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第8話 ー不正アクセス容疑ー ④
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『もしもーし、真白?』
恋の元気な声が、少しだけノイズを含んだスピーカー越しに届く。
「うん。ごめんね、急に」
『こっちこそ。さっきからずっと気になっててさ。図書室のあれ、結局どうなったの?』
真白は、机の上のノートをちらりと見てから口を開いた。
「えっとね……。さっき、情報の先生からメールが来て。偽のログインページのコードの一部とか、ログの抜粋を見せてもらったの」
『コードって、あの、英語と記号のミミズがにょろにょろしてるやつ?』
「……だいたい合ってる」
『ふふ。で、どうだった? やっぱりヤバいやつ?』
「“ヤバい”の種類が、ちょっと違ってた」
真白は、自分の頭の中を整理するように言葉を選ぶ。
「私たちが想像するフィッシングってさ。偽の画面を出して、そこにIDとパスワードを打たせて、それを盗む、みたいなイメージでしょ」
『うん。あの、よくニュースでやってるやつ。銀行のサイトに似せてー、とか』
「そう。それももちろん危ないんだけど……。今回のは、それとは少し違ってて」
真白は、横に置いていたメモ帳を手に取った。
「偽のページの中にね、JavaScriptっていう、ブラウザの中で動く小さいプログラムが埋め込まれてたの」
『じゃば……?』
「“ページの中で勝手に動く、ちっちゃいロボット”みたいなもの、って思ってくれればいいかな」
『あ、それならわかるかも』
「そのロボットが、ページが開いた瞬間から0.2秒ごとに、“この端末、まだログイン中の誰かいないかな”ってチェックし続けてる感じ」
『……え、それって』
「もし、同じブラウザで、別のタブに本物のポータルが開きっぱなしだったりすると、その情報を使って“偽の方”からもアクセスできちゃうような仕組み、っぽい」
恋が小さく息を呑む音が聞こえた。
『ってことはさ、何にも打ち込んでなくても、ページ開いただけでアウト、みたいな?』
「完全にアウトかどうかは、まだわからない。でも、危ない橋なのは確か」
『こわ……』
恋の声が、わずかに震えた。
『じゃあさ、あたしとか、図書室で普通に勉強してただけの子たちも、もしそのページ開いてたら……』
「可能性は、ある」
言葉を選びながらも、真白は曖昧なごまかしはしなかった。
「でも、先生たちがすぐにネットワーク切ってくれたし、ログも全部見てくれてる。何がどこまでされちゃったかは、これから調べることになると思う」
『そっか……。でも、そんなの、ずるくない?』
恋の声に、珍しく怒りの色が混じった。
『こっちはさ、普通にレポート書こうとしてただけじゃん。なのにいきなり偽ページ出されて、“はいセッションちょーだい”って。何それって感じ』
「……そうだね」
怒る権利は、十分にある。真白も、同じことを感じていた。
ただ、それとは別に、もうひとつ引っかかっていることがある。
「それでね、ログ見てて思ったんだけど」
『うん?』
「今回のって、二年生の端末から、一斉に不自然なアクセスが始まってたの。私の使ってた端末だけじゃなくて、図書室にいた他の子の端末からも」
『……うん』
「ログを見る限り、攻撃者は“二年生の誰かのセッションを盗めればいい”って動き方をしてる。二年生っていう条件を指定して、とにかく誰か引っ掛かればいいっていう感じかな」
そこまで言ってから、真白は少しだけ息をついた。
「だから、多分これは……“広撒き攻撃”ってやつかなって」
『ひろまき?』
「うん。たとえば、変な迷惑メールが大量に届くことあるでしょ。どこかの誰かが、たくさんのメールアドレスに一斉に送りつけて、誰か一人でも引っかかればラッキー、みたいな」
『あー、あれか。スパムってやつ』
「そう。今回のも、それの“校内ネット版”に近い気がする」
真白は、メモ帳に書いた言葉を目で追う。
