夢幻の終焉

入江瑞溥

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薄明に花びらの舞う

そして終焉へと至る

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其方そっちじゃ無いわ。此方こっちよ」
 当然にそちらへ向かおうとした彼を宵花よいかが引きめた。
後ろ髪を引かれたが宵花の言葉は力強く、彼女に従うべきなのだろうと思われた。
 彼女が示す方。その、はる彼方かなたに、光がチラチラとまたたいていた。
進むにつれ、光は目測よりもずっと早く近づいてきて————
「……
地面……?」
 まぶしさでつぶった目を開けると、どっぷりとした闇は薄れ。ほの明かりに包まれていた。草におおわれた足元からは、まぎれもなく大地の感触がする。二人の脇には川が横たわっていた。
 行く手から音もなくぎ手のない小舟がスルスルと近づいてくる。
乗り込むと、来たときと同様、猫よりも静かに動き出した。
 川は流れているようなのだが音がするだけで、その水面は彼らの舟が描く軌跡以外は鏡みたいに鎮まっている。だからどちらに向かっているのか分かるはずもないのだが、なんとなく、彼らは川上へとさかのぼっているのだろうという気がした。
「あれ……?」
 いつからか。
宵花の服が最初に着ていたものに変わっていた。そういえば、彼の服も。
それを違和感なく受け入れていた自分にも驚く。
此処ここはラーべの領域と貴方あなた達の世界のあわい。魔法が強くことわりす地。世界にける理はほとんど意味を成さないの」
 空には光がきらめいていた。
一瞬夜空かと思ったが、そうではない。星ではなく、大小さまざまな光のつららが金に銀に、天を満たしていた。
 ほの明かりの正体はこれだった。
 つい、手をのばす。
 降るような、というたとえがあるけれども。
旅の中でもきれいな空は見てきたが、そのどれをもかすませてしまいそうだった。
 もちろん、手を伸ばしたところで届こうはずもない高みの輝きだ。その、静かなさざめきにファルーズはただただ圧倒され、そして、素直に美しい、と感じった。
 やがて舟は深い松の森へと入り、枝葉が彼らの頭上を覆った。それら木々にはつららのわりとばかりに、さまざまな色の光華をびた実がなっていた。
 ほどなく船が止まる。
「ここが……」
う、此処がわたしの故郷——」「ようこそ、あわいの森へ」


