悪辣同士お似合いでしょう?

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鳥籠編【塩期間編】(読まなくても問題ありません)

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 昼に王都を出て、そこに着いたのは夜遅くだ。
 アーデルハイトを置いたままの屋敷に来ると、諜報から先に話が入る。
 話があるとアーデルハイトは言っていると聞いて、応じると答えた。
 そのやってきた三人も一緒に、と。
 そう仰ると思って、待たせてあるという侍従。手回しが早いなと俺は笑い、その部屋へ向かった。
 扉を開けて、視界に飛び込んでくる。
 一人の女が、三人の男従えて優雅に座っている姿。
 絵になるものだ、と思った。
 もっと着飾ってやれば、その姿は一国の主の傍にある者としては十分なものになるだろう。
 頭をよぎってしまう選択肢。けれど、俺と釣り合うには足りないものも多いのだろう。
 俺はその前に、座り視線を合わせる。
 アーデルハイトが浮かべた笑みは貴族の令嬢ならではのものだ。
「お久しぶりですわ、殿下」
「ああ。それで、話は?」
「まぁ……そんなこと、言わなくてもわかっているでしょうに」
 何を望んでいるのか。そして最低ラインを保てるか。どこまで優位をとれるか。
 そういった線引きはもう始まっているらしい。
 俺は後ろの三人を見て、それらの侵入を許せか? と笑って見せればそんな小さなことと返す。
 まぁ、アーデルハイトが願っているのはそれではないだろう。
「お前の願いを聞いてやってもいいが、俺のいう事も一つ聞いてもらう」
「何をお聞きすれば良いのかしら」
「……俺が良いと言うまで、ここにいろ」
 そう言えば、そんなことで良いのです? とアーデルハイトは言う。
 そう、そんなことで良い。
 しかし俺がいつ良いというかはわからないだろう。そこに至って、考えているらしい。
「もちろん退屈は無いようにしてやる。別にどこにいても、お前は同じだろう?」
「……わたくしだけでは嫌よ」
「ああ」
「彼らも一緒なら、呑んで差し上げますわ。衣食住の保障、それから」
「それから?」
「わたくしに謝罪して。そして一発、あなたを叩かせなさい」
「……根深いな」
 ふ、と笑みが零れた。
 それを認めないと言う事は聞かないというように睨んでみせる。
 精一杯の強がりだろうか。まぁ、いいか。一発くらい、どうせそんなに力も無いだろう。
「それで、全部許してあげるって言ってるのよ」
「安いな。それは自分の安売りだとわかっているのか?」
「わたくしが納得するには最低限、必要な事まで下げて差し上げてるのよ。わたくし、優しいので」
「は、言ってくれる」
 高圧的に、折れることなく。真正面から向かってくることに心地よささえ感じる。
 有りか、無しか。その二択なら、有りだと冷えた頭が言う。
「……二人で話したい。そこの三人を下がらせろ」
「彼等は口は出していませんわ、いて問題ありません」
「こちらには問題ある」
 アーデルハイトからは、その顔は見えていないのだろう。
 平静を装って、俺を見る視線は鋭く冷たい。そして、威嚇してくる。
 それは別に、恐ろしくも何ともないのだが探る様なものに不快さはあったのだ。
「……下がらせろ」
 もう一度、強く言えばアーデルハイトは黙ったままだ。
 しばらく睨み合って、溜息と共にわかりましたわと紡ぐ。
 三人同時に、嫌だと言うような視線を向けるがアーデルハイトは外にと示した。
 しぶしぶというように外に出ていく三人。別室に諜報が連れていくだろう。
 二人きりだ。
 静かになって、まず睨みあうように。どちらも視線外さず見つめあった。
 しかしいつまでもこうしているわけにはいかないだろう。
「……悪かった」
「何が、ですの」
「思わず、手が出た事だ。お前の頬を叩いた。あれは悪かった、謝罪しよう」
「まったく謝られているような気がしませんわ。そんな、椅子に、ふんぞり返って」
 それは確かにそうだ。ふんぞり返ってというのは言い過ぎだと思うが確かに、それは正しい。
 ではどうしたらいいのかと問う事はしなかった。
 俺は立ち上がり、アーデルハイトの傍に寄る。すると何か身構えたが、気にせずその足元に膝をついた。
「手を出したことについて、心から謝罪する。叩きたいなら叩け。別人のようになるまでやってもいい」
「そこまではしませんけれど、良いのね?」
「ああ」
 それじゃあ、とどこか嬉しそうな顔をした。振り上げられた手は良い音を立てて俺の頬を打ったが、音の割には痛くない。
 女の力なんてこの程度だ。やはり、俺が叩いた時はもっと痛かったのだろう。
「もう二度と手はあげないと誓う」
「そうしてくださると嬉しいわ」
「では、本題だ」
「本題?」
 ああ、と俺は頷いて笑ってやる。アーデルハイトの表情が一瞬凍り付いたように固まった。