「私がたまたま図書室にいたタイミングと、攻撃が発動したタイミングが重なっただけで……。ターゲットは“二年生全体”。私も、その中の一人として巻き込まれた、っていうか」
自分で言いながら、その言葉の重さを確かめるように胸の中で転がした。
——巻き込まれただけ。
そのフレーズは、少し悔しくて、少しほっとする。
恋は、しばらく黙っていた。通話の向こうから、小さく布団の擦れる音だけが聞こえる。
『……真白』
「うん」
『今の、本人の口から聞けてよかった』
恋の声は、さっきよりも落ち着いていた。
『もし真白が今回のことで責任を感じたりしてたら、あたし、どう声かけたらいいかわからなかったかも』
「……正直、最初はそう思ってた」
真白は静かに告白する。
「周りからおかしいって話が聞こえてきたの、私が偽の画面を見て少しした後だったから」
『うん……』
「だから、私が何か知らないうちにしてたか、って考えかけて。でも、ログ見てたら、なんか違うなって」
『違う?』
「特定の何かを狙ってやったって考えて今回のやり方を見ると……。変な言い方だけど、今回のって、ちょっと雑なんだよね」
『雑って』
「もしもなるべき痕跡を残さないようにするなら、多分、こんな派手に0.2秒間隔でログ残したりしない。もっと細かく間隔ばらしたり、別のページ経由にしたり、証拠を残さないようにする」
それは、真白自身だったらこうやるだろうという宣言でもあり、実際にはやらないとしても、あまり口に出したくない種類の自信だった。
けれど、技術的な観点からの比較としては、正直な感想だ。
「今回のは、“とりあえず動けばいいや”って感じの作り方に見える。広く撒いて、誰か一人でもセッション取れれば十分、みたいな」
『そっか……』
恋は、ゆっくりと言葉を噛みしめるように相槌を打った。
『じゃあさ、真白』
「なに?」
『今回の真白って、“目的があって狙われた対象”っていうより、“たまたま通りかかったから巻き込まれた被害者”なんじゃない?』
その言い方が妙に真白らしく、そして恋らしかった。
真白は、少しだけ目を見開く。
「……巻き込まれた、か」
『うん。攻撃者からしたら、“二年生なら誰でもよかった”。真白じゃなくてもよかった。でも、真白が気づいてくれたから、そこで止まった』
恋ははっきりとした声で続けた。
『だからさ、“私のせいでこんなことに”って真白が思う必要、ないと思うんだ』
——私のせいで。
そのフレーズは、真白の中で何度も反響していたものだった。
過去の自分がしたことが、誰かの現在を傷つけているんじゃないか。ハッカーとして動いていた頃の癖や技術が、今も何か形を変えて周囲に影響しているんじゃないか。
そんな不安に、何度も押しつぶされそうになってきた。
恋の言葉は、その重さを少しだけ軽くしてくれる。
『例えば真白が使った端末がきっかけだったとしてもさ、それって“悪い意味でのきっかけ”じゃなくて、“発見してくれたきっかけ”じゃん』
「……発見してくれた、きっかけ」
『うん。広撒きで変なことしてる誰かがいて、その中にたまたま真白もいた。でも、真白がいたから、その変なことが見つかって、止める方向に動き出した』
恋の声が、少し誇らしげになる。
『だったらさ、少なくとも、あたしから見た真白は“巻き添え被害者”じゃなくて、“巻き添え食らいそうになりながらもブレーキ踏んでくれた人”だよ』
「……それ、そんな綺麗に言うこと?」
『言うよ? 真白だもん』
恋は笑った。
『真白の技術ってさ。悪いことに使われたら確かに怖いけど、今回みたいに“変なことに気づいて止める”って方向に全力で使えて、それで実際に使ってて、あたし、なんか安心した』
「安心?」
『だってさ。もし真白がいなかったら、あたしたち、多分その偽ページ疑いもせずにログインしちゃってたもん』
それは、想像するだけで背筋が冷たくなる光景だった。
クラスメートや友達が、自分のアカウントを知らない誰かに乗っ取られて、勝手にメールを送られたり、成績をいじられたり——そういった未来。
