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第7章 ーノエル編ー

29 オールディ訪問

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初の大聖女との面会は警告を最後に幕を閉じた。公爵家から帰ってきたシャーリーとウィルと調査結果を相談する。

「ルロワ家の直系の男性はみな魔力もちだが未知の属性、聖属性は持っていなかったよ。大聖女様の実弟である現当主の魔力量が際立って高く、ハロルドたちが測ってくれた大聖女様より少し低いぐらいかな。
おそらく聖女として魔力を使ってきたか、使って来なかったかの違いだろうね。」

「属性は、当主様が光、水…。大聖女様と同じですね。12歳のご長男が光。7歳のご長女が大聖女資格をお持ちで、聖、光。
夫人は降嫁された元王女殿下でわずかに魔力を持ち、属性は水、と。」

「じゃあ、子供たちの方が魔力が低かったんですね。それはルクレツェンの魔力もちと同じですね。」

眼鏡をかけたハロルドが思案するように顎に手をやっている。

「大聖女様は歴代でも際立って聖女としてのお力が強い方だとも聞いたよ。」

「大聖女様の母親は男爵家出身だとか。これまで公爵家の方と交わってこなかった血筋だったのかもしれない。そうだとすれば、ルクレツェンで起きていることと同じことが考えられるかも。」

ルクレツェンで起きていること、つまり、由緒ある血筋ほど魔力量が少なく、むしろ様々なルーツを持つ者の方が魔力が高くなるのだ。

「なるほどそうかもね。ただ、それはルクレツェンでも表向きには認められていないことだ。正式報告にはいれられないだろうね。」

「女性にしか聖属性が今のところ現れていないことも、なんでなんだろう?」

謎はまだ多くある。



その日の夜のこと、ノエルの部屋をたずねてくる人がいた。

「大聖女様がお呼びです。お越しください。」

尋ねてきたのは白い制服の妙に顔のキレイな騎士だった。大聖女直属の白薔薇騎士団の騎士だ。値踏みするようにノエルを見ている。ぶしつけな視線に眉を顰め、ふと『僕から離れないで』と言っていたハロルドの顔を思い出す。

「それでは、隣室のハロルドを…。」

「お一人でいらっしゃるようにと、言付かっています。」

…確かに母の話を詳しく聞くなら、一人で会うべきだろう。実際ハロルドがいた時は、母が使えたとされる特殊能力の未来視の話はできなかった。

「わかりました。」


そうしてほいほいとついて行ったのを、後でハロルドにものすごく怒られることになる。



ー---



案内されたのは大聖女様の住居のある階の一つ下の階だった。…これはおかしい。ノエルは警戒レベルを一段上げた。
逃げた方がいいかもしれないが、殺されるということはないだろうし、様子を見ようか。

「こちらへ。」

案内された部屋の中にいたのは白と銀の神官の服を着た40半ばの男性だった。…神官長ではないが年齢から高位の神官なのだろう。
部屋は応接間というわけではなく客室の一つの様で机やベッド、クローゼットにソファーなど一通りの家具があった。

「よく来たね。そこに座りなさい。」

案内してきた騎士は男性の後ろに立つ。

「大聖女様に呼ばれていると聞きましたが…。」

ノエルはソファーに座りながら男性を見た。白髪の多い暗めの茶髪は神官長を彷彿とさせる。恐らく彼もモロー家の出なのだろう。

「君に大事な話をしたくてね。大聖女様からは本質的なことは何も聞けなかったと聞いているよ。」

ノエルは思わず顔をしかめかけたのをぐっとこらえる。メアリローズは未来視を除いて多くのことをしゃべってくれていたが…?

「誰にそれを?」

「大聖女付きのセシルは私の従姉妹だからね。」

「…そもそもあなたは誰です?」

「私は、ジョセフ・モロー。君の母上とは古くからの知り合いでね。今の大聖女に迫害されていたのを教会で保護していたんだ。」

「迫害?どういうことですか?」

「君の母上は辺境で特殊な能力に目覚めてね。いち早く察知した大聖女に王都へと連行されたんだ。白薔薇騎士団による連行の際には君もその場にいたと聞いているよ。
その特殊な能力を教会で酷使されていたんだ。」

「母の特殊な能力とはなんですか?」

「未来視という力だよ。未来のことがわかる力なんだ。」

「その力の使い過ぎで死んだということですか?大聖女様はその力をどう使ったんです?」

「実の弟をルロワ家の当主にし、自分に都合のいいモロー家のサミュエルを神官長にするためさ。本当は私が神官長になるはずだったのを、弟に奪われたんだ。」

ジョセフは忌々し気に顔をゆがめた。

「では、私と父が最後に母と会えたのは、あなたが取り計らってくださったからですか?」

ジョセフは頷く。常々、母の最期に寄り添えたのは黒薔薇騎士団の力添えだけでは無理なのではないかと思っていた。今は大分改善されたと聞くが、以前は黒薔薇騎士団は白薔薇騎士団と比べ冷遇されており、教会での権力は強くなかったのだ。
神官長を輩出するモロー家の助けがあったというなら納得できる。

納得できるが…。ノエルはちらりと後ろに控える白騎士を見た。白薔薇騎士団は大聖女直属のはず。教会を守る役目を担う白薔薇騎士団はもちろん大聖女以外の聖女や客人に付き従う場合もあるが、基本神官に騎士は付いていない。もし目の前の男性が白薔薇騎士団にある程度の権力を持っているのだとしたら、あの日母が連行されていったのはこの人の差し金である可能性も捨てきれない。


「君には大聖女資格があるし、母上と違って石板も反応したと聞いた。」

ジョセフが話を切り出す。

「母上の仇でもあるメアリローズに成り代わってこの国の大聖女になってくれないだろうか?」

「…資格はあるようですが、私は結界術の教育を受けていません。今から大聖女になるまでに修行を始めても何年後になるかわかりませんし、身につけられるかもわかりませんよ?」

「石板で覚醒してすぐ、通常一年かかる修行を飛ばして祈りの力を使ってみせたそうじゃないか。君ならすぐに大聖女になれるさ。」

「ほかに大聖女にふさわしい方はいらっしゃらないんですか?」

「やはりみな資格はあっても血筋が確かではないからね。それに現在の大聖女を越える実力もない。」

血筋。実力。ノエルが魔法学園でうんざりと嫌悪するようになった言葉の一つだ。

「メアリローズの母は男爵令嬢。しかも母親は平民だ。高貴な大聖女の血筋にふさわしくないだろう?」

「それならば私の父も平民です。しかも外国人です。」

「君にはルロワの血とモローの血が流れている。父親のことなど気にする必要はない。」

『モローの血』。モロー家の血縁の大聖女を誕生させたいということなら、やはり前半の母に関する話は大半が作り話なのだろう。だって、ノエルをルクレツェンに逃がしていいはずがないのだから、ノエルと父の逃亡を手伝ってくれたのはこの人たちではないということになる。


「やはり私には荷が重すぎる話です。お断りします。母を死なせた国に尽くすつもりもありません。」

「だからそれはメアリローズが…。」

「あなたは今、ルロワの血とモローの血が流れているから問題ない、というようなことをおっしゃいました。私がルクレツェンに出るとき、教会に狙われていたのは知っています。
大聖女様に狙われていたというよりも、あなたたちモロー家の神官に狙われていたと考える方がつじつまが合います。」


ノエルが真正面から否定してきたことで、ジョセフはノエルと説き伏せることをあきらめたようだ。

「全く、才能もあるのだから大人しく言うことを聞いておけばいいものを。シャルローズも辺境から連れてきた後は妙に反抗的だったが、悪い方にそっくりだ。」

ジョセフは舌打ちしながら立ち上がり、「猫でもかぶっていたか」と卓上にあった小型のベルを鳴らすと、部屋全体が何かに覆われるようなぞわぞわとした感覚が全身に走った。

「ルクレツェンの魔法騎士団と我々の聖薔薇騎士団が対等に戦うことを知っているか?聖騎士たちは魔法に対して耐性があるんだ。そして今この部屋には大聖女に次ぐ実力者の聖女が結界をはった。
解かれるまで君はこの部屋から出られない。」

…結界ってそんな使い方もできるのか。人を閉じ込めるっていう。


「大聖女になる意思がないなら次の大聖女を産んでもらう。ここにいるリュカは聖騎士で名家の出だ。子供の父親として申し分ないだろう。」

後ろに控えていた騎士がノエルの下にやってきて腕をつかむ。


「私は失礼するよ。他人の営みを見る趣味はないからね。」



そうしてジョセフが部屋を出ていくと同時に騎士はノエルを担ぎ上げてベッドに投げおろした。



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