夢幻の終焉

入江瑞溥

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薄明に花びらの舞う

戒め解き放ちし者達に龍は問う

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 ひどい目にった。
今ここにこうしている通り死にはしなかったし、ついでにれることもなかったので魔法で守られていたのは確かなのだが、往路に比べると随分ずいぶんと荒っぽい送りだった。
とにかく、上も下も分からないぐらいもみくちゃになり。
気が付いたらロヴァール大陸のキリュドルールにほど近い浜に打ち上げられていた。
 もっとも、この件にまつわる一連の影響の方がはるかに大事おおごとだった。
 竜の怒りか。くさびのせいか。あるいは、その両方か。
海は荒れに荒れた。
 陸上にまで大きなわざわいが及ぶような事は無かったものの、海路が復旧するまでに半月もかかった。今もまだ平時に戻ったとは言いがたいという。
 竜の怒りの只中ただなかにいたアクラトーレがどうなったのか。
ようやく連絡が取れるようになったという現状では確かなところは分からない。
 アイェウは、みんなは無事だろうか。
「やりきれないなぁ」
 窓辺まどべから海をのぞみ。
ぼんやりとつぶやく。
 壊滅したわけではない。だが命が助かったというだけでは難をしのぎきったという事にはならないだろう。
 発端ほったんは彼らなのだ。世話にもなった。何もしないままでは済まされない。だから彼らの持ち物の回収を依頼した際に、手紙と共にいくらかの助けになりそうな品を託した。
 楔は、あと一つ。
また、そのために巻き込まれる人達が出るのかもと思うと心がふさいだ。
 何のために。
そう、問い詰めたくなる。
きっとどこかよそ事だからだ。
 そうしないのは、出来ないのは、宵花よいかもまた痛みをっていると知っているからだ。彼が吐き出してしまったら、その分も彼女はかかえ込むことになる。一時の気晴らしのために彼女を追い詰めることなどどうして出来ようか。
 だからこうして、荷が届くまでの日々を彼はくすぶって過ごすことが多かった。金策きんさくをすることもあるが、どうも何をしてもいまひとつ身が入らないのだ。
例によってキリュドルールここにもフィーヴァシルフェは根を張っている。勢力としては弱いらしいが、取り締まりも熱心ではないという。いずれにしても、見つけられづらくするためにも彼はこうして極力こもっている方が良いのだ。
 対照的に宵花は、彼に気遣ってくれているというのもあるだろう、出ることが多かった。たまに宿で過ごすときは大抵たいてい、ベレスフォード夫人に手ほどきしてもらっていたレース編みをやっていることが多かった。これが上手うまいのだ。
 そうして、およそひと月。
荷が戻ってくるのと時を同じくして、ついにイェルリカヤからの連絡が入った。
「分かったわ、全て。おじい様がどうしてこの研究をおおやけにしなかったのかも」
前回とは打って変わり、イェルリカヤは神妙だった。
「確かに、曖昧あいまいなままで公表するには余りにも重大過ぎる。
 全ての魔法の根源、ラーベ。
そんなものがあったなんてね……。
無念だったでしょうね、お爺様も。世に問える段階まで研究を深める前に時間が来てしまって……。
宵花、あなた魔法の乱れをしずめると言っていたけれど、あなたのやろうとしている事ってラーベにれるということよね?その意味の大きさ、あなたちゃんと分かってるの?全ての根源であるのなら、下手へたいじれば魔法そのものが消える可能性だって有る」
「安心ください。貴女あなたを裏切る様な真似まねは為ません。少し、魔法のり方は変わるかも知れませんが……。大本おおもとは同じなので本質は変わらないはずです」真摯しんしに、宵花。
「ああ、そうじゃないの。わたしが言いたいのは……」イェルリカヤは、ため息をつき。「ま、良いわ。あなたの依頼にこたえましょう、宵花」





































