ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第4話 ー文化祭サイトの呪いー ①

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 六月の雨は、朝からしとしとと降り続いていた。
 柏加真白は、駅から学校へ続く坂道で傘の持ち手を握り直す。アスファルトに跳ねる雨粒が白く弾けて、通学路全体がぼんやりとしたグレーに溶けていた。
「真白ー!」
 背後から聞き慣れた声がした。振り向く前に、茶色のミディアムボブが視界の端をかすめる。木下恋が、小走りで真白の横に並んだ。
「おはよ。今日も雨だねぇ。梅雨、本気出しすぎじゃない?」
「……おはよう、恋。確かに、本気だね。ここ数日ずっと雨だし」
 ふたりの傘の縁が軽くぶつかる。恋は自分の傘をわざと真白のほうへ傾けて、持ち手をにぎにぎしながら笑った。
「でもさー、雨って文化祭準備にはちょうどよくない? 外で遊べないから、みんな教室に集まって作業するしかないっていう」
「それは……ポジティブすぎると思うけど」
 真白は小さく笑って、前を向く。
 清能北高校の文化祭は、なぜか秋ではなく六月に開催される。今年も例外ではなく、あと二週間もすれば校舎全体が一般公開される予定だった。今日は文化祭全体の実行委員会から、準備の進捗確認とクラス企画の最終決定があると聞いている。
「二年C組のお化け屋敷、絶対盛り上がるよねー。クラスチャットでも、小物担当とか音響担当とか、もう激戦区って感じだったし」
 恋が楽しそうに足取りを弾ませる。真白は、その言葉に少しだけ胸のあたりがくすぐったくなった。
「……それ、ほとんど恋が仕切ってるよね。担当表作ったのも、みんなに聞いて回ったのも」
「えへへ、だって真白が“運営回りは任せるよ”って言ったからさー。だったらやるしかないでしょ」
 坂を登りきると、雨にぼやけた校舎が見えてきた。校門の前には、大きな横断幕がすでに掲げられている。
『清能北高校文化祭 二年連続・六月開催!』
 太い文字の下に、小さな文字でテーマが書かれていた。
「今年のテーマ、“光と影のフェスティバル”だって。お化け屋敷、ぴったりじゃない?」
 恋が指をさす。真白は雨粒越しにその文字を見つめながら、心の中でそっと呟いた。
(光と影、か……)
 ここ数か月の自分たちの生活を思う。クラスSNSの亡霊アカウント、なりすまし課題、誰が書いたのかわからないログの揺らぎ。表向きは平穏な高校生活でも、その裏側にはいつも「影」があった。
 それでも、こうして恋と並んで坂を登っていると、その影さえも一時的に遠く感じられた。
「真白?」
「……ううん。なんでもない。早く教室行こう、また担任の先生に“ギリギリ登校はおすすめしないぞー”って言われちゃう」
「了解、ダッシュはしない範囲で急ぐ!」
 恋が笑いながら、ほんの少しだけ歩幅を広げた。真白はその背中を追いかけるように、傘を握り直して校門をくぐった。
 朝のホームルームは、いつもより賑やかだった。
 教室前方の黒板には、すでにクラス委員がチョークで大きく『文化祭準備』と書いている。窓ガラスには雨粒が細かく流れ、外のグラウンドは薄い霧のような雨にかすんでいた。
「じゃあ、ホームルーム始めるぞー」
 情報科の教師でもある担任の先生が教室に入ってくると、ざわついていた二年C組の空気が少しだけ引き締まる。
「おはようございます!」
 クラス全体の挨拶のあと、先生はいつもより分厚いプリント束を教卓に置いた。
「はい、今日は文化祭の全体説明と、クラス企画の最終確認な。六月二十二日が本番だから……もう、二週間もないわけだ。ゆるっとしてると、あっという間に当日を迎えるぞ」
 クラス中から、うわー、という半分楽しげで半分焦った声が上がる。
「まず、全体の流れだが……ほら、スクリーンに映すから、前のほうはちょっと席ずれるなりして見やすくしてくれ」
 先生がプロジェクターを起動すると、白いスクリーンの上にブラウザ画面が映し出された。見慣れない、でもどこかで見たことのあるレイアウト。画面の左上には、シンプルなロゴが表示されている。
『清能北高校 文化祭特設サイト』
(新しい……サイト、かな)
 真白は、前の席越しにスクリーンを見つめて目を細めた。
 ナビゲーションには、「トップ」「クラス企画」「部活発表」「アクセス」などのリンク。そしてトップページには、去年の文化祭の写真がスライドショーで流れている。写真の切り替わり方に、ほんの少しだけぎこちなさがある。
(スライドショーの切り替え方……既製のテンプレートっぽいかな。テーマは……たぶん海外製のフリーのやつをカスタマイズした感じ)
