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第7章 ーノエル編ー
20 学園四年目
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その日はハロルドも上手く振舞えなくなってしまい、会議は延期となった。ハロルドに詰め寄るのも違うか、と思いハロルドを見送った。
とりあえず、ザラとは頭を冷やしてまた話そう。今日はもうさっさと寝よう。…でもなかなか寝付けなくて寝坊気味に起きたら、すごいことになっていた。
「ノエル!起きなさい!」
コレットがノエルのベッドの布団を思い切りめくる。
「コレット…私今日午前休みなの…もうちょっと寝かして…。」
「それどころじゃない!新聞部から突然号外がでたのよ!」
寝ぼけて起き上がったノエルの顔に刷りたての新聞紙の紙が押し付けられる。剥がして見出しを見てみるとそこには、”ハロルド・フィリウスの秘密!禁断の人体改造魔法!”とでかでかと書かれていた。
ノエルの脳が一瞬にして覚醒し、昨日ザラが吐き捨てたセリフを思い出す。『お前なんて、一族が禁術に手を出して生まれたクローン人間のくせに!』という。
「…行かなきゃ。」
そのまま部屋を飛び出そう…としてコレットにつかまり急いで制服に着替えた。
ー---
「ハロルド…本当にごめんなさい。」
ハロルドを貶める号外は一部の新聞部員により独断で発行されていたことが判明した。すぐに編集長が訂正の号外を出したが、一度根付いてしまった疑念は消えない。
ハロルドが人体改造魔法によるフィリウス家の創始者のマリウスのクローン体であるという記事は、ハロルドの異様な頭の良さなども相まって、信ぴょう性の高い疑念として広まってしまっていた。
号外を作った部員たちは、情報の発信元について一切覚えておらず、ノエルは闇魔法の使用を疑っていた。しかし闇魔法は解除された後であり、証拠をつかむことはできなかった。
闇魔法だとしたら、ザラの仕業だろう。
「私が、ザラを下手に責めたから、だからってハロルドに仕返しするのは意味がわからないけど、でも私のせいだわ。」
「ノエルのせいじゃないよ。ザラが僕の秘密を知ってるのは把握してたのに、何も対策を取らなかった僕もいけなかったんだ。それにいつかは明らかになることだと思うから。」
「じゃあ、この記事って…。」
「うん。全部本当だよ。」
二人きりの裏生徒会の部室の中で、ハロルドはソファにどかりと座り込み、ノエルもその隣に座る。
「僕も全部知ったのは最近なんだけど、昔から記憶力が異常に良くて、忘れるってことがないんだ。属性魔法も四属性持ちだったし。なぜか女の子のふりして育てられたし。父上を問い詰めたんだよ。
そうしたら、フィリウス家の長老たちの暴走の結果、母上に無理やり僕を妊娠させたんだって。
マリウスは男性だったから、長老たちに失敗したと思わせるために、女の子として育てていたんだって。」
「今、その長老たちは…?」
「みんな死んだよ。残ったのは負の遺産の僕だけだ。」
ハロルドは珍しく自嘲気味に笑っている。何が珍しいかというと、ハロルドがこんな人間臭い顔をしていることが珍しいのだ。
「もう実行犯はいないし、父上たちは罪に問われないと思うけど、僕の存在は…ちょっとした争点になるかもね。」
号外は訂正されたが、学園中が読んでしまった。疑惑が真実である以上、いつかそれは明るみに出るかもしれない。そうでなくても、皆に疑惑の目で見られ続けるのはつらいだろう。
ノエルの頭にザラの顔が浮かぶ。ザラ、なんでこんなことをしたのだろう。今頃後悔してるんじゃないの。なんとか…すべてを未然に防ぐ形にできないだろうか…。
ノエルの頭には一案が浮かんでいる。
「行こう、ハロルド。全部未然に防ごう。」
ー---
ノエルがやったのは、ショーンへのスライディング土下座である。地べたにはいつくばってお願いした。
「お願い!ショーン!力を貸して!ビビにお願いして時間を巻き戻してほしいの!ハロルドを貶める号外の発行を止めて、ザラの悪事を未然に防ぎたいの!
