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本編
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遠乗り。
お誘いくださったのはサレンドル様。そのお付きの方がお二人。
リヒトとわたくし。セレンファーレさん。護衛には犬達。
リヒトは、わたくしを一緒に乗せたかったようですがわたくしは嫌とお断りしました。
「何故いやがる……」
「折角、馬も用意していただいてるのですし。たまにはわたくしも乗りたいのです。それに」
「それに?」
「……わたくしたちだけ二人乗り、というのは……恥ずかしいのですが」
そう言うと、リヒトは何を言っているんだと瞬いて。夫婦なのだから一緒で良いだろうと言います。
いえ、よくありませんわ。今更だなとか、言いますけれど。
とにもかくにも、わたくしはどうにかこうにか、嫌と言い続けて一人で馬にのる権利を得たのです。
城から出て、うっそうと広がる森を越える。すると平地が広がり、その先には高い山々の姿。頂きに雲を纏い、その高さは周辺国一を誇る霊峰。
それはセルデスディアでもリヒテールでも見たことが無い光景でした。
「すごい……」
空は晴れ晴れと、というわけではありませんがそれでも。
そびえたつ山々の姿というのは壮観であることに変わりはありません。
「ではあちらの森をご案内しましょう。静かで、良い所ですよ。きのこなどもありますから、持ち帰れば夕食にもなりますから」
「お姉様、きのこですって」
かくれているのを見つけるのは楽しそうですとセレンファーレさんは笑みます。
わたくしは、正直そういうのに興味はないのですけど。けれどどちらが先に見つけるか競争しましょうと言われたらお応えしないわけにはいきません。
この辺りの森は恐ろしい獣などもいないようで、馬に乗ったまま散策を。特に用心することもないようで、というか犬達がしてくれてますから、わたくしはそうする必要がありませんでした。
そもそも用心しても気づけないような気もしますが。
しかしそのうち、ぽつりと鼻先に水滴が。
空を見れば、木々の隙間から雨雲が見え、それはあっという間に視界を覆う程の雨となったのです。
「こちらへ!」
「!」
わたくしの馬の手綱を引いてくださったのはサレンドル様。
犬達はセレンファーレさんとリヒトの傍にいるはず。
わたくしを案内してくださっていたサレンドル様からしてみれば当然の事だったのでしょう。
「近くに山小屋がありますから、そこまで」
「ええ。ほかの皆は……」
「私の部下もいます。あれらが見つけて、小屋に連れてきますよ」
この辺りは私達の庭ですからとサレンドル様は笑まれました。
小さな頃、このあたりで過ごしていたこともあるのですよと話してくださるのはわたくしを安心させるためなのでしょう。
その言葉の通り、山小屋が見えわたくしたちは中へ。
びしょ濡れで寒さも少し感じるほど。サレンドル様は手際よく火を灯し、暖をとれるようにしてくださいました。
「そのままでは風邪をひきますよ」
「そうですね……」
びしょびしょの上着を脱ぐ。その下のシャツも濡れてしまって肌に張り付いていて気持ち悪い。
けれど、ここで脱ぐわけにももちろんいきませんし。
「かび臭い毛布でよければありますが」
「いえ、もうこのままで。どうせすぐに」
止むでしょうと、紡ぐと同時に轟音と雷光。
「っ!!」
びくっとして動きが止まってしまう。
雷は苦手。嫌い。怖くて寂しい事を思い出してしまうから。
「……もしかして、怖いのですか?」
「い、いえそんな」
そんなことは無いと言いたいのですが言えない。わ、わたくしこれだけは。これだけはだめなのです。
稲光がするたびにわたくしはびくびくするばかり。
こんな姿を他国の王に見せるのはどうかと、強がっていたいのですが続けて響く音にわたくしの心は折られる。
「大丈夫ですよ、すぐに終わりますよ。そんな泣きそうな顔をしないでください」
苦笑しながらサレンドル様は、わたくしを引き寄せて抱きしめてくださる。
それは子供をあやすような優しいもの。
何度か鳴るその音に震えるわたくし。その光から隠してくださるようにしてくださる。
「……遠のきましたよ。もう大丈夫かと」
「え、ええ……申し訳ありません、こんな、あの……」
「いえ、とてもかわいらしいお姿でしたよ。本当に」
「忘れてくださいませ」
「そうできたらいいのですけど」
そんな、こんな姿。リヒトにも見せたことないのに。知っているのは、犬達だけ。
リヒテールにいる事、雷の鳴る時はずっと一緒にいてくれたのは彼等。嫁いでからは、そういえば雷なんて一度もなかった。
「……あの時、私と関係を持っていれば何か変わりました?」
「え?」
