瞼を閉じれば煌めく星

小山田 華

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4.新しい世界と結婚式

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  ヒラリーの御主人、ジュリアスさんはヒラリーとは対照的なやせ型で、けれど筋肉はついて日焼けしていている初老に近い厳つい面持ちの男性だった。そんなジュリアスさんは農園から戻った家で泣いている私を見ても、ヒラリーから私が娘になるという話にも眉一つ動かさず、わかった、と頷いただけだった。そして初めて私に向けた言葉は

「どうして男の恰好をしている」

  というものだった。ジュリアスさんは見ず知らずの私が娘になることよりも、私の服装の方が気になったようだ。

 「私が《ロジーナ》とわからないように少年に変装して町を出て移動するつもりでしたので、手持ちの服は少年用しか準備しませんでしたから」

  そう答えると、ジュリアスさんはヒラリーに向かって私の服を買いそろえろと言った。出会ったばかりの方にそんなことをしてもらうのもと思って、お金の代わりにとネックレスを差し出したら、

 「親が物を買ってやるのに、子供が代価など気にするなっ」
 「私たちがあなたに買ってあげたいのだから、変な気は回さずに受け取って」

  ジュリアスさんとヒラリーにさっそく怒られてしまった。でも、『怒られた』のに今までとは違って不思議と嫌な気持ちにはならず、代わりに胸が熱くなり言葉が出なくなっていた。
  そして黙りこんだ私に、

 「じゃあ、約束通りさっそく明日一日かけて買い物するわよ!」

  嬉々として宣言したラーラさんは翌日、意気揚々とキーラー農園にやって来て、宣言通り私は一日中連れ回されたのだった。




  それから三ヶ月が過ぎた。
  その間ラーラさんやレジスさんだけではなくクリスタルディ家の人たちにはとてもお世話になった。私がイージストの町に早くに馴染めたのも、クリスタルディ家のおかげだ。クリスタルディ家は代々レースづくりをしていて、今はラーラさんのご両親とおばあさん、それからレジスさんがレース職人で、ラーラさんは家事担当。

 「地道な作業のレースは私と相性悪くて。でも家事とは相性よかったから、家事全般引き受けて、私の分までレジスに働かせているの」

  適材適所よと笑いながらラーラさんが話し、それから『内緒ね』とレジスさんがレースを作っている姿を見せてもらった。真剣なまなざしでレースを作っているレジスさんの姿は、神聖な空気を纏っていて。館を出る前の夜、想像していた姿とは全く異なっていて、ラーラさんに

「普段の姿と違うでしょ」

  そう声をかけられるまで目を離すことができなかった。とにかくクリスタルディ家はとても賑やかで、温かで、家族仲の良いお家だ。
  そのクリスタルディ家のお隣のお家にはソフィさんというラーラさんの幼なじみの方がいて、ラーラさん同様私を可愛がってくれている。ソフィさんはラーラさんより二つ下で、雰囲気がどことなくラーラさんに似ている女性だ。

 「歳が近いし付き合いが長いから話し方とか動きのクセとか似ちゃうみたいでね。知らない人は私達を姉妹と間違えることもあるのよ」

  二十年近く幼なじみという付き合いなので、家族も同然と二人は笑う。そしてラーラさんには近い未来旦那様になる婚約者のアルマンさんも紹介してもらった。アルマンさんは穏やかな雰囲気を纏っていて、柔らかい笑みが魅力的な隣町では有名な仕立て屋さん。

 「僕はクリスタルディ家のレースを使って服を作っているんだよ」

  ラーラさんとは仕事の関係から親しくなっていったようだけれど、ラーラさんの食事の腕にアルマンさんが惚れ込んだのだとソフィさんがこっそり教えてくれた。確かにラーラさんの料理はヒラリーに劣らないほどおいしいから、毎日食べたいと思っても不思議ではない。私もラーラさんを見習って料理を頑張ろう、と思った。

 「私がレース売りに市へ行ったのが独身最後の遠出で、可愛くない弟と水入らずの旅行も兼ねてて、かわいい子お土産にしたのがもう三ヶ月前、って時間が過ぎるのは早いわねぇ」
 「実は僕もあの街にいたんだよ。仕事絡みで別行動だったけどねぇ。お土産の逃亡劇に参加できなくて本当に残念だった」

