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第一部 六章 オーブを求めて

漁師達の奮起

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 魔物使いカウターは格闘大会景品であるブルーオーブを探していた。
 景品は箱にしまわれているが広場の隅に放置されている。広場に下りたカウターはすぐに景品がある場所へと向かって箱を漁っていた。

「これがブルーオーブ……」

 そして今、目当てのオーブを手に取っている。
 景品が入っていた箱から取り出してカウターはオーブを観察する。海のように青く透き通った球体はやや大きめで、片手だけでは持つことができない。いや持てることには持てるが手が滑って落ちそうなので両手を使っている。

「グリーンオーブもそうだけど、綺麗なだけだねえ。いったいお頭はこれをどうするつもりなのやら……。まあそこはどうでもいいか、早いとこ撤退しないとね」

「そうは問屋が卸さないってな」

「ボウヤは……!」

 もう町から出ようと歩き出した時、カウターの前に現れたのはセイムだ。
 大鎌を担いで薄ら笑いを浮かべるセイムをカウターは鋭い目で睨む。しかしそれも少しすれば雰囲気が緩んでいく。

「ふふふ、あなた一人で止められると思う? すでにボロボロじゃない」

 実際にセイムはボロボロな状態である。見た目からもだが、内部も昨日の〈デスドライブ〉により痛みが襲っている。詳細を知りはしないカウターだが戦えば自分が勝つことだけは確信している。

「レディーを攻撃するのはあんまり好きじゃないがね、やるときはやる男だぜ? だがその前に聞かせてくれよ。そのオーブ、いったい何の目的で集めているんだ?」

「さあね、そんなことはお頭に訊いてよ。私達は手足にすぎないんだから」

「じゃあもう一つ、魔物を使役するってどうやってるんだ?」

「魔物を使役するなんて普通はできない。でも私がしているアクセサリーが可能とするのよ、まあ今のボウヤに取られるほど間抜けじゃないけどねえ」

 まじまじとセイムはカウターを凝視する。つけているアクセサリー類といえば首飾りくらいのものだ。

「へぇ、じゃあ」
「これで終わりですね」

「……は?」

 いつの間にか背後にいたサトリがカウターの首飾りを素手で引き千切る。
 気配すら悟らせない隠密行動により、カウターがセイムが話している間に回り込んだのだ。注意を目前の男に向けすぎたのがこの失態を生んだ。

「これでクラーケンとやらも」

 視線をクラーケンに移すが止まる気配はない。

「……止まりませんね」

「ふ、ふは、はははは! 誰がその首飾りだといったの? 一つしか付けなかったらモロバレバレだからね、アクセサリーなら他にもつけているのよ。当然でしょう」

「関係ねえよ、道具は使用者がいなければ効果をなさない」

「ふ、あ?」

 ――大鎌が胸を貫通していることにカウターは遅れて気がついた。
 サトリに目を向けた一瞬でセイムが大鎌を振っていたのだ。戦闘ではその一瞬が命取りになることもある。

「バカ、な……」

 呆気ない最期だが戦闘の終わりは常に呆気ないものだ。たとえどんな人間だろうと心臓を貫かれれば呆気なくその命を散らす。
 血を大量に地に零すカウターも例外ではなく、あっさりと地面に倒れ伏す。

「言っただろ。るときはるってな……」

 本当は女性を殺したくなかったセイムだが殺さなければいけないときもある。死神という種族でなくても、誰かを殺さなければいけない場面というのはあるものだ。悲しげな表情でセイムは物言わぬ死体と成り果てた女性を見下ろす。

「さて、今度こそクラーケンが」

 視線をクラーケンに移すサトリの目には、相も変わらず暴れるクラーケンの姿があった。

「……止まりませんね」

「まあ魔物だしな。元々気性が荒いこともあるし、暴れないなんてことはねえだろうな」

 使役される前から漁船を沈めたりしている凶暴な魔物がクラーケンだ。
 海の悪魔とすら呼ばれる魔物が温厚なわけがない。カウターの支配から解放されたことで、一層凶暴性が高まり暴れ回る結果となる。



 * * *


 格闘大会にホーストを応援しにきた男達が息を切らせながらも恐怖に呑まれて逃げていた。
 自分達ではどうしようもないと、足を引っ張るだけだと、町は壊滅するのだと、無慈悲な現実を受け入れてしまっている。
 しかしホーストの影が一瞬だけ頭に浮かび男達の足が止まる。

 僅かな間のみ止められた足が再び動き出す。
 今まで走っていた方向は町に一つしかない灯台。目的地は変わらないが少し寄り道する場所ができたとばかりに、男達は二手に分かれて行動し始めた。

 灯台に向かった一人の男――シャオンは他の場所へと向かった者達の想いを無駄にしないため、灯台内へと足を踏み入れる。古い階段を走って上り、ようやく着いたのは応援にすら来なかった男達がいる部屋。

