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第一部 六章 オーブを求めて
賑やかな旅路
しおりを挟むプリエール神殿から北へ進むと緑が生い茂り、やがて湿原へと変化する。
エビル達四人は次の目的地を目指していた。一先ずの大きな目的地をハイエンド王国へと設定し、その過程で寄ることになるのはメズール村、ノルド町の二か所。まずは湿原を超えた先にあるメズール村だ。
陽光が差すのを木々が邪魔しているため暗い湿原。そんな場所で夜に活動するのは危険なため早めの就寝を心掛けている。今のように明るい時間帯で色々済ませるのが安全に湿原を越えるコツだろう。レミの火の秘術を用いれば夜に進むことも可能だが負担を掛けるのはよくない。
まだ明るい時間帯なもののもう少しで暗くなり始める時間。今のうちに水浴びや食事、寝泊まりの用意をした方がいいことを旅に慣れた者達は知っている。
女性陣はレミがサトリの腕を引っ張って水浴びへと向かった。残された男性陣の二人は淡水の溜まり場に泳ぐ淡水魚を釣り上げる使命を持った。
男女で別れてから、レミとサトリはそこらにある淡水の溜まり場の一つで水浴びを開始する。当然エビル達から離れていて丁度よく木々に隠れる場所でだ。衣服は丁寧に畳んで、サトリの錫杖と合わせて陸に置いている。
「いやあ、ここって何だかベトベトする汗が出るらしいわね。アタシは暑さに耐性あるから汗もあんまり掻かないけど、水浴びすら出来なかったらまさに地獄だったわ」
「……そうですねレミ様。湿原ではそういうものでしょう」
湿度が高いと人間は汗を掻きやすくなる。しかも中々蒸発しないため気持ち悪いと思う者も少なくない。サトリはそれを理解しているので体を濡らした手で擦りながら同意する。
「特にアンタは汗掻くでしょ。どことは言わないけど大きいもんね」
「……ええ、かなり汗は掻いていますね」
「どことは、言わないけど!」
「あのレミ様、胸を凝視するのそろそろ止めませんか?」
サトリは気まずそうに問いかける。
実はこの水浴びが始まってから、正確には裸になってから、レミはずっと彼女の豊満な胸部へ目をやり続けていたのだ。
今までは一人で水浴びしていたためこんなことはなかった。しかしサトリという同性の仲間が旅の一員に加わったことで、どうしても互いの体を比べるようになってしまったのである。
レミといえば全体的にスレンダー体型。筋肉が程よくついた手足。胸はささやかに膨らんでいる程度。
サトリといえば錫杖を軽々振り回せる筋肉があるものの女性らしさは全く失っておらず、むしろ引き締まった肉体は魅力的。そのうえ突き出た大きな胸もまた魅力に溢れている。レミからすれば自分が成長した完成形のような憧れる体であった。
「むぅ、何食べたらこんなおっきくなるわけ? 世の中不公平よ」
「……そんなことを言われましても。レミ様だってまた成長途中でしょうに」
「だって? え、何、アンタもまだ成長途中だって言いたいの? こんなにおっきいくせにまだおっきくなるの?」
目を丸くしたレミはやがてキッとサトリの胸を睨みつけ、両手を伸ばして軽く揉み始める。
予想外の行動だったためサトリは躱すことが出来なかった。彼女は「ちょっ、何を!?」と驚愕していたが、それ以上に驚いた表情をしているのがなぜかレミの方であった。
「ねえナニコレ。モチモチしてるっていうか……すっごいふわふわで柔らかいんだけど。これが持つ者の柔らかさだとでも言うの?」
「あ、あの、ですからレミ様も将来これくらいに……んっ、なれるとっ……あの、もうっ、お止めください……!」
「レミって呼んだら止めてあげる。アンタはアタシに対して畏まりすぎなのよ。もっとこのおっぱいみたいに柔らかくなんなさい」
妙な条件を出されてしまったサトリは「はい!?」と驚愕の声を上げる。
確かにサトリは王族であるレミに対しては畏まった態度を取る。他の二人に関しても丁寧な言葉遣いをしているのだが、レミだけは特別丁寧さが増している。
「あ、んっ、ですが……王族のお方を呼び捨てにするなど」
「そう、じゃあ水浴び中ずっと揉んでるわ」
「わ、分かりました! レミさ、んっ……レミ!」
背筋がゾクゾクする感覚に襲われつつサトリは呼び捨てにしてみせた。
呼ばれた以上は約束なので、レミは揉みしだく手の動きを不満そうに止めて遠ざける。だがどうやら感触が忘れられないらしく空気を揉んでいる。
「はあっ、はあっ……お返し、してもよろしいですか?」
「ふっ、出来るものならね」
今までは敬意を持っていたからこそそういった悪ふざけのようなこともしなかった。先程の一件で多少打ち解けたからこその言動である。
サトリが息を整えてから緊張した様子でレミの胸へと手を伸ばす。
「……こ、これは! 掴める部分がほとんどない!?」
「どうよっ! これが、これこそがレミ様のぺったんこボディよ!」
結果、膨らみがささやかすぎて揉むことが出来なかった。
自分で自分のことを言っておいてレミは涙を流して笑い声をあげた。
* * *
湿原にはいくつか淡水の溜まり場が存在し、中には淡水魚が泳いでいる。男性陣である二人は淡水魚を捕獲しようと釣りに勤しんでいた。
「はあああぁ……あんまり釣れねええ」