真白は、そこまで思い浮かべてから、首を振った。
「……まだ、何も防げてないよ。被害が出てないって決まったわけじゃないし」
『それはそうかもしれないけど』
恋は、少しだけ真剣な声に戻る。
『でも、“気づいて先生に知らせた”っていう事実は、変わらないじゃん。昔の真白だったら、多分、自分で全部調べてから言おうとしたでしょ?』
「……かも」
『今の真白は、“変だ”と思った時点でちゃんと大人にバトン渡してる。それだけでも、めちゃくちゃカッコいいと思うけど』
「またそれ言う……」
『言う。あたしの中で今日の真白は、“巻き添え被害者”でもあり、“最初の通報者”でもあるからさ』
“最初の通報者”。
その言葉は、真白の中でじわりと温かさを広げた。
——狙われた天才、じゃなくて。
——巻き込まれたけど、ブレーキを踏んだ人。
そういう立ち位置も、あるのかもしれない。
「……恋さ」
『ん?』
「広撒き攻撃とか、セッション奪取とか、いろいろ言ってごめん。怖くなかった?」
『こわいよ? 普通にこわい』
恋はあっさりと言った。
『でもさ、それ以上に、“わからないままの方がこわい”って思うんだよね』
「わからないままの方が?」
『うん。“なんか変なことが起きてるらしい”ってモヤモヤしてるより、真白が“こういう仕組みでこういう狙いだと思う”って説明してくれた方が、こわいポイントがはっきりするじゃん』
恋は少し笑って続ける。
『で、“真白はどう動こうとしてるか”も見える。そしたら、あたしはあたしで、“じゃあ明日先生にちゃんと話聞こう”とか、“パスワード早めに変えとこう”とか、できること考えられるし』
「……うん」
『だから、今日みたいに、真白がちゃんと言葉にしてくれるの、あたしは好き』
“好き”という言葉が、また胸の奥に小さな波紋を広げた。
でも今回は、不思議と心臓の跳ね方がさっきより少しだけ穏やかだった。
「……ありがとう」
『こちらこそ。説明ありがとね』
通話の向こうで、恋が大きく伸びをする気配がした。
『とりあえず今日はさ、真白はログとかコードとか見すぎて頭パンクしないようにして。明日、先生たちがどうするか聞いたら、また一緒に考えよ』
「一緒に、ね」
『うん。一人で全部抱え込まないって、前に約束したじゃん?』
図書室からの帰り道に交わした約束が、静かに蘇る。
「……した」
『じゃ、その続きね。あたしはセキュリティ用語とか全然わかんないけど、真白の“こわい”と“やだ”を聞くくらいはできるからさ』
その言い方に、思わず笑みがこぼれた。
「……頼りにしてる」
『任せなさい。じゃ、そろそろ寝よっか。明日も学校だし』
「うん。おやすみ、恋」
『おやすみ、真白』
通話が切れると、部屋の中は一気に静かになった。ノートPCのファンの音と、遠くの車の走る音だけが、かすかに耳に届く。
真白は、さっきまで開いていたログのウィンドウを一度閉じた。
画面の端に、小さなメモだけが残る。
・標的は「二年生全体」
・特定のIDではなく、「ログインしている誰か」
・私は、その中の一人として巻き込まれた
・でも、気づいて止めるきっかけになれた
最後の一行を眺めていると、不思議と胸の中のざわつきが少し落ち着いていく。
机の上の狐のブックマーカーが、風もないのに、かすかに揺れた気がした。
「……巻き添え、か」
真白は、その言葉をもう一度口の中で転がしてみる。
完全に安心したわけではない。攻撃の全貌がわかったわけでも、犯人が特定できたわけでもない。
でも——。
「もしかしたら狙われのは私かもしれない」という思考の渦から、一歩だけ外側に出られたような気がしていた。
窓の外では、夜の風が静かに街を撫でている。0.2秒ごとに打ち寄せる“見えないノック”は、まだログのどこかで続いているかもしれない。
それでも、電話越しに聞こえた恋の声は、そのリズムとは別の、もっと穏やかなテンポで真白の心臓を落ち着かせてくれていた。
——明日は、どう動くべきか。
ノートPCの画面を閉じながら、真白はゆっくりと目を閉じる。
