悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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本編

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「ああ……リヒト。今日は気分がいいよ」
 リヒト? そのお名前は、亡くなられた方のものではとわたくしは思い出します。
 けれど、この方の視線はディートリヒ様に向いていました。それはディートリヒ様のことでしょうか。ディートリヒ様は当たり前のようにそれを受け入れています。
 つまり、これはいつもの事なのでしょう。
「そうですか。父上、今日は会わせたい方がいて連れてきたのです」
 アーデルハイト、こちらへとディートリヒ様はわたくしを傍に呼びました。
「そちらの……ご令嬢は?」
「初めまして、アーデルハイトと申します」
「父上、私はこの方と添い遂げたく思っています」
「おお……そうか、そうか……お前の、好きにしなさい」
 起き上がろうとするのをディートリヒ様は制して、また顔を見せに来るから休んでくださいと微笑んでいます。
 王弟殿下はすまないと弱弱しく言葉を零され、わたくしを呼ばれました。顔を良く見せておくれ、と。
 わたくしは膝をつき、伸ばされたその手を取りました。
 細く、弱弱しく。青白いその手は生命の弱さを感じさせるものだったのです。
「あなたにも……迷惑をかける……リヒトを、よろしく」
「はい、ええ……」
「うん……また、ゆっくりと話そう。リヒト、セレンファーレは」
 うっすらと笑みを零され、王弟殿下の視線は空を彷徨いディートリヒ様を捕えました。
 そして、後の自分の心配はというように問われました。ディートリヒ様は大丈夫ですと、柔らかな声でお返しします。
「今日は、遊びに出かけてますよ」
「そうか……あの子を頼む」
 そう言って頷いて、瞳閉じられるとそのまま眠られたようです。
 わたくしたちは部屋を静かに出ました。
 わたくしが口を開こうとする前に、あとでと言っただろうとディートリヒ様は制しました。
 つまりここで立ってできる話ではないという事でしょう。
 それは、確かにそうだと思いわたくしは口を噤みます。
 部屋から出てすぐに侍従がやってきてこちらへと居間に通されました。
 そこで、侍従は先ほどの医師から聞いた話をディートリヒ様に告げられます。
 やはりもう長くはない。病の原因である悪性のものは体に広がっている。痛み止めを呑めばどうにかやり過ごせるがそれにより、意識はうつらうつら、夢の中を漂っているようでもあるのだと。
 侍従はそれを伝えると、茶の準備をして部屋から出ていきました。
 ディートリヒ様はもういいぞ、と仰いました。
「あの方は王弟殿下で、よろしいのですよね?」
「ああ」
 セレンファーレさんのお父様、と問えばそうと頷かれる。
 いつからあのようにと問えば病がわかったのはここ10年くらいの事、と。
「病の事がわかってからは、セレンの事は俺に任された。うつる病ではないが、ああなった自分の姿を見せたくはないのだろう」
 時折見舞いにも来ているはずだとディートリヒ様は仰います。
 聞きたいのはそれだけかとディートリヒ様は笑われます。
 もちろんそうでないのをわかってのことでしょう。
「では、リヒトと……お呼びになられているのは。そのお名前は亡くなった方のものですよね?」
「ああ、リヒトは王弟の子の名だ。いや……」
 ディートリヒ様は違うと零し、かわいそうな王弟の子の名前だと言い直されました。
 かわいそう?
 何がかわいそうなのか。幼い頃に亡くなった事?
 でもそれを問うても教えてはくれなさそうですが。
「仲が良かったのですか?」
「ああ。リヒトの母は、リヒトを生んですぐに亡くなった。一人も二人も同じだと、俺達は一緒に育った」
 けれど、そのリヒト様は流行病にかかり、それが悪化して亡くなったはず。
 それも幼いころであったと記憶しております。
「ディートリヒ様は泣かれましたの?」
「まるで俺が泣かないと思っているような言い草だな。泣いたさ、俺達は似ていたし兄弟のようでもあったからな」
 片割れを失う。そういった気持ちだったと零されます。
 亡くなった方を思いだし悼む――そんなディートリヒ様の表情。見た事のないお顔にわたくしの視線は釘付です。
 けれどそれを払ったのはディートリヒ様ご自身でした。
「それで、他には?」
「……リヒトと呼ばれて、よろしいのですか?」
「構わない。あの方がそう呼びたいのなら、それでいいと思っている」
 確かに。あのような状態の方に違うと言って説明を届かせるのは難儀なことでしょう。
 それなら、受け入れておくのが良さそうです。おそらくもう、公の場に出てこられないでしょうし。
 父上と呼んだのも、きっと満足を与える為。
 ディートリヒ様は、リヒト様のふりをしていらっしゃるのでしょう。
 きっと病に臥せり、心弱くなり。そして色々なことがわからなくなってしまった王弟殿下のために。
「あの方が病で臥せっているという話は国中が知っている。だから表にも出てこないことも。ここでのことは他言無用だからな」
「それはもちろん、わかっております。セレンファーレさんはご存じなのです?」
「ああ、知っている」
「それで……これが、セレンファーレさんを側妃にできない理由ですの? わけがわかりませんわ」
 王弟殿下があのような状態で、彼女を託されたからその役目を全うしているということです?
 生きている間は裏切れない、と?
 いえ、そんなものでは理由としては弱い。
 逆にあのような状態だからこそ、セレンファーレさんを籠絡さえしてしまえばディートリヒ様は本当に囲う事ができたでしょうに。
 真綿でくるんで美しい花を周囲に沿えて、閉じ込めて。ふれられるのは自分だけというような状態に。
 何故、わたくしを王弟殿下とお目通しさせたのか。
 わたくしはなにかを見落としているような気がします。けれど、それにたどり着けません。
 会わせたということは何か、意味があるのでしょうけど。
「俺は自分から、その理由を言わんからな」
 知りたければ自分で考え、察しろと。
 そう、ディートリヒ様は仰いました。わたくしはただ無言を返すのみ。
 帰りの馬車ではどちらも会話を投げかけることはなく。ただ静かに、わたくしは先ほどの出来事を反芻するのみでした。
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