何でも言うこと一回聞くから、今回は私のために動いてほしいの!」
地べたからお願いするので背の高いショーンがさらに背が高く見える。
「ノ、ノエル、そんな、立ってよ。やるよ、もちろん。」
ショーンの魔力量の多さから、ノエルとショーンで時間を巻き戻ることになった。ハロルドは、覚えているので巻き戻りに参加しなくても問題ないそうだ。
本当にどういう脳みその作りをしているんだか。
そうして巻き戻って号外を差し止めることに成功した。
ザラはノエルとよくデートした湖の畔に座り込んでいた。その後ろ姿に歩み寄る。足音に振り向いたザラが驚いたように息をのんだ。
ノエルはザラに一緒に巻き戻った号外記事を突き付ける。
「こ、これは?」
「あなたがハロルドを貶めようとして作った号外よ!」
「お、俺は…。」
「闇の魔法で操られた新聞部員たちも会ったわ。」
「…どうして、気づいたんだ?」
「これがばらまかれた日から、時の精霊のビビの力を使って戻ってきたのよ。これがばらまかれてハロルドがみんなに遠巻きにされるところも見てきたわ。…なんでそんなにハロルドのことを目の敵にするの?
ザラが実力主義の集会に参加してたこと、ハロルドから聞いたんじゃないよ。ハロルドは私に何も言わなかった。コレットから聞いたの。ルームメイトで獣人の。
『ウォー家の同級生三人はみんな実力主義の集会とその後の暴動に参加している』って。あなたのやったことは、ただの八つ当たりよ!」
「ノエル…。」
「ねえ、ザラ、本当に実力主義は私のためだって思って集会に参加してたの?」
「実力主義は俺たちに必要だ。ノエルも、実力主義が広まれば、俺の言ってたことが正しいってわかるさ。」
ノエルは眉間にしわを寄せてザラを見つめた。私がパパンや、ママンや、首都のみんなを虐げるような思想を受け入れると思うのだろうか。そんなはずがないじゃないか。そんなものを信奉しなきゃいけないなら魔法に未練はない。ルクレツェンにも未練はない。
ノエルは号外をくしゃくしゃに握りしめた。
「実力主義のためだったらおばさんを殺せる?」
ザラがハッとして目を見開いたのと、眉間にノエルの投げたくしゃくしゃに丸められた号外の球があたったのは同時だった。
「さよなら、ザラ。」
そのままノエルは振り返らずに足早にその場を去った。
ー---
「というわけなの。」
ノエルは時を巻き戻したことだけ伏せて、リアにすべてを話した。ノエルの中でも未だにもやもやとしたものがあり、何が釈然としないのかはっきりしていなくて、誰かに話を聞いてほしかったのだ。
「その彼、ノエルのこと全然わかってないわ。」
全てをきいたリアは紅茶を上品に飲み、カップを降ろす。
「だって、ノエルが全部決められて管理されて守られて、納得するわけがないじゃない。最初からノエルの扱いを間違えてるのよ。
むしろ戦うノエルをサポートしながら一緒に戦ってくれるような人がいいに決まってるわ。」
リアの総括はノエルにストンと落ちてきた。そうか、ザラのやっていたことは攻撃的なノエルも活動的なノエルも認めないようなものだったのだ。俺に従えば問題ない、黙ってついてこい、みたいな。
全然キュンとしない。
「別れてよかったんじゃない?やっぱり成長すると人って変わるのね。ネイトは全く変わらなかったけれど。」
「そっちも婚約解消できたのよね?」
「ええ!お父様から手紙が届いたわ!私も自由の身よ!」
「そうだね。お互い別れてよかったってことで、乾杯しよ。」
ザラのことはすっぱり嫌いと割り切れることでもない。今後も思い出して悶々とすることがあるだろう。でも、もうザラのことはいいのだ。もっと私の意思を尊重してくれるような人と恋愛をしよう。
私も遠慮せず最初から気兼ねなく意見を言うべきだったのだろう。それでどうにかなったとは思えないけれど、次に生かそう。
