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本編
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酷い目にあった、というのは。こういう事を言うのでしょう。
ま、まぁわたくしも応えてしまったので、責任はあるのですが。
身体で繋がる事ができるというのは幸せであると思う。それをわたくしは愛している方とできるのだから。
母になってからはリヒトのための時間、というのはなかなかとりませんでしたし。
子供たちが大きくなれば、夜は別の部屋になりますから二人の時間もできるのでしょうけど。
「リヒト、起きて」
「もう少し……このまま」
「甘えんぼさんね……」
昨日の事を、思い出す。
わたくしはずっと、この人を許していたのだけれど。それを言葉にしなかった。
だから、この人もこの人でずっと、色んな想いを抱えていたのだと思う。
謝ろうとしている、そうしたいと思っている。それを感じた事はあったけれど、何を謝る必要があるのかと思ってそれを拒んだ。
それはこの人にとって苦しいものだったかしら。一年ではないわ、二年? 三年近く、ずっと謝る機会なんでなかったのだから。
愛していると言って、ええわたくしもと頷くのに。過去を決して許してはいない。
酷いことをしていたと、思う。
もっと早くに、もういいのよ気にしないでと言っていればよかったのかしら。
でも、その時、わたくしはそれに気付けなかった。相手の気持ちを考えるなんてこと、してなかったのだから。
けれど、今は。
リヒトの心の内を知りたいと思う。わたくしの心の内を知ってほしいと思う。
王になってこれから、もっと色んな事に悩んでいくでしょう。だからひとつ、心のわだかまりを解いて。
心軽くしたいと思ったのだから。
愛しているから、何でも許す。
それはきっと間違っているとは思うわ。愛していても間違いは間違いであると正さなければ一緒に落ちていくだけ。
わたくしは、この人を悪いと言われる王にしたくはないわ。だから間違った事をすれば諌める。
民に対して間違ったことを、リヒトはしないでしょうけれど。
わたくしは――ああ、と。ふと、お母様の事を思いだしていました。
「お母様は、わたくしと違う気持ちだったのでしょうね……」
お母様は、わたくしに言っていた。
高貴な血筋の方の迷惑になるようなことはしてはいけません、と。
その血筋にあなたの跡を残してはいけません、と。
けれど、本当に好きな方の為には、何もかも気にせず頑張りなさい、支えになりなさい、とも。
「……お母様は、お父様を支えなかったのね」
お父様にはお義母様がいらっしゃったから、お母様は身を引いたのでしょう。多分それが、お母様の選んだ迷惑になるようなことはしない、という事。
お義母様が支えてらっしゃるのを知っていたから、かしら。
「わたくしはあなたを支えきれるかしら」
「支えて貰わないと困る」
「あら、起きましたの」
「ああ。お前がごそごそと俺に触れるから」
はは、と笑い零し、改めてわたくしにおはようと言って額に口付る。
抱きしめる力は変わらなくてわたくしは身をよじるばかり。
「リヒト、顔を見せて」
「ん? ああ」
「あいしてますわ」
素直に言えるようになった言葉。リヒトは俺も愛していると笑って口付る。
身体は大丈夫か、と心配してくるけれど好きにしたのはあなたなので今更ではなくて?
「大丈夫よ、一応」
「アーデルハイト……」
「なぁに?」
「お前は本当に、俺を許して……いたんだな。ありがとう」
「ええ、許しているわ。わたくしはあなたがわたくしにしたこと全て、受け入れているわ」
「ああ」
「忘れなさいとは言わないけれど……責めもしないわ。それでも、どうにも悪いと思うなら、そうね」
一生かけて、愛して償ってくださる?
そう言って笑えば、リヒトはそれは償いにはならんだろうと。
いいえ、これって難しいわよ。
だって、人の心は変わるものなのだから。
「あなたの心もだけれど、わたくしの心が変わらぬように必死で繋ぎ止め続けなきゃいけないのよ?」
「……それは、償いにはやはりならん。それは俺にとって息をするのと同義だ。俺はお前に捨てられたくない」
「なら息をするのと同じように、わたくしを愛していてね」
笑いかければ頷く。
この手から、お前から与えられる愛情を零さぬようにすると。
わたくし、零れるほどの愛情は注ぎませんわよ?
