瞼を閉じれば煌めく星

小山田 華

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5.結婚式とお父様

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 今日はラーラさんの結婚式。ラーラさん達の明るい未来を表すかのように、天気は快晴。

「お昼過ぎから教会で式を始めて、夕方からは酒場で祝賀会を開くの。その酒場の二階の宿を確保してあるからね。帰りは言っていたように明日よ。まずは宿に荷物を置いて、それから教会に行きましょう」

 レジスさんとソフィさんと一緒に隣町に向かう馬車の中で、ソフィさんから説明を受けた。隣町に着くとソフィさんの説明通りにレジスさんが今日泊まる宿屋の傍に馬車を停めた。宿部屋は一人部屋を準備してくれていて、私の隣がソフィさん、その隣がレジスさんの部屋だった。
 式に参列できるように準備を済ませてきていたので、荷物を置いてすぐに三人で歩いて教会に向かう。
 教会にはラーラさんやアルマンさんの家族をはじめとする参列者が既に揃っており、

「じゃあ、私行ってくるわね」

 花嫁の付き添い役のソフィさんは、ラーラさんの元に小走りで駆けていった。

「レジスさんは良いのですか?  式の前にラーラさんのところには」
「今更だからな。俺はいいよ」

 げんなりと、教会を見つめたままレジスさんが答える。

「ドレス姿は試着の時に散々見ろ見ろと見せつけられた。嫁に行くから別れの言葉を改めて言おうとすれば、アルマンが遠出の仕事の時は実家に帰ってくるという。姉さんのところに行くのは式が始まってからで十分だ。それに」
「それに?」

 見上げるとレジスさんと目が合った。

「ここでジーナを一人にしたら、姉さんに怒られる」
「そうなんですか?」
「……始まるかな」

 周囲を見渡してのレジスさんの言葉通り、しばらくすると式が始まり、教会で待つ私たちの前にラーラさんとアルマンさんが姿を現した。レースをふんだんに使った純白のドレスは、ラーラさんにとても似合っていて綺麗だった。アルマンさんは手を繋いでラーラさんを誘導している。幸せな気持ちを分け与えてくれる、二人の素敵な笑顔。
 レジスさんの隣で主役二人の門出を祝う。二人にはとてもお世話になった。長く、仲良く、幸せな未来になりますように、と心から祈る。
 知り合いに囲まれたラーラさんを見れば、ドレスだけではなくベールも自慢していることがわかり、ベールに触れる人の反応も好評みたいで胸を撫で下ろした。
 そんなラーラさん達の結婚式は賑やかに進行し、主役の二人は始終幸せそうな笑顔を振り撒いていた。今ラーラさんの側にはソフィさんとレジスさんがいて、笑い合っている。ラーラさんと幼なじみのソフィさんはレジスさんとも幼なじみということで、仲が良いのも当然。幼なじみだったお父様とお母様は結婚したくらいなのだから、幼なじみというのは特別な関係で―――
 突然胸がツキリ、と痛んだ。

「あ、れ?」

 なんの痛みだろう。思わず胸に手を当てて、首を傾げる。
 初めて経験する痛み、だった。




 夕刻を過ぎて酒場での祝賀会が始まった。お父さんが選んでくれた服を、会う人会う人

「お似合いですね」

 と褒めてくれる。褒め言葉は嬉しいのだけれど、パーティなどでの会話は不慣れで、人が寄ってきて親しげに話しかけてくるこの祝賀会には戸惑うばかり。言葉を交わす人たちは気が良さそうだけれど、どうしても身体が一歩下がってしまう。
 それに歳が近い男性と話すことはいまだに慣れなくて、

「ジーナちゃんはレジスか私のそばにいなさい」

 そう言ってくれたラーラさんが天使に見えた。

「ベールの刺繍、君がしたんだって?」

 刺繍を誉めてくれた男性に笑顔を貼り付け、話していると

「あんの木偶の坊、ジーナちゃん置いてどこ行った」

 地を這うようなラーラさんの呟きが耳に届いた。会場のどこにもレジスさんの姿がなく、同じようにソフィさんの姿も見当たらない。

「ソフィさんと二人で、外で涼んでいるのかもしれないですね。ここは人が多くて暑いから」
「ごめんね、探してきてもらえる?  仕事のことでレジスと話したいって言う人がいて」
「はい」

