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第7章 ーノエル編ー

22 学園五年目

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五年生になって早々にノエルはぎょっとする。

「ハ、ハロルド?背、伸びすぎじゃない?」

…もしかして、新しいセドリック魔法商会のマジックアイテム?そう思ってしまうぐらいハロルドの背が伸びていたのだ。それになんかちょっとたくましくなった?

「ああ。この夏で急に背が伸びたんだ。成長痛で大変だったよ。」

ハロルドは笑っているが、そんな伸び方するのだろうか?今年から魔法学園に隣接する研究機関に就職し、研究者兼教師となったシャーリーも驚いていた。なんかちょっとどぎまぎしてたけど、新しい扉でも開いたのかな?


新しい扉と言えば、婚約者から解放されたリアである。

「ノエル。私、今フリーなの。」

「ん?どうした?急に?」

恒例となった定例お茶会でリアは急に立ち上がり、机の上に何やら分厚いファイルのようなものをのせた。促されて開いてみるとそこには新聞記事の切り貼りや、書き込みの多い地図、とある人物の写真がぎっしりと詰まっていた。


”ユージーン・パーカスが歴代最年少Sランク冒険者に昇格!”

”ユージーン・パーカスがロマーノの山中にてダークテールドラゴンを討伐!”

といった見出しが目に入る。日付は7年ほど前のものもあり、かなり年季が入っている。


「リアさんや、これはいったいなんぞや?」

「ノエルさんや、これを見たからには協力してもらわないかんぞ。」

そうして語り始めるのリアの初恋ストーリーだった。



リアがユージーンに初めて出会ったのは10歳の時のことだった。当時のユージーンはSランク目前のAランク冒険者であり、マクレガー家の領地で魔獣の大量発生が起きた際の駆除隊の一員としてリアと出会ったらしい。

マクレガー家の子供たちが乗馬をしている場に鹿のような魔獣が乱入してきたのを追いかけてきて瞬殺で始末してくれたのだそうだ。
…もしかして、ポークディアでは?オールディ時代にお世話になった黒薔薇騎士団の隊長が好きだった魔獣だ。

地面から土の棘をはやして魔獣を貫いたのだとか。暴れそうになる馬を一瞬にしてなだめてくれたのだとか。顔がかっこよかったのだとか。

要はタイプのお兄さんに助けられて、一目ぼれしてしまったそうなのだ。



「ネイトと破談になった今、ユージーン先生に意識されたいの。どうすればいいと思う?」

「そうね…。とりあえず淑女の仮面を外してわかりやすく嬉しそうな顔をしてみれば?好きなものとかもリサーチしないとね。」

散々好き好き話をされて少しげんなりしたノエルはそう投げやりにアドバイスをした。


しかし、リアのアピール大作戦はすぐには始まらなかった。



ー---



それは冒険クラブの新歓BBQでノエルがシャーリーのインターンに勧誘を受けた数日後のことだ。

「ネイトがさ、リアと話したいって言ってるんだよね。間を取り持ってくれって僕に頼んできたんだけど、どうする?」

恒例となった冒険クラブでの体力テストの最中、ハロルドがリアにそんな提案をしだした。

「え?ネイトが?それをハロルドに?」

リアは困惑気味である。それはそうだろう。ノエルの理解では、リアはネイトに嫌われていると思っているのだから。
隣で話を聞いていたネイトの弟でもあるアレックスも苦笑した。

「いったい何の話なのかしら?また暴言を吐かれるのも嫌だわ。せっかく距離をとれたのに。」

「暴言を吐くつもりはないみたいだけど…。」

ハロルドも困惑顔である。この二人は全くネイトの胸の内を察せないのだろう。行動と心理が異なるという上級コースはハロルドには理解が難しく、被害者だったリアは行動の方しか目撃しないのでわからないのだ。

ノエルからすれば、リアにだけつっかかる、リアを見つけると絡みにくる、距離の近いアレックスを目の敵にする、辺りからネイトの気持ちは察せられる。きっとリアのことが好きだったのだろう。


会いたくない、どうしても会いたい、の交渉が一月に渡り続き、クリスマス休暇前のある日に貴族向けのサロンを借りてリアとネイトの面会のためのお茶会が開かれた。
なぜかリア側の付添人としてノエルが、ネイト側の付添人としてハロルドが参加する。