広くばら撒かれた攻撃の仕組みは、少しずつ輪郭を現し始めている。
あとは、それにどう向き合うか——。
その答えを探すのは、きっと明日以降の自分の役目だ。
恋の元気な声が、少しだけノイズを含んだスピーカー越しに届く。
「うん。ごめんね、急に」
『こっちこそ。さっきからずっと気になっててさ。図書室のあれ、結局どうなったの?』
真白は、机の上のノートをちらりと見てから口を開いた。
「えっとね……。さっき、情報の先生からメールが来て。偽のログインページのコードの一部とか、ログの抜粋を見せてもらったの」
『コードって、あの、英語と記号のミミズがにょろにょろしてるやつ?』
「……だいたい合ってる」
『ふふ。で、どうだった? やっぱりヤバいやつ?』
「“ヤバい”の種類が、ちょっと違ってた」
真白は、自分の頭の中を整理するように言葉を選ぶ。
「私たちが想像するフィッシングってさ。偽の画面を出して、そこにIDとパスワードを打たせて、それを盗む、みたいなイメージでしょ」
『うん。あの、よくニュースでやってるやつ。銀行のサイトに似せてー、とか』
「そう。それももちろん危ないんだけど……。今回のは、それとは少し違ってて」
真白は、横に置いていたメモ帳を手に取った。
「偽のページの中にね、JavaScriptっていう、ブラウザの中で動く小さいプログラムが埋め込まれてたの」
『じゃば……?』
「“ページの中で勝手に動く、ちっちゃいロボット”みたいなもの、って思ってくれればいいかな」
『あ、それならわかるかも』
「そのロボットが、ページが開いた瞬間から0.2秒ごとに、“この端末、まだログイン中の誰かいないかな”ってチェックし続けてる感じ」
『……え、それって』
「もし、同じブラウザで、別のタブに本物のポータルが開きっぱなしだったりすると、その情報を使って“偽の方”からもアクセスできちゃうような仕組み、っぽい」
恋が小さく息を呑む音が聞こえた。
『ってことはさ、何にも打ち込んでなくても、ページ開いただけでアウト、みたいな?』
「完全にアウトかどうかは、まだわからない。でも、危ない橋なのは確か」
『こわ……』
恋の声が、わずかに震えた。
『じゃあさ、あたしとか、図書室で普通に勉強してただけの子たちも、もしそのページ開いてたら……』
「可能性は、ある」
言葉を選びながらも、真白は曖昧なごまかしはしなかった。
「でも、先生たちがすぐにネットワーク切ってくれたし、ログも全部見てくれてる。何がどこまでされちゃったかは、これから調べることになると思う」
『そっか……。でも、そんなの、ずるくない?』
恋の声に、珍しく怒りの色が混じった。
『こっちはさ、普通にレポート書こうとしてただけじゃん。なのにいきなり偽ページ出されて、“はいセッションちょーだい”って。何それって感じ』
「……そうだね」
怒る権利は、十分にある。真白も、同じことを感じていた。
ただ、それとは別に、もうひとつ引っかかっていることがある。
「それでね、ログ見てて思ったんだけど」
『うん?』
「今回のって、二年生の端末から、一斉に不自然なアクセスが始まってたの。私の使ってた端末だけじゃなくて、図書室にいた他の子の端末からも」
『……うん』
「ログを見る限り、攻撃者は“二年生の誰かのセッションを盗めればいい”って動き方をしてる。二年生っていう条件を指定して、とにかく誰か引っ掛かればいいっていう感じかな」
そこまで言ってから、真白は少しだけ息をついた。
「だから、多分これは……“広撒き攻撃”ってやつかなって」
『ひろまき?』
「うん。たとえば、変な迷惑メールが大量に届くことあるでしょ。どこかの誰かが、たくさんのメールアドレスに一斉に送りつけて、誰か一人でも引っかかればラッキー、みたいな」
『あー、あれか。スパムってやつ』
「そう。今回のも、それの“校内ネット版”に近い気がする」
真白は、メモ帳に書いた言葉を目で追う。
「私がたまたま図書室にいたタイミングと、攻撃が発動したタイミングが重なっただけで……。ターゲットは“二年生全体”。私も、その中の一人として巻き込まれた、っていうか」