そうして欲しければわたくしにも、注いで欲しい。
「いつ、気が変わるかわかりませんわよ?」
「そうやって脅すあたりは、やはり悪い女だな」
「そうね。わたくしは悪い女よ。手玉に取られたら嬉しいくせに」
「嬉しくはないが、楽しくはあるな」
何よそれ。
でも、わかっているくせに。
わたくしが何を言っても、わたくしの心が揺るがないのをわかっているくせに。
わたくしたちはいろんなことを間違えて、だからこそ結びついてしまったの。
めんどくさい絡み方をして、もう解けない繋がりをもったの。
そうしたのは、リヒトなのに。
「あなたはわたくしを悪い女と言うけれど、あなたも大概、悪い男よ?」
「それが?」
「似た者同士ね、ちょうど良いのではない?」
「似た者同士、似合いだな」
そうね、とわたくしは笑う。
色んなことがあったけれど、わたくしたちはお似合いよ。
笑ってしまうほどに。
ま、まぁわたくしも応えてしまったので、責任はあるのですが。
身体で繋がる事ができるというのは幸せであると思う。それをわたくしは愛している方とできるのだから。
母になってからはリヒトのための時間、というのはなかなかとりませんでしたし。
子供たちが大きくなれば、夜は別の部屋になりますから二人の時間もできるのでしょうけど。
「リヒト、起きて」
「もう少し……このまま」
「甘えんぼさんね……」
昨日の事を、思い出す。
わたくしはずっと、この人を許していたのだけれど。それを言葉にしなかった。
だから、この人もこの人でずっと、色んな想いを抱えていたのだと思う。
謝ろうとしている、そうしたいと思っている。それを感じた事はあったけれど、何を謝る必要があるのかと思ってそれを拒んだ。
それはこの人にとって苦しいものだったかしら。一年ではないわ、二年? 三年近く、ずっと謝る機会なんでなかったのだから。
愛していると言って、ええわたくしもと頷くのに。過去を決して許してはいない。
酷いことをしていたと、思う。
もっと早くに、もういいのよ気にしないでと言っていればよかったのかしら。
でも、その時、わたくしはそれに気付けなかった。相手の気持ちを考えるなんてこと、してなかったのだから。
けれど、今は。
リヒトの心の内を知りたいと思う。わたくしの心の内を知ってほしいと思う。
王になってこれから、もっと色んな事に悩んでいくでしょう。だからひとつ、心のわだかまりを解いて。
心軽くしたいと思ったのだから。
愛しているから、何でも許す。
それはきっと間違っているとは思うわ。愛していても間違いは間違いであると正さなければ一緒に落ちていくだけ。
わたくしは、この人を悪いと言われる王にしたくはないわ。だから間違った事をすれば諌める。
民に対して間違ったことを、リヒトはしないでしょうけれど。
わたくしは――ああ、と。ふと、お母様の事を思いだしていました。
「お母様は、わたくしと違う気持ちだったのでしょうね……」
お母様は、わたくしに言っていた。
高貴な血筋の方の迷惑になるようなことはしてはいけません、と。
その血筋にあなたの跡を残してはいけません、と。
けれど、本当に好きな方の為には、何もかも気にせず頑張りなさい、支えになりなさい、とも。
「……お母様は、お父様を支えなかったのね」
お父様にはお義母様がいらっしゃったから、お母様は身を引いたのでしょう。多分それが、お母様の選んだ迷惑になるようなことはしない、という事。
お義母様が支えてらっしゃるのを知っていたから、かしら。
「わたくしはあなたを支えきれるかしら」
「支えて貰わないと困る」
「あら、起きましたの」
「ああ。お前がごそごそと俺に触れるから」
はは、と笑い零し、改めてわたくしにおはようと言って額に口付る。
抱きしめる力は変わらなくてわたくしは身をよじるばかり。
「リヒト、顔を見せて」
「ん? ああ」
「あいしてますわ」
素直に言えるようになった言葉。リヒトは俺も愛していると笑って口付る。
身体は大丈夫か、と心配してくるけれど好きにしたのはあなたなので今更ではなくて?
「大丈夫よ、一応」
「アーデルハイト……」
「なぁに?」
「お前は本当に、俺を許して……いたんだな。ありがとう」
「ええ、許しているわ。わたくしはあなたがわたくしにしたこと全て、受け入れているわ」
「ああ」
「忘れなさいとは言わないけれど……責めもしないわ。それでも、どうにも悪いと思うなら、そうね」
一生かけて、愛して償ってくださる?
そう言って笑えば、リヒトはそれは償いにはならんだろうと。
いいえ、これって難しいわよ。
だって、人の心は変わるものなのだから。
「あなたの心もだけれど、わたくしの心が変わらぬように必死で繋ぎ止め続けなきゃいけないのよ?」
「……それは、償いにはやはりならん。それは俺にとって息をするのと同義だ。俺はお前に捨てられたくない」
「なら息をするのと同じように、わたくしを愛していてね」
笑いかければ頷く。
この手から、お前から与えられる愛情を零さぬようにすると。
わたくし、零れるほどの愛情は注ぎませんわよ?
そうして欲しければわたくしにも、注いで欲しい。
「いつ、気が変わるかわかりませんわよ?」
「そうやって脅すあたりは、やはり悪い女だな」
「そうね。わたくしは悪い女よ。手玉に取られたら嬉しいくせに」
「嬉しくはないが、楽しくはあるな」
何よそれ。
でも、わかっているくせに。
わたくしが何を言っても、わたくしの心が揺るがないのをわかっているくせに。
わたくしたちはいろんなことを間違えて、だからこそ結びついてしまったの。
めんどくさい絡み方をして、もう解けない繋がりをもったの。
そうしたのは、リヒトなのに。
「あなたはわたくしを悪い女と言うけれど、あなたも大概、悪い男よ?」
「それが?」
「似た者同士ね、ちょうど良いのではない?」
「似た者同士、似合いだな」
そうね、とわたくしは笑う。
色んなことがあったけれど、わたくしたちはお似合いよ。
笑ってしまうほどに。
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