ハッカー女子高生は平穏に過ごしたい

古城そら

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第8話 ー不正アクセス容疑ー ③

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 十数分後。
 真白は担任に呼ばれて、図書室の奥の小さな打ち合わせスペースに通された。そこには、ネットワーク管理を担当している情報科の先生も来ていた。
「柏加さんだね。いつも情報の授業で助かってるって、先生から聞いてるよ」
 穏やかな口調のその先生は、ノートパソコンを開きながら微笑んだ。
「さっきの偽ログイン画面について、少し詳しく聞きたいんだ」
「はい」
 真白は、端末で撮ったスクリーンショットのファイルをネットワーク越しに共有しながら、状況を説明した。画面が一瞬暗くなったこと、「レポート課題」のリンクをクリックした直後に発生したこと、URLのスペルが本物と微妙に違っていたこと。
 情報科の先生は、真剣な表情でスクリーンショットを見つめる。
「……これは、よく気づいたね」
 感心したように言ってから、すぐに眉をひそめた。
「校内ポータルのURLは、そんな簡単に変わらない。外部からの攻撃か、どこかの端末で悪さをしているプログラムが走っているか……」
「マルウェア、みたいなものですか?」
「可能性はある」
 先生はノートパソコンの画面を真白たちにも見えるように少し回転させた。そこには校内ネットワークのログを一覧表示する管理画面が開かれている。
「まだ詳しくは見切れていないんだけどね。二年生の端末から、ちょっとおかしなアクセスの仕方をしているログが見える」
 そう言いながら、先生はフィルタリング条件を入力した。「学年=2年」「時間=さっきの図書室の騒ぎが起きた頃」。
 画面が更新されると、一行一行のログがびっしりと並んだ。その中で、先生が何度かスクロールしてから、ある部分で手を止める。
「ここ」
 指先で示されたところには、同じIPアドレスから校内ポータルへ向けて大量のリクエストが送られているログが表示されていた。
 ——0.2秒間隔。
 ログのタイムスタンプを追っていくと、ほとんど規則正しく0.2秒ごとにアクセスが発生しているのがわかる。
「これ、二年生のどこかの端末から、同じアドレスへ、0.2秒間隔でリクエストを飛ばしてる。普通の操作じゃ、こんなきれいな間隔にはならない」
 情報科の先生の声色が、少しだけ硬くなった。
「それに、このアクセス先……」
 画面の端には、「porrtal.seinou-hs.jp」と、本物に似た偽のドメイン名が並んでいる。
「さっきの偽ログイン画面のURLと、同じですね」
 真白が小さく呟くと、先生は頷いた。
「うん。つまり——」
 先生は、そこまで言ってから言葉を切った。簡単に結論を口に出してしまうには、情報がまだ足りないと判断したのだろう。
「現時点で言えるのは、“二年生のどこかの端末から不自然なアクセスが大量に発生していて、その結果として偽のログイン画面が表示されている可能性がある”ってことかな」
 そこまで聞いたところで、真白の胸の奥に、冷たいものと熱いものが同時に広がった。
 ——二年生の“どこか”の端末。
 それが、特定の誰かを狙って仕掛けられたものなのか、それとももっと雑な“ばらまき”なのか。現時点では、どちらとも取れる。
 先生はノートパソコンを閉じ、真白と担任を順に見た。
「とりあえず今できることとしては、図書室の共有端末とコンピュータ室の端末のネットワークを一時的に切る。それから、二年生全員に、校内ポータルのパスワードを変えるように案内する必要があるね」
「了解しました。職員会議でもすぐ共有します」
 担任が真剣な表情で頷く。
「柏加」
「はい」
「今回は、本当によく気づいてくれた。君が偽の画面にそのままパスワードを入れていたら……そして、他の生徒も同じようにしていたら、もっと被害が広がっていたかもしれない」
 その言葉に、真白は少しだけ視線を伏せた。
「まだ、私……何も解決できていません」
「解決は、これから大人が一緒にやればいい。君は、最初の段階で“おかしい”と気づいて、止まってくれた。それが一番大事なことだよ」
 担任の穏やかな声に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
 ——一番大事。
 そう言ってもらえたことが、どこか救いだった。
「……でも」
 緩んだはずの胸の奥で、別の不安がむくりと頭をもたげる。
「これ、私が図書室でアクセスしようとしたタイミングで起きたんじゃなくて……偶然なんですよね?」
 自分でも、何を確認したいのかわからないまま言葉がこぼれた。情報科の先生は少しだけ考え込んだあと、正直に答えた。
「現時点では、“偶然かどうか”を断言できる材料はない。ただ……」
「ただ?」
「ログを見る限り、二年生の端末からのアクセスが、一斉におかしくなり始めたタイミングがある。君がアクセスした時間と重なってはいるけど、それが“君を狙ったから”なのか、“たまたまその時間帯に起動した仕掛け”なのか……今はまだ判断できない」
 どちらの可能性も、完全には否定されない。
 真白は、小さく息を呑んだ。
 ——また、私?
 かつて「白狐」として動いていた頃、自分は狙われた人の周辺を調べるだけで、自分が狙われていたわけではなかった。でも、今は違う。前回の暗号文も、今回の偽ログインも、自分の周りで起きている。
 「巻き込まれただけ」なのか、「狙われている」のか。その境界線が、頭の中でうまく引けない。
「とにかく、詳しい調査はこっちで進める。柏加さんは、今日はもう共有端末は使わないで、自分の端末からアクセスするようにしてくれるかい?」
「はい」
「何かおかしな挙動を見つけたら、またすぐ教えてほしい」
「わかりました」
 システム担当の先生と担任に頭を下げて、真白は打ち合わせスペースを後にした。