自分で言いながら、その言葉の重さを確かめるように胸の中で転がした。
——巻き込まれただけ。
そのフレーズは、少し悔しくて、少しほっとする。
恋は、しばらく黙っていた。通話の向こうから、小さく布団の擦れる音だけが聞こえる。
『……真白』
「うん」
『今の、本人の口から聞けてよかった』
恋の声は、さっきよりも落ち着いていた。
『もし真白が今回のことで責任を感じたりしてたら、あたし、どう声かけたらいいかわからなかったかも』
「……正直、最初はそう思ってた」
真白は静かに告白する。
「周りからおかしいって話が聞こえてきたの、私が偽の画面を見て少しした後だったから」
『うん……』
「だから、私が何か知らないうちにしてたか、って考えかけて。でも、ログ見てたら、なんか違うなって」
『違う?』
「特定の何かを狙ってやったって考えて今回のやり方を見ると……。変な言い方だけど、今回のって、ちょっと雑なんだよね」
『雑って』
「もしもなるべき痕跡を残さないようにするなら、多分、こんな派手に0.2秒間隔でログ残したりしない。もっと細かく間隔ばらしたり、別のページ経由にしたり、証拠を残さないようにする」
それは、真白自身だったらこうやるだろうという宣言でもあり、実際にはやらないとしても、あまり口に出したくない種類の自信だった。
けれど、技術的な観点からの比較としては、正直な感想だ。
「今回のは、“とりあえず動けばいいや”って感じの作り方に見える。広く撒いて、誰か一人でもセッション取れれば十分、みたいな」
『そっか……』
恋は、ゆっくりと言葉を噛みしめるように相槌を打った。
『じゃあさ、真白』
「なに?」
『今回の真白って、“目的があって狙われた対象”っていうより、“たまたま通りかかったから巻き込まれた被害者”なんじゃない?』
その言い方が妙に真白らしく、そして恋らしかった。
真白は、少しだけ目を見開く。
「……巻き込まれた、か」
『うん。攻撃者からしたら、“二年生なら誰でもよかった”。真白じゃなくてもよかった。でも、真白が気づいてくれたから、そこで止まった』
恋ははっきりとした声で続けた。
『だからさ、“私のせいでこんなことに”って真白が思う必要、ないと思うんだ』
——私のせいで。
そのフレーズは、真白の中で何度も反響していたものだった。
過去の自分がしたことが、誰かの現在を傷つけているんじゃないか。ハッカーとして動いていた頃の癖や技術が、今も何か形を変えて周囲に影響しているんじゃないか。
そんな不安に、何度も押しつぶされそうになってきた。
恋の言葉は、その重さを少しだけ軽くしてくれる。
『例えば真白が使った端末がきっかけだったとしてもさ、それって“悪い意味でのきっかけ”じゃなくて、“発見してくれたきっかけ”じゃん』
「……発見してくれた、きっかけ」
『うん。広撒きで変なことしてる誰かがいて、その中にたまたま真白もいた。でも、真白がいたから、その変なことが見つかって、止める方向に動き出した』
恋の声が、少し誇らしげになる。
『だったらさ、少なくとも、あたしから見た真白は“巻き添え被害者”じゃなくて、“巻き添え食らいそうになりながらもブレーキ踏んでくれた人”だよ』
「……それ、そんな綺麗に言うこと?」
『言うよ? 真白だもん』
恋は笑った。
『真白の技術ってさ。悪いことに使われたら確かに怖いけど、今回みたいに“変なことに気づいて止める”って方向に全力で使えて、それで実際に使ってて、あたし、なんか安心した』
「安心?」
『だってさ。もし真白がいなかったら、あたしたち、多分その偽ページ疑いもせずにログインしちゃってたもん』
それは、想像するだけで背筋が冷たくなる光景だった。
クラスメートや友達が、自分のアカウントを知らない誰かに乗っ取られて、勝手にメールを送られたり、成績をいじられたり——そういった未来。
真白は、そこまで思い浮かべてから、首を振った。
「……まだ、何も防げてないよ。被害が出てないって決まったわけじゃないし」
『それはそうかもしれないけど』