体のラインが浮き出るボディースーツに黒いマントを身に纏う少年が嘆く。褐色肌の彼、セイムが持っているのは白い布で覆い隠した大鎌ではなく、市販の頑丈な釣り竿であった。愛用の大鎌は背後に置いてある。
「僕の方はもう結構釣れたし十分かもね。あんまり釣れなくても今日は大丈夫だよ、こんな日もあるって」
そんなセイムを慰める白髪で白いマフラーを巻いている優し気な少年、エビルの傍にあるバケツには魚が五匹ほど泳いでいる。布の上衣とズボンを着用している平凡そうな彼は意外と釣りが得意であった。
「よっし、じゃあもうちょっと釣れたら止めるか。……ん? なあエビル、あれって魔物か?」
ドロッとした瑠璃色の液体が二人を見つめている。
プルプルと震えているそれには顔や手足がない。液体のみが体として機能しているらしい。エビルはそんな魔物を図鑑で見た記憶がある。
「確か……マリンスライムだよ。キラキラしたような物体に目がないスライム系統の魔物。普段は群れで行動するらしいのに一体か、珍しいな」
スライム系統の魔物は群れで行動するのが一般的、と図鑑に記されていた。
彼らにはあまり知能がなく、無意識に群れて生活しているらしいのだが目前の個体は違う。何やら観察でもしているかのようにジッと一体でエビル達を見てくる。やがて満足したのか素早く逃走した。
「おっ、逃げた」
「何だったんだろう……?」
「さあな」
何をするわけでもなく逃げていったマリンスライムに二人は首を傾げる。
「ふーむ、魔物、魔物か……」
セイムが顎に手を当てて考え始める。エビルが「どうしたの?」と問いかけてみると、彼はうんうんと一人頷いて真剣な顔を向ける。
「考えたんだが、水浴び中に襲われたらレミちゃんやサトリさんは危ないんじゃないか? 特にサトリさんは武器が手元にねえわけだしよ」
「うーん、大丈夫だと思うよ? 確かに危ないかもしれないけど、この辺りの魔物とは結構戦ったし油断しなければ負けない。レミは素手で戦えるし、サトリさんだって武器がなくても僕らと互角じゃないか」
早朝、エビル達は全員で手合わせをして特訓している。
ついこの前、邪遠に手も足も出なかったことで各々思うところがあるのだ。元から軽くやってはいたが今では激しくぶつかり合うようになった。その早朝の特訓にてサトリは武器ありだと誰よりも強く、武器なしでも互角に戦える。元大神官なだけあって彼女はかなり強い。
「……だが、万が一もあるだろ。だから俺、魔物から守るって口実で水浴びにご一緒したいんだが許されるよな!?」
「前に僕が魔物から守るため駆けつけたら大丈夫って言われたよ」
「大丈夫? なるほどご一緒してもいいのか……ってお前、まさかレミちゃんの裸をじっくり見ちゃった感じ?」
「い、いやじっくりは見てないって! すぐに後ろ向いたし!」
以前、レミが悲鳴を上げたので助けに向かったエビルだが再び悲鳴を上げられた。魔物はレミの手で目を回して気絶していたし、何も問題なさそうに見えたので護衛も必要ないだろう。下手に近付けば倒されるのは魔物ではなくエビル達かもしれない。
「ぶっちゃけどうだったんだよ。実は結構育ってたりすんじゃねえの」
「……いや、それはないね。着痩せしてるわけでもないから」
「そ、そうか。だが将来性はまだ分からねえ、希望ってのはいつ如何なる時も捨てちゃダメなんだ。まあ俺のお目当てはサトリさんだから関係ねえけど」
「目当てって……セイム、覗きはよくないよ」
セイムの言い方でようやく下心があることに気付いたエビルは注意する。
覗きは最低の行為だと村長がよく言っていたのを思い出す。過去の経験からか村長はそういったことに厳しかった。
「バッカお前、うら若き女性達の体を目に焼きつけたくないのか? あのボンキュッボンな体を一度は拝みたいもんだろ? それに覗きじゃないぜ、あくまで護衛として一緒に水浴びするんだから」
「――ほう。是非その話を詳しく聞かせてもらいたいですね」
タイミングが悪いことにセイムの後方から二人の女性が歩いて来た。
腰まであるプラチナブロンドの長髪。白を基調としていて、中心や端に青の線が入っている法衣。首にかけられた銀の十字架のネックレス。左手に錫杖を持っている彼女、サトリが恐ろしい目でセイムを睨んでいる。
「ほんっとアンタってバカよねえ、魔物よりも危険な奴と水浴びなんてするわけないのにさ。護衛を頼むならエビルに頼んだ方が万倍マシよ」
首元より上の赤髪。朱色の無袖上衣、ミニスカート。逆向きに首に巻かれた黒いスカーフ。活発そうな彼女、レミはジト目をセイムへ向けている。
二人の女性の怒りを感じたセイムは苦笑してたじろぐ。
「いや待て待て、俺は君達を守ろうとした紳士でね」
「残念ながら覗き云々といったところから聞こえましたので」
「変態紳士って言葉をご存じないですか!?」
「結局変態じゃない! 水浴びしたいなら一人でしてろ!」
レミが駆け出してセイムへドロップキックを繰り出した。
勢いよく蹴り飛ばされた彼は釣りをしていた池にダイブしてしまい、泳いでいた魚達は一斉に逃げていく。蹴りを放った張本人は「成敗!」などと言って胸を張っている。
一連の流れでエビルは引き攣った笑みしか浮かべられなかった。
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