 いなかった場所に女性が一人、立っていた。
(なんて……)
 絶句するほかなかった。
その美しさは、
たとえようもない。
ととのいすぎていて非現実的ですらあった。
釐瑛ことあきら
「頑張ったのですね、宵花よいか
 地にまで届くほど長く、それでいて一糸いっし乱れることのない玉虫色の髪をかすかに揺らし、釐瑛と呼ばれた女性がふんわりと笑む。
(……あ)宵花を見て、
「あなたが、宵花のお義母かあさん?」
「そうですね。分かりやすく言いあらわすのであればそういう事になるでしょう。
 こちらへ」
 宵花のものに似た、けれどさらに大変そうな服をこともなげにひるがえす。深緑を主とした取り合わせは、この森の狭間はざまによく溶け込んでいた。
 森には道という道もないように見受けられたが、木々がおのずから道を開けていくようだった。  
 静けさをやぶって羽音が響く。
「ホースケ!」
 一羽の鳥が宵花のまわりを軽く周回すると、れた様子で肩にとまる。
「元気にて居た?」
 無邪気に瞳を細めた宵花が首のあたりをでてやる。猫の耳みたいな羽を頭につけた鳥は、のどを鳴らすように鳴いた。
「ずいぶんなついてるんだね、その子」
うね。
彼は長らく釐瑛の目をつとめて居た者。わたしにとっては仲間であり——
兄妹きょうだいの様な物だから。
 彼等かれらもりびとは此処ここで釐瑛と共にすべてを見渡して居るの」
「彼ら?」
 口ずさむ宵花につられてよく目をこらすと、木の実のつくる影にまぎれて、そこここの枝に同じ鳥がとまっていた。
 内へ内へ。
香る森のふところ深くへ。
 鏡の川とは次第にたもとを分かち、やがて完全にその気配は消えてなくなってしまった。そうしてしまうともう、道行きの変化はとぼしく、どこまでも同じ無限の繰り返しとも思われたけれども。しかしそうでありながら、あるところに近づいているという感もあった。
 そこは。
立派な木々の合間にあって、その木はさらに偉容を誇っていた。
途方もなくたけが高いために、仰ぎ見ても枝葉を確認することはできない。かろうじてみきが見えるぐらいだ。そしてその幹は、それ自体が林のようになった林立りんりつする無数の太い根によって支えられていた。
 宵花はここへは入らず、ホースケとともに別れていった。
 うっすらとかすみがかる根の森の、そのなかばまで来て。釐瑛があゆみを止めた。
「ファルーズ。貴方あなたは魔法とは何だと思いますか?」
 少し、考えて。
ファルーズは思うところを素直に答えた。
「分かりません。よく分からないけれどここにある力、としか」
 釐瑛はうなずいて、
「魔法とは、力。ラーベによりもたらされたもの。この世界のことわりじ曲げ、ゆがめることで発現する力。それゆえに、この世界のかつての姿を伝承する者はこれをたとえて毒と呼びもするのです」
「ラーベとは、何なのですか?」
「かれらは秩序ちつじょ。世界を規定するもの。不完全であるが故に神になりそこねたもの。不完全であるが故に、ひとつ所にとどまれないという制約を内包ないほうしている。けれど世界に属することは、かれらの本能でもある。この矛盾むじゅんが、かれらをさいなむのです。ことに、ラーベの力は大きい。苦痛も、それに比したものとなります。そしてそれこそが、世界に留まるための依代よりしろをラーベが求めてまない所以ゆえんなのです。ラーバと呼ばれる一族との契約はそのためにされたものでした」
「その契約に何かがあったから、魔法が不安定化している?
 ——もしかして」宵花の言っていた。それは、レベッカの死をすのではないか。
神族ラーバがいなくなってしまったから?」
「全ては因果いんがなのです。
 あらたな契約の祖となるか。契約をこばみ、ラーベとこの世界とのつながりをつか。それを決めるのは宵花ではなくファルーズ、貴方です。
 見せましょう。
全ての始まり。先代の、ラーバの始祖とラーベとの邂逅かいこうを」
 かすみが、彼の視界を覆った。

                 §§§






































 きりが、濃くなってきた。
「おなかすいたね」
 体に巻きつけた布を引き寄せてキラがつぶやいた。
 国を失って、もう四年になる。
彼らは押し流されるように故郷から引き離された。
親しかった者も、苦手だった者も、嫌いだった者もすべてがばらばらになり…………。
 最後に、まともな食事にありつけたのは何時いつのことだったか。
どこに属する事もできず。
流れ流れ
寄るなく
果ても見えない。
明日が来るかも知れない。
えはつのるばかりだった。
「言うな!」
 意気ばかりはふるっていたが。そういうカイもやつれてひどい有様ありさまだった。

 大きくはない国だった。

 何も悪いところなどない。
 なのに……
 彼らの国は、もてあそばれたすえに引きかれたのだ。

 何たる不条理!

 何たる理不尽りふじん

(力さえ……
力さえあれば‼)

 それはいかりだった。
同い年の輝と晦。二人に共通の。

 もう何もできなかった子供ではない。いつか郷里へと凱旋がいせんし、国を取り戻す。傲慢ごうまんやつらに目に物見せてやるのだと。
少年から青年へとあゆみを進めるにしたがってその誓いは強固になるばかりだった。
「……?
何か聞こえない?」
「確かに……。
呼んでいる?」
「あっちからだ」
「おい!こんな霧の中、皆とはぐれたら何が起こるか分からないぞ!」
 立ち上がった輝を晦が制止する。
「でも、行かなきゃ……」
 輝は聞く耳を持つつもりはないようだった。
「おい!」
 ちょっと迷った末に。
くるまっていた布をうち捨てると、晦も幼馴染おさななじみに付いていった。
 霧はどんどんその密度を高めてゆき。
今や並び立つ互いの姿をかろうじて確認できる程度。
だが、不思議と彼らは道に迷うことも障害に行き当たることもなく。目すべきところへとよどみなく進んでいった。

