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第4話 ー文化祭サイトの呪いー ⑥
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そして迎えた、文化祭当日。
朝から空はどんよりと曇っていたが、雨はなんとか降らずに持ちこたえていた。湿った風が校門の横断幕を揺らし、開門と同時に、保護者や近所の人たちの列が一気に流れ込んでくる。
「いらっしゃいませー! 二年C組、お化け屋敷でーす! ただいまの待ち時間は、十~二十分くらいでーす!」
廊下で恋が声を張り上げている。手には、クラスで作った簡単な看板と、待ち時間のボード。
「ねえ、本当に十~二十分で入れる?」
真白は、受付係用の机の後ろから、そっと耳打ちした。
「大丈夫大丈夫。“ちょっと盛ってる”くらいが、人は並びたくなるの!」
「それ、心理的にどうなんだろう……」
などと話しながらも、実際二年C組の前には、朝からずっと途切れることのない列ができていた。他クラスの喫茶店や演劇を一巡してから、「最後はやっぱお化け屋敷でしょ」と言ってやってくる生徒たちも多い。
教室の中は、照明を落とし、窓には黒いビニールシートが貼られている。段ボールの壁が迷路のように張り巡らされ、天井からはぼろ布や紙製のコウモリ、端のほうには恋が選んできたやたらリアルなマネキンの頭までぶら下がっていた。
「音、ばっちり?」
教室の隅に設置したノートPCとスピーカーの前で、恋が声をかける。
「うん。ループも切れずに流れてる」
真白は、ヘッドホンを片耳だけ付けながら頷いた。
今、教室の中には、風が吹き抜けるような低い音と、どこからともなく聞こえてくる足音、時々入るかすかな囁き声などがミックスされたBGMが流れている。全部、数日前に真白が集めてミックスした効果音だ。
「さっすが真白。やっぱ、音があると全然違うよね。普通の段ボール迷路が、ちゃんと“廃屋”になってる感じ」
「それを言うなら、恋の演出もだよ。最初の“説明係の幽霊”とか」
教室の入口では、白いシーツをまとったクラスメイトが、「この家には、戻ってこなかった家族がいて――」と、それっぽい前振りをしている。それが終わると、いよいよ真っ暗な通路に入る、という段取りだ。
「真白は、途中で出てきて“何かに追われて逃げてきた先客”役だからね?」
恋がニヤリと笑う。
「え、それまだやるの?」
「当たり前でしょ。真白が本気で怯えた顔してくれないと、あのシーン成立しないんだから」
「そういう役者力求めるのやめてほしいんだけど……」
文句を言いながらも、真白は内心、ほんの少しだけ楽しみでもあった。自分の“怖がり”が、誰かを楽しませるための一部になっていることが、不思議な安心感をもたらしていた。
「ところでさ」
休憩時間の合間、恋が紙コップのジュースを飲みながら言う。
「サイトのほうは、結局どうなったの?」
「特設サイト?」
「うん。クラス企画のページ」
「昨日、主任から連絡があったよ」
真白はペンライトをくるくる回しながら答えた。
「生ログのコピーは教育委員会に送ったって。それと、CMSのバージョンをとりあえず脆弱性のないバージョンまで上げて、管理画面へのアクセスも学校のネットワークからだけに制限したって」
「おおー、ちゃんと“防具”固めたんだね」
恋が感心する。
「それに、今回の改ざんは全部洗い出して、元の文章通りに戻した上で、今は一般公開をやめて、校内専用のサイトに切り替えるそうだよ。当日来てくれた人には、紙のパンフレットを配ってるし」
そう言って、真白は受付の机の上に置かれたパンフレットを手に取った。
表紙には、「光と影のフェスティバル」というテーマと、校舎の写真が印刷されている。中を開くと、クラス企画の一覧が載っていて、二年C組のページには、真白たちが直した紹介文がそのまま印刷されていた。
『二年C組 廃屋風お化け屋敷
暗く静かな“廃屋”の中を、懐中電灯の明かりだけを頼りに進んでいくお化け屋敷です。