「何を言いたかったのかしら。イェルリカヤは」
 イェルリカヤとの話が終わり。
不思議そうに小首こくびをかしげる。
宵花よいか、ベレスフォードさんはあの人なりに心配してくれてるんだよ、君のことを」
う。
然うなのね……」
 イェルリカヤが示した最後のくさびの位置は、なんという縁か。ラライビュルヴィ山脈の、それも故郷マガディを含む範囲のどこかにあるらしかった。アーレイズラシル大陸に戻るには当然船を使うということになるが……。
「僕たちが海に出るとまた竜を刺激する、なんて事はない?」
「問題無いわ。龍は場所にとらわれた存在。アクラトーレに近づかない限り、わたし達を感知る事は出来ないわ」
 思えば、それからの旅は順調すぎるぐらい順調だった。
——のだ。
 いつからか?
分からないが、ともあれ、ある時点から彼らはずっとかごの鳥だったのだ。宵花にさえはっきりとさとらせないほど巧妙に。
 ニモタータをって、五日。
 絞られているとはいえ、指摘された範囲はそれなりに広い。しかも山中だ。楽にはいかないだろう。とりあえず土地勘のある所からとキラトー経由で山へ入っていくことにしたのだが……。
如何どうたの?ファルーズ」案じるように。
「宵花」遠くかすむラライビュルヴィの峰々みねみねから視線を外さないまま、「多分たぶんだけど……場所は、分かると思う」
 封が弱くなったからなのか。楔を前にしなくてもはっきりと感じ取れた。
(そうだ——)
 
なのだ。
 言葉で説明するのは難しい。感覚でしかないからだ。
 ただ、

呼ばれている。

、彼を呼んでいる。

 見えざる糸に引かれているかのごとく。そちらに引き寄せられるようだった……。

(……そういえば、聖域の時と似ている?)
 うっすらとだが、これはあの時の記憶をも想起させた。
「じゃあ——」
 にわかに巻き起こった風に言葉はかき消され、吹き付ける砂塵さじんに身をすくませ——
次の瞬間には、地にわされていた。

 砂嵐が晴れる。

 彼らはすっかり、フィーヴァシルフェに包囲されていた。
「宵花‼」
 彼と同様取り抑えられた彼女の姿以上に、
「一緒に来てもらおうか」
彼女をらえているその声の主に強い衝撃を受けた。
「テウスさん⁉」
「……ああ、バレちまったか」
 一片いっぺんも悪びれる風もなくフードをぐ。
 間違いなく、テウスその人だった。
「そんな……
どうして…………」
「その状態じゃあ魔力の高くないお前さんは詰みだろうが、一応、警告しておくぜ。
 拒否権はない。
さからえば——」
 押し当てた凶器にわずかに力が込められる。
ほっそりした首すじに、痛々しく血がにじんだ。
「ファルーズ……」
 訴えるような目で宵花が見つめてくる。
 それで少し、彼は冷静になれた。
(そうだ。おかしい)
 宵花があまりにも無抵抗すぎはしないか。
(何かある……?
 ——信じよう)
 宵花を。
そして、
「いい子だ」
テウスも。


 以前テウスはフィーヴァシルフェを評して「ユルい奴ら」と言っていたが。そのテウスが率いるこの集団は、なるほど、ファルーズの目には隙なく動いているように見えた。それでも、逃げ出す機会がまったく無かったわけではない。特に宵花よいかは。
 困惑させられ、一方で、心が軽くなる要素でもあったのだけれども。いつの間にやら宵花も——彼とはまた違った形で——連中にとって重要な人物として昇格されていたらしく。手荒な扱いをされたのは彼を屈服くっぷくさせた時だけで、あとは駕籠かごまで用意されて下にも置かない待遇だった。徹底して引き離されはしたが、これという抵抗の意志を示さなかったからか、武器を取り上げられたり魔法を封じられたりといったことも無いようだった。
 滑り落ちてきた汗をぬぐう。
隊商の振りをしている都合つごうもあるのかもしれない。厳しい管理下に置かれてはいるものの、彼自身もそれほど酷い拘束こうそくを受けているわけではなかった。
 かさついた空気が肺を満たす。
 この大陸は今、夏へと向かっている。砂漠の昼は日を追って酷な暑さになってゆく。一団は最も熱い時間をけて進んでいた。
移動中は目隠しをされているのでその道行きは分からない。ただ、結局のところ、仮に逃げた所でとんだ草臥くたびもうけになっていたことだろう。
 足裏を通して訴えてくる、砂の質感。
 やや上がった息遣い。
 閉ざされた視覚は、それ以外の感覚を饒舌じょうぜつにした。
その効用が、くさびの知覚にまで及んだものなのか。
(これって……)
 近づいている。
 一体、どんな巡り合わせによるものなのか。
 離れていくどころかより一層、彼らは楔へと近づいている様だった。