 彼らが冷たいわけではない。動かない彼らもホーストのことを大切には思っている。海が一番近い広場へ向かう勇気が足りなかっただけだ。灯台に戻ってきたシャオンもそれは承知している。だが理解していても言いたいことが口から出る。

「聞いてくれ! ホーストさんがピンチなんだ、俺達で助けに行こう!」

 暗い場所で暗い顔をしていた男達は声につられて顔を上げる。

「ホーストさんが……?」
「ピンチって、何があったんだ?」
「格闘大会はめちゃくちゃだ。ク……クラーケンが広場に現れた! だから!」

 心に傷を負う男達に向かいシャオンと同じトラウマを言葉にするのは躊躇される。だが彼自身、怖くてたまらなくてもちっぽけな勇気が背中を押してくれた。

「な、なんで、なんでクラーケンが来るんだよ!」
「俺達は何もしてない、何もしてないのに……!」
「終わりじゃ、死ぬんじゃ、死ねば苦しみから解放される」

 暗い顔が恐怖に染まり叫び出す。
 シャオンも含め実際に目にした二人も、出来ればここにいる者達と同じで灯台に引き篭もっていたいと思っている。
 それでも出来ないのは――。

「あの人が……ホーストさんが戦っているんだ!」

 仕事を辞めてどこにも居場所がない自分達を庇う恩人のためだ。

「あの人だけは俺達の話を聞いてくれた。クラーケンが化け物だってことは、あの人も分かっているはずだ。それでもあの人は、ホーストさんは町の奴らを守るために立ち向かっているんだ! 今度は俺達が助ける番なんじゃないのか!?」

「無理だ。俺達が何をしても無駄だ」
「そうさ、何も出来ない。怖いんだよ。お前だって分かるだろ」
「恩人を見捨てるなんて酷いと思う。でもさ……」

 しかしながらシャオンの想いはあと一歩届かない。
 待つか、向かうか。信じるだけか、動くだけか。悩みにより瞳は揺れていたがやがて閉ざされる。

 彼らの心のトラウマをなくすことは簡単ではない。同じトラウマを持つシャオンも一筋縄でいかないと分かっていたが、まさか誰も立ち上がらないとは思わなかった。
 ホーストが危ないというだけでは足りない。だからシャオンは状況を伝えるよりも、今でさえ男達の中で大きな存在であるホーストをもっと大きくする方が確実であると即判断する。

「……ホーストさんが俺達のことでどれだけ苦労してたのか、お前らは知ってるのか」

 もちろん彼らとて迷惑をかけているのは承知している。
 成人した男達五十人以上も養うには莫大な費用がかかる。一か月の食費だけでも一人一人の収入を超えていた。その食費も、ノルドでは海の幸が安いのに、男達が海に関わる物が苦手ということから他の地域より高めの食材を購入していた。料理を提供してくれても残す、手をつけないことだってざらにあった。だが彼らが想像する苦労はほんの一部分でしかないことをすぐ知ることになる。

「あの人は俺達を養うために悪行にすら手を染めた。金が足りないから、格闘大会の賞金目当てで犯罪を企てていた」

 涙を浮かべてシャオンは語る。

「大会出場者を脅したりして……。俺達のために……町の奴らからの人気を失いかねないのに、それどころか牢獄に送られるかもしれないのに、俺達のために全てを捨てたんだ……!」

 耐えきれずにシャオンの目から涙が零れる。

「俺達を見捨てないでくれたのは誰だ。家族にすら見限られた俺達に居場所を与えてくれたのは誰だ。全部、全部――ホーストさんだろうが!」

 心の想いを全て言葉に込めてシャオンは男達の心に届くことを祈り叫んだ。
 元から切れていた息をさらに切らせたので、一度深く呼吸してから男達を見据える。

「だからもう一度言う。……今度は俺達が助ける番なんじゃないのか」

 返答はない。期待はできないかと思ったその時、誰かが立ち上がる。
 一人立ち上がればまた一人、二人三人と増えていき、まともに動ける男は全員立ち上がった。いつの間にか男達の絶望しかなかった暗い瞳には光が宿りはじめていた。

 シャオンは目を丸くすると微笑んで灯台の階段を下りていく。その後ろには五十人以上の男達が続く。
 灯台から出ると、シャオンとは別行動していた男二人が大量の槍を持って待っていた。男二人は状況を理解したので薄く笑みを浮かべる。

「どうやら説得できたみたいだな」

「ああ、お前達も武器を用意できたみたいだな」

「そういうこと。お前ら、これよりホーストさんに加勢する! 地上から攻める者は槍を持て! 漁師の意地を見せてやるんだ!」

 漁をしていた頃。大物であれば網で捕獲し、できなければ槍で突き刺して捕らえるのが日常であった。灯台から出て来た男達は久しぶりに持つ槍の感触を確かめて、軽く振り出す者までいた。そして勢いよく約五十人の男達がシャオンと共に駆けていく。

 灯台では海を照らす赤い炎が灯されていた。
 ――無事に帰るべき場所を示すために。

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