ちょっと怖いけれど、最後にはきっと笑顔になれる……はず?』
「最後の“はず?”って、誰が入れたんだっけ」
恋がクスクス笑う。
「恋でしょ」
「そうだった」
そんな他愛もない会話をしていると、廊下から「次の組、入ります!」という声が聞こえてきた。
「よし、真白。そろそろ出番だよ」
「え、もう?」
「ほらほら、“追われて逃げてきた先客”さん」
恋がニヤニヤしながら、真白の背中を軽く押す。
暗幕の向こう側に立ち、通路の奥から聞こえてくる足音に耳を澄ませる。懐中電灯の薄い光が、段ボールの隙間からゆらゆら揺れているのが見えた。
(……よし)
真白は小さく息を吸い、自分の胸の鼓動を少しだけ速めた。
「やだ……ちょっと、待って。こっち、来ないで……!」
暗がりの中から、わざと震えた声を出す。曲がり角の向こうから驚きの声が上がり、数人の足音が一斉に止まる。
「え、え、何? 人いる?」
「やだ、マジの人?」
携帯のライトを向けられた真白は、顔半分を手で覆いながら、通路の端にしゃがみ込んだ。
「早く……行ったほうがいいよ。後ろから……」
「後ろから、何?」
「来るから……!」
そのタイミングで、通路の奥から別のクラスメイトが「わああ!」と飛び出す。
「ぎゃー!!」
悲鳴と笑い声が、一斉にあがった。
真白は、その混乱の中で、思わずつられて笑いそうになりながらも、なんとか“怯えた顔”を維持した。
(……やっぱり、変だな)
ふと、そんなことを思う。
少し前まで、“影”や“呪い”という言葉に、本気で胸を締めつけられていた自分がいる。その自分が今は、同じような言葉を“演出の一部”として使いながら、人を驚かせている。
(でも──)
暗い通路の中で、懐中電灯の明かりに照らされたクラスメイトたちの笑顔が、一瞬だけ見えた。
悲鳴を上げながらも、顔のどこかには楽しさが滲んでいる。怖がりながら、笑っている。
(こういう“影”なら、少しくらい増えたっていいのかもしれない)
「おつかれー、真白。今の組、めっちゃいいリアクションだったよ」
出番が終わって教室の隅に戻ると、恋が紙コップを差し出してきた。
「はい、スポドリ」
「ありがとう……なんか、変な汗かいた」
「でもさ、真白の“やだ、来ないで……”って声、ガチで怖かったよ? あれ録音して、来年も使おうよ」
「やだよ。自分の声が一年中流れ続けるとか、拷問だから」
そんなふうに笑い合っていると、教室の扉のところに見慣れた影が立った。
情報科主任だった。
「お、盛り上がってるな」
「先生、いらっしゃいませー」
恋が手を振ると、主任は「仕事中なんだけどな」と苦笑しながらも、教室の中を一通り見渡した。
「さっき実行委員のところに顔を出してな。二年C組、人気らしいぞ。“このフロアで一番盛り上がる”って噂だ」
「やった」
恋がガッツポーズをする。真白は少し照れながら、主任の方を見た。
「サイトの件は……どうなりましたか?」
「落ち着いてきたよ」
主任は小さくうなずく。
「IPレンジのブロックも反映されたし、CMSのアップデートも完了した。教育委員会からは“情報提供ありがとう”の連絡が来たくらいだ。今のところ、追加の被害は確認されてない」
「そうですか……良かった」
心の底からそう思えた。
「それと」
主任は少し声を落とした。
「これはまだ確定じゃないんだが──さっき、別の学校の先生から電話が来てね。うちと似たような文化祭サイトを使っていた学校が、やっぱり同じタイミングで変なアクセスを受けていたらしい」
「同じ……タイミング」
「生ログを照合してみたら、どうも“うちを叩いてきたのと同じIPレンジ”からのアクセスが、そっちにも来ていたみたいだ」
真白の背筋に、またあの冷たい感覚が戻ってくる。
「つまり、今回のは“清能北だけ”の話じゃなかった、ってことですね」
「ああ」
主任は、わずかに真剣な目をした。
「だからこそ、うちがちゃんとログを残しておくことにも意味がある。同じような被害が他にも出ているなら、まとめて分析したほうが、何か見えてくるかもしれないからな」
「……はい」