 図書室に戻ると、共有端末の列には「一時使用禁止」と書かれた紙が貼られていた。椅子はすべて机の下にしまわれ、生徒たちは各自のノートや教科書を広げて、静かに勉強を続けている。
 窓際の席では、恋が心配そうにこちらを見ていた。
「真白!」
 小声だったが、その声音にははっきりとした安堵が混じっている。真白が近づくと、恋は椅子から少し身を乗り出した。
「さっき、先生に呼ばれてたよね。何があったの?」
「……後で、ちゃんと話す」
 真白はそう前置きしてから、少しだけ周囲を見回した。図書室の静けさの中で、セキュリティの話を大声でするわけにはいかない。
「今言えるのは、校内ポータルのログイン画面が、ちょっと変なことになってて……。とりあえず、恋は今日は自分のスマホからでも、変だと思ったらすぐやめて」
「わかった」
 恋は真剣な顔で頷いた。
「真白は、大丈夫?」
「私は……今のところは」
 言いながら、自分でもその言葉がどこか心許ないと感じていた。
 恋はしばらく真白の顔をじっと見つめていたが、やがてふっと表情を和らげた。
「あとで連絡して。詳しく聞く」
「うん」
 机の上に置いた教科書の間で、狐のブックマーカーが小さく揺れた。
 その揺れを眺めながら、真白は窓の外に目を向ける。夕暮れの色は、さっきよりも濃くなっていて、校舎の影が長く伸びていた。
 ——これは、偶然?
 それとも。
 心の中で問いかけても、答えは返ってこない。ただ、さっき管理画面で見た「0.2秒間隔で並ぶログの列」が、頭の片隅にこびりついて離れなかった。
 一定のリズムで打ち寄せる波のように。
 誰かがどこかから、執拗にノックし続けているように。
 その音は、まだ、止んでいない。

 その日の放課後、図書室の共有端末は「一時使用禁止」の紙でふさがれたままだった。
 真白と恋は、それぞれのノートを広げてしばらく勉強を続けたが、どちらも集中しきれてはいなかった。窓の外の夕焼けがゆっくりと色を失っていく頃、司書教諭の「そろそろ閉館時間です」という声が静かな空気を破った。
 昇降口で恋と別れ、家路につく途中も、真白の頭の中にはあの「porrtal」のつづりがちらついていた。
 ——私、また何かに巻き込まれてる?
 靴音がアスファルトに落ちるたび、不安が小さな泡になって胸の中に浮かんでは消える。夕暮れの街並みはいつもと変わらないのに、世界のどこかで、0.2秒ごとに「誰か」がノックしているような感覚がつきまとった。

