ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第5話 ー期末テストの不思議なボットー ⑥

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 駅前のカフェは、噂どおりの人気ぶりだった。
 ガラス張りの店の前には、すでに数組の列ができている。
 外観はシンプルだが、中のテーブルには、背の高いグラスに盛られたカラフルなパフェがいくつも並んでいるのが見えた。
「わぁ……」
 恋が素直な感嘆の声を漏らす。
「ね、写真映えするって言った意味、わかるでしょ?」
「うん。すごいね」
 苺やキウイ、ブルーベリー。
 生クリームの上に乗ったマカロンや、チョコレートのプレート。
 グラスの中には層になったアイスやゼリーが透けて見える。
 列に並びながら、恋はメニュー表を食い入るように見つめている。
「真白はどれがいい?フルーツ多めがいいんだっけ」
「……これかな」
 真白は、ヨーグルトベースにフルーツがたくさん乗ったパフェを指さした。
「甘さ控えめって書いてあるし」
「じゃあ、あたしはこっち!」
 恋が選んだのは、チョコレートムースとブラウニーがたっぷり入った、見るからに甘そうなパフェだった。
「ほんとに平気?」
「平気平気。途中で倒れたら、そのときは真白に救助してもらうから」
「それは、私の方が倒れそうなんだけど……」
 そんなやりとりをしているうちに、順番が来た。
 店内に案内され、窓際の二人席に座る。
 しばらくして、運ばれてきたパフェは、メニューの写真以上に迫力があった。
「……わ」
 思わず声が漏れる。
 グラスの上から溢れそうなほど盛られたフルーツ。
 透き通るゼリーの層。その下のヨーグルトアイスからは、ほのかな酸味の香りが漂う。
 隣の席では、恋の前に、チョコレートでほとんど黒く染まったパフェが置かれた。
 ブラウニーとチョコレートアイス、その上にチョコソース。さらにチョコチップ。
「……見てるだけで血糖値上がりそう」
 真白がつぶやくと、恋が笑う。
「いいんだよ、今日はお祭りなんだから。はい、まずは写真!」
 恋はスマホを取り出し、パフェをいろんな角度から撮り始めた。
「真白も一緒に入って」
「え?」
「ほら、せっかくだから。『テスト終了記念スイーツ』ってキャプション付けるの」
「そんなの、恥ずかしい」
「大丈夫大丈夫。真白のアカウントには上げないから。あたしのスマホの中だけの記念」
 恋に促され、真白はぎこちなくピースをしてみせる。
 シャッター音が鳴り、その一瞬が切り取られる。
 撮影が終わると、ようやくスプーンを手に取る。
 フルーツを一片すくい、ヨーグルトアイスと一緒に口に運ぶ。
 ひんやりとした酸味が舌の上で溶け、遅れて優しい甘さが広がった。
「……おいしい」
 思わずこぼれた言葉に、恋が嬉しそうな顔をする。
「でしょ?がんばったご褒美だよ」
 恋も自分のパフェを一口食べて、目を細める。
「うわ、予想以上に甘い……。でも、幸せ……」
 少ししてから、恋はスプーンを止め、真剣な顔で真白を見た。
「ね、真白」
「なに?」
「テストもそうだけど、ボットのこととか、最近ずっと、真白が大変そうだなって思ってた」
 突然の言葉に、真白はスプーンを持つ手を止める。
「……そんなふうに見えてた?」
「うん。なんか、難しい顔してることが多かったから」
 恋はストローの氷をつつきながら続けた。
「あたし、パソコンのこととか全然わかんないし、真白がどれだけすごいことしてるのかも、正直よくわかってない。でもね」
 そこで一度、言葉を区切る。
「真白が“普通のテスト期間”を過ごしたいって思ってるのは、なんとなくわかる。だから、こうやってスイーツ食べて、『テスト終わったねー』って騒いでる時間が、ちゃんとあるといいなって思った」
 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
(……わかってる)
 言葉にしなくても、恋はいつも肝心なところで真白の本音を掬い取ってくる。
「ありがと、恋」
 真白は、少しだけ視線を落として言った。
「私、たぶん、また巻き込まれると思う。今回みたいなことに」
「うん」
 恋は、驚きもせずに頷く。
「でも、そのたびに、ちゃんと戻ってきたい。こういう時間に」
「じゃあ、その戻ってくる場所、あたしがキープしとく」
 恋は、軽い口調でそう言った。
「真白用スイーツ枠、ずっと取っておくから。何かあっても、最後はここで愚痴って、甘いもの食べて、また次の日に行けるように」
「……わがままだよね、私」
「全然。真白が“平穏”欲しがるの、すごく健全だと思うけど?」
 笑い合いながら、パフェを少しずつ平らげていく。
 甘さと冷たさが、少しずつ現実感を戻してくれるようだった。

 店を出ると、空はすっかり夕方の色に変わっていた。
 駅前の通りには、部活帰りの生徒や、買い物袋を提げた人たちが行き交っている。
 アスファルトから立ち上る熱気の中に、ほんのわずかに、夏休みの気配が混ざっているように感じられた。
「ふぅ……。おいしかったけど、やっぱりチョコは多かったかもしれない」
 恋が、少しお腹を押さえながら言う。
「だから言ったのに」
「でも、真白がちょっと手伝ってくれたから、完食できた。ありがとね」