「あの、リア、会ってくれてありがとう。」

学年で二番目のイケメンと呼び声高いネイトはいつもの少し横柄な態度をひそめて、しおらしい顔でリアの向かいに座っている。

「いいのよ、ネイト。それで、ご用件は何かしら。」

世間話を挟まず、最速で話を終わらせようとするリア。ネイトの顔が少しひきつる。

「俺たちの婚約についてなんだけど、また結びなおせないかな…?」

その場がしんと静まり返った。リアが驚愕に目を見開いてネイトを見つめる。その場で給仕をしていたリア付き侍女のジェニーが静かに怒りのオーラを発している。
ノエルはああやっぱりという目でちらりとハロルドを見れば、え、え、という表情でリアとネイトを交互に見ている。

「な、なぜ?」

リアは助けを求めるようにちらりとノエルを見る。

「リアは政治家になるんだろう?就職するからドーリン家の夫人にはなれないっていうのが破談の理由だろう?別に家庭に入ってくれなくても構わないなら、婚約は継続でいいはずだ。」

「でも、ドーリン夫人がそれに関しては難色を示したはずよ。」

古の魔道具のためにこてこての貴族至上主義だったネイトとアレックスの母親は魔道具に関係なく古い考え方の人物の様で、リアが職業婦人になるときいて手のひらを返したように冷たくなったとリアに聞いた。

「説得する。」

「…ネイトは別に私と結婚しなくても引く手あまたでしょう?実際、婚約破談を聞きつけた普通科の令嬢たちに言い寄られているのを聞いたわ。」

「いや、でも、俺は…。」

ネイトは口を閉じて顔を赤くして、ぷるぷると震えだす。リアとハロルドはわからないと言いたげにネイトを見守る。まあ、その大事なところが言えていればそもそも婚約破談になっていないだろう。

「ネイトは私のこと嫌いでしょう?嫌いな相手との婚約がなくなってよかったじゃない?」

「いや…。」

ハロルドがこっそり眼鏡をかける。…ハロルド、こんなことに知識の精霊を使うな。

「別に破談にしたものをまた戻さなくても、新しい婚約を結べばいいわ。」

「いや、俺は…。」

「ネイトが私のことをクリスマスのディナーで置き去りにした時に、私、もうあなたとは無理だと思ったの。だからあなたと婚約を結ぶつもりはないわ。」


リアの断言にネイトが大きく目を見開いてわなわなと震える。

「お、俺は………リアのこと好きなんだ!」


二度目の沈黙。リアは一瞬無になった後、怒りがふつふつと湧き上がるのか眉間に徐々にしわが寄っていく。

「私は好きじゃないわ。好きになるはずがないじゃない。」


三度目の沈黙。ネイトはがばりと立ち上がり…。

「後で後悔してもしらないからな!!」

という捨て台詞を残してどこかへと走っていった。後悔するのはお前だ。


「何だったのかしら。ジェニー、おかわり!」

ジェニーがリアのカップにお茶を注ぐ。リアは怒りが冷めやらぬようでまだ熱いお茶をぐいっといってしまう。

「追いかけなくていいの、ハロルド?」

「ちょっと僕、何が起きたのかわからなくて。」

知識の精霊にも解析不能だったらしい。苦笑するハロルドにノエルはため息をつきながら説明する。


「ネイトはね、多分ずっとリアのことが好きだったのよ。」

「え?でもネイトはいつもリアに暴言を吐いてたよね?悪口もたくさん言ってたよ?わざわざ暴言を吐きに来ることもあったじゃん。」

「リアが気になるから、つかかっちゃうのよ。気になって追いかけて、かまってほしくて暴言になるのよ。アレックスへの態度からもわかるわ。」

「アレックス?」

「アレックスがリアと仲がいいから、嫉妬してアレックスを責めるような言動が多いのよ。」


ふとリアを見ると、別の意味で驚愕したような顔でノエルを見ていた。

「ノエル?あなた、ネイトが私のこと好きだって気づいてたの?」

「ああ、まあね。でもこういうの人から教えられるのも違うと思うし。」


ハロルドは顎に手をやって、眼鏡をかけたまま考え込んでいる。そしてはっとしたように顔をあげて立ち上がり、対面に座っていたノエルのところにやってきて膝をついた。

「なるほど、そういうことだったんだ!」

そのままノエルの手をとり、こちらを真剣な目で見上げてくる。


「僕はノエルのことが好きなんだ!気になって追いかけて構ってほしくて、僕より仲がいい相手がいるのが気に食わないんだ!
僕と結婚してください!」


…え?何?何でそうなった?



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