  アルマンさんは私が家を出る算段を取っていた間、私のいた街のお得意さんにドレスを届けていたそうだ。アルマンさんもクリスタルディ家に馴染んでいて、ラーラさんとはとても気が合うみたいで、喧嘩をしたことがないということだった。仲の良い二人……とても羨ましい。二人には幸せになってもらいたいと思う。




  それからさらに三ヶ月、私がヒラリーとジュリアス・キーラーの娘になって半年が過ぎた。
  毎日お母さんから家事を習い、お父さんからは農園ことを教えてもらっている。二人は私自慢のお父さんとお母さんだ。            

 「いってらっしゃい、お父さん」

  今日も農園に出掛けるお父さんに玄関口で手を振って声をかければ、

 「行ってくる」

  呟くように、ぼそりと言って家を出ていった。

 「まったく、あんな厳つい顔しておきながら、照れ屋なんだから」

  私の後ろでヒラリーがクスクスと笑う。

 「無口で無愛想なお父さんで御免ね。あれでもジーナのこと大好きなのよ」
 「私も、お父さんのこと大好きよ」

  初めて『お父さん』と呼んだとき、顔を真っ赤にしていたお父さん。そんなお父さんが、私のことをとても気にかけてくれていると知っている。
  クリスタルディ家に届け物をしていて、ラーラさんの幼なじみさんのソフィさんもいて、

 「女だけで話をしましょう」

  とラーラさんに引き留められたあの日。

 「ちゃんとレジスに送らせるから」

  そうラーラさんが言ってくれたので、予定よりも滞在時間を延ばしてしまったのだ。日が落ちて家に帰ったら、

 「ジーナはどこに行ったっ」

  お父さんが顔を真っ青にして騒いでいた。普段からは考えられないその姿に、私もレジスさんも呆気に取られて声が出ないくらいだった。でも、お父さんが私のことを心配してくれているとわかり、すごく嬉しかった。それ以来、出かける時は帰宅予定時間に遅れないようにしている。

 「じゃあ、私も行ってきます」
 「気を付けてね」

  これから農園に注文があった品を届けに、それから私が焼いたパンをラーラさんに見せに行くのだ。お母さんから料理を教わり、初めてパンを一人で焼いた時にまっ黒にしてしまった事をラーラさんに話したら、

 「そんな、面白……素晴らしいパンは私に見せなさいよ」

  楽しそうに何度も言われて、いつの間にかパンを焼くごとにラーラさんに見せて、渡すことになってしまったのだ。今回は半分黒こげだけど、地道に料理の腕は成長している、はず。
  農園の敷地は広く、家は町のはずれにあるので集落に行くときや農園内での移動には馬が必要だろうと、お父さんが私用の馬を用意してくれた。街で乗馬はしたことがあったし、おとなしくて人懐っこいポニーだったので、私でもすぐに乗ることができた。そのポニーの名前はコメットとつけた。イージストでの私の大事な相棒だ。
  今日は持っていく野菜が多かったので、コメットには小型の荷台を引いてもらっている。揺られて道を進めば、町の人たちが「ジーナちゃん」と声をかけてくれる。初めてラーラさんと買い物に行った時は、声をかけられても物怖じしてしまって会釈を返すだけだったけれど、今ではおはようございます、こんにちは、いい天気ですね、なんて大きな声で返せるようになった。

  野菜の配布を終えてクリスタルディ家の戸を叩けば、ラーラさんが戸口を開けてくれた。

 「あ、いらっしゃいジーナちゃん。上達した?」

  ラーラさんのうきうき顔は目の前に、でも視線は私の腕にある籠。

 「……半分黒こげです」

  素直にパンを取り出して、黒こげ部分を見せる。半分黒こげパンをラーラさんに渡せば、しげしげと眺め。

 「ジーナちゃんの成長ぶりがわかって嬉しいわ。また焼いたら持ってきてね」
 「持ってきますけど、焦げているパンは食べられないでしょうし捨てるしかないでしょうから、毎回渡す必要は……」
 「やあねぇ。貰ったジーナちゃんのパンを捨てているわけないでしょ。ちゃんと食べさせ……あー、えっと、食べてもらっているわよ」

  ラーラさんが目を泳がせた。どうやら私のパンはクリスタルディ家でそれなりに有効活用しているようだ。食べさせていると言いかけていたから、絶対にラーラさんは私のパンを食べてはいない。
  庭からコッコッという鳴き声がする。クリスタルディは鶏を飼っているから、鶏の餌にしているのだろう。

