ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第2話 ー完璧すぎる課題ー ②

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 翌日。連休前の空気は昨日よりさらに軽く、校舎の廊下にはどこか浮き足立った雰囲気が漂っていた。
 ——その朝までは。
 SHR前、真白は自分の机に腰を下ろすと、いつものように提出物の確認をしていた。恋はというと、眠そうに目をこすりながら椅子に座り、まだ鞄すら開けていなかった。
「ねむ……。真白、朝から偉いねぇ……」
「普通だよ。昨日カフェで、恋がスイーツ二つも食べるから」
「いや、あれはね、期間限定って書いてあったからで……」
 恋がぶつぶつ言いかけたその時。
 教室のドアが勢いよく開いた。
 担任の先生が、開口一番に言い放った。
「木下、ちょっと来い」
「……えっ?」
 目の前で名前を呼ばれた恋は、目をぱちぱちさせたまま固まった。
「早く」
 少し険しい声に、教室中が静まり返る。
 恋はおそるおそる立ち上がり、真白を振り返った。その顔には「何したっけ?」という戸惑いが浮かんでいる。
 ——いや、理由は思い当たらない。
 真白はほとんど毎日恋と一緒に居るが、先生がこんな剣幕で呼ぶ様な事案は思いつかない。
 先生が恋の腕を軽く示し、教室の外へと促した。
 真白は思わず立ち上がりかけた。
 恋の動揺を感じ取るより前に、自分の胸がざわついていた。
 「柏加も来い」
 「……え?」
 恋だけでなく、自分まで呼ばれた理由がまったくわからない。
 それでも先生の眼差しは真剣で、反論の余地はなかった。
 
職員室横のミーティングスペース。
 先生は二人に座るよう促し、自身は向かいの椅子に腰を下ろした。
 沈黙。
 緊張が指先を冷たくする。
 やがて先生が手元のノートパソコンを開き、画面をこちらに向けた。
「これを見ろ」
 ——課題提出システム。
 ログイン画面ではない。提出済み一覧だ。
 そこには鮮明に、ひとつの名前がある。
 提出者:木下恋
 提出時刻:4月22日 7:14
 レポートタイトル:『学校ポータルにおけるアカウント管理リスクと対策』
 恋が息を呑んだ。
「えっ……あ、あたし……出してないよ? まだ書き始めても……」
 先生は続けるように、画面をスクロールした。
 そこに表示されている本文は、
 ——高校生が書いたとは思えないほど整っていた。
 論理構成、リスクの分類、アカウント管理の多要素認証まで触れた説明。
 文章の癖が極端になく、教科書か講義資料の一部を写したようで、けれどコピーではない。
「……完璧すぎる」
 思わず真白がつぶやいたほどだ。
 恋は震える声で言う。
「ち、違う……あたしじゃない……。こんなの書けるわけ、ないし……」
「木下。俺も、これを“自力”とは思ってない」
 先生の声は怒っておらず、むしろ探るような調子だった。
「だから確認してる。——お前、本当に提出してないんだな?」
 恋は大きく首を振った。
「してない! あの、パスワードも変えてないけど……いや、変えてないから……?」
 先生は苦い表情を見せる。
「提出ログは、お前のアカウントで、正規の手順で登録されている。IPアドレスも校内のものだ。……つまり、誰かが“木下のアカウントを使って”提出した可能性がある」
 その言葉に、真白の中で何かがはっきり形を持った。
 ——なりすまし。
 ——しかも、かなり技術的に手慣れている。
 恋が混乱した表情で真白を見る。
「真白……。ほんとに、あたしじゃないんだよ……?」
「……わかってる」
 真白は静かに答えた。
 恋が嘘をつくときの目も声も、去年からずっと見てきた。今の恋は、混乱と不安しかない。
 ——なのに。
 先生はさらに重い言葉を落とす。
「今朝、偶然レポートを見ていた先生が居て、職員室で『木下のレポート、完成度が異常に高い』って話になってな。提出物だから点数はつける。ただ、その前に一応確認しようと思って呼んだ。……提出してないなら、これは問題になる」
 恋の表情が真っ青になる。
 責められているわけではない。それでも“疑われた”ことが、恋を動揺させたのがわかる。
 真白の胸の奥に、熱いものがじわりと溜まっていった。
 ——誰かが、恋を利用した。
 ——しかも、恋の苦手な“提出忘れ”のタイミングを狙って。
 その悪意が、真白の心にゆっくりと火を点けていく。
「先生」
 真白は、意識して声を平静に整えた。
「提出ログ、少しだけ見せてもらえますか」
 先生は驚いたように眉を上げたが、すぐに頷いた。
「……いいけど。見るだけだぞ?」
「もちろんです」
 真白が画面を覗き込む。
 ログ画面には細かな項目が並ぶ。
 提出ID、アカウントID、送信元IP、ブラウザ識別、提出時刻――。
 その中に、真白の目は瞬時に“異質なもの”を見つけた。
「……提出時刻のシステム負荷ログが、記録されてない」
「え?」
 先生が身を乗り出す。
「通常、提出と同時にバックエンド側で負荷計測が走るはずです。先生が前に説明してました。ギリギリ提出が多いときはシステムが重くなるって」
「そうだ。だから負荷ログは自動で……」
 先生の顔が一瞬固まった。
 真白は続ける。
「負荷ログだけ“空欄”なの、おかしいです。何か、提出処理が上書きされたように見える」
 ログを上書きして都合の悪い部分を削除する“テンプレート”?
 昨日、真白の胸に残った不安の影。その正体が、今また姿を現した。
 恋が小さな声で震える。
「なにそれ……。誰かが、あたしに成りすまして……?」
 真白は恋の手元にそっと視線を落とし、言葉を選んだ。
「……たぶん」
 真白の脳裏には、掲示板の事件の“揺らいだログ”が蘇っていた。
 今回の提出ログの空欄も、同じ匂いがする。
 ——偶然じゃない。
 ——これは、誰かが“手を入れた”証拠。
 恋の肩が小さく震え続けるのを見た瞬間、真白の中で怒りがはっきりと色を持った。
 誰かが、恋を巻き込んだ。
 誰かが、恋の名前を利用して“完璧なレポート”を勝手に投稿した。
 恋が疑われることを、意図的に利用したのかもしれない。
 そんなことをする理由はひとつ。
 “恋の成績を操作するため”なんて優しい理由ではない。
 ——見せつけるため。
 ——悪意の遊びか、優越感か、あるいは……挑発か。
 恋が泣きそうな顔で言う。
「真白……どうしよう……」
 真白は、恋の手の甲にそっと触れた。
「大丈夫。恋は何も悪くない」
 その声は静かだった。
 静かすぎるほどに。

