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第一部 六章 オーブを求めて

蒼炎

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 飛んで来る刀剣や槍などの武器を各々が躱し、場合によっては己の武器で弾く。
 湿原のぬかるむ地面には武器の森が出来上がりつつあった。
 武器の射出速度も量も衰えることはない。エビル達はどうすれば切り抜けられるのかを思考するも名案は思いつかない。

「くっそ、こいつどんだけ取り込んでるんだよ!」

「いえ、心なしか量が減ってきたような気もします!」

「減ってはいないと思うな……いや、なんだ? 武器じゃ……ない?」

 いつの間にか武器の雨の中に妙なものが交ざっていた。
 銀や金のアクセサリー類。兜や鎧などの防具。武器ではないそれらが砲弾のように飛んできている。

「間違いない、武器の在庫が切れかけている。殺傷能力は金属だから変わらないかもしれないけど、いずれこれらも在庫がなくなる!」

 飛来する金属の雨を防いでいるとまたもや飛来物に変化があった。
 もはや金属など一つもなく瑠璃色の塊が飛んできている。それがなんなのか察するのは早かった。

「何もなくなったら今度は自分の一部を飛ばしてくるのか!?」

「気をつけてください! スライムに呑み込まれれば窒息死しますよ!」

 人間を丸ごと呑みこめるような瑠璃色の塊。集まっているだけの巨大化だったので分裂したといっても一体が分裂したわけではない。飛んでくる流動体全てが通常のマリンスライムの集合体である。しかしそんなことをしていれば当然、巨大な体躯はみるみると小さくなっていき、他の集合体と同じ大きさにまでなってしまう。
 分裂しても人間を呑みこめる大きさのマリンスライムの数は総勢三十。厄介さは巨大な時よりも減ったとはいえ油断できる相手ではない。

「巨大な時よりはダメージが通りやすくなってるはずだ……! でもこの数は厄介すぎる……!」

「四人で一体を相手するよりも各個撃破していく方が安全かもしれません! 単純計算で一人約八体倒せば終わりです!」

 四人で固まっていれば囲まれて襲われるのが目に見えている。討伐速度が上がってもそれでは全滅の危険は大きい。しかし一人で戦えばマリンスライムも戦力が分散し、場合によれば前後からの挟み撃ちなどとで有利に戦闘を進められる。
 錫杖しゃくじょうを構えたサトリが周囲のマリンスライムの討伐に動く。他の三人も異論はないので一人で戦い始めた。

「そらあ! はっ、楽勝だっての!」

 飛び掛かってくるマリンスライムをセイムは大鎌で切り裂く。
 巨体ではないために両断できるので真っ二つにはなる。だがそれではスライムを死に至らしめるには足りない。スライムを討伐するには再生しないくらいバラバラにするか、焼き尽くしてしまうしかない。
 巧みな鎌捌きで襲い掛かるマリンスライムをどんどん切断していくが、学習でもしたのかセイムの周囲にいる一体が距離をとる。

「そらそらどうした。俺を取り込むつもりならもっと気合入れて襲って来いってんだわああああああ!? 危ねええええええええ!」

 離れたマリンスライムがいきなり鉄の剣を体から放出した。
 なんとか直撃を避けたセイムは頬に切り傷が出来る程度で済ませた。いったいどういうことだと武器が飛んできた方向に隙をみて視線を向ける。そこには地面に刺さっている武器などを再び取り込んでいるマリンスライムの姿があった。合体している数が少なくなっているからか、取り込まれた物体のシルエットが見えることが幸いである。

「おいこいつらまた武器を取り込んで攻撃してきたぞ!」

「そのようですね、ですが中身が先程と違って見えます。注意すれば躱せない攻撃でもありません」

「飛び掛かってくる奴を躱して反撃、遠くにいる奴を警戒してって、ちょっと難易度高くないかしら……!」

「大丈夫! みんなならやれる!」

「そうは言うけどねえ……!」

 近距離戦と遠距離戦を同時にこなせという無茶振りを、生き抜くために全員が必死にこなそうとする。
 マリンスライムの数は必死な戦闘が続くにつれて減少している。一人一人が反撃として、相手を徐々に追いつめて何体かは討伐に成功していた。
 このままいけば問題はない……という油断が命取りになる。

「これならっ、いける!」

 取り込もうと近づいてくる一体を躱して反撃の炎を浴びせると苦しんで動きが鈍る。そうやって攻撃した直後ならばと考えたのか、マリンスライムの一体はレミの頭上に跳んでいた。

「気付いてないとか思わないでよね!」

 レミはそれにも地面で移動している影を頼りに気付き、強く大きな炎弾を直撃させるとマリンスライムは炎の勢いに押されて離れた場所に落下する。その一部は蒸発したかのようになくなっていて、体積を大幅に減少させている。

