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第三章 無計画な告白
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「エスパルからの使節団ですか?」
朝食の席で、ばっちりと髪と顔を整えたキャサリンが優雅に紅茶を飲んでいる。すでにここはキャサリンの家なのだから多少くつろいだ姿を見せてくれてもいいのではないかと思うが、頑なにキャサリンは化粧を崩さない。湯あみの後はヨーゼフが呼んでも出てこない徹底ぶりだ。
これではヨーゼフ自身もくつろげないと文句を言ったが、ブルテン流に『それなら離れで過ごしなさい』と返される。マリアといるよりかは、用がなければ話もしないキャサリンの方がまだマシである。
「ああ。歓迎の晩餐会と夜会に参加してもらいたい。大使の奥方もいらっしゃるからもてなしの茶会も開いてもらえるか?」
「かしこまりました。大使の奥方の情報はいただけまして?」
「ああ。ヒューゲンの貴族間ではエスパル語はあまり嗜まれていない。君は堪能だと聞いているから、私と大使夫妻をもてなしてほしい。」
「問題ありませんわ。」
キャサリンは自信がある様子だったし、外交の経験はあっても茶会の経験はないヨーゼフは「困ったらペーターを頼るように」と言って仕事に向かった。
新妻との初めての社交でもあるのに、大事なものを手配すらせずに。
ーーーー
晩餐会にキャサリンと共に向かうため、エントランスで待っていると、美しい細身の濃紺のドレスに身を包んだキャサリンが現れた。裾にはフリルがあしらわれているが、色と形のためか人妻らしい上品さがある。
良く似合っているのだが、ヨーゼフは固まった。
「あ、青か?」
「何か?」
「なぜ赤いドレスを着ない?」
赤はヒューゲン王族の色だ。王家に嫁いだ女性はそのことを示すために赤に近い色合いのドレスを着ることが通例だ。晩餐会は国王夫妻と一部の高位貴族のみが呼ばれている。王妃はもちろん赤いドレスで来るだろうし、王弟であるヨーゼフの妻であるキャサリンも赤に準ずる色を着る資格がある。
「赤である必要がありますの?」
「必要、というわけではないが…。」
そこでふと、ヨーゼフはキャサリンにドレスを贈るべきであったことに思い至る。王族からのプレゼントであれば当然赤いドレスだ。今のキャサリンの姿はヨーゼフからドレスを贈られていないことを暗に示している。
「旦那様、早く参りましょう。」
気付けばキャサリンは侍女から上着を受け取り、エントランスを出て馬車に乗り込んでいる。ヨーゼフは素早くペーターに小声で確認する。
「夜会のドレスは赤なんだろう?」
「…いいえ。」
「な!なぜ!」
「奥様は『贈られてもいないのに赤いドレスはおこがましいだろう』とおっしゃいまして。」
「今から夜会までにドレスを手配できないのか?」
「無理です。遅れてしまうので行ってください。」
ダメだ。ペーターは完全にキャサリンの味方である。ヨーゼフは馬車に揺られながらうなだれた。
ヨーゼフがまずいと思った濃紺のドレスだが、エスパルからの大使には評判がよかった。特に大使夫人がその意匠をほめ、国に戻ったら早速似たものを仕立てると息巻いていた。
キャサリンのエスパル語も完璧であり、つつがなく大使夫妻の相手をしていた。時には大使が今勉強中だというブルテン語で会話をするような場面も見られた。
そういえば、ヨーゼフはキャサリンと彼女の母国語であるブルテン語で話したことはない。常に彼女とはヒューゲン語で会話をしていた。
ヒューゲン語を母国語同然に扱っているので違和感を感じていなかったが、彼女は外国人なのだ。
「旦那様。」
キャサリンに呼びかけられてピクリとする。
「旦那様、大使様から会話をふられていますよ。」
「こ、これは申し訳ない。」
「いいのですよ。きっとバッツドルフ公は綺麗な奥様に見とれていたのでしょう。」
エスパル大使はヨーゼフとも長年の付き合いがあるが、気さくでお茶目な人物だった。ヨーゼフは顔を赤らめつつ、仕事に集中した。