 教室へ戻ると、クラスメイトの視線がちらちらと恋へ向けられた。
「どうしたの……?」
「先生、めっちゃ真剣な顔だったよな」
「木下、またなんかやらかした?」
 恋の顔が強張る。
「違っ……」
 否定しようとする声が震えすぎていて、余計に誤解を招く。
 真白は恋の前に一歩出た。
「恋は何もしてない。以上」
 短い一言だったが、クラスのざわめきはぴたりと止まった。
 普段ほとんど大きな声を出さない真白の口から、迷いのない語気で言われたら、誰でも空気を読んで黙る。
 恋が小声でつぶやく。
「……真白、ありが……」
「座ろ。落ち着いて」
 二人は席に戻ったが、恋の手の震えはしばらく止まらなかった。

 昼休み。
 屋上ではなく、今日は人の少ない図書室の隅に移動した。
 教室では落ち着かない。
 真白の心も、きっと恋の心も。
 机に置いた水筒を両手で包みながら、恋が言った。
「……なんで、あたしのアカウント……?」
「使いやすかったんだと思う」
 真白は、図書室の静けさの中、淡々と言った。
「恋はパスワードをずっと変えてない。提出が遅れがちなのも、去年から知ってる人ならわかる。……だから、“提出されててもすぐには見つからない”と思われたのかもしれない」
 恋はうつむき、唇を強く噛んだ。
「そんな……そんな理由で……?」
「理由は他にもあるかもしれない。でも、どちらにしても、許せない」
 恋が顔を上げた。
 真白の横顔を見て、一瞬驚いたように目を見開く。
 ——怒ってる。
 普段、穏やかで落ち着いている真白が、表情にまでは出さないものの、声の奥に確かな怒りを宿している。
 恋は思わず胸に手を当てた。
 真白が自分の代わりに怒ってくれる——その事実に感激していた。
 真白は続ける。
「恋の名前で“完璧なレポート”を提出したのは、明らかに不自然。完璧すぎて、逆にわざとらしい」
「わざと……?」
「うん。“注目されるように仕向けた”って感じがするの」
 真白は、提出ログの空欄を思い出す。
 あの不自然な欠落。あれは偶然ではない。
「誰かが恋を狙って、意図的にやったこと。絶対に」
 恋の手が少し震え、その震えを止めるように、真白は手の甲にそっと触れた。
「恋、心配しないで。あたしが調べる」
「ま、真白……」
 恋が潤んだ目で見つめる。
「でも、真白ばっかりに……」
「恋のことだから」
 その一言に、恋は息を呑み、頬に赤みが差した。
 真白は席を立ち、図書室の窓際に移動しながら、ポケットから自分のスマホを取り出した。
「恋、提出ログをもう少し詳しく見たい。先生にも頼んで、ログのスクショを送ってもらう」
「そんなことしてくれるかな……?」
「お願いしてみる」
 それからほんの数分後、先生から共有アドレス宛に提出ログの一部が送られてきた。
 真白は画面を見て、息を呑む。
 提出時刻の直前、システムにログインした記録がある。
 ログイン成功のフラグは立っている。
 しかし——。
 端末識別情報(UA)が“Null”になっている。
 恋が覗き込む。
「Nullって、なに?」
「……ありえない値。普通、スマホでもパソコンでも、必ず何かしら入る。ブラウザ名とか、OSの種類とか。何も入ってないのは、“手動じゃない”ってこと」
「手動じゃない……?」
「自動生成したログ。テンプレートで、本来あるはずの情報を空欄にして送信してる」
 恋が息を吸う音が小さく響く。
「じゃあ……やっぱり、誰かが機械みたいな方法で……?」
 真白はゆっくり頷いた。
「うん。これは普通の生徒にはできない。——狙われてる」
 その瞬間、恋は真白の方へ身を寄せた。
「ねえ……真白……。怖い……」
 真白は恋の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。恋は何も悪くない。——犯人、絶対に見つける」
 図書室の静寂の中で、その言葉は静かに、しかし確かに響いた。
 真白の“怒り”はまだ表に出ていない。
 けれど、恋を守るためなら、自分は動くと決めた。
 レポート提出システムの裏側は、誰かが触れた痕跡で揺れ始めている。
 その痕跡をたどれば、必ず犯人にたどり着く。
 そして、真白はすでに気づいていた。
 ——提出ログの送信元アドレスが、学校の誰かの端末からだったことに。
 次は必ず、もっと具体的な証拠が見つかる。
 その確信が、真白の胸に静かな決意を灯していた。