 私はレジスさんを探しに酒場の外に出た。騒がしい場内と異なり外は静かで、空には星が輝いていた。戸口から周囲を見れば、酒場前の道には馬が繋がれていない荷台がいくつかある。私たち同様、この宿に泊まる人たちのものだろう。耳を澄ませると、人の声がした。荷台から顔を出してその方向を見れば、酒場の建物角にレジスさんの姿が見えた。

「レジ……」
「で、俺にとってソフィは家族同然で……」
「……らば、ジーナちゃ……妹と同じ……」

 かけようと思った声は止まってしまった。レジスさんとソフィさんが真剣に向かい合っていたのだ。
 しかもその内容は私のこと?
 そう思ったら近寄る足は忍び足に代わり、息を潜めて二人の会話に耳を傾けていた。

「だから、レジスにとって私は家族同然ならば、ジーナちゃんは妹のような存在なのかと聞いているのよ」
「……ジーナのことは、妹とは思えない」

 言いにくそうに吐き出したレジスさんの言葉に、血の気が引いた。
 私はレジスさんのことを兄のように慕っていたけれど、レジスさんにとっては違った? 

「姉さんや皆はジーナを可愛がっている。それにならって俺もジーナのことを妹と思うべきなんだろうが」
「ねえ、私と結婚すればそんな負い目を感じなくていいと思うの。私のことを家族同然と思ってくれているのなら結婚も…… 」

 ラーラさんやソフィさんたちのように私のことを家族のように思えないレジスさんは苦しんでいた。レジスさんが誰にも言えなかったその思いをソフィさんに話すことができるのは、《家族同然》の人だから。

『結婚式って魔物が住んでいるのよ。参加すると不思議と参加者は結婚したくなるんだから』

 ふと、ラーラさんがそんなことを言っていたことを思い出した。
 ソフィさんは今日の結婚式をきっかけに結婚を意識したのかもしれない。そして、クリスタルディ家に関わるようになった私のことが気になって、レジスさんに私のことをどう思っているのかを確認したの、かも。
 レジスさんとソフィさんが結婚……お父様とお母様も幼なじみで結婚したのだから、同じように幼なじみの二人が結婚してもおかしくはない。大好きな二人が結婚することは祝福すべきことで祝いたいと思うのに、心臓に何かで押されているような重さを感じる。
 式の時に二人を見て感じた胸の痛みと似ている……
 私は胸を押さえながらその場をそっと離れた。これ以上二人の話を聞くのは失礼だ。それにここにいても胸の苦しさがなくならない。
 私は静かに会場に戻って深呼吸をした。けれど、胸の重みは変わらない。どうしたらいいのか悩み、けれど解決法は思いつかず、とりあえずラーラさんの元へと戻った。

「あの、レジスさんたちは外にいました。あちらの角の所で話し込んでいて、その」
「そこにいるのね。なら、そっちに行かせるわ……ねえ、ジーナちゃん。顔色悪いわよ」
「そう、ですか?」
「きっと疲れたのね。もう休んで。慣れない人の多さに酔ったのよ」
「いえ、でも私最後まで」

 ラーラさん達を最後までお祝いしたいと思っているのに、どう頑張っても笑顔が出ない。口ごもりながら思わず俯いてしまった。

「ジーナちゃんが祝福してくれたこと、十分伝わったわ。もういいから休んで」

 微笑んで後押しをしてくれたラーラさんの言葉に甘えて、私は上階の宿部屋に向かった。ぼんやりとしながら寝衣に着替えて布団に潜る。
 目を閉じても眠れない。あの二人の光景が目に焼き付いて離れない。
 初めて会った時から私を助けてくれて、アドバイスをくれたり褒めてくれたり、兄のように頼りあるレジスさん。姉のように私の面倒を見てくれていたソフィさん。二人が結婚するということは、二人で幸せになるということ。とても素晴らしいことなのに、よかったと素直に思えない自分。