                 §§§




























 これで、何度目であっただろう。
掛け声と振動が止み、駕籠かごが下ろされた。
 ファルーズのように目隠しこそされなかったものの、中から外をうかがうことはできない。けれど、ここまで来ればではない彼女にも感知できた。
ここが終着なのだと。
れは偶然……?それとも……)
 幕が引き上げられ、うやうやしく手が差し出された。
 駕籠から降りる。
 ヒュウと。
巻き上げられかけたしゃと髪を押さえる。
 焼けるような下界の暑さも、ここまで登れば随分ずいぶんと控えめだ。朝などは肌寒いくらいだった。
 軽く見回す。
 くさびの影響に違いない。巨大な穴のように下へ下へと落ち窪んでいく谷だった。谷底と斜面にはポツポツと建物の残骸ざんがいが散乱している。この遺跡を、フィーヴァシルフェは本部として利用しているようだった。
しっかりとつくりね。けれど此の建物からは魔法の気配が為ない……
古い、しかも魔法が浸透する前——帝国時代の、それも初期の頃まで無恵者イレ=ラーバティの……いえ、しかしたら此の世界に魔法が齎されるラーベ降臨より以前の……?)
 いつからか。どこからか。
それを断定するのは、簡単なようでいて難しい。知り得ることにも限りがある。けれど、

ラーベ
最初のあやま
二度目の過ち
イレ=ラーバティ
解放戦争
そして、大回戦だいかいせん

 遠く、時を超えて。
彼女の目には、まるで因果いんがが全てり合わされてここに凝集されているように見えた。
「ゴクロー様☆テウス。あとはわたしが引き継ぐわ♡」
 出迎えたのは——
ワーニャ、だったか。シスミレへ向かう際に一度、遠目ながら見かけた。確か支部の人間ということだったと記憶しているが、様子を見るに、本部ここに異動したものらしい。どうやらテウスは彼女の部下というていのようだ。
 ここでさらにファルーズと引き離される。
彼は恐らくろうに入れられるのだろうが、最悪の事態になることはないだろう
——少なくともすぐには。
 自身の扱いがどうなるのか。これが分からない。テウスから何も聞いていないし、問う機会もなかったからだ。
(取りえず彼等かれらのぞむ様に振る舞うのが賢明ね)
 階層を上下し、いくつかの建物を経由し。
散乱しているように見えた遺跡は元は一つの建物であったらしい。残骸を土台にフィーヴァシルフェが補修したと思われる痕跡こんせきでパッチワークのようになっていた。
 比較的痛みの少ないむねへとやってきた。
「こちらでお待ちください」
 通されたのは彼女のためにてられた部屋、というわけではなく。応接室のようだ。特に豪奢ごうしゃに飾り立てられはしていないのはここまでと同様だが、居心地良くととのえられていた。
 対面の窓辺に寄る。
やはり。穴の外縁に近い。一連の建物の中でも重要度の低い区画だと思われる。
 一見、待遇たいぐうは良い。しかし……。
 振り返る。
 扉の外に、二人。
要人である彼女を警護するため——
楽観的に考えるのであれば。けれど彼らがうとんでいるファルーズと行動を共にしていたという点を加味すれば、これは軟禁と解釈すべきだろう。いざとなればどうにでもできるが。
あるいは)
 テウスの差配によるものととらえることもできる。彼は協力してくれと言ったが、それは事が済むまで大人しくしていろという意味なのかもしれない。
(?
ファルーズ——
じゃない)
「スーヴィルヴァがお見えです」
 扉が開く。