「うっそでしょ……」

 この調子で。そう思っていたレミだが、大きな影が自分の影を呑みこんだことで異常を察知して振り返る。
 背後にはレミが戦っていた数体のマリンスライムがまたもや集合して巨大化した姿があった。当然最初ほどの大きさではないが脅威に変わりない。巨大化するということは体積も増えて、その分攻撃も通りにくくなる。ましてや炎で燃やす攻撃方法のレミにとって、燃え尽きるまでの時間が長くなるのは相性的に最悪だ。

「ありったけをぶつける……!」

 五倍ほどの大きさになったマリンスライムが取る行動は単純。獲物を取り込もうと飛び掛かるだけだ。それに対して受けて立つ覚悟を決めて、レミは最高火力、最大の火炎放射を集中して放つ。
 自身と同等の大きさである炎に衝突してもマリンスライムは一歩も引かない。炎が体を蒸発させていくのを気にせず瑠璃色の流動体は前身以外の行動を取らない。その結果、蒸発しきる前に炎が勢いをなくして縮小していく。

 炎が弱まって霧散したことが意味することは一つ。
 ――レミがマリンスライムに呑み込まれるという敗北。

 レミの視界は一瞬で瑠璃色一色に染まる。まるで海に溺れているように呼吸をすら許されない。手足を動かして藻掻いても脱出出来ない。
 勝者は自分だと確信したマリンスライムはご機嫌のようだ。プルプルと揺れて踊っているようにも見える。

「レミっ……!」

 レミの危機に気付いたエビルは焦った声を上げて駆ける。
 周囲のマリンスライムを討伐し終えたわけではない。彼らの内の二体が素早く前に躍り出て行く手を阻む。

「邪魔だ! 〈風刃ゲイルブレード〉!」

 淡い緑光を纏った剣で二体のマリンスライムを何度も切り裂いてバラバラにした。再生能力を使うには体力切れだったようで復活はしない。
 目前の敵を殲滅したので再び駆けようとした時、背後から迫る気配に気付いて振り返る。当然相手はマリンスライムであり呑みこもうと飛んで向かって来ていた。

 剣を振ろうにも間に合わない。レミ同様に呑みこまれそうになったそんな時、エビルの影から無数の棘が伸びてマリンスライムを空中で串刺しにした。動こうにも黒い棘がさらに伸びて身動き取れず穴だらけになる。

『まったく、こんな雑魚に後れを取るようじゃ見込み違いだったか?』

 ゆっくりと黒い棘が影へと戻っていく。
 窮地を助けたのはエビルの中に潜んでいる悪魔だ。

「シャドウ……助かった、ありがとう」

『礼を言っている場合かよ。あの女が死ぬぜ?』

 ハッとエビルは振り返ってレミの方を見やった。
 マリンスライムの体内で彼女はもう動いていない。目は今にも閉じそうで、意識もギリギリ保っている程度しかないだろう。そんな彼女を助けようとしてもエビル達の前に別のマリンスライムが立ち塞がる。

「どけええええええええええええ!」

 普段からは想像もつかないほど荒げた叫びをエビルが上げる。セイムやサトリも焦った表情を浮かべながら敵へ攻撃を続ける。このままでは到底救助が間に合わない。

(エビル……)

 何もかもが手遅れのような状況。窒息死するまでに誰の助けも間に合わない。
 諦めずに必死に戦っている仲間をレミはもう僅かにしか開かない目で見つめる。

 レミは自分が情けなかった。束縛されていた国から自由に羽ばたいたはずなのに、自分のことが嫌になる。友達と初めて言ってくれた少年がマリンスライムを斬り続けるのが見えたからだ。姉の次に大切に思える少年に苦しそうな顔をさせている原因は、全てレミ自身の貧弱さ。

 弱い。どうしようもなく弱い。
 イレイザーと戦っても敗北したうえ守られた。スレイとの戦闘時は微弱なサポートしか出来ていない。砂漠ではレッドスコルピオンの猛毒に侵されて心配と迷惑をかけた。邪遠との一戦など何一つ出来ることがなかった。そして今、必死に戦っている三人と違って死にかけている。

(弱いんだ、アタシの炎がまだ弱いんだ。このまま死んじゃうのかな……?)

 世界は弱肉強食。弱ければ生き残ることが出来ないのは自然の摂理。

(アタシが弱いから……いつも、誰かに助けられている。……足を引っ張るだけなのはもう嫌なのに)

 邪遠には「程度が低い」と言われた。もっと早く秘術の使用に積極的になっていれば、守られるしかない今の自分より遥かに強くなれていたはずなのに。
 ふと、脳裏に過ぎる。邪遠にエビルが殺される悪夢のような光景。
 レミは見ていることしか出来ず、邪遠は己に立ち向かう者全てを蹂躙していく。
 エビルも、セイムも、サトリも、ソラも、ヤコンも、イフサも、今まで関わった人達が全員殺されていく。そして最後には「弱すぎる」と告げられ当然レミ自身も……。

(強く……なりたい……そうだよ、弱い自分が許せない……許せない!)