 放課後、図書室の片隅で提出ログを確認したあと、真白は恋と並んで階段を降りながら、胸の奥に燃えるような熱を感じていた。
 ——恋を狙った。
 ——そのために、技術を使った。
 ——しかも、ログのテンプレ改ざんまで。
 その意図が何であれ、許せるものではない。
「真白……今日、帰りにどうする?」
 恋が不安そうに聞く。
 真白は迷わず答えた。
「……少しだけ、寄り道したい。調べたいことがあるの」
 恋は頷き、真白の横を離れないように少し肩を寄せる。
 校庭の向こう側はすでに夕方の色が濃くなり、部活動の掛け声が響く。
 真白はその喧騒を背に、校舎裏のベンチへと歩いた。

「まず……ここまでの提出ログを整理するね」
 ベンチの上で、真白はスマホのメモを開きながら、恋に説明を始めた。
 ・提出者:木下恋
 ・提出時刻:4/22 7:14
 ・UA(端末情報):Null(ありえない)
 ・負荷ログ:空欄(テンプレ上書きの痕跡)
 ・送信元IP:校内ネットワークの第3端末群
 恋は「校内……?」と首をかしげる。
「校舎に設置されてる端末のどれかってこと?」
「“どれか”というより、範囲が狭いの。普通の生徒が使う端末じゃない」
 真白は校内ネットワークの簡易図をメモに描く。
 第三端末群——そこに属するのは、特別教室のPC や メディア室、そして 情報科の選択授業で使う端末 だ。
 恋はその図を見て、小さく息を呑んだ。
「じゃあ……犯人は……」
「この学校の情報科の環境に詳しい誰か」
 真白の胸に、ひとつの可能性が自然と浮かんでくる。
 ——情報科の生徒。
 ——ログイン情報をある程度扱える立場。
 ——恋の提出忘れ癖を“よく知っている”。
 そして何より——
 恋のレポートを“完璧に”偽装できるだけの文章力と、技術を持つ人間。
 恋が不安そうに小声で言った。
「……真白、誰か、心当たりある?」
 真白は少しだけ視線をそらしたが、答えはすでに胸の中にあった。
「……まだ断定できないけど。一人、可能性がある人がいる」
 恋は息を呑みながら尋ねる。
「だ、誰……?」
 真白はゆっくりと口を開いた。
「——川野さん。隣のクラスの」

 恋はすぐには飲み込めなかったのか、数秒固まったあとで言った。
「……かわ、の……?」
 真白は頷く。
「川野杏。情報科選択で、去年同じグループ作業だったって聞いた。恋、覚えてる?」
「あ……うん。覚えてる。すごく……几帳面で、優秀な子だった。
 でも……どうして、その子が?」
 真白は、今日までの出来事をひとつずつ照らし合わせるように言う。
「恋、覚えてる? 去年の情報科、川野さん、恋に質問してたよね。“パスワード変えた?”って」
 恋は目を丸くした。
「そ、そういえば……言われた……。“ずっと同じだと危ないよ?”って」
「川野さん、あの頃からパスワード管理にすごく敏感だった。
 しかも、校内ネットワークの端末に詳しい。提出システムの挙動も、授業で触れていたはず」
 さらに、真白の胸に残っていた違和感がひとつある。
「川野さん、昨日の放課後、プリンタ前で担任と話してたんだよ。提出システムの改善点のことで。……それを見たとき、少し引っかかったの」
 恋は不安そうに手を握りしめた。
「じゃあ……川野さんが、あたしのアカウントでレポートを……?」
「まだ“仮説”だよ。でも……」
 真白はスマホの画面を恋に見せる。
 そこには提出ログの“端末識別番号”が載っていた。
「この端末番号……情報科教室の第2列3番のPCの番号と一致してるの。
 川野さんがよく使う席の、すぐ近く」
 恋の表情から色が引いていく。
「そんな……じゃあ、本当に……?」
 真白は、恋の肩にそっと手を置いた。
「確認しよう。確証を持って話を聞かないと、恋が余計に疑われちゃうから」
 恋は大きく深呼吸し、小さく頷いた。
「……うん。一緒に行こ」
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