その瞬間。
えて
全てが氷解した。

(此の人は——)
 ラーベが望む限り巫は必ず一人以上存在するが、無論、誰でも良いという訳ではない。素質が必要だ。だが、素質が有れば漏れなく巫になるというものでもない。この人は、そんな半端はんぱ者。ラーベから認識されず、しかしラーベを感じ取ることができる者なのだ。
(偶然じゃ無い)
 楔と本部が重なり合っていることも。宵花よいかとファルーズがここにれて来られたことも。
「君たちは下がっていなさい」
 護衛を退しりぞかせる。
応接室には宵花とスーヴィルヴァ、二人きりになった。
「どうぞ楽にして。何か不自由なことがあれば遠慮なく言って欲しい」
 ニコリと笑む。
なかなか感じの良さげな男だった。
 勧められるままに腰掛ける。甘い香りのする飲み物が運ばれてきた。
「わたしに何を望むのですか」
「何も。ただここに居てくれるだけで良い」
 眉をひそめる。
 スーヴィルヴァは席を立つと宵花のかたわらにひざまずき深々と頭を下げた。
わたしは見さだめる必要があった。しかしこうしてじかにあなたと会い確信しました。
 かみおおせです。と!
リヴァテウムに選ばれしあなたは間違いなく神使しんし!大罪人レベッカに似たそのお姿もあるべき因果なのでしょう」
 彼女を見上げるその目は、まぶしいほどの純粋さで満たされていた。
(心から信じて居るのね)
彼の捉える世界を。
「此の穴の中心に——力が有りますね。れをまつり始めたのは貴方あなたですね?」
 今のフィーヴァシルフェの信仰の対象がラーベへと向いているということを彼女は知っている。しかし彼らは本来「救世主きゅうせいしゅジェラルド」を祀っているはずなのだ。
 このすり替わりは、いつからしょうじたものなのか。
それは、ラーベの意志をおぼろげながら感じることができるらしいこの人からなのではないか。
「さすが、良くご存知ぞんじですね。おっしゃる通り。
 ……長かった」
 立ち上がると外を眺める。
「まだそれが何かすら分からない幼年の折から私には王の御声が聞こえておりました。そんな私がフィーヴァシルフェに辿り着きこの役をいただいたのも、すべては、王のおぼし。では、王は私に何を望んでおいでなのか。私にしかし得ぬこと。それは、御声をさかのぼり王のおそば近くでおつかえすること。そう思い定め、この聖地と、そして聖宝せいほうを見出したのです」
 手を鳴らす。
「神使を部屋に案内してください。くれぐれも失礼のないように」

                 §§§





 何もげられずに引っり出されたそこは寒い牢から一転、熱気に包まれていた。
一つには派手はでに燃えさか
もう一つにはここにつどった人々の熱狂によって。
 予告がなくてもそこに彼をほうむるための仕掛けがあるのだろうという事は察していた。だから現にこうして目の当たりにした所で特別な感慨はなかった。ただ、自分がどのような方法で彼らの期待にこたえさせられようとしているのかを知らされる事になっただけだ。
 引っ立てられるように歩く。
気が進まないのも無論あるが、体に力が入りづらいのもあった。
ここにいたるまでの二日間、「酷い扱いを受けた」というほどでは無いにしろ、もてなされていたわけでも無い。死なない程度に飼われていただけだ。
 空は薄っすらと色付いてきているが、ここにはまだ日の光の恩恵おんけいは無い。彼の目からは観客席の大半たいはんは暗がりに沈んでいて、観衆の姿は良く見えない。けれど闇に没していないわずかな明るみ、炉にらされた正面の席。そこに、宵花よいかが居た。あんず色のローブの群れの中で一人、染まらない姿で。
目が合った一瞬、宵花がかすかにうなずく。
(大丈夫だ。こんな所で僕は死なない)
 一歩一歩。
段を登る。
 腰のなわが脇のるし台のものへと繋ぎ変えられる。
この後足場がはずされ足元の処刑人が縄を切ると彼は炉に落ち、燃やされることになるのだろう。
かみのご意志により、大罪人フィオナ・マクラオドの玄孫げんそんファルーズ・マラドの処刑をここにおこなう——
何だ?騒がしいな」
 言葉尻にかぶさるように入り口という入り口から武装した人々が雪崩なだれ込んできた。
(あの紋章もんしょうは——
キサニオックの軍?)
 処刑人が素早すばやく動きスーヴィルヴァを取り押さえる。
ルンド=ヴィスィーン・サアル・ランドゥン・イングルドルヴィだ。ダカンジ共和国の申し出により、信仰罪、組織的に国家の平穏へいおんを乱した罪、及びその他諸々の嫌疑けんぎでこのたびお前達フィーヴァシルフェを取り締まることとなった。同行願おう」
「テウスさん!」
 テウスはフードをずらすと彼を見上げ、わずかに口元をゆるめた。
「ファルーズ!」け上がってきた宵花に軽く抱擁ほうようされる。
「良かった。無事で……」
 ちょっと意外なほどに強くおもわれていたことが嬉しくて。
「うん。宵花も」
 ほほえむ。
 改めて見るとキサニオックの軍はそれほど大人数ではない。けれど完全に不意をつかれた信徒達はまたたく間に制圧されていった。状況は驚くほどあっさりと収束しゅうそくするかに思われたが——
「ぐっ」
 テウスがうずくまる。
 拘束こうそくされていたスーヴィルヴァはそのまま、さっと炉のそばまで進み出ると、
「同志たちよ、おそれるな。我らは不滅だ」
躊躇ちゅうちょする素振そぶりも見せず身をひるがえし、炉の炎の中へと消えていった。
「大丈夫ですか!テウスさん」
「ああ。
 油断した……」
 くやしさをにじませて。
苦しそうにしながらも立ち上がる。
「虚勢では無さそうね。
けれど、不味まずいわね……」
 宵花が危惧きぐしたのは場の事だ。