「どうして?」

 呟いてベッドから窓の外を眺めれば、そこには満天の星がある。街から逃げた、感動したあの夜空と同じなのに、全然心が動かない。瞼を閉じても、星はひとつも輝かない。
 それは多分、レジスさんにとって私は余所者だった、ということを知ってしまったから。そういえば今日

『ジーナを一人にしたら、姉さんに怒られる』

 そう言っていた。ラーラさんが私を気にしていたから、私と一緒にいてくれた。私はレジスさんにとって迷惑で面倒な人間なのかもしれない。レジスさんがマウリツィア母様と同じように私を嫌っていて、憎んでいたらどうしよう。
 私がどうにか頑張れば、いつかレジスさんは私を妹としてみてくれるのだろうか。ソフィさんが言ったように二人が結婚すればすべてが解決するのだろうか。
 カチャ、パタンという隣の部屋の扉の開閉音が聞こえた。ソフィさんが祝賀会を終えて部屋に入った、のだろう。
 今日は個別の部屋で良かった。もし、ソフィさんと相部屋だったとしたら私はどんな顔をすればいいのか、何を話せばいいのかが全く思いつかないのだから。




 眠りは浅く、窓から差し込む光で頭が冴えてしまい、じっとしていられなくて服を着替えて宿から外に出た。

「おはよう、ジーナ。昨日は相当疲れていたようだな。大丈夫か?」
「おはようございます。大丈夫です」

 宿の外で顔を会わすなり心配してくれるレジスさん。胸に痛みを感じたまま挨拶を返す。
 レジスさんは荷台と馬を繋いでいた。帰る予定の時間にはまだ余裕があるけれど、レジスさんが密かに先回りしていろいろな準備を済ませる人であることは、レジスさん達と旅した十日間で知っていた。

「準備をいつもありがとうございま……」
「あまり眠れなかったようだな。目の下に隈がある」

 私の顔に触れようとしていることに気が付き、思わず一歩後退りしてしまった。私の行動に、レジスさんの眉根が寄った。

「ジーナ?」
「ロジーナ!」
「え?」

 レジスさんの言葉をかき消すように私をロジーナと呼んだ声に身が震える。
 知っている声だった。幾度も私に愛情を込めて呼んでくれていたその声。でも、遠い場所にいる人だから、ここにいるはずがない。
 それなのに、驚いた顔で目の前に立っているのは間違いなくここにいるはずのない人。

「ロジーナ! こんなところでお前に会えるとは。お前は隣町イージストにいるものと」
「どう、して」

 どうしてこの町にお父様がいるの?
 どうして、私がイージストにいることを知っているの?

「この町の仕立屋から、お前に関する手紙をもらったのだ」
「て、がみ?」
「お前がイージストのキーラー農園にいると、元気に過ごしていると、仕立屋から渡された手紙にそう書いてあった」

 お父様に手紙? ……仕立て、屋?
 この町の仕立屋ということは、アルマンさんがお父様にお手紙を渡したということ?
 アルマンさんは先月お仕事で出かけていて、アルマンさんは街にお得意様がいて……あの遠出の仕事はあの街に行っていた?
 どうして?
 私があの街に住むエイジェルスの人間だということは、お父さんとお母さんしか明確に把握していないはず。ということは、お父さんかお母さんが私の所在を記した手紙をアルマンさんに託したということ?
 レジスさんだけではなく、私はお父さんやお母さんにとっても余所者だった、ということ?