「こんな風に立派に王太子妃をされている姿をみると、手を出しておくべきだったかなと。ああ、もちろん今そんなことはしませんよ」
ディートリヒ殿を怒らせたくはありませんからとサレンドル様は仰る。
ただ惜しいなと思っていると。
それはリヒテールにいた時に会った時のことを仰っているのでしょう。
あの時、関係を持っていたら。でもそれで変わることは何もなかったと思いますの。
一度でわたくしの心があなたに惹かれるとも思いませんし。それから、あなたがわたくしをその後、求めてくださったとも思えませんもの。
「それは、わたくしではなくてセルデスディアの王太子妃が欲しいだけですわ」
「そうですね。今のあなただから欲しいのだと思いますが、きっとどうあっても……どこの国にあっても、上に立つのならあなたはきっと今と同じように務めを果たされたと思いますが」
わたくしはサレンドル様を見上げる。何を思ってわたくしを見てらっしゃるのか、視線を合わせればわかるかしらと、思って。
けれど、ただゆるく微笑まれているだけで何もわかりません。
何を考えていらっしゃるのか。
きっと、サレンドル様にも良き方が現れますよと紡ごうと思い、口を開く。
けれどその前に扉が開いて、ぱっと、反射的にそちらを向けばリヒトと、犬達とセレンファーレさんと。
リヒトが瞬いて、動かない。その後ろにいる皆には、どうしてなのか見えてない様子。
サレンドル様はするりとわたくしの肩から手を落とされ、微笑まれました。
わたくしたちの所へ歩んできたリヒトは、わたくしの腰を引いて引き離す。
「……アーデルハイトが世話になったようですね」
「ええ、雷が恐ろしいようでしたので」
「そうですか」
それから、なんだかぎくしゃくした空気で。
しばらくして雨も止み、無事に城へと戻ったのでした。
けれど、リヒトはわたくしにそっけなくて。
そっけない理由は、きっとサレンドル様と親しげにしていたからだとは思うのですが、何をいってもそうか、だけで。
知られるのは嫌だったのですが、犬達からもわたくしが雷が相当苦手で、怖がっている事をそれとなく告げてももらったのですけれど。あれはサレンドル様からすれば、わたくしのためにしてくださったことで下心などはないのに。
そう思ってくると、いつまでもそっけないのはただ拗ねているだけで。
何故、わたくしがこうして取り計らわねばならないのかと思えてきて。
もういいわと、冷たく当たってしまったのは失敗だったのかもしれません。
お誘いくださったのはサレンドル様。そのお付きの方がお二人。
リヒトとわたくし。セレンファーレさん。護衛には犬達。
リヒトは、わたくしを一緒に乗せたかったようですがわたくしは嫌とお断りしました。
「何故いやがる……」
「折角、馬も用意していただいてるのですし。たまにはわたくしも乗りたいのです。それに」
「それに?」
「……わたくしたちだけ二人乗り、というのは……恥ずかしいのですが」
そう言うと、リヒトは何を言っているんだと瞬いて。夫婦なのだから一緒で良いだろうと言います。
いえ、よくありませんわ。今更だなとか、言いますけれど。
とにもかくにも、わたくしはどうにかこうにか、嫌と言い続けて一人で馬にのる権利を得たのです。
城から出て、うっそうと広がる森を越える。すると平地が広がり、その先には高い山々の姿。頂きに雲を纏い、その高さは周辺国一を誇る霊峰。
それはセルデスディアでもリヒテールでも見たことが無い光景でした。
「すごい……」
空は晴れ晴れと、というわけではありませんがそれでも。
そびえたつ山々の姿というのは壮観であることに変わりはありません。
「ではあちらの森をご案内しましょう。静かで、良い所ですよ。きのこなどもありますから、持ち帰れば夕食にもなりますから」
「お姉様、きのこですって」
かくれているのを見つけるのは楽しそうですとセレンファーレさんは笑みます。
わたくしは、正直そういうのに興味はないのですけど。けれどどちらが先に見つけるか競争しましょうと言われたらお応えしないわけにはいきません。
この辺りの森は恐ろしい獣などもいないようで、馬に乗ったまま散策を。特に用心することもないようで、というか犬達がしてくれてますから、わたくしはそうする必要がありませんでした。
そもそも用心しても気づけないような気もしますが。
しかしそのうち、ぽつりと鼻先に水滴が。
空を見れば、木々の隙間から雨雲が見え、それはあっという間に視界を覆う程の雨となったのです。
「こちらへ!」
「!」
わたくしの馬の手綱を引いてくださったのはサレンドル様。
犬達はセレンファーレさんとリヒトの傍にいるはず。
わたくしを案内してくださっていたサレンドル様からしてみれば当然の事だったのでしょう。
「近くに山小屋がありますから、そこまで」
「ええ。ほかの皆は……」
「私の部下もいます。あれらが見つけて、小屋に連れてきますよ」
この辺りは私達の庭ですからとサレンドル様は笑まれました。
小さな頃、このあたりで過ごしていたこともあるのですよと話してくださるのはわたくしを安心させるためなのでしょう。
その言葉の通り、山小屋が見えわたくしたちは中へ。
びしょ濡れで寒さも少し感じるほど。サレンドル様は手際よく火を灯し、暖をとれるようにしてくださいました。
「そのままでは風邪をひきますよ」
「そうですね……」
びしょびしょの上着を脱ぐ。その下のシャツも濡れてしまって肌に張り付いていて気持ち悪い。
けれど、ここで脱ぐわけにももちろんいきませんし。
「かび臭い毛布でよければありますが」
「いえ、もうこのままで。どうせすぐに」
止むでしょうと、紡ぐと同時に轟音と雷光。
「っ!!」
びくっとして動きが止まってしまう。
雷は苦手。嫌い。怖くて寂しい事を思い出してしまうから。
「……もしかして、怖いのですか?」
「い、いえそんな」
そんなことは無いと言いたいのですが言えない。わ、わたくしこれだけは。これだけはだめなのです。
稲光がするたびにわたくしはびくびくするばかり。
こんな姿を他国の王に見せるのはどうかと、強がっていたいのですが続けて響く音にわたくしの心は折られる。
「大丈夫ですよ、すぐに終わりますよ。そんな泣きそうな顔をしないでください」
苦笑しながらサレンドル様は、わたくしを引き寄せて抱きしめてくださる。
それは子供をあやすような優しいもの。
何度か鳴るその音に震えるわたくし。その光から隠してくださるようにしてくださる。
「……遠のきましたよ。もう大丈夫かと」
「え、ええ……申し訳ありません、こんな、あの……」
「いえ、とてもかわいらしいお姿でしたよ。本当に」
「忘れてくださいませ」
「そうできたらいいのですけど」
そんな、こんな姿。リヒトにも見せたことないのに。知っているのは、犬達だけ。
リヒテールにいる事、雷の鳴る時はずっと一緒にいてくれたのは彼等。嫁いでからは、そういえば雷なんて一度もなかった。
「……あの時、私と関係を持っていれば何か変わりました?」
「え?」
「こんな風に立派に王太子妃をされている姿をみると、手を出しておくべきだったかなと。ああ、もちろん今そんなことはしませんよ」
ディートリヒ殿を怒らせたくはありませんからとサレンドル様は仰る。
ただ惜しいなと思っていると。
それはリヒテールにいた時に会った時のことを仰っているのでしょう。
あの時、関係を持っていたら。でもそれで変わることは何もなかったと思いますの。
一度でわたくしの心があなたに惹かれるとも思いませんし。それから、あなたがわたくしをその後、求めてくださったとも思えませんもの。
「それは、わたくしではなくてセルデスディアの王太子妃が欲しいだけですわ」
「そうですね。今のあなただから欲しいのだと思いますが、きっとどうあっても……どこの国にあっても、上に立つのならあなたはきっと今と同じように務めを果たされたと思いますが」
わたくしはサレンドル様を見上げる。何を思ってわたくしを見てらっしゃるのか、視線を合わせればわかるかしらと、思って。
けれど、ただゆるく微笑まれているだけで何もわかりません。
何を考えていらっしゃるのか。
きっと、サレンドル様にも良き方が現れますよと紡ごうと思い、口を開く。
けれどその前に扉が開いて、ぱっと、反射的にそちらを向けばリヒトと、犬達とセレンファーレさんと。
リヒトが瞬いて、動かない。その後ろにいる皆には、どうしてなのか見えてない様子。
サレンドル様はするりとわたくしの肩から手を落とされ、微笑まれました。
わたくしたちの所へ歩んできたリヒトは、わたくしの腰を引いて引き離す。
「……アーデルハイトが世話になったようですね」
「ええ、雷が恐ろしいようでしたので」
「そうですか」
それから、なんだかぎくしゃくした空気で。
しばらくして雨も止み、無事に城へと戻ったのでした。
けれど、リヒトはわたくしにそっけなくて。
そっけない理由は、きっとサレンドル様と親しげにしていたからだとは思うのですが、何をいってもそうか、だけで。
知られるのは嫌だったのですが、犬達からもわたくしが雷が相当苦手で、怖がっている事をそれとなく告げてももらったのですけれど。あれはサレンドル様からすれば、わたくしのためにしてくださったことで下心などはないのに。
そう思ってくると、いつまでもそっけないのはただ拗ねているだけで。
何故、わたくしがこうして取り計らわねばならないのかと思えてきて。
もういいわと、冷たく当たってしまったのは失敗だったのかもしれません。
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