 こんなにもガラリと空気とは変わるものなのか。

 残っていた信徒が、
いや、
捕縛ほばくされている者までも。すっかり剣呑けんのんさまだった。
豹変ひょうへん
という言葉が頭をかすめる。
まるで取りかれたようで。異様な雰囲気だった。
 恐怖を感じた。
直接対峙たいじしていない彼でさえ。
キサニオックの軍も浮き足立って見える。
 砂の崩れるが如く。
もろ均衡きんこうやぶれ、凶行へと止めどなくせきを切りかけた——
間際まぎわ
「ハイハイ、ソコまで」
 炉の炎が大きく立ちのぼり、派手な音を出して消える。
 ワーニャだ。
 緊張が揺らいだのをかさずとらえ、テウスが呼び掛ける。
「我々は力で解決することをこのまない。身柄が尊重されるよう、ご協力願います」
 情勢は再びヴィスーン側へとかたむいた。ほとんどの信徒は抵抗らしい抵抗もせずにくだっていく。
 ひと通り落ち着いたところで、
彼等かれらの多くは無恵者イレ=ラーバティです。どうか寛大かんだいな配慮を。
 ……こんなの、偽善でしかないけれど」まつげをせて、宵花。
「偽善でも、関心を持たれないよりはマシってこともあるさ。彼らはずっとそうだったんだしな。
 さって、お前さん達もここに用があったんだって?」
「ええ。
ファルーズ、動けそう?」
「ココはしばらくヴィスーンに接収せっしゅうされるだろうから、ナンカあるんなら多少ムリしてでも今のウチにやっちゃったほうが楽だと思うけどね」近づいてきていたワーニャが割って入る。
 ファルーズはうなずき、
「僕なら大丈夫」
「残党が居るかもしれない。気を付けてな。ワーニャ、付いて行ってやってくれ」
「キユウでしょ。でもま、イイわ。たのまれてアゲル。ココにいてもどーせタイクツだし」