 駅までの道を並んで歩きながら、恋はふと思い出したようにスマホを取り出した。
「そうだ、さっきのパフェの写真、真白にも送るね。あとで見返して、テストがんばったなーって思い出せるように」
「うん。ありがとう」
 メッセージアプリに届いた写真には、少しぎこちないピースサインをしている自分と、隣で満面の笑みを浮かべる恋が写っていた。
 その画面を見つめていると、別の通知が飛び込んでくる。
「学校ポータル:『システム情報のお知らせ』」
「あ」
 真白は、反射的に開いた。
『先日のクラスチャットへの不審なメッセージ送信につきまして、外部専門機関による一次解析の結果、学校外部からの不正アクセスであることが判明しました。現時点で、生徒個人情報の漏えいは確認されておりません。詳細については、後日説明会を実施する予定です。引き続き、心当たりのないリンクやファイルを開かないよう、ご注意ください』
(外部専門機関……)
 嶋田先生が言っていた、“専門機関”のことだろう。
 その下には、小さく「詳細技術レポート(教職員向け)」というリンクが付いていた。
 教職員専用で、生徒アカウントからは開けない。
 だが、その存在だけで、十分だった。
(……他にも、同じようなログがあるってこと)
 学校のシステムだけじゃないかもしれない。
 もっと広い範囲で、同じような“観測”が行われている可能性。
 レポート提出システム。
 亡霊アカウント。
 文化祭サイト。
 そして今回のクラスチャット。
 全部別々の事件のはずなのに、ログの“書き方”や残し方が、妙に似ている。
 ――seed=0xC3A1
 情報教室で見た、あの文字列が、ふと頭をよぎる。
(あのシード、前にも見た……)
 思い返す。
 レポートシステムの不審ログに紛れ込んでいた、意味のない乱数のような文字列。
 亡霊アカウントのアクセス記録の端に残っていた、謎のフラグ。
 文化祭サイトの偽SEOコードのコメントの中に書かれていた、不可解なタグ。
 そのどれもが、当時は「開発時の残骸かな」と見過ごしてしまった。
(違う。この“手癖”、同じ人だ)
 確信とまではいかない。
 でも、強い直感として、真白の中で一本の線がつながった。
(半年間、ずっと……)
 誰かが、学校という小さな世界を舞台に、“テスト”を繰り返している。
 誤情報でどこまで揺れるのか。
 偽アカウントでどこまで騙せるのか。
 サイトを書き換えても、どれだけの人が気づかないのか。
 その結果を、淡々と集めているように思えてならなかった。
「……真白?」
 隣から、恋の声がする。
「ごめん。ちょっと考えごとしてた」
「また、事件のこと?」
「……うん。でも、今はそれより、夏休みのこと考えようかな」
 真白は、意識的に笑みを作った。
「最初の一週間くらいは、ゆっくりしてもいいよね?」
「もちろん!まずは寝る!そしてゲーム!そしてまた寝る!」
「それ、勉強のこと忘れてない?」
「それはおいといて」
 恋がおどけてみせる。
 その様子を見ていると、さっきまで胸の奥をかすめていた不穏な線が、少しだけ薄まっていく気がした。
(……“平穏”って、やっぱり簡単じゃない)
 何もしなくても手に入るものではない。
 何もしないでいると、簡単に崩されてしまう。
 だからこそ、守るために、またキーボードに向かうのだろう。
 白狐だった頃のように、派手なことをするつもりはない。
 でも、ログを読むくらいなら、きっと自分にもできる。
(ちゃんと過去の痕跡を見直さないと)
 帰ったら、これまでの事件のノートを開こう。
 各システムのログの断片を、もう一度照らし合わせてみる。
 そこに、まだ見えていない“共通パターン”が隠れている気がしてならなかった。
「真白」
「なに?」
「夏休み中もさ、たまにはスイーツ行こ」
 恋が、夕焼けに照らされた横顔のまま言う。
「あんまり頑張りすぎて、真白の中の“平穏ゲージ”がゼロになりそうになったら、すぐ呼んで」
「平穏ゲージってなに」
「見えないメーター。真白の後ろにたぶん表示されてる」
「そんなゲームみたいな」
「ゲーム感覚でいかないと、やってらんないときもあるでしょ?」
 からかうように笑う恋に、真白も笑い返す。
「じゃあ、ゲージが減ってきたら、恋に知らせるね」
「うん。そのときは、甘いので満タンにしよ」
 そのやりとりが、妙に心に残った。
 駅で恋と別れ、ひとりで家路につく道すがら、真白は空を見上げる。
 オレンジから紺色へと変わりゆくグラデーション。
 その向こう側には、網の目のように広がるネットワークがある。
 どこかで、誰かがまた新しい“仕掛け”を準備しているのかもしれない。
 その誰かの視線が、自分たちの小さな教室に注がれているのかもしれない。
 それでも。
 ポケットの中のスマホには、さっきのパフェ写真と、恋からのメッセージが残っている。
『真白、今日もありがと。テストおつかれ!次は夏休みだー!』
 その文字列が、今の真白にとっては、何より強い“平穏の証拠”だった。
「……負けないから」
 誰に向けたとも知れない言葉が、ふっと唇からこぼれる。
 平穏に過ごしたい。
 その願いを叶えるためなら、どんなログでも読み解いてみせる。
 そう静かに決意しながら、真白は一歩一歩、家への道を進んだ。
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