 そんな分析が、真白の頭の片隅で自動的に走る。
 先生が説明を続ける。
「このサイトな、情報科主任の先生が中心になって作ってくれた。クラス企画とか、部活の発表内容はここから確認できる。一般公開もされるから、当日来る人たちは、ここを見てどの教室に行くか決めたりするわけだ」
「おおー」「なんか本格的ー」
 クラスメイトたちが声を上げる。恋は前のめりになって手を挙げた。
「先生、そのサイトに二年C組のページもあるんですか?」
「もちろんある。ほら、『クラス企画』のタブをクリックして……二年C組は……“廃屋風お化け屋敷”な。中身の詳細は、あとはおまえら次第だぞ」
 スクリーンには、「二年C組 廃屋風お化け屋敷」という文字と、簡単な説明文が表示された。まだ仮の文章らしく、「恐怖度★★★☆☆」などと、誰かが遊び心で書き込んだような表現が並んでいる。
(この説明文……クラスチャットでノリで決めたやつ、そのまま使ってるな)
 真白は、数日前に交わされたクラスチャットのログを思い出す。恋が「恐怖度は★何個にする?」と投げかけて、男子たちが「いや、五個に決まってるだろ!」と騒いでいた。結局、「怖いの苦手な人もいるから真ん中くらいにしよ」というコメントが採用され、★★★☆☆に落ち着いたのだった。
「で、このクラス企画のところは、代表者を決めて、詳細の文章とか写真を後日アップしてもらう。担当は…… C組は、木下と柏加でどうだ?」
「えっ」
 予想外の名前を呼ばれて、真白は思わず小さく声を漏らした。隣で恋が「やった!」とガッツポーズをしている。
「先生、任せてください。あたしたち、ちゃんと盛れるようにします!」
「いや、“盛る”必要はないけどな。誤情報にならない程度に、雰囲気が伝わるように書いてくれればいい。柏加、できそうか?」
 みんなの視線が一斉に集まり、真白は視線に圧倒されそうになりながらも、小さくうなずいた。
「……はい。文章の確認と、入力くらいなら」
「よし。それと、文化祭特設サイトへのログイン方法は、後でプリントを配るから。変なところ触らないように。パスワードとかもあるから、管理はしっかりな」
 先生はそう言って、スクリーンを切り替えた。真白の胸の奥に、かすかなひっかかりが残る。
(学校の公式サイトに、特設サイト……。CMS、かな。ログイン方法……。ちゃんと管理されてるといいけど)
 一瞬だけ、今までの事件で見た“薄い揺らぎ”が頭をよぎる。「まあでも」と真白は心の中で続けた。
(今回は、ただの文化祭。みんなが楽しみにしてるイベント。……変なこと、起きなければいいな)
 ホームルームが終わるころには、机の上はプリントでいっぱいになっていた。
 文化祭の日程とタイムテーブル、クラス企画ごとの配置図、実行委員からのお知らせ……。それらを整理しながら、真白は手帳を広げて、必要なところだけを書き写していく。
「真白、ここ、どうする?」
 隣の席から恋がプリントを片手にひょいと覗き込んでくる。
「“お化け役の衣装準備”の担当者決め。これ、真白も入れといていい?」
「……え。わたし、お化け役はやらないって言ったでしょ」
「衣装準備はお化け役じゃないよ? 裏方だよ? お化け屋敷の“デザイン部門”だよ?」
 恋が、どこかで聞いたような言葉をさらりと口にする。真白は苦笑して、ペンを止めた。
「そういう言い方するの、ずるい」
「真白、デザインとか得意でしょ。ほら、去年のクラスTシャツも、真白案が採用されたし。あのシンプルだけどかわいいロゴ、評判よかったんだから」
「あれは……恋が最初に案をスケッチしてくれたおかげだよ。わたし、ちょっと整えただけ」
「そういうとこ、謙虚すぎ。じゃあさ、衣装のベース案はあたしが考えるから、真白は“なんかそれっぽく整える役”で」
「なんかそれっぽくって……。ふふ」
 笑いがこみ上げる。恋の言葉はいつも少し大げさで、でも真白の背中を軽く押してくれる。
「じゃあ、衣装準備のところに、“木下・柏加・有志数名”って書いとくね」
「有志って、誰?」
「それはこれからスカウトする!」
 恋はそう宣言して、前の席に座っているクラスメイトの肩をトントンとたたいた。
「ねえねえ、お化け衣装作り手伝ってくれたら、文化祭当日、ちょっとだけ怖がらせ役させてあげるよ?」
「なんだよそれ」「楽しそうじゃん」と、周りの男子女子がざわざわと集まってくる。雨音と教室の喧騒が重なって、六月の空気が一気に文化祭モードに変わっていく。
(こういうところ……本当に恋はすごい)
 真白はプリントを片付けながら、ふと窓の外に目をやった。雨脚はさっきよりも少し弱くなっているように見えるが、空全体はまだ厚い雲に覆われている。