「ワーニャもヴィスーンだったんだね」
「チ、ガ、ウ」口を尖らせ人差し指を彼の鼻先で振りながら、
「キョーリョクしたげたの。コッチのが楽しそうでしょ?」
「そんなにあっさりと信じて居る物を手放せるものなの?」
「あー、ヤッパそう思っちゃう?」宵花よいかの問いに嘆くように顔を仰向ける。
「ど~でもよかったのよ、最初っから。かみだの復活だのなんて」
「じゃあ何で?」
 家の都合つごうとか生活苦とかいった事情が思い浮かぶ。しかし返ってきたのは、
「スーヴィルヴァがイケメンだったから」
「それだけ⁉」
そうした一切を吹き飛ばす答えだった。
声が裏返る。
(イケメン、か?)
 スーヴィルヴァを見たのはあの刑場が初めてで、しかも状況が状況だ。顔の造作をそんなにまじまじと検分したわけではない。
(けどまあ、言われてみれば)
すじが通った面立おもだちは、人によっては好ましく思うものなのかもしれなかった。ピンとこないが。
「大事なコトでしょ。アンタだってヨイカが美人だから付き合ってるんじゃないの?」
「それって否定するの難しいやつだよね?でも僕はそれだけじゃないつもりだよ」
 下へ下へ。
刑場も施設全体から見れば下層の方に位置していたが、くさびがあるのは下層も下層。牢と同じ最下層だ。ひたすら下へと降りていく必要があった。
 見かけ上ワーニャが二人を先導する恰好かっこうになっているが、実のところ案内は必要なかった。

 身をゆだねればひとりでに体が動くのではないか

 それほどに

 それは強く

 ファルーズを呼んでいた。

 階段を下りきる。
 角を曲がったところで、反射的にファルーズは足を止めた。
 ここまで大丈夫だったからと油断が有った感はいなめない。テウスの心配した通りになった。
(よりにもよって目的地ここで……!)
 扉の前には信者しんじゃが二人、控えていた。
「どうどう。
落ち着け落ち着け」身構える彼にワーニャが気楽に手を振る。
「ナンカの時のためにいちおー押さえておいたの。ま、聖遺物としては歴史が浅いしき目としてはびみょーだろうけど、少なくともスーヴィルヴァに対しては強力な切りふだになるしね。
ココログルシかったわー、アノ方を裏切るの」言葉とは裏腹に軽い口調で。
「アリガト。もうイイわ。合流してちょうだい」
 信者達はうなずき去って行った。
「さて。
ココまで来たんだしわたしも立ち会っていーのカシラ?」
「構わないけれど、面白おもしろい物では無いわよ」
「ソレはわたしが決める」
 呼吸をととのえ、少し厳粛げんしゅくな心持で。
扉を開ける。
「あれが、最後の……」
 アーチが林立するだだっ広い空間に小さな石が一つ、ふわふわとただよっていた。
「ヒュー、初めて見た!ヤッパたのしーじゃん☆
スーヴィルヴァはあまりガを張るヒトじゃなかったんだけど、本部の移転とコレの聖遺物指定の件ではメッチャ強く出たってハナシよ」
 重い。
近付こうとしたファルーズはたまらずよろめいた。
「ナニコレ⁉」
「楔のためことわりゆがめられて居るのよ」
 えざる手が押し潰そうとして来てでもいるようだ。弱った体にはこの負荷はいかにもこたえた。
「ファルーズ。大丈夫よ。わたしが付いてる」
 宵花に支えられ、
剣を杖代わりに
短くて遠い距離を、
み締めるように
少しずつ、
少しずつ。
 普段なら苦にするなど思いもかけない間なのだが、辿り着いた頃にはすっかり草臥くたびれていた。
 息をき。
楔と対峙たいじする。
こうして近くで見ても無造作むぞうさそのもので、ただの石塊いしくれにしか見えない。けれど良く目をらすと、石を透かして何かの模様のようなものが垣間かいま見えた。そしてこれもまた、まさに風前の灯に似て、頼りなげに揺らめくことがあった。
「皮肉な物ね。ク=ラデスの流れをむ者達がこんな物をまつって居たなんて」
 その述懐じゅっかいはどこへともない苛立いらだちと、嘲弄ちょうろうと、落胆らくたんと、あきらめと——複雑なつらさを秘めて響いた。
 楔にれる。
触れるとたちま
石のながい時の作用をたちどころにしてけたかのごと
ぽろぽろと砂状に変じ崩れ果てた。
 突き上げるような、激しい揺れに襲われる。
「今度はナニ⁉」
 こらえきれずファルーズはひざをつく。
 酷い揺れだったが、さいわい、柱の森が倒壊を始めるよりも前におさまった。
「戻りましょう」
 また揺れが来るのか、それともこれきりなのか。
いずれにせよ、このぎだらけの建物の中にとどまるのは良い事とは思えない。
 とはいえ、だからといって消耗した体力が理屈に合わせて追いつくものでもなく。あゆみは彼の体調をおもんぱかって休み休みのものとなった。
 やっと刑場の階まで戻ってくると、騒然としていた。理由は聞かずとも知れた。
 音だけでもう、すさまじい。
風が荒れ狂っていた。
とうに明るくなっているはずの空はあたかも巻き戻ったかと錯覚するほどに真っ暗で、恐ろしい様な稲光いなびかりいく筋もひらめいている。
「こりゃあ、ただゴトじゃあないな」ひたいに手をかざし、テウス。
「見きわめてっからってのも……
いや、一部計画を前倒しすべきか……。
 これは局所的な異常なんだろ?リルガースとかの時みたく」
「ええ。何が起こるのかはわたしにも分からないけれど、此処ここから離れれば影響は小さくるでしょう」
「お前さん達はどうする?二人の旅はまだ続くんだろう?」
「行くわ。封が解かれた以上、のぞまない事が起こる可能性も有り得る。のんびりては居られない。
 今クシャヴァフルは如何どう成って居るの?噂では余り安定為て居るとは言いがたい様だけれど」
「クシャヴァフルか……」
大回戦だいかいせんの敗戦国ですよね、確か」
「ああ」
 ここでの会話が届くほど近くにいるわけではないが、フィーヴァシルフェを気遣ってだろう。風の音にかき消されないよう少し張っていた声を落とし、
「あの国は実質ク=ラデスの、もとい、ジェラルド・メイヤーズひきいるレチルタと同盟関係にあったからな。で、こけたツケをいまだに払い続けてるってワケだ。まあ何だかんだで国としての体面はたもっちゃあいるが内情はお察しってトコだな。ただ、治安は悪くない。このごろはだいぶ排他的でもなくなったが、コレがまたマチマチでな。危険因子いんしはいるが分かりやすくここが危険だっていうトコはない。つまり、何が起こるか分からないってことだ」
「有りがとう。其丈それだけ分かれば十分よ」
「付いて行ってやれれば力になれるんだが……。
わりと言っちゃナンだが、ワーニャ!」別れてやりとりしていた協力者に呼びかける。
「ワーニャはふもとまでファルーズ達を案内してやってくれ。そしたらそのままキサニオックで待機たいきな」
「え~、まだおりぃ~?しかもこんなナカァ?」むくれてみせる。
「楽しそうにやってるじゃん」
「ハイハイ。ど~せさからえる立場じゃナイし?ワーニャちゃん雑用でもナンでもウケタマワリますよっ。
 んじゃ、とっとと出発しましょ」
「ああ、そうだいけね。大事なコトを伝えそびれるトコだった。
ファルーズ、マガディのことだが——」「みんなは無事なんですか⁉」思わず詰め寄る。
「安心しろ、無事だ。焼けた家は何けんかあるみたいが、幸い、軽い怪我人が出ただけだそうだ」
「良かった……」重くし掛かっていたものが、少し、軽くなった心地がした。
「あの、テウスさん。無理を承知で頼みたいのですが、兄さん達に伝えてくれませんか?ファルーズは無事だと」
「水臭いな」苦笑がちに、
「無理なんて事はないさ。必ず伝える。
 しっかりな、ファルーズ」
 去りぎわ、彼だけに聞こえるように激励げきれいして。テウスは送り出した。






















 早く
早く‼

「——ズ!
——ルーズ!
ファルーズ‼」
 ハッと、
引き戻され。そうしてようやく宵花よいかが間近にいたことに気づく。
「僕、また……?」
「ええ。うわの空だったわ」

 何にいているのか。

 自分でも分からない。
 違う。
彼ではないのだ。
この感覚は彼のものではない……はずだ。
 すべてのくさびが消滅した影響か。
彼は、彼を呼ぶ何者か——宵花の言うラーベの意志に感化されているのだろう。その声はあらがいがたいほどに強く……たびたび、今のように意識を持って行かれることがあった。そして我に返って、怖くなる。
(僕は……)
いつか正気ではいられなくなってしまうのではないか、と。
しっかり、ファルーズ。貴方あなたは大丈夫。絶対に」
 そんな彼を、心を震わす強い瞳で宵花が支えた。
(宵花、君は……?)