そうして二人は紅茶で優雅に乾杯したのだった。
とりあえず、ザラとは頭を冷やしてまた話そう。今日はもうさっさと寝よう。…でもなかなか寝付けなくて寝坊気味に起きたら、すごいことになっていた。
「ノエル!起きなさい!」
コレットがノエルのベッドの布団を思い切りめくる。
「コレット…私今日午前休みなの…もうちょっと寝かして…。」
「それどころじゃない!新聞部から突然号外がでたのよ!」
寝ぼけて起き上がったノエルの顔に刷りたての新聞紙の紙が押し付けられる。剥がして見出しを見てみるとそこには、”ハロルド・フィリウスの秘密!禁断の人体改造魔法!”とでかでかと書かれていた。
ノエルの脳が一瞬にして覚醒し、昨日ザラが吐き捨てたセリフを思い出す。『お前なんて、一族が禁術に手を出して生まれたクローン人間のくせに!』という。
「…行かなきゃ。」
そのまま部屋を飛び出そう…としてコレットにつかまり急いで制服に着替えた。
ー---
「ハロルド…本当にごめんなさい。」
ハロルドを貶める号外は一部の新聞部員により独断で発行されていたことが判明した。すぐに編集長が訂正の号外を出したが、一度根付いてしまった疑念は消えない。
ハロルドが人体改造魔法によるフィリウス家の創始者のマリウスのクローン体であるという記事は、ハロルドの異様な頭の良さなども相まって、信ぴょう性の高い疑念として広まってしまっていた。
号外を作った部員たちは、情報の発信元について一切覚えておらず、ノエルは闇魔法の使用を疑っていた。しかし闇魔法は解除された後であり、証拠をつかむことはできなかった。
闇魔法だとしたら、ザラの仕業だろう。
「私が、ザラを下手に責めたから、だからってハロルドに仕返しするのは意味がわからないけど、でも私のせいだわ。」
「ノエルのせいじゃないよ。ザラが僕の秘密を知ってるのは把握してたのに、何も対策を取らなかった僕もいけなかったんだ。それにいつかは明らかになることだと思うから。」
「じゃあ、この記事って…。」
「うん。全部本当だよ。」
二人きりの裏生徒会の部室の中で、ハロルドはソファにどかりと座り込み、ノエルもその隣に座る。
「僕も全部知ったのは最近なんだけど、昔から記憶力が異常に良くて、忘れるってことがないんだ。属性魔法も四属性持ちだったし。なぜか女の子のふりして育てられたし。父上を問い詰めたんだよ。
そうしたら、フィリウス家の長老たちの暴走の結果、母上に無理やり僕を妊娠させたんだって。
マリウスは男性だったから、長老たちに失敗したと思わせるために、女の子として育てていたんだって。」
「今、その長老たちは…?」
「みんな死んだよ。残ったのは負の遺産の僕だけだ。」
ハロルドは珍しく自嘲気味に笑っている。何が珍しいかというと、ハロルドがこんな人間臭い顔をしていることが珍しいのだ。
「もう実行犯はいないし、父上たちは罪に問われないと思うけど、僕の存在は…ちょっとした争点になるかもね。」
号外は訂正されたが、学園中が読んでしまった。疑惑が真実である以上、いつかそれは明るみに出るかもしれない。そうでなくても、皆に疑惑の目で見られ続けるのはつらいだろう。
ノエルの頭にザラの顔が浮かぶ。ザラ、なんでこんなことをしたのだろう。今頃後悔してるんじゃないの。なんとか…すべてを未然に防ぐ形にできないだろうか…。
ノエルの頭には一案が浮かんでいる。
「行こう、ハロルド。全部未然に防ごう。」
ー---
ノエルがやったのは、ショーンへのスライディング土下座である。地べたにはいつくばってお願いした。
「お願い!ショーン!力を貸して!ビビにお願いして時間を巻き戻してほしいの!ハロルドを貶める号外の発行を止めて、ザラの悪事を未然に防ぎたいの!