真白は静かに頷いた。
(ボットの“実験”かもしれない。誰かの“一回の遊び”かもしれない)
(でも、その一回に巻き込まれた人たちがいて、その中に、文化祭を楽しみにしていた自分たちもいる)
「とりあえず、今は“目の前の客を驚かすことだけ考えればいい”って、木下さんに言われたけどな」
主任がふっと笑う。
「それ、主任にまで広まってるんですか」
「しっかり耳に入ってるよ。いい言葉だと思う」
恋が「でしょ?」と胸を張る。
主任は「邪魔したな」と手を振って、廊下の雑踏の中へ消えていった。
その背中を見ながら、真白は深く息を吸った。
(世界のどこかで、まだ“影”が動いているかもしれない)
(でも、今この瞬間は──)
廊下の向こうから、元気な声が聞こえてくる。
「二年C組、お化け屋敷、めっちゃ怖かった!」「あの“逃げてきた子”役の子、演技うますぎじゃない?」
「……やっぱり、聞こえてるんだ」
真白が苦笑すると、恋が隣でニヤリとした。
「褒められてるんだよ、真白。“真白、役者としてもイケる説”」
「やめてってば」
「いいじゃん。光の中で、お化け役する真白。文化祭っぽくて」
恋の軽口に、真白は完全には否定できなかった。
(光の中で、お化け役──)
文化祭のテーマは、「光と影のフェスティバル」。
本当は、事件のことを思い出すたびに、この言葉が皮肉に聞こえる瞬間もあった。でも今は、少しだけ違う意味に感じられる。
(光と影を切り離すんじゃなくて、ちゃんと両方見つめて、それでも“楽しい場所”を守ろうとすること)
それが、自分にできることなのかもしれない。
「真白」
恋が、そっと袖を引っ張る。
「次の組、もうすぐだよ。“逃げてきた先客さん”、準備はいい?」
「……うん」
真白はペンライトを握り直し、暗幕の向こうへ一歩踏み出した。
廊下から差し込むわずかな光と、教室の中の深い影。その境目に立ちながら、心の中でひとつだけ、静かに決める。
(どんなに“影”を見つけてしまっても)
(こうやって、誰かと笑いながら進める場所を──手放したくない)
その決意を胸に、真白は再び、闇の中へと溶け込んでいった。
朝から空はどんよりと曇っていたが、雨はなんとか降らずに持ちこたえていた。湿った風が校門の横断幕を揺らし、開門と同時に、保護者や近所の人たちの列が一気に流れ込んでくる。
「いらっしゃいませー! 二年C組、お化け屋敷でーす! ただいまの待ち時間は、十~二十分くらいでーす!」
廊下で恋が声を張り上げている。手には、クラスで作った簡単な看板と、待ち時間のボード。
「ねえ、本当に十~二十分で入れる?」
真白は、受付係用の机の後ろから、そっと耳打ちした。
「大丈夫大丈夫。“ちょっと盛ってる”くらいが、人は並びたくなるの!」
「それ、心理的にどうなんだろう……」
などと話しながらも、実際二年C組の前には、朝からずっと途切れることのない列ができていた。他クラスの喫茶店や演劇を一巡してから、「最後はやっぱお化け屋敷でしょ」と言ってやってくる生徒たちも多い。
教室の中は、照明を落とし、窓には黒いビニールシートが貼られている。段ボールの壁が迷路のように張り巡らされ、天井からはぼろ布や紙製のコウモリ、端のほうには恋が選んできたやたらリアルなマネキンの頭までぶら下がっていた。
「音、ばっちり?」
教室の隅に設置したノートPCとスピーカーの前で、恋が声をかける。
「うん。ループも切れずに流れてる」
真白は、ヘッドホンを片耳だけ付けながら頷いた。
今、教室の中には、風が吹き抜けるような低い音と、どこからともなく聞こえてくる足音、時々入るかすかな囁き声などがミックスされたBGMが流れている。全部、数日前に真白が集めてミックスした効果音だ。
「さっすが真白。やっぱ、音があると全然違うよね。普通の段ボール迷路が、ちゃんと“廃屋”になってる感じ」
「それを言うなら、恋の演出もだよ。最初の“説明係の幽霊”とか」
教室の入口では、白いシーツをまとったクラスメイトが、「この家には、戻ってこなかった家族がいて――」と、それっぽい前振りをしている。それが終わると、いよいよ真っ暗な通路に入る、という段取りだ。