 サー

と、霧が晴れた。

 深い森の泉のほとりに彼らは立っていた。
 彼らを呼んでいたのは、この泉だった。
『力がしいか?』
 どこかあざけるように泉は問うた。
「欲しい!故郷を取り戻す力を」「不条理をくつがえす力を!」
『ならば、が一部を分け与えよう』

 宣言と共に、泉も森も消え失せ——

輝はえる髪とぬける青空の瞳に、晦は深く濃き闇を髪と瞳に宿していた。































 始祖の時代からおよそ千三百年。
世界は魔法を中心に変革へんかくされた。それは何も人の世界だけに限ったことではない。ラーベとの契約の影響は自然界にも及び、それまではいなかった生物——魔物をんだ。
 ラーベと約束を取り交わした一族ラーバ漸次ぜんじ領土の拡大を進め、数世代の後にはついに世界をすべ掌握しょうあくするにいたった。
(だが)
 はるか下方。天空に浮かぶ一族の城から下界を眺めわたして。
頂点をきわめ、あふれんばかりの繁栄を享受きょうじゅする一族に属しながら、岐枝みちしなの心はうれいに沈んでいた。
代償だいしょうは小さくはなかった)
 ひかえめに言っても。
 契約の必然としてラーベにえを要求した。分け与えられた神の欠片かけらは、さだめられた者の手により定められたやり方にしたがってかえさなければならない。この無限の循環じゅんかんにより一族の力は維持される。
 『欠片』と宿主の生は不可分だ。いつされるかは神のみぞ知るところだが、はっきりしていることは青年期より前にはそれはおとずれず、三十のよわいを迎えることは決してないということだ。そしてそれをおこなう『執行しっこう者』は往々にして残酷な巡り合わせをのろうことになったのである。
今代こんだいは——
「本当に、やるの?」
 足音がして。
夕暮ゆうぐれが間に入ってきた。
 今日の夕暮は白を身にまとう。ただしリネスの中でもっとも格の高い白に金の取り合わせではなく、微妙に濃淡のことなる白をかさねただけ。それに水晶で身をよそおっていた。花よめのようでもある。
対する岐枝は、では花婿むこかというとそうではない。ダルクトを象徴する黒ひと色ではなかったものの、黒々としたその恰好かっこうはまるで——
(死神のようだな)
 岐枝が苦笑する。
実際、そんなようなものだった。
 首都の上空にるこの城は、いくつかの小島はなれを従えている。
ここもそうした離れの一つ。
死出の島とささやかれてきた場所。
千年にわたって、代々、往還の儀式が行われてきた間だった。
 立ち入ることができる者は限られている。
ここにいる者は、『執行者』か『欠片』。
どちらかだ。
 なぐさめのつもりなのか。
ここを構成する島はすべて見事みごとな庭園になっていた。そしてその島々をつなぐ橋もこの間も城の中でもこと丹念たんねんな造作で、謁見えっけんの間などにもおとることはないだろう。
 ああ、ここについやされた途方もない技術の極致きょくちの数々たるや!
 ただこれをのみ取り出せば嘆息たんそくするより他はない。美術の視座からも一級であった。
 しかし。
 質素で物静かで、しんしんと降る光そのもののような儀式の間の意匠いしょうれは、
それは、
かえって消えゆく彼らを暗示するようで。
岐枝には微塵みじんやすらぎを与え得なかった。
すでに準備はととのった。後は我々だけだ」
わたしたち、別たれて仕舞うのね……」
 岐枝に向かって手を伸ばす。
まるで、そこに見えないみぞがあるかのように。
 近づいてその白く華奢きゃしゃな指に自らのそれをからめると、岐枝は夕暮に力強く断言した。
「離れ離れになっても、一族のきずなは消えない」
 勇気づけるように。あるいは、自分自身に言い聞かせるように。
 そう、かれら自身はこの時を最後に二度とまじわることはなくても。
 だがそんな取りつくろいでは、もちろん、夕暮の瞳から憂いの雲をぬぐい去ることなどできはしなかった。
「そうね……」
 夕暮がおもてせる。
 岐枝とて一片の不安もいだいていないわけではない。
 ラーベの封と忘却ぼうきゃくは表裏の関係だ。両家の王とそれぞれのわずかな近習きんじゅを除く一族は神を忘れ去り、その空白くうはくは、恐らく互いへの反発で埋められることになる。
 それが、どれほど強いものになるのか。
もしかしたらラーバ一族終焉しゅうえんまねくような事態になってしまうのではないか、と。
夕暮は深く案じているのだった。
 けれど、もう後戻りはできないのだ。そしてそれが分かっているから、夕暮もここへ来た。みずからの決意でもって。
 岐枝と夕暮は互いに『執行者』であり『欠片』でもある。その関係を利用して、かれらは封を機能させることにしていた。すなわち、各々の執行の際に神への呪詛じゅそを相手の欠片に刻み付ける。その欠片がラーベへと取り込まれた時、封はる。一族の分裂と引き換えに、犠牲を払わずに魔法を享受できるようになるのだ。
 長かった……。
一族がこの願いを持った時から。
だがそれも、今日で終わる。
 手を離すと、最後の目差まなざしわし。
かれらは、互いの命を贄とする魔法をつむいだ。

