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本編
86
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夜会の後、わたくしはリヒトにあった事を全て話しました。
リヒトはしばらく黙っていて。それから、病んでいるなと零しました。
深いため息をついてどうするかなと困ったような、そんな風でした。
「しかし、それよりも……どうして勝手に動いたのかと俺は問いたい」
不機嫌そう。怒ってらっしゃる、ような。
すごく冷ややかな視線を向けられ、わたくしはびくりを身を震わせる。
勝手をして怒られるかとは思っては、いたのですが。
思っていたよりもお怒りのご様子。でも、そこまで怒ることではないと思うのですが。
だってわたくし、お役に立ちたかったのですもの。
「わたくしがこういった事をする、と言ったらお止めになるでしょう?」
「止めるな」
「そう思ったから言わずに」
貴方の役にたちたいと思ったからとわたくしは紡ぐ。
リヒトは何を、というようにぽかんとした少し間の抜けた表情を浮かべました。
「俺の、役に?」
「え、ええ……そうですが」
「俺の為?」
何故問い返すのか。わたくしはそうですがとそっぽを向いてみせる。
するとそうかと笑って、リヒトはわたくしに、ならもう何も言わないと続けました。
けれどもうこんなことはしなくていいとわたくしに釘さして。
「放っておけばまた何かしそうだしな。ガゼルと話は付けておく」
「大丈夫ですの?」
「ああ。何より俺はお前を、誰にも触らせたくない」
共有などさせる気もない、そして言わせる気もないとわたくしの頬を撫でながら紡ぎました。
その言葉に心躍る、ような。わたくしはそう言われて嬉しさを感じていました。
「……ガゼルは自分ではどうしようもない事に対して、八つ当たりをする先を探しているんだろう。それを指摘できるのはその先になっている俺だけだ」
リヒトが困ったものだと、まるで自分を見ているようだと苦笑する。
自分を、と言うとそうと言って。
「俺と同じだろう。あれはディートリヒを失って得た感情の行き場を探している。俺は……セレンを傷つけられた憤りを、お前にぶつけた」
「ああ……ふふ、そういえばそうね」
さすがに二度も、そんなことをされたくはないわと言うと、だから俺が引き受けるとリヒトは言う。
お任せすることに不安が、ないわけではないのです。
ガゼル様は危うそうで、それをどう受け止められるつもりなのか。
わたくしにできる事もあるのかもしれませんが、きっと関わることを良しとしないでしょうから。
「どうされるおつもりですの?」
「話を聞いてどうしたいのか聞く。一方的なものでも吐き出せば何か変わるだろ」
「そうですわね。まず何を考えているのか、知らねばどうしようもできませんもの」
あの方は、きっとディートリヒ様とこの国を支えるとか、そういう意識を持って過ごされていたのでしょう。そのお気持ちを今も持っているかどうかは、わかりませんが。
そしてディートリヒ様を支えてこの国を導く。そういった未来を描いて、その未来を共に見て共有したかったのでしょう。
しかし、そうできないことに気付いてしまった、と。
抱えていたお気持ちはまっすぐだったのかもしれませんが、わたくしからすればレオノラ嬢にされていることも知っていますし、真っ当な方ではないとしか思えません。
共有、というのも。
未来が適わないのなら、わたくしと関係を持って、王太子妃というものを共有してすり替えようとしているだけで。そんなことを言われてもわたくしがあの方をいとおしいなんて思う事はありません。
だって別に、わたくしでなくとも良いのでしょう。わたくしはディートリヒ様の妃なのですから。
けれどその、なんて歪なこと。
その事をご自身で理解していらっしゃるかどうかはわかりませんが、わたくしがその想いを受ける必要はないのです。
「ねぇ、そのお話する時、わたくしもお隣の部屋にいてよろしい?」
「何故」
「その方が、良いように思えて。会いたいとかではないのですよ」
「別に、構わないが……絶対に出てくるな。傍にはお前の犬達をつけておけ」
「ええ、そうしますわ」
お話に踏み込むつもりはありません。けれど二人だけにしておくのも、と思ってしまって。
嫌な予感とまでは言いませんがよからぬ事が起きるような、そんな気もしているのです。
だってリヒト、こういう対応は少し、下手そうな気もしますし。何かあった時に犬達がいれば力で抑えこむこともできるでしょうから、傍にという言葉には頷いて。
リヒトはでは明日、ガゼルを執務室に呼ぶと決められました。
リヒトは、事実を受け止めるというのならその後の行動次第ではと言います。
それはディートリヒ様を思ってのこともあるのでしょう。きっと思いを無碍にはできないから。
けれどわたくしは、そんなことをせずともと思うのです。
ねじ曲がってしまったものは簡単には変わりませんのよ。それに、ちゃんと受け止めて、自分の中で落としどころをつけているのなら、わたくしに共有だとかなんだとか、言いませんわ。
意志を継いで国のためにと思うのが普通ではないでしょうか。
けれどそうではないのですから。
自分を顧みて改める、なんて口ではいくらでも言えますのよ、リヒト。
生まれ持った心根は、よっぽどのことが無い限り覆らないのですから。
リヒトはしばらく黙っていて。それから、病んでいるなと零しました。
深いため息をついてどうするかなと困ったような、そんな風でした。
「しかし、それよりも……どうして勝手に動いたのかと俺は問いたい」
不機嫌そう。怒ってらっしゃる、ような。
すごく冷ややかな視線を向けられ、わたくしはびくりを身を震わせる。
勝手をして怒られるかとは思っては、いたのですが。
思っていたよりもお怒りのご様子。でも、そこまで怒ることではないと思うのですが。
だってわたくし、お役に立ちたかったのですもの。
「わたくしがこういった事をする、と言ったらお止めになるでしょう?」
「止めるな」
「そう思ったから言わずに」
貴方の役にたちたいと思ったからとわたくしは紡ぐ。
リヒトは何を、というようにぽかんとした少し間の抜けた表情を浮かべました。
「俺の、役に?」
「え、ええ……そうですが」
「俺の為?」
何故問い返すのか。わたくしはそうですがとそっぽを向いてみせる。
するとそうかと笑って、リヒトはわたくしに、ならもう何も言わないと続けました。
けれどもうこんなことはしなくていいとわたくしに釘さして。
「放っておけばまた何かしそうだしな。ガゼルと話は付けておく」
「大丈夫ですの?」
「ああ。何より俺はお前を、誰にも触らせたくない」
共有などさせる気もない、そして言わせる気もないとわたくしの頬を撫でながら紡ぎました。
その言葉に心躍る、ような。わたくしはそう言われて嬉しさを感じていました。
「……ガゼルは自分ではどうしようもない事に対して、八つ当たりをする先を探しているんだろう。それを指摘できるのはその先になっている俺だけだ」
リヒトが困ったものだと、まるで自分を見ているようだと苦笑する。
自分を、と言うとそうと言って。
「俺と同じだろう。あれはディートリヒを失って得た感情の行き場を探している。俺は……セレンを傷つけられた憤りを、お前にぶつけた」
「ああ……ふふ、そういえばそうね」
さすがに二度も、そんなことをされたくはないわと言うと、だから俺が引き受けるとリヒトは言う。
お任せすることに不安が、ないわけではないのです。
ガゼル様は危うそうで、それをどう受け止められるつもりなのか。
わたくしにできる事もあるのかもしれませんが、きっと関わることを良しとしないでしょうから。
「どうされるおつもりですの?」
「話を聞いてどうしたいのか聞く。一方的なものでも吐き出せば何か変わるだろ」
「そうですわね。まず何を考えているのか、知らねばどうしようもできませんもの」
あの方は、きっとディートリヒ様とこの国を支えるとか、そういう意識を持って過ごされていたのでしょう。そのお気持ちを今も持っているかどうかは、わかりませんが。
そしてディートリヒ様を支えてこの国を導く。そういった未来を描いて、その未来を共に見て共有したかったのでしょう。
しかし、そうできないことに気付いてしまった、と。
抱えていたお気持ちはまっすぐだったのかもしれませんが、わたくしからすればレオノラ嬢にされていることも知っていますし、真っ当な方ではないとしか思えません。
共有、というのも。
未来が適わないのなら、わたくしと関係を持って、王太子妃というものを共有してすり替えようとしているだけで。そんなことを言われてもわたくしがあの方をいとおしいなんて思う事はありません。
だって別に、わたくしでなくとも良いのでしょう。わたくしはディートリヒ様の妃なのですから。
けれどその、なんて歪なこと。
その事をご自身で理解していらっしゃるかどうかはわかりませんが、わたくしがその想いを受ける必要はないのです。
「ねぇ、そのお話する時、わたくしもお隣の部屋にいてよろしい?」
「何故」
「その方が、良いように思えて。会いたいとかではないのですよ」
「別に、構わないが……絶対に出てくるな。傍にはお前の犬達をつけておけ」
「ええ、そうしますわ」
お話に踏み込むつもりはありません。けれど二人だけにしておくのも、と思ってしまって。
嫌な予感とまでは言いませんがよからぬ事が起きるような、そんな気もしているのです。
だってリヒト、こういう対応は少し、下手そうな気もしますし。何かあった時に犬達がいれば力で抑えこむこともできるでしょうから、傍にという言葉には頷いて。
リヒトはでは明日、ガゼルを執務室に呼ぶと決められました。
リヒトは、事実を受け止めるというのならその後の行動次第ではと言います。
それはディートリヒ様を思ってのこともあるのでしょう。きっと思いを無碍にはできないから。
けれどわたくしは、そんなことをせずともと思うのです。
ねじ曲がってしまったものは簡単には変わりませんのよ。それに、ちゃんと受け止めて、自分の中で落としどころをつけているのなら、わたくしに共有だとかなんだとか、言いませんわ。
意志を継いで国のためにと思うのが普通ではないでしょうか。
けれどそうではないのですから。
自分を顧みて改める、なんて口ではいくらでも言えますのよ、リヒト。
生まれ持った心根は、よっぽどのことが無い限り覆らないのですから。
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