恋は、少しだけ真剣な声に戻る。
『でも、“気づいて先生に知らせた”っていう事実は、変わらないじゃん。昔の真白だったら、多分、自分で全部調べてから言おうとしたでしょ?』
「……かも」
『今の真白は、“変だ”と思った時点でちゃんと大人にバトン渡してる。それだけでも、めちゃくちゃカッコいいと思うけど』
「またそれ言う……」
『言う。あたしの中で今日の真白は、“巻き添え被害者”でもあり、“最初の通報者”でもあるからさ』
“最初の通報者”。
その言葉は、真白の中でじわりと温かさを広げた。
——狙われた天才、じゃなくて。
——巻き込まれたけど、ブレーキを踏んだ人。
そういう立ち位置も、あるのかもしれない。
「……恋さ」
『ん?』
「広撒き攻撃とか、セッション奪取とか、いろいろ言ってごめん。怖くなかった?」
『こわいよ? 普通にこわい』
恋はあっさりと言った。
『でもさ、それ以上に、“わからないままの方がこわい”って思うんだよね』
「わからないままの方が?」
『うん。“なんか変なことが起きてるらしい”ってモヤモヤしてるより、真白が“こういう仕組みでこういう狙いだと思う”って説明してくれた方が、こわいポイントがはっきりするじゃん』
恋は少し笑って続ける。
『で、“真白はどう動こうとしてるか”も見える。そしたら、あたしはあたしで、“じゃあ明日先生にちゃんと話聞こう”とか、“パスワード早めに変えとこう”とか、できること考えられるし』
「……うん」
『だから、今日みたいに、真白がちゃんと言葉にしてくれるの、あたしは好き』
“好き”という言葉が、また胸の奥に小さな波紋を広げた。
でも今回は、不思議と心臓の跳ね方がさっきより少しだけ穏やかだった。
「……ありがとう」
『こちらこそ。説明ありがとね』
通話の向こうで、恋が大きく伸びをする気配がした。
『とりあえず今日はさ、真白はログとかコードとか見すぎて頭パンクしないようにして。明日、先生たちがどうするか聞いたら、また一緒に考えよ』
「一緒に、ね」
『うん。一人で全部抱え込まないって、前に約束したじゃん?』
図書室からの帰り道に交わした約束が、静かに蘇る。
「……した」
『じゃ、その続きね。あたしはセキュリティ用語とか全然わかんないけど、真白の“こわい”と“やだ”を聞くくらいはできるからさ』
その言い方に、思わず笑みがこぼれた。
「……頼りにしてる」
『任せなさい。じゃ、そろそろ寝よっか。明日も学校だし』
「うん。おやすみ、恋」
『おやすみ、真白』
通話が切れると、部屋の中は一気に静かになった。ノートPCのファンの音と、遠くの車の走る音だけが、かすかに耳に届く。
真白は、さっきまで開いていたログのウィンドウを一度閉じた。
画面の端に、小さなメモだけが残る。
・標的は「二年生全体」
・特定のIDではなく、「ログインしている誰か」
・私は、その中の一人として巻き込まれた
・でも、気づいて止めるきっかけになれた
最後の一行を眺めていると、不思議と胸の中のざわつきが少し落ち着いていく。
机の上の狐のブックマーカーが、風もないのに、かすかに揺れた気がした。
「……巻き添え、か」
真白は、その言葉をもう一度口の中で転がしてみる。
完全に安心したわけではない。攻撃の全貌がわかったわけでも、犯人が特定できたわけでもない。
でも——。
「もしかしたら狙われのは私かもしれない」という思考の渦から、一歩だけ外側に出られたような気がしていた。
窓の外では、夜の風が静かに街を撫でている。0.2秒ごとに打ち寄せる“見えないノック”は、まだログのどこかで続いているかもしれない。
それでも、電話越しに聞こえた恋の声は、そのリズムとは別の、もっと穏やかなテンポで真白の心臓を落ち着かせてくれていた。
——明日は、どう動くべきか。
ノートPCの画面を閉じながら、真白はゆっくりと目を閉じる。
広くばら撒かれた攻撃の仕組みは、少しずつ輪郭を現し始めている。
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