 ――レミの両目がカッと見開く。遠のいていた意識が戻って来る。
 尻にある炎のような紋章が、衣服の上からでも分かるくらいに赤く輝き始めた。その赤光はマリンスライムの外にまで届いた。

(いつまで守られているつもりよレミ・アランバート。アンタは何のために強くなろうとしたの!?)

 強さを求めたのはまだ幼い頃。
 嫌悪していた秘術に頼らず生きていけるように始めた兵士との組手。それに真剣に取り組むようになったのは城下町にヤコンと出かけた時の出来事が原因である。

 治安はかなりいいアランバート城下町だが全く事件が起こらないわけではない。その日、偶然目に入ったのは老婆から荷物を奪った強盗の姿であった。萎縮した老婆を蹴り飛ばし、嗤いながら逃走する強盗の前へレミは躍り出た。

 当時は力も強くなく、元より嫌いな秘術を使用する気もなく、そこらの子供となんら変わらないレミが対処出来るわけがない。震えながら目を瞑って立ち塞がることしか出来ず、結局割って入ったヤコンが全てを解決した。あの事件がレミの中で強く尾を引いている。

 弱者を守るには強者にならなければいけない。ならば強くなろう。
 決意した日から特訓に特訓を重ね、悪人を見つけ次第ぶん殴って倒せるくらいに強くなれた。今となってはその強さも自惚れだったのだと認識出来る。

 レミは一般人から見て強い部類だ。しかし世界に目を向ければ弱い部類だ。
 誰をも守れるのは最強のみ。なれば今この瞬間からレミが目指すのは最強のみ。

(誰よりも強くっ……! 誰かに心配をかけさせない最強に……アタシはなる! どんなに遠い道だとしても強くなるんだ!)

 もう何も出来ないはずのレミの全身から朱色の炎が放出される。
 レミを中心として渦を巻き、やがてそれが――青へと変色する。

「死んでたまるかあああああああああああ!」

 発生した蒼炎そうえんの渦は広がり、逆にマリンスライムを丸呑みにした。あっという間に敵を閉じ込める炎の檻が完成したのだ。

 超高熱が絶え間なく襲い、体温が上昇して蒸発していく。どう抗ったところで抜け出すことは不可能。マリンスライムの体は余すことなく全てが蒸発した。
 体内にいたレミは自由となり呼吸できなかった苦しみから解放された。荒々しく呼吸を繰り返したレミは弱々しい笑みを浮かべる。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……どんな、もんよ……!」

 立っていられたのは数秒にも満たなかった。
 笑みを浮かべたままレミは眠るように倒れてしまう――のをエビルが受け止める。
 ギリギリで駆けつけた彼が相手をしていたマリンスライムはもういない。それどころか他の二人を襲っていた個体達も残っていない。全員が同時に倒したようでレミの元へ集合する。

「……よかった。気を失っただけだ……死んでいない」

 本当に死んでしまうとエビルは思ってしまった。
 毒に侵された時もエビルは焦っていたが、目前で死んでしまうかもしれない命の危機に陥ってしまったのなら焦ることは当然だ。
 受け止めたレミの体を両手で持ち上げたエビルは安堵の息を吐く。

「大丈夫ですね、問題はありません」

 気絶しているレミの状態をサトリが視てそう告げる。

「分かるんですか?」

「ええ、神官として医療や魔物の知識は覚えなくてはならないものですから。レミさ……レミの状態は単に疲労によるものでしょう。おそらくはあの青い炎……秘術の影響だと思われます。限界以上の力を振り絞ったのですね」

「秘術……そっか。使いすぎると疲れるからね」

 エビルは右手にある竜巻のような紋章に目を向けてから、視線をサトリ達へ戻す。

「いつまでもここにいても仕方がないしメズールに戻ろう。ズンダさんにも謝らないといけないし、レミを宿屋で休ませないと」

「ああ、確かにオーブとやらは盗られちまったからなあ」

「ですがマリンスライムは討伐しました。これでマリンスライムによる村周辺での窃盗被害も減るでしょう」

 地面に落ちている泥まみれの武器や防具、大小の宝石がついているアクセサリー類。それらは今まで盗まれただろう被害者の数と同じだろう。盗みを働くマリンスライムを討伐出来たのだから最低限の成果は残せた。オーブについてはズンダに謝罪するしかない。多少心苦しいままエビル達はメズール村へと帰っていった。
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