「……嫌な予感しか、しないのですが」
 手を取って、立たせる。
 少し楽しくなってきた。もう一度、求めてみたらどう答えるだろうか。
 他の女のように素直に従うのだろうか。そうであれば興はさめるかもしれない。
「それと、もう用は終わりましたでしょう?」
「終わっていない。けれどその話をする前に、やる事がある」
「やる事?」
 いぶかしげに首をかしげる。
 逃げられぬように腰を抱き、引き寄せてみせれば驚いたような顔をしていた。
「なぜ、抱き寄せますの? あなた、わたくしの事嫌いなんでしょう?」
「嫌いではない」
「は?」
「愛しくもないが、嫌いではない。好いてもいないが」
「……そのような相手をどうして抱き寄せましたの」
「口付るためだが?」
「頭おかしいのではなくて?」
 おかしくはない、と笑いながらその顎を掬い上げると顔をそむけようとする。
 そう嫌がるなと笑って唇を合わせれば必死の抵抗だ。しかしそれもいつまでも続かない。
 舌をすべり込ませて蹂躙してやるとすでに息は上がっている。
「必要があれば、俺はどんな女でも抱ける」
「……必要が、あれば?」
「ああ。俺はもう一度、お前と寝る。確かめたいことがあるからな」
「わ、わたくしはそんなこと望みませんわ、いやよ!」
 暴れはじめる前に抱え上げ、続きの間に向かう。寝台に投げ出し押さえつけ、視線合わせる。
「一度したのだ。二度も三度も同じだ。それとも何か、お前は好きな男ではないとダメというのか? 貴族の娘のくせに」
「そんなことは、ありませんけれど!」
「なら良いだろう」
 宥めすかすように何度も口付をして呼吸を奪う。息が上がればおとなしくなるのだ。
「素直になれ。言ってほしいなら睦言も囁いてやる」
「冗談……何考えてるの、馬鹿じゃありませんの?」
「色々考えた末にこうしている。終わった後に教えてやる」
 性欲処理のために抱いてるだけじゃないの、とさげすむような目を向けられた。
 そうではないのだが、そうとれるのならもうそれでもいい。
 快楽に訴えてやればおとなしくなり、やがて諦めたのだろうか。もういいとばかりに抵抗をやめた。
「安心しろ、優しくする」
「そんなの、当たり前でしょう? 仕方ないから、抱かれて、あげますわ」
「二度目のくせによく言う」
 おもしろいな。
 この女は面白い。どんな考えを持って過ごしているのか、深くまではまだわからない。
 好ましいと思う点とそうでない点と比べたら、きっとそうではない点の方が多いだろう。
 けれど、この性格は向いている。俺の隣に立って、御飾りとして置いておかなくて良いものだ。
 妃など、別にお飾りで良いと思っていたのだ。
 しかし国のどの娘をとっても後ろで貴族の影がちらつく。そういったものはいらない。
 また妃本人に勘違いされても困る。自分は偉くなったのだと。妃なのだからと。
 そうであるなら、責を終え。俺の隣に立って恥ずかしくないように振る舞え。俺の求めるものは別段、高いものではないはずだ。
 能力がないなら、弁えろということなのだから。
 アーデルハイトは、それができる。そう思えたのだ。
 出会いは良くないが、身の下で喘ぎを堪える様に高揚してしまう。
 互いに割り切ってしまえるなら――これ以上ない。
「最悪よ……二度もなんて。何考えてるの、本当に、馬鹿でしょう? 王太子なのだからもっといるでしょう? そういう相手が」
「終わった途端に饒舌だな。元気があるということは、まだ足りないのか?」
「結構よ! 触らないで、ちょっと、抱きしめないで!」
「だがまた良さそうな顔をしていた。俺とお前は、身体の相性が良い」
「そんなの知らないわよ……」
 そっぽを向いたその顔を引き戻す。
 何とばかりに睨みつけてくる視線はかわいいものだ。
「アーデルハイト・シュタイン、俺の妃になれ。お前のような悪い女は、傍に置いてみていてやる」
「お断りよ。わたくしは自由に過ごしたいので」
「だが良いと言うまでここにいると言った。自由はない」
「いざとなればどうにかして、飛び立ちますので」
 互いに睨み合う。俺達の間に甘いものなど何もない。そんなものは、必要ないのだろう。
 素直に頷くとはもちろん、思ってはいなかった。
 まぁいいと俺は笑い、その手を緩める。
「ここで寝ろ、どうせ立てないだろう」
「そうさせていただくわ」
「では、またな」
 その頭をひとなでして、額のあたりに口付を落とす。
 この程度で絆される女ではないのはわかっているが――いや、効いているようだ。
 顔を真っ赤にしている。この程度でか。初心と言えば初心か。
 アーデルハイトはまだここに繋ぎとめておける。あとはどのようにして頷かせるかだ。
 手はいくつかある。だが、その前に片付けておくべき問題もあるだろう。
 俺のこの行いを、追ってきた三人というのは許さないだろうから。
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