何でも言うこと一回聞くから、今回は私のために動いてほしいの!」
地べたからお願いするので背の高いショーンがさらに背が高く見える。
「ノ、ノエル、そんな、立ってよ。やるよ、もちろん。」
ショーンの魔力量の多さから、ノエルとショーンで時間を巻き戻ることになった。ハロルドは、覚えているので巻き戻りに参加しなくても問題ないそうだ。
本当にどういう脳みその作りをしているんだか。
そうして巻き戻って号外を差し止めることに成功した。
ザラはノエルとよくデートした湖の畔に座り込んでいた。その後ろ姿に歩み寄る。足音に振り向いたザラが驚いたように息をのんだ。
ノエルはザラに一緒に巻き戻った号外記事を突き付ける。
「こ、これは?」
「あなたがハロルドを貶めようとして作った号外よ!」
「お、俺は…。」
「闇の魔法で操られた新聞部員たちも会ったわ。」
「…どうして、気づいたんだ?」
「これがばらまかれた日から、時の精霊のビビの力を使って戻ってきたのよ。これがばらまかれてハロルドがみんなに遠巻きにされるところも見てきたわ。…なんでそんなにハロルドのことを目の敵にするの?
ザラが実力主義の集会に参加してたこと、ハロルドから聞いたんじゃないよ。ハロルドは私に何も言わなかった。コレットから聞いたの。ルームメイトで獣人の。
『ウォー家の同級生三人はみんな実力主義の集会とその後の暴動に参加している』って。あなたのやったことは、ただの八つ当たりよ!」
「ノエル…。」
「ねえ、ザラ、本当に実力主義は私のためだって思って集会に参加してたの?」
「実力主義は俺たちに必要だ。ノエルも、実力主義が広まれば、俺の言ってたことが正しいってわかるさ。」
ノエルは眉間にしわを寄せてザラを見つめた。私がパパンや、ママンや、首都のみんなを虐げるような思想を受け入れると思うのだろうか。そんなはずがないじゃないか。そんなものを信奉しなきゃいけないなら魔法に未練はない。ルクレツェンにも未練はない。
ノエルは号外をくしゃくしゃに握りしめた。
「実力主義のためだったらおばさんを殺せる?」
ザラがハッとして目を見開いたのと、眉間にノエルの投げたくしゃくしゃに丸められた号外の球があたったのは同時だった。
「さよなら、ザラ。」
そのままノエルは振り返らずに足早にその場を去った。
ー---
「というわけなの。」
ノエルは時を巻き戻したことだけ伏せて、リアにすべてを話した。ノエルの中でも未だにもやもやとしたものがあり、何が釈然としないのかはっきりしていなくて、誰かに話を聞いてほしかったのだ。
「その彼、ノエルのこと全然わかってないわ。」
全てをきいたリアは紅茶を上品に飲み、カップを降ろす。
「だって、ノエルが全部決められて管理されて守られて、納得するわけがないじゃない。最初からノエルの扱いを間違えてるのよ。
むしろ戦うノエルをサポートしながら一緒に戦ってくれるような人がいいに決まってるわ。」
リアの総括はノエルにストンと落ちてきた。そうか、ザラのやっていたことは攻撃的なノエルも活動的なノエルも認めないようなものだったのだ。俺に従えば問題ない、黙ってついてこい、みたいな。
全然キュンとしない。
「別れてよかったんじゃない?やっぱり成長すると人って変わるのね。ネイトは全く変わらなかったけれど。」
「そっちも婚約解消できたのよね?」
「ええ!お父様から手紙が届いたわ!私も自由の身よ!」
「そうだね。お互い別れてよかったってことで、乾杯しよ。」
ザラのことはすっぱり嫌いと割り切れることでもない。今後も思い出して悶々とすることがあるだろう。でも、もうザラのことはいいのだ。もっと私の意思を尊重してくれるような人と恋愛をしよう。
私も遠慮せず最初から気兼ねなく意見を言うべきだったのだろう。それでどうにかなったとは思えないけれど、次に生かそう。
そうして二人は紅茶で優雅に乾杯したのだった。
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