 「鶏さん、私のパン食べてお腹壊してないですか」

  私のパンで鶏が体調を崩してたまごを生まなくなったら申し訳ないので聞いてみたら、

 「鶏? ああ、ええ、うん。大丈夫、パン食べて元気にコケコケ鳴いてるわ」

  ぷぷぷ、と笑いを殺しながらラーラさんが答えてくれた。鶏さん、本当はパンが苦くてコケコケと鳴いているのかも……。窓向こうの鶏さんに心の中でごめんなさいと謝っておく。
  案内された室内にはソフィさんとラーラさんの婚約者のアルマンさんもいて、憐憫の目を私に向けていた。ラーラさんとの会話から、私の料理の腕がなかなか上がらないことを知ったからだと思う。ろくに料理もしたことのない私が簡単に綺麗なパンなど焼けるはずもなく、その視線は仕方がないと諦める。とにかく覚えることが多いのだ。料理だけではなく掃除に洗濯、それから農園のことも習っているのだから。それでもヒラリーに習って作ったお豆の煮込みは『おいしい』って言って貰えているので、パンもいつか綺麗に焼いてみせると決意を新たにする。
  ラーラさんにどうぞとイスを勧められた部屋にはソフィさんやアルマンさんだけではなく、所狭しと祝い物や綺麗な衣装が並んでいた。

 「こんにちは、アルマンさん。遠出のお仕事から戻ったんですね。ラーラさんとの結婚式まで日が近いですものね」

  ラーラさんの結婚式は一か月後に隣町、アルマンさんの住む町で執り行われる。付き合いが半年だけの私を、ラーラさんは式に呼んでくれた。気が引けていた私に

「ヒラリーに選んで貰ったから、似合うはずだ」

  お父さんが結婚式に参列できる服を用意してくれて、その服がお母様のドレスと同じ色で、驚いてしまった。後でお母さんから、

 「ジーナにはその色の服が似合うからその色の物を選べって」

  お父さんも私の服を選んでくれたことを内緒で教えてくれた。だからあの服は私の宝物だ。
  その服の後押しもあって、来月の式に参列することを決めた。

 「ドレスを着たラーラさん、早く見たいです」
 「楽しみにしていてね。そういえば、ジーナちゃんは刺繍レースできるでしょ」
 「得意というか、そればかりしていたというか」

  思わず苦笑してしまう。自室での謹慎の間、することといえば部屋にある本を読むか刺繍をするか編み物をするか裁縫をするくらいだったから。しかも謹慎の時間が長かったから読んだ本の内容は暗記してしまったし、刺繍や編み物、裁縫の腕前は妙に上達してしまっていた。

 「実はね、今日そのドレスが出来上がったんだけど、見ていたらベールに刺繍がほしいなって」
 「刺繍ですか?」
 「そうなの。それでジーナちゃんにお願いしたいのよ」

  ふふ、とラーラさんが笑う。

 「ジーナちゃんのセンスのよさは私でもわかるもの。それに、旅してる間に見た手持ちの品の刺繍が綺麗で、いいなって思ってたの。あれ、ジーナちゃんが自分で刺繍したんでしょ」

  私は戸惑いながらも頷いた。少ない手持ちの荷物に入れたハンカチの刺繍は自分でしていた。センスがいい、と言われたのは初めてだけれど、多分普段目にしていたものに目が養われていたのだと思う。目の高いマウリツィア母様が選んだ物に囲まれていたのだから。

 「姉さん、無茶言うなよ。式まであと一ヶ月ないじゃないか」
 「ベールには特に手を入れていなかったから刺繍レースが入ればドレスが映えると思ったのよ。ただ、この町は手編みと手織りのレースがメインでしょう。手が空いてて刺繍レースができるのはジーナちゃんかなぁって」
 「ジーナは職人じゃないんだぞ」

  いつの間にか現れたレジスさんがラーラさんと口論を始めた。その姿を見てアルマンさんとソフィさんはまた始まったと肩を竦めている。
  それにしても、ベールに刺繍……。目の前にあるラーラさんのドレスは、アルマンさんがデザインしてクリスタルディ家のレースをふんだんに使った、家族みんなに祝われているドレスだ。それに合うベールの刺繍を、私が?