朝食の席で、ばっちりと髪と顔を整えたキャサリンが優雅に紅茶を飲んでいる。すでにここはキャサリンの家なのだから多少くつろいだ姿を見せてくれてもいいのではないかと思うが、頑なにキャサリンは化粧を崩さない。湯あみの後はヨーゼフが呼んでも出てこない徹底ぶりだ。
これではヨーゼフ自身もくつろげないと文句を言ったが、ブルテン流に『それなら離れで過ごしなさい』と返される。マリアといるよりかは、用がなければ話もしないキャサリンの方がまだマシである。
「ああ。歓迎の晩餐会と夜会に参加してもらいたい。大使の奥方もいらっしゃるからもてなしの茶会も開いてもらえるか?」
「かしこまりました。大使の奥方の情報はいただけまして?」
「ああ。ヒューゲンの貴族間ではエスパル語はあまり嗜まれていない。君は堪能だと聞いているから、私と大使夫妻をもてなしてほしい。」
「問題ありませんわ。」
キャサリンは自信がある様子だったし、外交の経験はあっても茶会の経験はないヨーゼフは「困ったらペーターを頼るように」と言って仕事に向かった。
新妻との初めての社交でもあるのに、大事なものを手配すらせずに。
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晩餐会にキャサリンと共に向かうため、エントランスで待っていると、美しい細身の濃紺のドレスに身を包んだキャサリンが現れた。裾にはフリルがあしらわれているが、色と形のためか人妻らしい上品さがある。
良く似合っているのだが、ヨーゼフは固まった。
「あ、青か?」
「何か?」
「なぜ赤いドレスを着ない?」
赤はヒューゲン王族の色だ。王家に嫁いだ女性はそのことを示すために赤に近い色合いのドレスを着ることが通例だ。晩餐会は国王夫妻と一部の高位貴族のみが呼ばれている。王妃はもちろん赤いドレスで来るだろうし、王弟であるヨーゼフの妻であるキャサリンも赤に準ずる色を着る資格がある。
「赤である必要がありますの?」
「必要、というわけではないが…。」
そこでふと、ヨーゼフはキャサリンにドレスを贈るべきであったことに思い至る。王族からのプレゼントであれば当然赤いドレスだ。今のキャサリンの姿はヨーゼフからドレスを贈られていないことを暗に示している。
「旦那様、早く参りましょう。」
気付けばキャサリンは侍女から上着を受け取り、エントランスを出て馬車に乗り込んでいる。ヨーゼフは素早くペーターに小声で確認する。
「夜会のドレスは赤なんだろう?」
「…いいえ。」
「な!なぜ!」
「奥様は『贈られてもいないのに赤いドレスはおこがましいだろう』とおっしゃいまして。」
「今から夜会までにドレスを手配できないのか?」
「無理です。遅れてしまうので行ってください。」
ダメだ。ペーターは完全にキャサリンの味方である。ヨーゼフは馬車に揺られながらうなだれた。
ヨーゼフがまずいと思った濃紺のドレスだが、エスパルからの大使には評判がよかった。特に大使夫人がその意匠をほめ、国に戻ったら早速似たものを仕立てると息巻いていた。
キャサリンのエスパル語も完璧であり、つつがなく大使夫妻の相手をしていた。時には大使が今勉強中だというブルテン語で会話をするような場面も見られた。
そういえば、ヨーゼフはキャサリンと彼女の母国語であるブルテン語で話したことはない。常に彼女とはヒューゲン語で会話をしていた。
ヒューゲン語を母国語同然に扱っているので違和感を感じていなかったが、彼女は外国人なのだ。
「旦那様。」
キャサリンに呼びかけられてピクリとする。
「旦那様、大使様から会話をふられていますよ。」
「こ、これは申し訳ない。」
「いいのですよ。きっとバッツドルフ公は綺麗な奥様に見とれていたのでしょう。」
エスパル大使はヨーゼフとも長年の付き合いがあるが、気さくでお茶目な人物だった。ヨーゼフは顔を赤らめつつ、仕事に集中した。
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