「真白は、途中で出てきて“何かに追われて逃げてきた先客”役だからね?」
恋がニヤリと笑う。
「え、それまだやるの?」
「当たり前でしょ。真白が本気で怯えた顔してくれないと、あのシーン成立しないんだから」
「そういう役者力求めるのやめてほしいんだけど……」
文句を言いながらも、真白は内心、ほんの少しだけ楽しみでもあった。自分の“怖がり”が、誰かを楽しませるための一部になっていることが、不思議な安心感をもたらしていた。
「ところでさ」
休憩時間の合間、恋が紙コップのジュースを飲みながら言う。
「サイトのほうは、結局どうなったの?」
「特設サイト?」
「うん。クラス企画のページ」
「昨日、主任から連絡があったよ」
真白はペンライトをくるくる回しながら答えた。
「生ログのコピーは教育委員会に送ったって。それと、CMSのバージョンをとりあえず脆弱性のないバージョンまで上げて、管理画面へのアクセスも学校のネットワークからだけに制限したって」
「おおー、ちゃんと“防具”固めたんだね」
恋が感心する。
「それに、今回の改ざんは全部洗い出して、元の文章通りに戻した上で、今は一般公開をやめて、校内専用のサイトに切り替えるそうだよ。当日来てくれた人には、紙のパンフレットを配ってるし」
そう言って、真白は受付の机の上に置かれたパンフレットを手に取った。
表紙には、「光と影のフェスティバル」というテーマと、校舎の写真が印刷されている。中を開くと、クラス企画の一覧が載っていて、二年C組のページには、真白たちが直した紹介文がそのまま印刷されていた。
『二年C組 廃屋風お化け屋敷
暗く静かな“廃屋”の中を、懐中電灯の明かりだけを頼りに進んでいくお化け屋敷です。
ちょっと怖いけれど、最後にはきっと笑顔になれる……はず?』
「最後の“はず?”って、誰が入れたんだっけ」
恋がクスクス笑う。
「恋でしょ」
「そうだった」
そんな他愛もない会話をしていると、廊下から「次の組、入ります!」という声が聞こえてきた。
「よし、真白。そろそろ出番だよ」
「え、もう?」
「ほらほら、“追われて逃げてきた先客”さん」
恋がニヤニヤしながら、真白の背中を軽く押す。
暗幕の向こう側に立ち、通路の奥から聞こえてくる足音に耳を澄ませる。懐中電灯の薄い光が、段ボールの隙間からゆらゆら揺れているのが見えた。
(……よし)
真白は小さく息を吸い、自分の胸の鼓動を少しだけ速めた。
「やだ……ちょっと、待って。こっち、来ないで……!」
暗がりの中から、わざと震えた声を出す。曲がり角の向こうから驚きの声が上がり、数人の足音が一斉に止まる。
「え、え、何? 人いる?」
「やだ、マジの人?」
携帯のライトを向けられた真白は、顔半分を手で覆いながら、通路の端にしゃがみ込んだ。
「早く……行ったほうがいいよ。後ろから……」
「後ろから、何?」
「来るから……!」
そのタイミングで、通路の奥から別のクラスメイトが「わああ!」と飛び出す。
「ぎゃー!!」
悲鳴と笑い声が、一斉にあがった。
真白は、その混乱の中で、思わずつられて笑いそうになりながらも、なんとか“怯えた顔”を維持した。
(……やっぱり、変だな)
ふと、そんなことを思う。
少し前まで、“影”や“呪い”という言葉に、本気で胸を締めつけられていた自分がいる。その自分が今は、同じような言葉を“演出の一部”として使いながら、人を驚かせている。
(でも──)
暗い通路の中で、懐中電灯の明かりに照らされたクラスメイトたちの笑顔が、一瞬だけ見えた。
悲鳴を上げながらも、顔のどこかには楽しさが滲んでいる。怖がりながら、笑っている。
(こういう“影”なら、少しくらい増えたっていいのかもしれない)
「おつかれー、真白。今の組、めっちゃいいリアクションだったよ」
出番が終わって教室の隅に戻ると、恋が紙コップを差し出してきた。
「はい、スポドリ」
「ありがとう……なんか、変な汗かいた」
「でもさ、真白の“やだ、来ないで……”って声、ガチで怖かったよ? あれ録音して、来年も使おうよ」
