャエルをお呼びになったのか。
あの方がわたくしを閉じ込め、そしてうっかり紡いだセレンファーレさんへの愛……と、言うと笑ってしまいますが。
笑わずにはいられないのですが、ともかく。
常軌を逸した愛の形、やだ笑ってしまいそうですわ、本当に。ミヒャエルの前ですのに。
ふふ、ディートリヒ様の、セレンファーレさんへの愛。
それにわたくしは酷く醜悪で美しいものを感じたのです。
それが醜いだけなら、わたくしに向けられた感情、言葉を甘んじて受け入れてあげたりなどしませんでしたわ。
それにお付き合いして差し上げるのも楽しくは、ありましたが。
ディートリヒ様の、いとこであるセレンファーレさんへの愛は深かったのです。
そしてあの一年の間に、この方は彼女にその想いを告げ振られたのだと察しました。
それに気付いた時は、珍しく声を上げて笑い続けて。
何に笑っていたのか気付かれて忘れろと酷い目にあったりもしたのですが。
わたくしの経験値を上げる体験としてはとても面白いものでしたわ。
完全無欠の王太子の失恋、という字面がもう。部屋に戻って笑い転げたいですわ。
わたくしの知る、一番面白いディートリヒ様は恋狂いのディートリヒ様。
恋敵に優しくなんてできるはずないのに、何故呼んだのかしら。国同士のお付き合いがあっても最低限の接触でよろしいじゃない?
わたくしに当り散らさなければ良いのだけど。
そこでわたくしは思ったのです。
ミヒャエルは、セレンファーレさんの出自を知っていないのでは、と。知っていたならディートリヒ様に尋ねていたでしょう。
でもその感じは全くありません。
けれど本人の口から聞くまではわかりませんわ。
「ミヒャエル、何故、探しているの?」
「それは、謝罪したいからだ。そして俺の何を以っても償いたい」
ああ、とわたくしは思わず零してしまいました。
わたくしの問いに答えるミヒャエルの瞳に、嘗てのような光があったのですから。
懐かしい、揺るがない暴君の強い意志。
諦めていないのでしょう。
しかし彼女を隠しているのはディートリヒ様です。
ディートリヒ様に、ミヒャエルは踊らせれているのでしょう。
あの方の方が何枚も上手なのですから。
ああ、そういえば。
セレンファーレさんは、許すと仰ったのでした。きっとそれが、ディートリヒ様がミヒャエルを呼んだことに繋がるのでしょう。
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