 「どうかなぁ、刺繍レース。身に着けたいの」

  お願いとお祈りのポーズで私を見るラーラさん。私もラーラさんの門出を祝いたいし、日頃の感謝と新しい世界を教えてくれたお礼をしたい。

 「……私で、よければ」
 「やったっ! ありがと、ジーナちゃんっ」

  抱きつかれ、頬擦りされる。これがラーラさん流の喜びの表現というのは半年の間で嫌でも理解したのだけれど、何度されてもなかなか慣れない頬ずり。

 「姉さん、ジーナを離して」

  レジスさんが困り果てた私からラーラさんを無理やり引き離してくれて助け出してくれた。私から離されて不満そうに頬を膨らますラーラさんを、アルマンさんが慰めている。それを横目に、私はドレススタンドに飾ってあるドレスとベールを前にして考えた。期日までに自分がどこまで縫えるのか。どんなデザインがいいのか。

 「あ……」

  脳裏に浮かんだのは、お母様の手紙が入った小箱。あの装飾はとても綺麗で、何度も見惚れてしまっていた。
  あの花模様を参考にして―――

「デザイン決まったら、これを使って。刺繍の道具が入っているから」

  私の表情から何かを思いついたと感じたらしいアルマンさんが私に差し出したのは、片手で持つには少し大変な大きさの箱。中にはベールに刺繍ができる針と糸が入っていた。準備がいい……というより、ラーラさんは私が承諾すると思っていてあらかじめアルマンさんに頼んで持ってきてもらったのだろう。さすがラーラさんと感心して、でも私の行動を読まれていたことに苦笑してしまう。
  恐々とベールを手に取り、

 「これからちょっとだけ、縫ってみます」

  私はベールに針を刺した。




 「ジーナ!」
 「……お父さん?」

  夢中で刺繍をしていたら部屋の外からお父さんの呼び声がしたので、動かしていた針をキリのいいところでとめ、声のした玄関へと向かう。

 「どうしたの、お父さん」
 「どうしたじゃない! こんな時間まで家に帰らないとはっ」
 「こんな、時間?」

  開いている戸口から外をみれば真っ暗だった。いたはずのソフィさんやアルマンさんの姿はどこにもなかった。二人が帰ったことに気がつかなかった位刺繍に集中していたようだ。

 「あ、ごめんなさい! 私、いつものように……」

  刺繍をしていて、つい、エイジェルス家にいたときと同じように夢中になってしまった。誰にも構われず、時間だけが有り余っていたあの頃と同じ、時間に捕らわれない感覚になっていた。

 「本当にごめんなさい。私……」
 「すみません、これから俺が送り届けようと思ってたところで」
 「すみません、ジュリアスさん。私がジーナちゃんにお願い事をしたから、帰りが遅くなってしまったんです」
 「いえ、時間を忘れてた私が悪いんです」

  一緒に詫びてくれたレジスさんとラーラさんを押し退けて、頭を下げる。

 「お父さん。心配かけてごめんなさい」
 「お前が無事なら、いい」

  私から顔を逸らしてお父さんがぼそりと言った。お父さんの言葉にラーラさんは安心した表情になり、私に微笑んだ。

 「ジーナちゃん。そのベールと道具、持って行って。当日までに持ってきてくれれば良いから」
 「そんな、式の前で大事なベールを家から持ち出すなんてこと……」
 「刺繍でそんなに夢中になるなんて知らなくてごめんなさい。今の出来上がり見ても相当手が込んでいるから集中できる方がいいでしょ。通いでは思うように縫えないでしょうからきっとまたキーラーさんたちに心配かけちゃう。だから持って行っていいわ」
 「でも」
 「ジーナなら間に合うようにきちんと届けてくれると信じてる。持って行って家で作業した方がいい」
 「ご両親に大事にされているわね、ジーナちゃん」

  確かに、集中するのなら家の方がいい。お父さんに心配をかけることはしたくないし―――

「は、はいっ! え、っと、大事に扱いますので、持ち帰りさせてもらいます」

  ベールを慎重にたたみ、箱にいれながらラーラさんとアルマンさんが幸せになるように思いを込めて綺麗な刺繍をしよう、必ず間に合わせようと思った。




 「間に合った……っ」

  願いを込めてベールの裾に施した刺繍。この一ヶ月近くはお父さんとお母さんには呆れられるほど夢中になって刺繍をしていた。一日中針を動かしていた、と言っても過言ではないくらい。だから、クリスタルディ家に通っての刺繍だったらきっと間に合わなかった。
  結婚式は明後日だ。これを見せて気に入らなかったら急いで新しいベールを探しに行こう。
  出来上がりを見てラーラさんは喜んでくれるのか、残念がるのかと緊張しながらコメットに乗ってクリスタルディ家を訪問した。恐々ベールをラーラさんに差し出して見てもらうと。

