23 / 56
第三章 無計画な告白
2
しおりを挟む
「エスパルからの使節団ですか?」
朝食の席で、ばっちりと髪と顔を整えたキャサリンが優雅に紅茶を飲んでいる。すでにここはキャサリンの家なのだから多少くつろいだ姿を見せてくれてもいいのではないかと思うが、頑なにキャサリンは化粧を崩さない。湯あみの後はヨーゼフが呼んでも出てこない徹底ぶりだ。
これではヨーゼフ自身もくつろげないと文句を言ったが、ブルテン流に『それなら離れで過ごしなさい』と返される。マリアといるよりかは、用がなければ話もしないキャサリンの方がまだマシである。
「ああ。歓迎の晩餐会と夜会に参加してもらいたい。大使の奥方もいらっしゃるからもてなしの茶会も開いてもらえるか?」
「かしこまりました。大使の奥方の情報はいただけまして?」
「ああ。ヒューゲンの貴族間ではエスパル語はあまり嗜まれていない。君は堪能だと聞いているから、私と大使夫妻をもてなしてほしい。」
「問題ありませんわ。」
キャサリンは自信がある様子だったし、外交の経験はあっても茶会の経験はないヨーゼフは「困ったらペーターを頼るように」と言って仕事に向かった。
新妻との初めての社交でもあるのに、大事なものを手配すらせずに。
ーーーー
晩餐会にキャサリンと共に向かうため、エントランスで待っていると、美しい細身の濃紺のドレスに身を包んだキャサリンが現れた。裾にはフリルがあしらわれているが、色と形のためか人妻らしい上品さがある。
良く似合っているのだが、ヨーゼフは固まった。
「あ、青か?」
「何か?」
「なぜ赤いドレスを着ない?」
赤はヒューゲン王族の色だ。王家に嫁いだ女性はそのことを示すために赤に近い色合いのドレスを着ることが通例だ。晩餐会は国王夫妻と一部の高位貴族のみが呼ばれている。王妃はもちろん赤いドレスで来るだろうし、王弟であるヨーゼフの妻であるキャサリンも赤に準ずる色を着る資格がある。
「赤である必要がありますの?」
「必要、というわけではないが…。」
そこでふと、ヨーゼフはキャサリンにドレスを贈るべきであったことに思い至る。王族からのプレゼントであれば当然赤いドレスだ。今のキャサリンの姿はヨーゼフからドレスを贈られていないことを暗に示している。
「旦那様、早く参りましょう。」
気付けばキャサリンは侍女から上着を受け取り、エントランスを出て馬車に乗り込んでいる。ヨーゼフは素早くペーターに小声で確認する。
「夜会のドレスは赤なんだろう?」
「…いいえ。」
「な!なぜ!」
「奥様は『贈られてもいないのに赤いドレスはおこがましいだろう』とおっしゃいまして。」
「今から夜会までにドレスを手配できないのか?」
「無理です。遅れてしまうので行ってください。」
ダメだ。ペーターは完全にキャサリンの味方である。ヨーゼフは馬車に揺られながらうなだれた。
ヨーゼフがまずいと思った濃紺のドレスだが、エスパルからの大使には評判がよかった。特に大使夫人がその意匠をほめ、国に戻ったら早速似たものを仕立てると息巻いていた。
キャサリンのエスパル語も完璧であり、つつがなく大使夫妻の相手をしていた。時には大使が今勉強中だというブルテン語で会話をするような場面も見られた。
そういえば、ヨーゼフはキャサリンと彼女の母国語であるブルテン語で話したことはない。常に彼女とはヒューゲン語で会話をしていた。
ヒューゲン語を母国語同然に扱っているので違和感を感じていなかったが、彼女は外国人なのだ。
「旦那様。」
キャサリンに呼びかけられてピクリとする。
「旦那様、大使様から会話をふられていますよ。」
「こ、これは申し訳ない。」
「いいのですよ。きっとバッツドルフ公は綺麗な奥様に見とれていたのでしょう。」
エスパル大使はヨーゼフとも長年の付き合いがあるが、気さくでお茶目な人物だった。ヨーゼフは顔を赤らめつつ、仕事に集中した。
朝食の席で、ばっちりと髪と顔を整えたキャサリンが優雅に紅茶を飲んでいる。すでにここはキャサリンの家なのだから多少くつろいだ姿を見せてくれてもいいのではないかと思うが、頑なにキャサリンは化粧を崩さない。湯あみの後はヨーゼフが呼んでも出てこない徹底ぶりだ。
これではヨーゼフ自身もくつろげないと文句を言ったが、ブルテン流に『それなら離れで過ごしなさい』と返される。マリアといるよりかは、用がなければ話もしないキャサリンの方がまだマシである。
「ああ。歓迎の晩餐会と夜会に参加してもらいたい。大使の奥方もいらっしゃるからもてなしの茶会も開いてもらえるか?」
「かしこまりました。大使の奥方の情報はいただけまして?」
「ああ。ヒューゲンの貴族間ではエスパル語はあまり嗜まれていない。君は堪能だと聞いているから、私と大使夫妻をもてなしてほしい。」
「問題ありませんわ。」
キャサリンは自信がある様子だったし、外交の経験はあっても茶会の経験はないヨーゼフは「困ったらペーターを頼るように」と言って仕事に向かった。
新妻との初めての社交でもあるのに、大事なものを手配すらせずに。
ーーーー
晩餐会にキャサリンと共に向かうため、エントランスで待っていると、美しい細身の濃紺のドレスに身を包んだキャサリンが現れた。裾にはフリルがあしらわれているが、色と形のためか人妻らしい上品さがある。
良く似合っているのだが、ヨーゼフは固まった。
