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本編
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サレンドル様が帰られ、改めて王自身が足を運ぶという知らせがきて一週間。
その期日は約二か月後と定められました。
そしてその時に、お父様がまたいらっしゃるということにもなったのです。
それはサレンドル様とディートリヒ様が仕組まれたことを見聞きし、国に持ち帰るという仕事の為でした。
お父様からミヒャエルの方に、こちらに姫がいる事を伝える。他の貴族の方々は、正妃の話に関係ないと思っている家が出てきて困るでしょうが。
しかし、そんな国に関係することよりも、わたくしにとっては大きな問題がありました。
「アーデ、噂になってるんだけどさ」
「……言わないでくれる?」
「でもね……アーデが恋愛小説、そんなに読まないのを知ってる俺達はね……」
そう。
王太子妃は恋愛小説が好き。そのため王太子が恋愛小説を取り寄せているという噂があるのです。
違いますから。読んでいるのは、わたくしではありませんから。
ディートリヒ様ですから。
わたくしが、何の考えも、意味もなく投げた言葉を真に受けたのか、面白がったのか。
本当に恋愛小説を読み始めたのです。今朝方も、朝食を一緒に取りながら、女はこんなものが好きなのだなとその内容を語ってくださいました。
わたくしの反応が良くないので、傍にいたツェリにお前も読んでみろと読み終わった本を投げ渡す程度には面白がられているようです。
「恋愛小説の中では、男女は出会って一目で、惚れあうそうですのよ」
そんなの信じられないと零せば、そうだろうなと犬達は頷きます。
「殿下はどうして、そんな小説を読んでらっしゃるのか、聞いても?」
「……わたくしが、言ったからよ」
何を、と面白がっている声。フェイルはアーデが勢いつけて考えなしに何か言ったんだよねと笑います。
ええ、本当に、その通りですけれど。
「恋愛小説を百冊読んで、その中で一番心に残った言葉をわたくしに囁いてと……本当にやるとは思っていなかったの」
そう教えると、アーデらしいと三人とも呆れていました。
「それで、囁かれたらどうするの?」
「どうも、しませんわ。また百冊読んで探してくださいなと言ってやるだけよ」
「そう」
「殿下はまた、その言葉通りにするんだろうね」
「俺もそう思う」
「俺も」
三人ともが、頷く。わたくしからすればどうして、と思うのだけれども。
その気持ちが表情にでていたのでしょうか。
殿下はそういうやりとりでさえ楽しんでいるのだと思うとわたくしに教えてくれました。
確かに、楽しそうであるのは否定できません。
「もう……このお話は終わりにしてよろしい?」
そう言ってわたくしは、お話を切ったのだけれども。
この後に予定されていた茶会でまた同じようなことを尋ねられて、どうにか笑い零しながらそれを交わしたのでした。
尋ねてきたのは、セレンファーレさんでしたが。レオノラ嬢も王妃様もその場にいらっしゃいましたので下手なことは言えませんし。
対外的にはわたくしたちは仲の良い夫婦なのですから、二人きりにどんなことを話しているかなんていうのは、恥ずかしくてお話できませんわですべて流していました。
大体こんな話が流れたのは、ディートリヒ様が執務室に恋愛小説を一冊、二冊と重ねていったせいでもあるようでした。
王妃様曰く、政務官らからディートリヒ様の執務室に何やら毛色の違う本が増えているのですが大丈夫でしょうかと、進言があったようなのです。
逆に言えば、そういう本が増えたことでうろたえるようでは国の大事にちゃんと動けるのかとわたくしは思うのですが。王妃様は面白がっておいででした。
茶会ではそんな話も交えつつ、ヴァンヘルの王がいずれこちらに来ることなども話題になり。
それから城下で新作の靴やバッグなどが出たらしいとか。そんな話までいたしました。
その茶会が終わり部屋に戻ると、ディートリヒ様が先に戻られていた様子。
長椅子に寝転がり、本を読まれそのまま寝入ってしまったようです。
読んでいらっしゃったのは、まぁ、恋愛小説でしたけれど。
「真に受けて本当に読まなくてよろしいのに」
傍らに立って、胸の上に開いたまま置かれた本をわたくしは手に取りしおりを。何の気なしに開いていたページを見れば愛を告白するようなシーンでした。
そこで告白すれば幸せになるとかいう伝説の木で待ち合わせをして。許されぬ恋だから駆け落ち、と。
わたくしの心はまったく惹かれぬ内容でした。
「これ、本当に面白いのかしら」
鼻で笑ってしまいそうと思いながらテーブルの上に本をそっと置いた瞬間、その手が掴まれ引き寄せられたのです。
誰にとは、もちろんディートリヒ様ですが。
わたくしはディートリヒ様を向き合う様に抱き込まれてしまいました。
「いきなり、こういうのはよろしくないのでは?」
「刺激的ではないのか?」
いいえ、まったく。
そう答えながら、わたくしは逃げるのも面倒だと体の力を抜いてしまいました。
ディートリヒ様の胸元に顔を寄せる形となって、機嫌良さそうにわたくしの髪を梳く手の存在が感じられました。
「ディートリヒ様は、本当にわたくしでよろしかったの?」
「ん? 王太子妃にしたことか?」
「ええ、まぁ……はい」
「今更だな。俺は良いと思ったからそうした。なんだ、何故そんなことを問う」
何故。
本当に、何故でしょうね。