 「あの、気に入らなかったらすぐに別物を探しに」
 「気に入った! このベールは誰にも譲らないわよ」

  ベールを抱き締め、気に入ったから放さないと態度で示してくれた。

 「綺麗な花模様のレースね」

  花嫁の付き添い役の打ち合わせで来ていたソフィさんも感心したようにベールを誉めてくれた。今までは作って自分が使ってお仕舞い、だったから、二人の言葉はとても嬉しい。
  自分の頬が緩むのがわかった。

 「喜んでもらえて良かった、です」
 「ジーナちゃん、これ」

  ラーラさんが何かを握って私に手を差し出した。

 「あの?」
 「仕事代。報酬よ」
 「とんでもない! ラーラさんにはいつもお世話になっていて、刺繍は私の気持ちで」
 「いい仕事をしたんだから、報酬が発生してもおかしくないの。相場より安いから気にしないで受け取って」
 「もらっておきなさい。職人気質のクリスタルディ家よ。仕事の報酬にはうるさいんだから」

  強引にラーラさんにお金を握らされて困る私に、ソフィさんがラーラさんの味方をする。

 「うるさい訳じゃないわよ。ジーナちゃんだってイージストまでの案内の報酬としてブレスレットを私たちにくれたでしょう」

  イージストに連れてきてくれたお礼に、確かにブレスレットをラーラさん達に渡した。けれどそれは私が無事に逃げ出せたことやイージストまでの道中世話をしてくれたお礼も兼ねていた。

 「でも、それとこれとは違う……」
 「ち、が、わ、な、い。同じ、仕事の、報酬!」

  単語ごとに区切り、強く言われる。

 「お仕事の、報酬……」

  どうしよう。本当に受け取ってもいいのか……
 手の中のお金に困惑していると、私たちの声が気になったのかレジスさんが顔をだし。

 「ベールが完成したのか。へえ、いい仕事したな」

  ベールを見て感心の声をくれた。

 「ありがとうございます。誉めてもらえて嬉しいんですけど、このお金受け取って良いのか」

  未だに納得しきれないまま手にあるお金をレジスさんに見せると、レジスさんはラーラさんにチラリと視線を向けて苦笑した。

 「姉さんが渡したんなら貰っとけ。元々日がないのに姉さんが我儘言ってジーナに縫わせたんだから」
 「でも、ラーラさんに幸せになってもらいたくて刺繍しただけなのに」
 「ジーナの腕は金もらってもおかしくないくらいなんだよ。そんなにお金を貰うことに気が引けるなら、そのお金でキーラー夫妻にプレゼントでもしたらどうだ」
 「プレゼント?」
 「どう足掻いても姉さんに金返すのは無理だろう。だからキーラーさんたちに日頃の感謝を込めて何かをさ」
 「でも、私の贈り物を喜んでくれるでしょうか」

  私の呟きに似た問いに、レジスさんはおや、という顔をした。

 「ジーナは両親からなにかプレゼントをもらったら嬉しくないのか?」
 「そんな、私のことを思って選んでくれたのならどんな物でも嬉しいに決まっています」
 「なら、同じだろ」

  言われてそうなのか、と思った。私がされて嬉しいことは、お父さんやお母さんお嬉しく思ってくれる、のかもしれない。

 「……っはい。お父さんとお母さんに、何を買うかを考えます」
 「ああ、それからこれ」

  レジスさんが私の手に乗せたのは星形がモチーフの、レースの髪飾り。

 「これ、は?」
 「ジーナの髪、伸びたから着けれるだろ」

  確かに髪を切ってから半年たち、私の髪は肩下まで伸びていた。髪飾りも買おうかなと思っていた。でも。

 「これ、を、私に?」
 「日頃の頑張りへのご褒美だ。新しい工具の試し織りも兼ねていたけどな」
 「あ、りがとうございます」

  思わぬ贈り物に、嬉しくなる。私の努力を認めてくれている人がいる。私が作った物を喜んでくれた人がいる。大好きなお父さんとお母さんがいて、お姉さんやお兄さんに思える人たちもいる。
  イージストは私に優しい場所だ。



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