 岐枝と、夕暮

ふたりの命は散り散りになり

 キラキラとしずくとなって

もつれ合うように

螺旋らせんを描いて

 引き合いながらも、決して交わらない

 まっすぐに飛んでゆく

還るべき場所へ

大いなるラーベのもとへ————………………

                 §§§



















 しずくが落ちて。

 ファルーズは変わらず釐瑛ことあきらと向き合っていた。

 とても

とても長い旅だった…………。
けれどそれは、まばたきほどもない刹那せつなの間だったのだと悟る。
「これより先は、宵花よいか貴方あなたが話すのですね」
「ええ。
 場所を変えましょう」
 二人はそのまま根の森を抜ける。
その先には銀砂の星空と一面の草原くさはら茫洋ぼうようと続いていた。なだらかな勾配こうばいを描く道が通っている。
はるか向こうに、建てられた柱が支えるべき屋根を欠いたちんがあった。星も、そこを目して寄り集まっているようだった。
 寒い。
そういえば久しく温度というものを意識することは無かったが、ここはあきらかにうっすらと寒かった。
 ふわり
白いものが鼻先をかすめる。
「雪……?」
 さしだしたてのひらの上に羽毛のようにかるがると舞い降りたそれは、たちまちはかなげに消えうせた。
 あわい、あわい雪だった。
此処ここはあわいの森の果て。其処そこからはラーベの領域だから」
 亭には屋根がないのではなかった。亭の真上を頂点に星が凝集して、それが屋根になっているのだ。
 亭にすえられた長椅子ながいすに腰をかけると、宵花は彼にも座るよう勧めた。
何処どこまでたの?」
「ラーベへの封がおこなわれるまで」
う。
 封は永続る物では無い。れはラーバも分かって居たわ。だから彼等かれらは其の時に備えて封に道の定着も織り込んだ。王家存続のための交渉を子孫にゆだねようとたの。然して岐枝みちしな夕暮ゆうぐれが行ったのが其等それらを維持為るための——」
「ラーベの意識の撹乱かくらん
 うなずき、
「ラーバはラーベを忘れ去る。でも完全に忘れ去って仕舞ったのではラーベとの交渉をになわせられなくって仕舞う。だから封の劣化にともなって読み解ける様に、リネスが信仰を通じて真相を保持為て居たの。
然してもう一つ。
両家の王と一握りの側近だけは忘却の埒外らちがいと為て居た。彼等が其々それぞれの一族を統制為て分裂を軟着陸させるためにね。其の狙いは当初こそ上手うまく行ったわ。けれど記憶の空白を満たした両家の反発は、想定を超えて居た。本格的な紛争に発展為る事こそ稀だったわ。とは言え、両家の小競こぜり合いは果てしなく続いた。然して其れは結果的に、彼等の破滅を誘引為る事にも繋がって仕舞った」
夕暮ゆうぐれさんの不安が現実になってしまったんだね……」
る事が切っ掛けで魔法の流れに異常をきたす様に成ったと話したわね。其の切っ掛けを作ったのがレベッカだったの。
レベッカがリネスの王女と旅を為て居たと言う話は知ってる?」
「うん。おじいちゃんが言ってた」
「レベッカと其のリネスの王女、マリーはラーベにかえされなく成った『欠片かけら』を引き継いで居た。『欠片』を還すための呪文は封の安定をそこなわないために禁呪に成って居たのだけれど、レベッカはマリーの望みを叶えるために其の禁呪を使って仕舞ったの。
契約にのっとらない『欠片』の送還。
其の行いは弱まって居た封にやぶれをもたらし、更に、ラーベをいびつな形で目めさせた。其の影響は封の破綻はたんの増大と共にどんどん大きく成って行ったの。
 其丈それだけじゃ無い。『欠片』の片方が損なわれた事で、契約を引き直すという目はなくなった。だから貴方なのよ、ファルーズ」
「僕がキラさんとカイさんの役割を果たすということだね。
 ……でもその時、『欠片』である君はどうなるの?そもそも、君は一体……?」
 宵花は神滴かみのしずく、すなわち、『欠片』。
それは、わかった。
でもそれだけではまだ、つながらない事がある。
 宵花はほほえみ、
「わたしは誰でも無い。欠片其の物。還される事無くとどまって居た欠片の片割れ。
 歪な形で目覚めたラーベは強引なり方でけた自身を取り戻そうと為た。レベッカは命を落とし、欠片はラーベのもとへ戻るはずだった。けれど其れは、釐瑛の介入を許した。釐瑛は欠片を手元に置き、新たなに、ラーベにって齎された世界のゆがみを受け入れるか否かの選択を委ねるもりだった。でも其の欠片は、命の息吹いぶきを残して居た。だから釐瑛は、其の命にも世界の行く末の選択を委ねる事に為たの。然うして生まれたのがわたし。
わたしは選んだ。巫である貴方が道を開く助けに成る事がわたしの役割。後は貴方と共にラーベのもとおとずれて欠片を還し、ラーベを完全な状態に為る。其れで新たなのりわす事が可能に成るわ」
(なんで、平然とそんなこと……)

 こんなに、彼女との距離を感じたことは無い。

 あいまいに

ぼんやりと

にじみ

もやに包まれていた
彼女から感じていた
なにか。
今それは、のがれようも無くはっきりとした実体で満をして容赦ようしゃなく彼を射つらぬいた。
 彼女は、積極的に犠牲になろうとしているのだ。この世界が魔法をうしなわない為に。だから彼女はずっと、手の届かない所に居たのだ。

 打ちのめされて。

 次いで、いかりが込み上げてきた。

「……そのために、せていたのか。僕にそんなことの手つだいをさせるために!」
 宵花の唇がわななく。
それから失望と拒絶が湧き上がった。
「貴方は何を見たの?貴方は何を聞いたの?情に迷えばまたあやまちをかさねる事に成る。其れが分からないと言うの?」
 ひと呼吸置いて。
宵花はまなじりけわしくして彼に挑む。
「直ぐにでは無いかも知れない。でも確かな事は、ラーベを放逐ほうちく為れば確実に魔法は消える。魔法が無くなれば、既存きぞんの秩序が根底から崩れる!
其の先には何が待つ?混沌こんとんよ。大量の血が流される。貴方は、そんな世界を望むと言うの⁉」
「同じだよ」強く。
そしてファルーズは静かに首を振った。
「同じだ。過ぎた力は必ず慢心を呼び込み、争いを生む。僕が望まなくても、契約の恩恵おんけいを受けた一族の誰かが、いずれ第二の帝国を打ち立てようとするだろう。そうなれば結局、多くの犠牲が出る」
「それは——!」口を引き結び、うつむく。
「だから問題は、どちらが正しいかじゃない。信念の問題なんだ。そして宵花、僕は君と引き換えにしてそんな力を得るなんて、絶対に許せない。だから僕は、君の望みを否定するためにラーべのもとに行く」
「……認めないわ。
貴方のエゴを、わたしは、認めない」
 振り絞るように、宵花はそう突き返した。
 強まった雪が、二人の間を壁のようにへだてる。
 ファルーズはくびすを返すと根の森へと戻った。
「釐瑛さん。あなたは僕たちに選ぶ機会を作ってくれたんですね。
 龍は僕に魔法の放棄ほうきを望みました。あなたは?」
「何も。
 わたくしは、私達が貴方がたの世界の行くすえにいかなる影響も与えるべきではないと考えています」
「あわいの森の主人ではなく宵花の親としてのあなたの気持ちはどうなのですか、釐瑛さん」
 意表をつかれた顔でしばらく言葉を失い。釐瑛はやがて笑い声をあげた。
「ああ、何時いつりでしょう!このような気持ちの動きは。あるいは、初めてかも知れません。  
 ファルーズ。貴方が巫で、良かった」瞳をほそめて彼をうち眺める。
「私は……
あの子の母としての私は、あの子に、宵花に、もっと自分を大切にして欲しいと願っています」


 自分は感情的になっているのだろうか。
高ぶった気が目をくもらせ、見るべきものが見えていないだけなのか。
 そう釐瑛ことあきらに願ったからか。
木には人ひとりが歩いて登れるような経路ができていた。
 ひたすら、上へ
根の森から
みき
長い長い幹をへて
枝葉のうちへと
もくもくと足を動かし続けて
そうしてついに、彼は頂までたどり着いた。
 彼の知る世界はゆがめられてしまった世界なのだという。
 実感なんかない。
本来の世界など知らない。
痛みが有るわけでもない。
 暗部はある。
だけどそれは、魔法のみに責めを負わせられるのだろうか。
 他方で、魔法の恩恵おんけいに浴してきたという感覚もとぼしい。
彼も、彼の周囲も並の魔力しか持たなかったし、魔法具もそれほど身近なものではなかった。しかも彼の知る魔法とは、不安定で扱いづらいものであった。
 こずえから、はるか四方を見渡す。

 しずの川面
 つらなるきらめき
 ほのあかりの森
 さやぐ星々
 吹き渡る風は、はるかはるか向こう
かなたのはてへ—— 

 これが歪みの形なのだとしたら、あながち悪いものでもないのかもしれないとも思う。
 受けれるべきなのか、これを。
宵花よいかの期待する通りに。
(でも、かけがえのないものを差し出してまであがなうべきものなのかな)

 龍の願い
 釐瑛の望み
 宵花の意志

しかし最後は、彼自身が決めなくてはならない。
 彼の答えは————


 ホースケと入れ違いにちんにもどる。
とうとした二人を釐瑛ことあきらが呼びとめた。
「ファルーズ、これを」
「これはレベッカの……
アンドヴァリ!」
 こしらえからして間違いないが——。
 刀身を引き抜く。
 刃こぼれは当然として、傷もびも見当たらない。戦いをくぐり抜けて来た剣とはとても信じられない。まるで新品だ。
 明晰めいせきに澄んだやいばに彼の姿がうつり込む。
——ゾッとするほど清冽せいれつだった。
「どうして……」
 最後は主の命を奪ったという魔剣はレベッカと共にうしなわれたと聞いていた。
何故なぜ、そしてどうやって失われたのか。
当時も騒動になったらしいが、真相は誰も知らない。まさに伝説的な佩剣はいけんだった。
わたくしがこれを造ることは出来ませんが」あやうく光る刃先にそっと指を滑らせる。
「これは魔法を用いて造られた物ですから、復元することは可能です。
 持ってお行きなさい。きっと貴方あなたの役に立つでしょう。
 宵花よいか」娘へと笑みかける。
黄昏たそがれにあって、一条のまばゆきらめきを放つもの。私は貴方にそれを感じ、そうあって欲しいと願って貴方に名付けたのですよ。
貴方は、レベッカの影ではありません。貴方は貴方の人生を生きて良いのです」
 川沿いにあわいの森を出てラーベのもとを目す。どこからでも行けるが、それが最も近道なのだという。
……そのはずだった。
 あわいの森を出た途端。
辿っていた川がぷつりと居なくなった。丸でち切られた様だ。
 振り返る。
すぐそこに有る筈の森も見えない。
 夜明けなのか。
それとも、日没なのか。
彼らを取り巻く地平線はほの白く照り。そこに向かってびるは、冬枯れた木がまばらに点在するだけの唯々ただただ平坦へいたんな大地。
 行けども行けども変わらない。しばらく聞こえなくなっていたラーベの声も相変わらずだんまりで。何もよすがにするものが無かった。
「ブリミルの森の時と同じよ、ファルーズ。えて居る物に意味は無い。感覚を超えた存在モノを理解出来る形容カタチに置き換えて居るに過ぎない。貴方には、何が見える?」
「森と——
泉だ!」
 今や。
ラーベは目の前にあった。
う。
かつキラカイが視たイメージに引きられたのね」
 宵花のつぶやきをき消す様に、あの声がとどろいた。
『良く来た。ファルーズ・マラド=ラハビ・リュジョ・ラハマーン。が新たなよ』
 のっぺりといでいた水面が波打つ。
しかし声は目の前の泉からというよりは四方八方から響き、
まるで、
かぶさってくる感じだ。
息苦しささえ有った。
『しかも欠片かけらまで具してまいるとは、何と殊勝しゅしょうな心掛け。
 望む事は、何だ。
地位か、名誉めいよか、一族の繁栄か
——それとも、それらすべてでも良いぞ。何でも望む所を申してみよ』

 まやかしだ。

 強く、思った。

 これは、まやかしに過ぎない。

 同時に、可笑おかしくなった。
自分自身ですら普段は意識する事は無い書類上のフルネームをラーベが口にした事が。
 芽えかけたおそれが雲散霧消うんさんむしょうし、気が楽になる。
「望みは、ない」肩の力を抜いて対峙たいじし。
わずかもおくすること無く堂々と、歯切れ良くいらえる。
「あえて口にするなら、宵花を生かすことだ」
『それは出来ない』詰まらなそうな、そして、かすかな苛立いらだちを含ませ、ラーベ。
『……もしかして、おそれているのか?法外なしろを払うのではないかと。
安心せよ。さような真似まねはせぬ。そなたは——そう、一年ひととせ巡る内にたれぞと結ばれ、子をせば良い。そなたのおもいは必ず受け入れられ、二人の間には双子が生まれる。そこまでがそなたのす事。それ以上の事は無い。
……丁度そなたの間近に想いを寄せる娘が居たな。
カルネ。
そう、その娘が良いのではないか。
——そうか、それとも、その欠片の容姿を得がたく思っておるのか。ならば、同じ容姿の者をそなたのもとつかわそう』
 大きく息を吸う。
静かに、ファルーズはラーベを拒絶した。
「ない。
お前が僕にできることは何もない。
 ただ宵花をあきらめ、この世界を去ってくれればそれで良い」
 視界が
——いや、
景色が、
ねじれた。
「宵花‼」
 捩れに巻き込まれようとしていた宵花の手を、ファルーズは咄嗟とっさつかむ。
「ファルーズ!」たしなめる様に、宵花。
「放すものかっ!何があっても」
「ファルーズ……」
(このままじゃ、もたない)
 苦心して腰の剣を抜き、足元に突き立てる。
上手く刺さってくれたが、凄い力だ。全身がきしむのが分かった。
 捩れた景色は剥落はくらくし、途方も無い穴になっていた。 
その穴の底で、しぼり取られそうなラーベの先端が宵花をつかまえようともがく。呼応こおうするように光が——魔力が奔流ほんりゅうとなってその源泉へと吸い寄せられていった。
それは、彼等かれらとて例外では無い。
何かが抜けていく感覚に押し流されまいと、宵花を掴む手に、その体温に集中する。
リヴァテウムが
リネスの腕輪とアンドヴァリが、落ちていく。

 動揺どうよう

 恐悸きょうき

 混乱

 波となって押し寄せるラーベのそれは彼の心をもふるわせ、同じものに染まり掛かる。
「お前はりたい。僕は宵花を生かしたい。
……かなしいな、ラーベ」言葉が、こぼれる。
 ついに、支えとしていた剣までもがさらわれた。

 ラーベの声は遠く——

 意識は散り散りになり————…… 
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※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

孤児が皇后陛下と呼ばれるまで

香月みまり
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母を亡くして天涯孤独となり、王都へ向かう苓。 目的のために王都へ向かう孤児の青年、周と陸 3人の出会いは世界を巻き込む波乱の序章だった。 「後宮の棘」のスピンオフですが、読んだことのない方でも楽しんでいただけるように書かせていただいております。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
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 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

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