「あ、青か?」
「何か?」
「なぜ赤いドレスを着ない?」
赤はヒューゲン王族の色だ。王家に嫁いだ女性はそのことを示すために赤に近い色合いのドレスを着ることが通例だ。晩餐会は国王夫妻と一部の高位貴族のみが呼ばれている。王妃はもちろん赤いドレスで来るだろうし、王弟であるヨーゼフの妻であるキャサリンも赤に準ずる色を着る資格がある。
「赤である必要がありますの?」
「必要、というわけではないが…。」
そこでふと、ヨーゼフはキャサリンにドレスを贈るべきであったことに思い至る。王族からのプレゼントであれば当然赤いドレスだ。今のキャサリンの姿はヨーゼフからドレスを贈られていないことを暗に示している。
「旦那様、早く参りましょう。」
気付けばキャサリンは侍女から上着を受け取り、エントランスを出て馬車に乗り込んでいる。ヨーゼフは素早くペーターに小声で確認する。
「夜会のドレスは赤なんだろう?」
「…いいえ。」
「な!なぜ!」
「奥様は『贈られてもいないのに赤いドレスはおこがましいだろう』とおっしゃいまして。」
「今から夜会までにドレスを手配できないのか?」
「無理です。遅れてしまうので行ってください。」
ダメだ。ペーターは完全にキャサリンの味方である。ヨーゼフは馬車に揺られながらうなだれた。
ヨーゼフがまずいと思った濃紺のドレスだが、エスパルからの大使には評判がよかった。特に大使夫人がその意匠をほめ、国に戻ったら早速似たものを仕立てると息巻いていた。
キャサリンのエスパル語も完璧であり、つつがなく大使夫妻の相手をしていた。時には大使が今勉強中だというブルテン語で会話をするような場面も見られた。
そういえば、ヨーゼフはキャサリンと彼女の母国語であるブルテン語で話したことはない。常に彼女とはヒューゲン語で会話をしていた。
ヒューゲン語を母国語同然に扱っているので違和感を感じていなかったが、彼女は外国人なのだ。
「旦那様。」
キャサリンに呼びかけられてピクリとする。
「旦那様、大使様から会話をふられていますよ。」
「こ、これは申し訳ない。」
「いいのですよ。きっとバッツドルフ公は綺麗な奥様に見とれていたのでしょう。」
エスパル大使はヨーゼフとも長年の付き合いがあるが、気さくでお茶目な人物だった。ヨーゼフは顔を赤らめつつ、仕事に集中した。
491
あなたにおすすめの小説
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆小説家になろうにも投稿しています
姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った
Mimi
恋愛
声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。
わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。
今日まで身近だったふたりは。
今日から一番遠いふたりになった。
*****
伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。
徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。
シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。
お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……
* 無自覚の上から目線
* 幼馴染みという特別感
* 失くしてからの後悔
幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。
中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。
本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。
ご了承下さいませ。
他サイトにも公開中です
【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません
ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。
そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。
婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。
どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。
実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。
それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。
これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。
☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる