悪辣同士お似合いでしょう?

ナギ

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本編

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「お元気で。これから頑張って」
「はい。また一年後にお会いできるのを楽しみにしています!」
「セレン、彼が嫌になったらいつでも戻ってきて良いからな」
「そうさせないようにしますからご安心ください」
 わたくしとセレンファーレさんが挨拶をしている隣でミヒャエルとリヒトも言葉を交わしている。
 お父様やお義母様。それからお兄様とお姉様達とも言葉交わしてわたくし達はリヒテールを発ちました。
 そうなるとわたくしたちは同じ馬車の中に入ることになり、気まずい雰囲気はまだ続いています。
「……アーデルハイト」
「なんです?」
「その」
「ああ、見てください。次の街が見えてきましたわ」
「あ、ああ」
 わたくしは逃げている。
 どうしてそっけない態度をとってしまったのか、その理由を言えないままに。
 言いたく、ありませんもの!
 嫉妬しただなんて。そんな、嫉妬するような女だと思われたくない。
 そもそもそういう事をする、なんて思われてないでしょうからどういわれるのか。
 いやよ、絶対に言わないわ。
 忘れるまで逃げ切ってやるわ!
 そう、思っていたのですけれど気まずさが募り、ぎくしゃくしてしまう。
 一緒に馬車にいても会話は少なくなって。
 喧嘩をしているわけではないのですが、お互いに様子を窺うような微妙な、そんな空気。
 このまま、これがずっと続くのかしら。その、触れ合いも無くて少し寂しいと言うか。
 口付も言われませんし。いえ、別にしてって言われたいわけではない。ないと、思うのですけれど。
 で、でもセルデスディアに帰れば環境もまた変わりますし。
 わたくしは困ってしまい、そしてその挙動の怪しさと言いますか。
 心の機微を犬達は察していました。
 リヒトが離れている間にどうしたのか、と尋ねてきたのです。
 彼らに隠し事をするのは馬鹿らしく、わたくしは素直に話しました。
「はー? アーデは馬鹿だね……」
「別に嫉妬くらい口にしても大丈夫だろう」
「むしろ殿下は喜ぶ」
「い、いやよ! 嫉妬してるなんて度量の小さい女だと思われたくない」
「いやいやいや……思わないって……」
 フェイルの呆れたような口ぶりに、そんな保障ないわとわたくしは零す。
 ジークは素直に話せばいいだろうと言うし、ハインツはむしろそれを受け止めれないなんて男の心が狭いと言います。
 でもわたくしは、不安で言えるはずもない。
「……よし、わかった。俺がどうにかしてあげる」
「フェイル? 本当に?」
「ああ、本当に」
 大丈夫、任せてという言葉に少しの不安を覚えつつ、わたくしはフェイルを信じることにしました。
 フェイル曰く、ちょっと準備があるけどアーデが素直になれるようにしてあげると言って。
 その日は、同じように馬車の中でふたり。特に話もなくお互いの様子を窺うばかり。
 けれど次の日、あったよといってフェイルはわたくしにあるものを渡してきたのです。
 それを見ていたジークとハインツは微妙そうな表情を浮かべていました。
 フェイルが渡してきたのは、小さな小瓶。その中には液体が入っていました。
「これは?」
「媚薬」
「えっ……」
「あ、アーデの間抜けな顔久しぶりに見た。大丈夫、軽いもので体に害とかはないから」
「えっ、あの、えっ?」
「これをちょっと飲んで、殿下に色仕掛けをするんだ。そうすれば男は大体何でも許すし忘れる。間違いない」
「……え、あの。え? わ、わたくしが? のむ?」
「そう。大丈夫、全部媚薬のせいにすればいい、大丈夫」
 ほ、本当に大丈夫なの? だ、大丈夫なの?
 わたくしはいいから、と手の内にそれをぎゅっと握らされ馬車に押し込まれました。
「使う使わないは自由だけど、媚薬のせいにして素直になってしまうのも手だと思うよ。もう全部言っちゃえば? 嫉妬して、それを知られて呆れられるのが嫌だったも」
「そ、そんなの言えるわけ」
「だから! 媚薬のせい」
「……媚薬の、せい」
「そう。そのせい」
 ね、とフェイルは笑う。
 わたくしは手の中にあるものをきゅっと握って唸ります。
 しばらくするとリヒトの姿が見えたのでわたくしは慌ててそれを仕舞いました。
 使うか使わないかは、わたくしの自由。それは確かに、そうです。そうですわね。
 ちらりと外を窺えば犬達とリヒトが何か話している。
 な、何を話しているのかしら? リヒトが変な顔をしているのですけれど。
 ジークとハインツはいつもと変わらぬ顔。フェイルは楽しそうに笑っていますけれど。
 それからリヒトが乗ってきて、今日も長旅だなと言われたのでそうねと返す。
 そこで、わたくしたちの会話は途切れてしまいました。
 昼前まで馬車に揺られ、休憩。丁度街に泊まることができましたから、お昼をそこで。
 わたくしたちは人目のある場所では相変わらず良い夫婦。そのふりはお互い上手なものなのです。
 犬達と視線が合うと、まだ使ってないみたいだなというように思われているのだとわかります。
 つ、使えるわけないでしょう!
 昼の休憩も終わり、また馬車に揺られていく。
 居心地の悪さはお互い様。でもふと、リヒトが声をかけてきました。
「言いたいことがあるなら言えばいい」
「え?」
「その、気まずいままでは……」
「別にそんなこと、は……」
「なくはないだろう?」
「…………それは、その」
「お前が素直に言う性質じゃないのもわかっている。が、何かあるなら言え」
 なんとなく視線が落ちて、わたくしは自分の膝のあたりを見つめるばかり。
 その声音が苛立っている様なもので。わたくしはこの人の気分を害しているの? と不安になる。
 わたくしが思っていることを、素直に成れず言わないことが?
 でも、そんな。
 そんな、素直になるなんてどうすればいいの?
 どうしたらいいか、わからないのだけれども。言いたいことを言う? 言えないわよ。
 呆れられたくないもの。わたくし、この人に呆れられたり嫌われたり。
 そうなりたくないのだもの。
 そこで、ふと。
 フェイルが媚薬のせいにして素直になればいいと言った事を思いだして。
 わたくしがぱっと顔をあげると、リヒトは驚いて瞬く。
「わ、わたくしちょっと気分が悪いの」
「酔ったのか? 馬車をとめ」
「だ、大丈夫よ! く、薬を持っている、から」
「そうか? なら飲んで休め」
「え、ええ……」
 サイドバックから取り出したのはフェイルから貰った小瓶。
 飲むの? わたくし、本当にこれを飲むの?
 飲んでしまうの?
 ぎゅっと握って見つめていると、リヒトが早く飲めと言ってわたくしの手からそれを奪い取る。
「蓋が開かないのか? ほら」
 きゅっと小さな音させて小瓶の蓋をあけ、リヒトは渡してくれる。
 ああ、も、もう! いらぬおせっかいよ!
 こうなったら飲むしかないじゃない。
 渡されたそれを、わたくしは一気に煽るしかなかったのです。
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