 夜。夕食と風呂を終え、自室に戻ると、机の上の狐のブックマーカーが目に入った。
 銀色の小さな狐は、スタンドライトの光を受けて、ちいさく光っている。
 真白は軽く息を吐き、ノートパソコンの電源を入れた。
 ——考えすぎても仕方ない。わかる範囲だけでも、整理しよう。
 数分後、校内メールの受信通知が画面の隅に現れた。差出人はシステム担当の先生だ。
『先ほどの件について、簡単なログの抜粋と、問題のページのコードを一部添付します。
 危険な通信先への送信部分はこちらで無効化したものなので、検証用として見てもらって構いません。
 何か気づいたことがあれば教えてください』
 丁寧な言葉と一緒に、圧縮ファイルが添付されていた。
 真白は、その配慮に内心で感謝しながらファイルを解凍する。
 フォルダの中には、さきほど見せてもらったネットワークログの一部と、問題の偽ログインページのHTML・JavaScriptが含まれていた。ただし、通信先のURLは空文字列に置き換えられ、実際の接続は発生しないようになっている。
「……ちゃんとしてる」
 思わず小さく呟く。
 ——“危険なページを、危険じゃない形にしてから渡す”。
 そこまでやってくれたのなら、あとは自分の出番だ。
 真白は、まずログの方から開いた。
 テキストエディタの画面に、時刻とIPアドレス、アクセス先のURLがびっしりと並ぶ。規則性を探しながらスクロールしていくと、図書室で見た管理画面と同じ、「0.2秒刻みの階段」が浮かび上がってきた。
「……きれいすぎる」
 タイムスタンプを目で追いながら、真白は眉を寄せる。
 15:41:20.0
 15:41:20.2
 15:41:20.4
 ほとんど狂いなく、0.2秒ごとに並ぶ数字。人間がマウスを連打したところで、こんなリズムにはならない。
 ——スクリプトで自動送信。ほぼ確定。
 アクセス元のIPアドレスは、いくつかのパターンに分かれていた。同じ教室の端末は似たようなアドレス帯になっているから、ざっと見ただけでも「二年生エリア」らしき範囲が見えてくる。
 けれど、その中で「自分の席の端末だけが特別に狙われている」ような痕跡は見当たらなかった。複数の端末から、ほぼ同時に、不自然なリクエストが走り始めている。
 真白は、メモ帳アプリを開いて、思いついたことを箇条書きにしていった。
・0.2秒間隔のリクエスト → 人力ではない。ブラウザか何かに埋め込まれたスクリプト?
・アクセス先は「porrtal.seinou-hs.jp」 → 本物に似せた偽ドメイン。フィッシング。
・二年生エリアの複数端末から同時発生 → 特定の一人ではなく、「範囲」で仕掛けられている?
 そこまで書いて、視線を偽ログインページのコードへと移す。
 HTMLファイルをエディタで開くと、見慣れた校内ポータルのロゴやフォームが並んでいた。本物のページと同じように見えるが、ソースを見るといくつか不自然な点があった。
「このスクリプト……」
 <script> タグで囲まれた一角に、短いJavaScriptコードが書かれている。
 ページの読み込みが終わったときに、setInterval という関数が呼ばれ、その中で200ミリ秒ごとにある関数を実行するようになっていた。
 その関数の中身は——。
「勝手に、“裏でログイン試す”やつか……」
 入力フォームにユーザーがIDとパスワードを入れる前に、すでにブラウザには「今そのパソコンを使っている生徒」のセッション情報が残っていることがある。
 たとえば、別のタブで校内ポータルを開きっぱなしだったり、数分前までログインしていたり。
 このスクリプトは、それを利用して「セッションが生きているかどうか」を、0.2秒間隔でしつこく確認しているようだった。
 疑似コードに直せば、こんな感じだ。
 ——「まだログインしているっぽいセッションがあったら、その情報を偽ドメイン側に送る」。
 フィッシングと言えば、「偽画面を出して、パスワードを打ち込ませて奪う」というイメージが強い。けれど、これは少し違っていた。
 フォームに何かが入力される前から、ひたすらセッションを盗むチャンスを狙っている。
「……リンクを踏んだ瞬間には、もう勝負が始まってるってこと、か」
 真白は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 自分は運良くおかしな挙動に気づいて、パスワードを入力せずに止まった。でも、もしも別の生徒が、何も疑わずにログイン画面を見ていたら。何も打ち込まなくても、その端末に残っているセッション情報が、攻撃者に持っていかれていたかもしれない。
 ——いや、まだ「かもしれない」の段階だ。決めつけない。
 メモの続きを打つ手を、真白は一度止める。
 その代わりに、新しい項目を追加した。
・偽ページは、フォームに入力される前からセッションを盗もうとしている
・「パスワードを打たせる」というより、「生きているセッションを横取りする」タイプ?
・標的は「ログイン中の誰か」?その先の意図がある?
 最後の行を書いたところで、ノートPCの画面の片隅に、別の通知がぽん、と表示された。
 恋からのメッセージだ。
『今、大丈夫?』
 短い一文に、さっきの図書室での不安そうな表情が重なる。
 真白は、すぐに返信を打った。
『大丈夫。ちょっと話してもいい?』
『いいよ! 電話してもいい?』
 あっという間に返ってきたメッセージに、思わず笑みがこぼれる。
『かける』
 送信すると同時に、通話ボタンをタップした。
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