(雨でも、教室の中は明るい。それだけで、今は十分かもしれない)

 放課後、二年C組の教室は、別の意味で騒がしくなった。
 机と椅子は端に寄せられ、床には段ボールや画用紙、ペンキ缶が置かれている。ビニールシートの上には、誰が持ってきたのか、古びた木製の棚や、使い古しのカーテンまである。
「この棚、めっちゃ雰囲気ある。ここに蜘蛛の巣とか作ったら絶対いいよね」
「カーテンは入口のところにかけて、くぐるたびにひやっとする感じとかどう?」
 恋がマスキングテープを口にくわえながら、身振り手振りでイメージを説明する。真白は、その横でノートPCを開き、クラスのレイアウト案を簡単な図に起こしていた。
「出口はここにして、教室をぐるっと回る感じにしよう。通路はあまり狭くすると詰まっちゃうから……ここは少し広めに」
 図面を見せると、周りで段ボールを運んでいた男子が「おー、わかりやすい」と感嘆の声を上げた。
「柏加、これ印刷してくれない? みんなに配ったほうが動きやすそう」
「わかった。職員室のプリンタ使っていいか、先生に聞いてから」
 真白が立ち上がろうとした瞬間、恋がさっとその前に回り込む。
「プリントはあたしが行くよ。真白は、その……サイトのやつ、見といたほうがよくない?」
「サイトのやつ?」
「さっき先生が言ってた、文化祭特設サイトへのログイン。アクセスの方法、プリントに書いてあるけどさ。管理画面、真白が見たほうが安心じゃん?」
 恋が指差したプリントには、特設サイトのURLと、共通のID、各クラスごとのパスワードが印刷されていた。
『ログインURL:https://○○○/schoolfes/login』
(共通ID……。クラスごとにパスワードは違うけど、IDは全部同じ……)
 ほんの少しだけ、胸の奥がざわつく。
「でも、それは後日でも……」
「後日って言ってると絶対忘れるよ。どうせPC開いてるなら、今日ちょっとだけ、ログインできるかだけでも確認しとこ?」
 恋の言葉は、柔らかいけれど有無を言わせない。真白は小さく息を吐いた。
「……うん。じゃあ、お願いしようかな。プリント」
「任せて!」
 恋はレイアウト図を受け取ると、そのまま勢いよく廊下へ飛び出していった。真白はノートPCに視線を戻す。
 ブラウザを立ち上げ、プリントに記載されているURLを慎重に打ち込む。
(“https://”から始まってるし、証明書も……)
 アドレスバーの右側に表示された錠前マークをクリックして、簡易情報を確認する。証明書はきちんと学校関連のドメインで発行されているようだ。
 ログイン画面は、先ほどスクリーンで見たサイトと同じデザインだった。上部にロゴ、その下にIDとパスワードを入力するフォーム。
(見た目は、一般的なCMSのログイン画面と大差ない。フィールドの配置とか、ボタンのスタイルとか)
 印象としては「よくある」画面。だからこそ、逆に安心してしまいそうになる。
 真白は共通IDと、二年C組用のパスワードを入力した。
 一瞬だけ、ブラウザの右下でスピナーが回る。
(レスポンス……ちょっと遅い?)
 気のせいかもしれない程度のラグ。その後、画面はすぐに「ダッシュボード」と書かれたページへ切り替わった。
「ログインできた……」
 ダッシュボードには、「お知らせ」「クラス企画の編集」「画像アップロード」などのメニューが並んでいる。右側には小さなグラフがあり、サイトへのアクセス数が日ごとに表示されていた。
「へぇ……」
 思わず小さく声が漏れる。六月に入ってから、アクセス数の棒グラフが少しずつ伸びている。特にここ三日ほどは、棒が他の日よりも少し高い。
(文化祭の告知が始まったからかな。みんな、ちゃんとサイト見てるんだ)
 そう考えると、胸の奥が少しあたたかくなった。
「真白ー、プリント、先生許可くれたー。十枚までなら好きに刷っていいって!」
 タイミングよく、恋が教室に戻ってきた。真白はダッシュボードを閉じ、画面をロックする。
「うん。ログインはできたよ。クラス企画のページも編集できそう」
「さすがー。じゃあ今日は、とりあえずレイアウト決めて、小物の在庫確認まで、かな?」
「そうだね。文章とか写真は、衣装やセットがもう少し形になってからのほうがよさそう」
「了解。てことは、真白の出番はもうちょっと後だね。その間に、あたしがお化けたちのイメージ固めとく!」
 恋が冗談半分に腕まくりをする。その姿を見て、真白は自然と笑みをこぼした。
(こうやって、普通に文化祭の準備をして……当日は、お化け屋敷で恋と笑っていられたら。それだけで、きっと十分なんだ)
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