 君は、どうなのか。

その瞳に問おうとして、いつも言葉にならない。
ずっと。

 苦しくなる。

 そうだ。
最初からだ。
最初から、
もう、
どうしようもなく突き付けられていたことだった。
 どうすれば、彼女を止めることができたのか。
けれどもう、彼にも引き返すことは不可能だった。
 帽子をかぶりなおす。
 ここ、ロヴァール大陸は今は冬に当たる。とはいえ彼の故郷の例にならえばそろそろ春の声が聞こえてきてもおかしくない時期なのだが、少なくともよそ者の彼にはこの地にそのきざしを見出すことはできなかった。特にミロウン首都を過ぎ内陸へと進むにつれ、寒さも乾きもゆるくなるどころか一段と厳しさを増した。日がのぼろうがおかまいなしだ。そんな有様ありさまなので夜などは、それはもう、言語を絶する。息をしただけで命の危険を覚えるなんて初めての経験だった。宵花の魔法の範囲をはずれればとても居られたものではない。フィオナも寒さには随分ずいぶん苦労させられたらしいが、これよりもっとつらい思いをしたのだろうか。
「ここだね」
 谷間の隘路あいろに開いた入り口へと足を踏み入れる。
 構えていたおかげか服装の効用か、これという危ない目にうこともなくここまで来ることができた。ひょっとしたら彼が気づかなかったところで宵花が気をつけてくれていたのかもしれない。
 扉の前に立つ。
かつては堅牢けんろうであったのだろうが今ではそこここにひびが入り、すぐにでも崩壊しそうだった。 
 確信をもってれる——
 
瞬間


 何かがもの凄い勢いで吹き出し——
なす術もなくその激流にまれた。


 気づくと、っ暗な空間にいた。

けれどもブリミルの森の時とは違う。前後左右上下の別もなくどっぷりと闇に没してはいるのだけれど、なんと言葉をあてようか、一方で明るい、としか言いようがなかった。自分の姿も宵花よいかの姿もはっきりと見ることができる。
其方そなたにとっては久しい、か? 神滴かみのしずく
 つい今まで確かに二人ぼっちだったはずなのに。それはあたかも最初からそこにいたようだった。
 光のけものだ。
直視することが難しいほどの。
けれどその双眸そうぼうは夜の闇よりなおくらく、一切いっさいの光を拒絶して座していた。
 似ている
と思った。
宵花の瞳に。
 かぶりを振る。
 夢の中のようだ。
不可思議なことが不可思議ではなくなりつつある……
「其方の答えは知って居る。最後の神滴。予言の子よ。ゆえに問うまい。だが我はあわいの森の主人に完全に寄り添うものでは無い」
 宵花の表情が硬くなる。
の様な決断がされても邪魔立てはない。う約束をわしたはずです」
「無論、約定やくじょうやぶる様な不実をすのは我の主義では無い。だが我は釐瑛ことあきらに中立を約したわけでも無い。
 新たなよ」
 視線を向けられ、ファルーズはたじろいだ。
敵意とか殺気が有るわけではない……。けれどこの獣には彼をひるませる何かが有った。
「我は魔法の放棄をのぞむ。すべてを知ったの後で、其方が我等の願いをれてれる事を期する」
「魔法の放棄?いったい何の話を……」
「其れは間も無く知れよう。ただ、其方に其方ら人が龍と呼ぶ我ら全てのものの望みを伝えるのが我の願いだった」
「龍……!」
 昔語りにかたられる姿とも彼が現にアクラトーレで遭遇そうぐうした水の竜とも全然似通った所などないのだけれども。目の前の獣が龍だというのなら、それは確かに合点がてんのいくものであった。
「……
あなたがた龍とは何なのですか?」
「……」少しの沈黙ちんもくはさんだのち。
気怠けだるんだ響きをびて答える。
「我等はおり。故に世界がき姿に戻る事を望むもの」
 あらわれた時と同様。吹き消される灯火よりももっと静かに、その姿は消え。
 声のみがげる。
此処ここの番を為案内をるがつとめ。だが其方には必要無かろう?あわいの森の主人の手により生を受けし者」 
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