「そんな……」
「ジーナ、その人は?」

 様々な考えに混乱し、倒れそうになる私を背後から支えてレジスさんがお父様を指差した。

「私の……お父様です」
「その人が君の?  いったいどうしてここに?」

 レジスさんは私の言葉に目を見開いた。私が家族と縁を切ったと知っているレジスさんは、お父様がここにいる理由が全く思いつかないようだ。 

「ジーナちゃん、どなた? この辺りの人ではないわよね」

 宿から現れたソフィさんがお父様に不審な目を向けた。
 お父様の服は商談交渉の時よりは格が落ちる装いだけれど、それでもこの辺りでは上等すぎる。馬車も同じだ。周囲にいる人たちの目は私たちに集まっている。

「お父様、ここでお話はしたくありません。家に、キーラー農園に来てくれませんか」
「そうだな。移動しようか。お前のことを知らせてくれたキーラー農園に礼を言いに行くつもりであったし、お前のことで話もしたいしな。……ロジーナ、私の馬車で農園まで一緒に行かないか」

 誘われたけれど、様々な出来事に混乱している頭でお父様と冷静に話をすることはできそうにない。狭い空間に二人で、など到底無理だ。

「ごめんなさい、お父様。私はレジスさんたちと一緒に農園に帰ります」
「……そうか」
「それからお父様、先に伝えます。私は何があってもエイジェルスの館には行きません」
「……ロジーナ」
「置き手紙に示したように私はエイジェルスを出ました。いまの私はロジーナではなく、ジーナです」 
「ジーナ」

 レジスさんが私とお父様との間に立ちはだかって私の名前を呼んでくれた。レジスさんは私がエイジェルスに戻る気がないことを確認した上で、私を守ろうとしてくれたのだと思う。そして私の言ったように『ジーナ』となったことをお父様に教えてくれた。
 レジスさんはいつも私に優しかった。その優しさは決して特別なものではなく、レジスさんの性格からきたもの。レジスさんにとって私は余所者。
 レジスさんにはソフィさんがいる。私は今までのようにレジスさんに頼ってはいけない。
 お父様が私の元へ来たことや、皆にとって私が余所者であったという事実は、お父さんやお母さんの元を離れて一人立ちをするいい機会なのかもしれない。
 イージストでなら、一人だけで生きていけると思う。この半年でなんとかなる位のものは身に付いたはず。

「大丈夫です、レジスさん。私のことなら、大丈夫です」

 心配そうな顔をしているレジスさん。その隣には当然のようにソフィさんがいる。
 レジスさんに甘えてはいけないことを知っていてよかった。この場でレジスさんに頼ってしまったら、ソフィさんに不快な思いをさせてしまうところだった。
 ただ、キーラー農園に帰るには、レジスさんとソフィさんと同じ馬車に乗る必要はある。一人立ちするにもまだまだ二人には迷惑をかけ、お世話になるだろうけれど、農園に着くまでに整理しよう。
 お父様に何を伝えるのか。お父様に何を聞くのか、
 そしてこの先私がどうしていくのか、を。




 帰りの馬車は行きと違って静かだった。私がソフィさんからの質問に何も答えずに黙り込んでいたせい。ラーラさん達のお祝いの後なのに暗い空気を醸し出して二人には申し訳ないと思うけれど、私は考えることで精一杯だった。
 ぼんやりとだけれど今後の身の振り方をイメージした辺りで農園に着いた。
 私が初めてキーラー農園に来た時と同じように蹄鉄の音で察したのか、馬車から降りる前に家の扉が開いた。

「……旦那様」

 お父様の姿を見て頭を下げているお母さんの表情に驚きはない。お父様が来ることを知っていた、ということを証明していた。

「そうか。手紙の差し出し人のヒラリー・キーラーはヒラリー、君のことか」

 ヒラリーを見てお父様は一瞬目を見開き、納得した表情へと変えた。
 やはりお母さんがお父様に私のことを伝える手紙を―――

「旦那様。中へどうぞ。まずは遠出の疲れをお取りください。それからジーナ……ロジーナ様とお二人でお話を」
「お母さん、どうしてお父様に……」
「すぐにお茶を準備するわね。一息吐いたら二人で話し合いなさい。旦那様に手紙を宛てた理由はその後で話すわ」

 震える声での私の問いかけに、お母さんは悲しそうな顔をした。





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