「やだよ。自分の声が一年中流れ続けるとか、拷問だから」
そんなふうに笑い合っていると、教室の扉のところに見慣れた影が立った。
情報科主任だった。
「お、盛り上がってるな」
「先生、いらっしゃいませー」
恋が手を振ると、主任は「仕事中なんだけどな」と苦笑しながらも、教室の中を一通り見渡した。
「さっき実行委員のところに顔を出してな。二年C組、人気らしいぞ。“このフロアで一番盛り上がる”って噂だ」
「やった」
恋がガッツポーズをする。真白は少し照れながら、主任の方を見た。
「サイトの件は……どうなりましたか?」
「落ち着いてきたよ」
主任は小さくうなずく。
「IPレンジのブロックも反映されたし、CMSのアップデートも完了した。教育委員会からは“情報提供ありがとう”の連絡が来たくらいだ。今のところ、追加の被害は確認されてない」
「そうですか……良かった」
心の底からそう思えた。
「それと」
主任は少し声を落とした。
「これはまだ確定じゃないんだが──さっき、別の学校の先生から電話が来てね。うちと似たような文化祭サイトを使っていた学校が、やっぱり同じタイミングで変なアクセスを受けていたらしい」
「同じ……タイミング」
「生ログを照合してみたら、どうも“うちを叩いてきたのと同じIPレンジ”からのアクセスが、そっちにも来ていたみたいだ」
真白の背筋に、またあの冷たい感覚が戻ってくる。
「つまり、今回のは“清能北だけ”の話じゃなかった、ってことですね」
「ああ」
主任は、わずかに真剣な目をした。
「だからこそ、うちがちゃんとログを残しておくことにも意味がある。同じような被害が他にも出ているなら、まとめて分析したほうが、何か見えてくるかもしれないからな」
「……はい」
真白は静かに頷いた。
(ボットの“実験”かもしれない。誰かの“一回の遊び”かもしれない)
(でも、その一回に巻き込まれた人たちがいて、その中に、文化祭を楽しみにしていた自分たちもいる)
「とりあえず、今は“目の前の客を驚かすことだけ考えればいい”って、木下さんに言われたけどな」
主任がふっと笑う。
「それ、主任にまで広まってるんですか」
「しっかり耳に入ってるよ。いい言葉だと思う」
恋が「でしょ?」と胸を張る。
主任は「邪魔したな」と手を振って、廊下の雑踏の中へ消えていった。
その背中を見ながら、真白は深く息を吸った。
(世界のどこかで、まだ“影”が動いているかもしれない)
(でも、今この瞬間は──)
廊下の向こうから、元気な声が聞こえてくる。
「二年C組、お化け屋敷、めっちゃ怖かった!」「あの“逃げてきた子”役の子、演技うますぎじゃない?」
「……やっぱり、聞こえてるんだ」
真白が苦笑すると、恋が隣でニヤリとした。
「褒められてるんだよ、真白。“真白、役者としてもイケる説”」
「やめてってば」
「いいじゃん。光の中で、お化け役する真白。文化祭っぽくて」
恋の軽口に、真白は完全には否定できなかった。
(光の中で、お化け役──)
文化祭のテーマは、「光と影のフェスティバル」。
本当は、事件のことを思い出すたびに、この言葉が皮肉に聞こえる瞬間もあった。でも今は、少しだけ違う意味に感じられる。
(光と影を切り離すんじゃなくて、ちゃんと両方見つめて、それでも“楽しい場所”を守ろうとすること)
それが、自分にできることなのかもしれない。
「真白」
恋が、そっと袖を引っ張る。
「次の組、もうすぐだよ。“逃げてきた先客さん”、準備はいい?」
「……うん」
真白はペンライトを握り直し、暗幕の向こうへ一歩踏み出した。
廊下から差し込むわずかな光と、教室の中の深い影。その境目に立ちながら、心の中でひとつだけ、静かに決める。
(どんなに“影”を見つけてしまっても)
(こうやって、誰かと笑いながら進める場所を──手放したくない)
その決意を胸に、真白は再び、闇の中へと溶け込んでいった。
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