自分自身でも何故そんなことを零したのか、よくわかりません。
だからお応えせずに、わたくしは流しました。
その期日は約二か月後と定められました。
そしてその時に、お父様がまたいらっしゃるということにもなったのです。
それはサレンドル様とディートリヒ様が仕組まれたことを見聞きし、国に持ち帰るという仕事の為でした。
お父様からミヒャエルの方に、こちらに姫がいる事を伝える。他の貴族の方々は、正妃の話に関係ないと思っている家が出てきて困るでしょうが。
しかし、そんな国に関係することよりも、わたくしにとっては大きな問題がありました。
「アーデ、噂になってるんだけどさ」
「……言わないでくれる?」
「でもね……アーデが恋愛小説、そんなに読まないのを知ってる俺達はね……」
そう。
王太子妃は恋愛小説が好き。そのため王太子が恋愛小説を取り寄せているという噂があるのです。
違いますから。読んでいるのは、わたくしではありませんから。
ディートリヒ様ですから。
わたくしが、何の考えも、意味もなく投げた言葉を真に受けたのか、面白がったのか。
本当に恋愛小説を読み始めたのです。今朝方も、朝食を一緒に取りながら、女はこんなものが好きなのだなとその内容を語ってくださいました。
わたくしの反応が良くないので、傍にいたツェリにお前も読んでみろと読み終わった本を投げ渡す程度には面白がられているようです。
「恋愛小説の中では、男女は出会って一目で、惚れあうそうですのよ」
そんなの信じられないと零せば、そうだろうなと犬達は頷きます。
「殿下はどうして、そんな小説を読んでらっしゃるのか、聞いても?」
「……わたくしが、言ったからよ」
何を、と面白がっている声。フェイルはアーデが勢いつけて考えなしに何か言ったんだよねと笑います。
ええ、本当に、その通りですけれど。
「恋愛小説を百冊読んで、その中で一番心に残った言葉をわたくしに囁いてと……本当にやるとは思っていなかったの」
そう教えると、アーデらしいと三人とも呆れていました。
「それで、囁かれたらどうするの?」
「どうも、しませんわ。また百冊読んで探してくださいなと言ってやるだけよ」
「そう」
「殿下はまた、その言葉通りにするんだろうね」
「俺もそう思う」
「俺も」
三人ともが、頷く。わたくしからすればどうして、と思うのだけれども。
その気持ちが表情にでていたのでしょうか。
殿下はそういうやりとりでさえ楽しんでいるのだと思うとわたくしに教えてくれました。
確かに、楽しそうであるのは否定できません。
「もう……このお話は終わりにしてよろしい?」
そう言ってわたくしは、お話を切ったのだけれども。
この後に予定されていた茶会でまた同じようなことを尋ねられて、どうにか笑い零しながらそれを交わしたのでした。
尋ねてきたのは、セレンファーレさんでしたが。レオノラ嬢も王妃様もその場にいらっしゃいましたので下手なことは言えませんし。
対外的にはわたくしたちは仲の良い夫婦なのですから、二人きりにどんなことを話しているかなんていうのは、恥ずかしくてお話できませんわですべて流していました。
大体こんな話が流れたのは、ディートリヒ様が執務室に恋愛小説を一冊、二冊と重ねていったせいでもあるようでした。
王妃様曰く、政務官らからディートリヒ様の執務室に何やら毛色の違う本が増えているのですが大丈夫でしょうかと、進言があったようなのです。
逆に言えば、そういう本が増えたことでうろたえるようでは国の大事にちゃんと動けるのかとわたくしは思うのですが。王妃様は面白がっておいででした。
茶会ではそんな話も交えつつ、ヴァンヘルの王がいずれこちらに来ることなども話題になり。
それから城下で新作の靴やバッグなどが出たらしいとか。そんな話までいたしました。
その茶会が終わり部屋に戻ると、ディートリヒ様が先に戻られていた様子。
長椅子に寝転がり、本を読まれそのまま寝入ってしまったようです。
読んでいらっしゃったのは、まぁ、恋愛小説でしたけれど。
「真に受けて本当に読まなくてよろしいのに」
傍らに立って、胸の上に開いたまま置かれた本をわたくしは手に取りしおりを。何の気なしに開いていたページを見れば愛を告白するようなシーンでした。
そこで告白すれば幸せになるとかいう伝説の木で待ち合わせをして。許されぬ恋だから駆け落ち、と。
わたくしの心はまったく惹かれぬ内容でした。
「これ、本当に面白いのかしら」
鼻で笑ってしまいそうと思いながらテーブルの上に本をそっと置いた瞬間、その手が掴まれ引き寄せられたのです。
誰にとは、もちろんディートリヒ様ですが。
わたくしはディートリヒ様を向き合う様に抱き込まれてしまいました。
「いきなり、こういうのはよろしくないのでは?」
「刺激的ではないのか?」
いいえ、まったく。
そう答えながら、わたくしは逃げるのも面倒だと体の力を抜いてしまいました。
ディートリヒ様の胸元に顔を寄せる形となって、機嫌良さそうにわたくしの髪を梳く手の存在が感じられました。
「ディートリヒ様は、本当にわたくしでよろしかったの?」
「ん? 王太子妃にしたことか?」
「ええ、まぁ……はい」
「今更だな。俺は良いと思ったからそうした。なんだ、何故そんなことを問う」
何故。
本当に、何故でしょうね。
自分自身でも何故そんなことを零したのか、よくわかりません。
だからお応えせずに、わたくしは流しました。
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